◎真実の手紙

駒戸君はウィンドウズ95のアクセスを使ったデータベースのシステムを作っているプログラマでした。いろんな会社の人とお友達でメールを盛んにやりとりしています。それだから誰かからメールがきたらすぐに読めるようにピンポーンと音が鳴るようにしてありました。回りの人の迷惑など関係無ければ、勤務時間中に私用でマシンを使ったっていいやとも思う無頓着な人だったのです。

自分の彼女から来たメールを読んでそれの返事を書いている最中にピンポーンと音が鳴りました。メールがまた届いたな、といそいそ開いてみると『おまえの秘密を知っている』とだけ書いてありました。メールヘッダで誰から来たのか見てみました。見慣れないアドレスです。リプライはできそうなので『ふざけんな、このやろう』と返事を書きました。でもすぐに宛て先不明のエラーで戻ってきました。匿名メールだったのです。腹がたちましたがどうしようもなく時間がすぎて行く中で忘れてしまいました。

そしてまた謎のメールが届きました。『ふざけてないぜ、その証拠におまえのプログラムのバグを教えてやろう』 そのメールには駒戸君の担当のプログラムのリストがあり、修正すべきところがすべて記述されておりました。『どんなに無能かわかったか、馬鹿』 駒戸君はくやしくてくやしくてたまりませんでした。こんなことをできるのはシステムの管理者に違いないと思ってどなりにいきました。しかし管理者はその日一日会議に出ずっぱりだったのです。修正リストには駒戸君がその日に修正した箇所もばっちり参照されていたので絶対に管理者が犯人でないことは確かでした。そうやって自分の回りの人を全部疑っていきましたが全員犯人ではないことが明らかになりました。駒戸君は恐くなりました。

『今日は彼女の家から御出勤かい、朝から元気なことだこと』 もう、メールを読むのが嫌で嫌でたまりませんでした。メールが届いた時に鳴る音もオフになるように設定しました。しかし謎のメールが届く時だけピンポーンと鳴るのです。この音の音声データのファイルを見つけだしてディスクから削除しても駄目なのです。メールを読まないでいるとピンポーンと鳴る音が何度も続けざまにします。ボリウムを下げたって駄目です。読まなければ鳴りやまないのです。音が聞こえないようにヘッドフォンをしてみました。やかましい曲をガンガンにして聞きながら仕事をしようとしました。しかし突然曲がやみ、そのヘッドフォンの中にまでメールを知らせる音が割り込んでくるのです。それでも我慢していると画面上にポップアップが開き『メールを読めよ』とメッセージを表示してまできたのです。駒戸君は観念してメールが届くたびに読むしかありませんでした。

駒戸君がメールを読みたくなかったのはそれが真実ばかりを書いてきたからでありました。自分のやったこと、考えたことを逐一メールで送ってこられるのです。そればかりではありません。身近な人の不幸の予言が書かれており、必ずそのとおりにその人が不幸になるのです。不幸が訪れるのを知っていればそれを知らせてあげようと普通の人なら思うことでしょう。駒戸君もそうです。すべり落ちて大怪我すると予言された人に、今日は階段を使わない方が良いよと伝えても怪訝そうに駒戸君をみるだけです。でも実際怪我した後は駒戸君をもっと気味悪そうに見るのです。もう誰も駒戸君に近寄ろうとする人もいなくなってしまいました。駒戸君のガールフレンド達も愛想を尽かせて去っていきました。

週末になると『請求書』と題したメールがやってきました。『メールの情報の対価としておまえの三ヶ月分の命を貰う』とありました。一週のメールの購読料が三ヶ月分の命なのだそうです。日を追う毎に駒戸君の容姿はどんどん老人のようになっていきました。しわがより髪や歯も抜け落ち背が曲がり身体中が痛くなってきました。

そしてとうとう最後のメールを読んでいる時に駒戸君は灰のようになって消えてしまいました。悲しいことに駒戸君のことを覚えている人は誰もいなくなっていましたので何事もないかのように世界は進んでいったのです。

