◎十月のパーティー

憂木君は一人寂しく明かりの点いていない自分のアパートに帰ってきました。憂木君はプログラマでしたが職場には女性が少なく、いても既婚者ばかりでしたし、仕事も忙しく職場以外で気の合う女性と知り合う機会もなかったのです。仮にそんな機会があったとしても無理矢理引き離された昔の彼女のことを思い出してしまい気を許すことができなかったのかもしれません。そのくせ憂木君は人恋しい性格でしたので部屋に帰ると一人きりでは寂しくてなりませんでした。

憂木君のアパートにはいつ誰が来てもいいようにお茶やお茶菓子、ちょっと気分が良くなるようなアルコール飲料も用意していましたし、何人お客様が訪れてもいいように食器類も充分にありました。簡単な料理ならいくらでも作れるほどの食料も買い込んであります。でもそれを使うことなどなかったのです。来てくれるような親しい人は誰もいなかったからです。

今日も疲れきっていましたが大切に使っているLC630に電源を入れて起動を待ちました。憂木君の楽しみというのは今やこのコンピュータと戯れることだけだったのです。

と、玄関の方でノックの音が聞こえます。憂木君は喜びました。夜中に訪れる人というのはまともな人ではなさそうだな、とは思いましたが泥棒でも押し売りでも読売新聞の勧誘員でもどんな心の荒んだ悪人でも歓迎する気になっていたのでした。

どんな人がいるのかなとわくわくしながらドアを開けてみました。「お菓子かいたずら!」 何人もの子供達が仮装して表に立っていました。憂木君は今日がハロウィーンだということに気がつきました。憂木君は嬉しくなりました。「お菓子をあげるよ、待っててね」 急いで食料棚からお茶菓子にとっておいたお菓子を取り出してくると子供達に分けてあげました。すると子供達は「楽しいハロウィーンを」と言って手を振りながら離れていきました。

憂木君はドアを閉め、またLC630の前に座ろうとしましたが、するとまもなくまたノックの音が聞こえました。出てみるとやっぱり子供達が「お菓子かいたずら!」と口を揃えて言いました。さっきの子供達とは別のグループのようです。憂木君はまた戸棚からお菓子を持ってくると皆に配りました。憂木君は嬉しさで疲れなど吹き飛んでいました。

ドアを閉めまたコンピュータの前に行こうとするとノックの音がします。こうして次から次へと新手の子供達が憂木君の部屋をノックしてきます。用意していたお菓子もとうとう底をついてしまいました。それでもまだ子供達はやってきました。

「お菓子かいたずら!」

「今ちょうどお菓子が切れてしまったんだ。急いでみんなの分を用意してくるからぼくの部屋の中で待っていてくれるかい」 子供達はにっこりと笑いながらうなずいてくれました。

憂木君は子供達を招き入れるとコンピュータを指差し自由に触っててもいいよと言い、お財布を掴んであわてて出掛けていきました。行きつけの近所のコンビニエンスストアでありったけのお金を使って買えるだけのお菓子とジュースを抱え込みました。顔見知りの店長さんがアルバイトの店員さんを荷物運びに手伝わせましょうかというくらいいっぱい買い込んだのです。

憂木君が家に帰ってみるとさっきよりも子供達の人数が増えていました。買ってきたお菓子を配りジュースも欲しがる子供達にあげました。

「ここでハロウィーンパーティやっていかないかい」と憂木君が言うと子供達に歓声があがりました。憂木君はフライパンやお鍋やグリルや電子レンジをフル稼働してご馳走を作り始めます。料理に自信がありそうな年長の女の子と男の子が憂木君を手伝ってくれました。料理を作る端からどんどん子供達のおなかの中におさまっていきます。冷蔵庫や食料棚にあった材料が尽きかけたころパーティももう終わりだなと憂木君は感じました。

子供達は玄関を出ていく時に「楽しいハロウィーンを」と一言言ってちょっと可愛くポーズをしていきます。最後まで残って後片付けを手伝ってくれた子供達もお別れの挨拶をして出ていってしまいました。

もう夜中の十二時を過ぎようとしていました。あの子達はこんなに遅くまで外出していても家の人に怒られないのかなと心配でしたがみんな一緒だったのだからまあ大丈夫だろうといつもの能天気さを取り戻し、立ち上げたままだったLC630の前に座りました。

子供達が起動させたのでしょうか、マックペイントが開いておりいろんな絵が描かれておりました。憂木君はその絵を記念にセーブして大切に保存しておくことにしました。

翌朝アパートのお隣の部屋の人のところへ夜遅くまで騒がしくしたことで謝りにいきました。ところがとても静かだったとおっしゃるのです。上の階の人も同じです。誰も昨日の騒々しさを気にしていないようでした。憂木君は不思議に思いましたがそういうこともあるだろうと一人納得してしまいました。

さて一年が経ちました。今年はもう憂木君は一人ではありませんでした。三日後に結婚式を開く予定の、心から愛している奥様と一緒に暮らしていたからです。

「どうしたの、いっぱいお菓子を買い込んで」 奥様が憂木君に尋ねました。「お菓子だけじゃないよ、ご馳走の材料もこんなに用意したんだ」 食料棚と冷蔵庫を広げて見せました。

マックペイントを起動し子供達が描いた絵を見せながら、去年の出来事を奥様に話しました。奥様はころころとした喜びの笑顔で聞いていました。「じゃこんな雰囲気だったのかしら」 奥様はイラストレーターでしたのでマックペイントでパーティーの様子を描き始めました。するとどうでしょう。ほんとうに去年のパーティーそのままのイラストが描きあがっていきました。描かれた子供達の顔は確かに去年の子供達そのままでした。仮装もそっくり再現されているのです。憂木君は驚いてしまいました。

憂木君を可哀想に思ったソフトウェアの神さまが彼を元気づけてあげようとお思いになり子供達をよこしてくれたのかもしれないと、二人は話し合いました。憂木君はがっかりしました。それでは今年はもう子供達がきてくれないだろうと思ったからです。この日の来ることを三日後の結婚式と同じくらい楽しみにしていたのです。でもその時でした。玄関でノックの音が聞こえたのです。

三日早い結婚披露宴が始まりそうでした。