太田知恵さんは小さい会社のプログラマでした。ある夏の日、知恵さんが仕事をしておりますと蚊がぶんぶん飛び回って邪魔になって仕方がありません。そこで腕まくりして手に蚊達が寄って血を吸い始めようとするところをパシンと叩き潰しました。なんと一回叩いただけで七匹も蚊を潰すことができました。
「わたしもついに一叩きで七匹も虫を潰すことができるようになったか。プログラマでもなかなかできないことだわ」と、自分に自信がついてきました。
そこで社長に自分を試す旅に出させて欲しいと申し出ました。七匹も一遍にバグ退治できるようになったのならもう独り立ちしても大丈夫だろうと社長さんも快く承諾しました。そうしてフリーのプログラマになりました。
『一叩き蟲七匹、有能プログラマここにあり』と、自分のホームページに宣伝をのっけました。この広告を見て良い会社が雇ってくれるかもしれないと思ったからです。
まあ、最初は仕事が向こうからやってきてくれるわけはないので前の会社の社長さんのつてで別の小さい会社のお仕事をいただきました。
そこには二人のヲタクなプログラマが先に仕事をしておりました。ヲタクなわりには仕事ができる方ではなかったのですがそれはそれ、先に仕事を開始していたおかげで随分進捗は進んでいたのでした。
この二人のヲタクなプログラマは全然女にもてない男だったのです。それでずいぶん女性には飢えていました。知恵さんは色白で、りんごのように真っ赤なほっぺたで、鉛筆の芯よりも真っ黒な髪をした可愛らしいひとだったので、たちまちもてないヲタクなプログラマ達の欲望をかきたてました。二人は張り合うように知恵さんを口説き始めたのです。
知恵さんはさっさと仕事を片付けてもっとお金儲けできる良い仕事をしたかったので一計を講じました。「わたしのこのプログラムいい方法ないかしら?」
二人のヲタクなプログラマはそれを聞いて相手に負けじと知恵さんのプログラムを作りました。知恵さんは二人の作ったプログラムを受け取ると互いの良い部分だけを切り張りして納品してしまいました。でも知恵さんのプログラムを作っていたおかげで、ヲタクなプログラマの仕事はすっかり遅れてしまい二人は納品する前にお払い箱にされてしまいました。
でも知恵さんは実は自分のプログラムを組ませている間に彼ら二人の残りの部分をすっかり仕上げていたのでした。仕事を発注していた会社は大喜びで知恵さんに三人分の報酬とボーナスを差し出してくださったのです。知恵さんは実績を手に入れました。
『知恵ある知恵は三人力!』 彼女は自分のホームページに追加コピーを書きました。
今度は直接知恵さんに仕事が舞い込みました。ある会社のプログラマが知恵さんの広告を見て試してみようと思い仕事を発注したのです。
このプログラマはキャリアを積んだ中年のプログラマです。知恵さんのような青二才の若者に良いプログラムが書けるはずがなく、その高慢ちきな鼻をへし折りたいと考えていました。
知恵さんがやってくると早速中年プログラマは力量を見るとか言って問題を出しました。簡単な経理のプログラムをお互いに組むこととしどちらが早くできるか競争すると言ったのです。何が何でも自分の凄さを見せつけるつもりだったのです。中年プログラマがC言語のコーディングを始めてしばらくすると知恵さんが「できたわ」といいました。見てみると表計算みたいな感じの経理ソフトが出来上がっています。オープンドックを使って適当に組み合わせただけだったのですが中年プログラマはびっくりしてしまいました。彼は結局一時間遅れでプログラムしたのですが彼のマシンは疵入りペンティアムだったので計算ミスも起こしてしまいました。
中年プログラマはもしこんなプログラマが自分の職場にやってきたら自分の仕事がなくなってしまうと思い知恵さんに当初の予定の報酬と自分の報酬の半分を渡し他の仕事を探して貰うように頼み込みました。お金さえいただければ何も言うことはなかったので知恵さんは承諾しました。
『ベテランプログラマも帽子と鬘を脱いだ実力』 またコピーが増えました。
実績どころか名声まで遠く轟くようになった知恵さんに今度は大きなソフトウェア会社から仕事の依頼がありました。今度も口先三寸で仕事を片付けてしまい納品することになりました。たまたま彼女はその納品の時にその会社の若社長を見初めてしまったのでした。若社長もまた雷でも落ちたかのように彼女を一目見るなり恋に落ちてしまっておりましたので二人の間ではなんら問題はなかったのです。
しかし問題にしたのは若社長の側近達でした。知恵さんは切れる女性のように思われましたし、そのような人がやってくると会社を事実上牛耳っている側近の方にははなはだ都合が悪いものと考えられたからです。
側近達は社長婦人にふさわしいかどうかを確かめなければなりませんと若社長に要求し、そのじつとにかく言いがかりをつけて破談させようと考えていたのです。
最初に言い渡されたのは社内LANの構築でした。最近はおじさん達がイントラネットという言葉を使うようになってきました。そこでこれからの経営者の妻たるものはその構築ができる力を持っていないといけないと言い、それを社内のLANでやるように知恵さんに申し渡したのです。会社にある薄汚れたPCでそれをやることは絶対にできないと側近達は考えたのでした。
でもLANの全権を手に入れた知恵さんはPCを根こそぎ廃棄してしまい、そのかわりマッキントッシュを導入してしまったのです。LANの構築は簡単でした。ウィンドウズNTにすることも考えたのですが自分の良く知っているシステムの方が安全で確実だと思ったのです。ソフトウィンドウズやPCコンパチカードもすべての機種に導入済みですから今までの仕事の継続も可能でした。
悔しがった側近達はさらにこう言いました。社長婦人ならやはり世間一般にも通じるくらいの美しい人でなければいけない、何かの美人コンテストにでも優勝しなくては駄目だ、と。
これには知恵さんもいっぺんに頭にきてしまいました。そんな理不尽で人をばかにした要求はありません。側近達をどなりました。
「わたしがつぶした蟲とは毒虫のことです。それを一度に叩き潰しました。三人力とはわたしの腕力のことです。ずうたいのでかいヲタクを二人も突き出しました。ベテランプログラマの鬘を脱がせたのではありません。彼の頭の皮を剥いだのです。それを鬘と呼んだのです。もしもわたしにたてつくつもりでしたなら、あなたは八匹目の蟲となり、三人目のヲタクプログラマとなり、二人目のベテランプログラマとなる覚悟をしなければなりません」
側近達は震え上がり二度と文句を言うことがありませんでした。