最後のメールにはこうありました。『今、おまえは死ぬ』

---

菅原さんは生命保険の営業の仕事をしていました。今は損害保険の勉強もしているので毎日欠かせないお得意様回りもあってとても忙しかったのでした。

そんな菅原さんの楽しみと言えば営業会社の研修で全員に配られた小型端末のニュートン君で学生時代の友達とメールを交換することでした。最近の会社はどこでも電子メールくらいはやり取りできるようになっていますので菅原さんのお友達も例外ではありません、個人でアドレスを所有している人も少なくありませんでした。

その日も富士通のネットワーク事業部のお友達のメールを読んでいました。読み終わって未読をチェックしますとまた一通メールが入っています。ペンでトンとタッチしてメールを開きました。『おまえの秘密を知っている』 なんとも殺伐としたメッセージです。でもこのくらいの悪趣味なメールを送る人はいっぱいいましたのでケラケラ笑いながら気にすることはありませんでした。送信元のアドレスも見知らぬところからだったので誰か悪戯しているものだと思いましたし、菅原さんには人に秘密にしなければならないような隠し事などまったくなかったのです。そのあともメールは続けて届いたのですが、菅原さんのことを書いてくるあいだは笑い飛ばしていたのです。

菅原さんは雑誌やテレビで定式化された男達の審美眼に照らせば、確かに美しいと言うわけにはいきませんでしたが、愛敬がありユーモアに富み話術が達者で誰でも魅力を感じる人でした。ですから四月に新卒でこの職業についたばかりだと言うのにお客様をいっぱい勧誘することができました。お得意様を回ると男性も女性も相手から寄ってきて歓迎してくださるのです。彼女の所属する支部では瞬く間にトップの成績をとるようになったのでした。新参者が古株の遣り手お姉さんより営業成績が良いとなると妬みやいじめがあるものですが彼女の性格故に誰からも好かれたのです。菅原さんを陥れようと悪趣味なメールを送る人などまったくいませんでした。

メールの内容の質が変わってきました。菅原さんの顧客の不幸を予言するようになってきました。そしてその通りの不幸が起こるのです。さすがに菅原さんも恐くなり会社のコンピュータの管理をしている管理人さんに相談してみました。管理人さんはサーバコンピュータのメーカーから派遣されている人でそこそこ力のある人でした。それでもメールの発信元どころか、どういった経路で菅原さんの端末まで到達するのかさえもわかりません。彼女の力になってあげることができませんでした。

管理人さんは魔法使いの知り合いに連絡をとりました。自分の手に負えないものですからもっと力のある人に助けてもらおうとしたのです。魔法使いというのは普段用の無い時には暇そうにしているものなのですが、いざ何かを頼もうとすると捕まらないものです。この時もそうでした。ちょっとした魔法使いは皆出払っていて見つかったとしても分野が違っていたのです。絵の得意な人が音楽も得意であるわけではないのです。ある魔法使いは状況を見に来てくれましたが力不足で「これは神さまにでもお願いするしかないわね」と、言って去っていきました。

菅原さんは途方にくれました。絶えることの無かった可愛らしい微笑みも消えてしまっています。色白の頬の上の方に不安の黒い隈ができています。彼女は人に見られぬように会社の近所の公園でベンチに座りしくしく泣いておりました。悪意のメールに疲れていたこともありますが、もっと悲しかったのは自分の大切なお客様に立て続けに不幸が訪れたことでした。お客様の不幸を自らに降りかかった不幸のように感じられ悲しくて悲しくてたまらなかったのです。

泣いている菅原さんの横にみすぼらしい姿の人が座りました。

---

「お嬢さん、なにを悲しんでいるのだ?」 顔をあげると心配そうな表情で菅原さんをのぞきこむ顔がありました。姿こそよれよれのGパンに薄汚れたウインドブレーカーを着込んでおりましたが、金縁のレンズの中の瞳は優しく菅原さんをみつめていました。

泣いている顔を人にみせたくはなかったのですが何故だか気を許してしまい堰を切ったように昨今の事情を話してしまいました。話を聞き終わると「わたしがなんとかしてあげよう、管理人さんのところへ連れていきなさい」と言いました。

管理人さんは菅原さんの連れてきた人を見て不審に思いました。でも話をし始めますとそれは都心に舞った雪のように溶けていきました。その方の知識は確実に管理人さんを上回っていたばかりか経験の豊富さもそれとなく伝わってきましたし、紛う事無き強力な魔法使いであることがわかったからです。最後には心服さえしておりました。

菅原さんは朝方やってきた『請求書』と題したメールを魔法使いに見せました。「間違いない、これは蟲の王と呼ばれる悪魔の仕業である」 蟲の王とは人の悲しみや憎しみ、不安を糧として生きているため、不幸を人の世界に巻き散らしている悪魔の一匹でした。人に知られぬように回線の裏の闇に棲み込み災いをなすのです。ときおり銀行のオンラインがダウンするのもこの悪魔の行為でした。

魔法使いは早速手を打つことにしました。サーバ室には蟲除けのお香をたきました。このお香は置いておくだけで三ヶ月も効能があるものです。昔は線香で出来ていて火を付けて一晩で無くなってしまうばかりか、ヤニがついてコンピュータの側にはおけなかったものでした。その後火を使わない蟲除けのお札もできましたし、特に水性のお香が出来てからというものは魔法使いは好んでこれを使うようになったようです。

「さて、お嬢さん、あなたには心に決めた人がいますか?」 菅原さんは正直に答えました。「岩手で将来を誓いあった幼馴染がおり一緒に東京に出て働いております」 「宜しい、いますぐ呼び出してここに連れてきなさい」

菅原さんは神奈川県川崎市の中原区に住み働いている幼馴染を呼び出しました。都内まではちょっと遠かったですが彼女のために急いでやってまいりました。魔法使いは彼に事情を説明しました。「ミキモトに今から行きます」

魔法使いは幼馴染に給料三ヶ月分にあたる百万円のお金を出させて菅原さんの誕生石である真珠の指輪を買わせました。そして菅原さんの左手薬指に幼馴染がはめさせるよう言いました。「これは魔除けの指輪と言って世の中のケダモノや悪魔たちから身を護る力がある」と説明しました。高価で美しい指輪のせいなのでしょうか、菅原さんに笑顔が戻ってきたようです。

魔法使いは蟲の王と直接対決することにしました。魔除けの指輪と蟲除けのお香で身を護った菅原さんがニュートン君をLANに接続し電源をいれます。「メールはまだありません、あ、今届きました」 「開いて読んだりしてはいけません。まかせなさい」 魔法使いはサーバのコンソールを使い目にも止まらぬ早さで呪文を打ち込んでいきます。ときおり外線電話と携帯電話を使ってどこかと連絡をとっています。耳をすませて聞いていますと、電話会社や電力会社、ネットワークの魔法使い達と連絡を取り合っているふうなのでした。

コンソールを操る指はますます早くなっていきます。連絡をとる声も次第に大きく早口になっていきます。「見つけた」 なにやら居場所を突き止めたようで住所らしきものを電話で伝えています、よくきくと最近作られた警視庁のコンピュータ犯罪課とも連絡しているようです。魔法使いの持つ携帯電話が鳴ります。キーボードをタッチする手を止めドコモをつかみます。

「瞬断オーケー? やって!」

電話を耳にあてながらコンソールをのぞきこんでいます。そして電話を切りコンソールからログアウトし落ち着き払って立ち上がりました。「蟲の王は退治された、復活はするだろうが指輪をしているかぎり、もう、二度とお嬢さんを悩ませることはないだろう」

魔法使いはそういうとサーバ室からでていきました。菅原さんはお礼を言おうとあわてて追いかけましたが外には後ろ姿さえありませんでした。その後はまったく悪意のメールは届かなくなりました。

この魔法使いは死んでいなければまだ生きています。蟲にお困りの方は彼女までどうぞ。