◎富士と紅玉

小さなソフトウェア会社がありました。毎月毎月きりきりの収益しかなく社長も副社長も社員のお給料の算段にいつも心をくだいておりました。

それでも破綻の来る日がやってくるものです。次の月の給料が二人分だけ捻出できないことがわかったのです。副社長が社長に言いました。

「富士君と紅玉さんにやめてもらいまひょ」

富士君は特に有能であるとはいえませんがそれなりに仕事のできるプログラマで会社の中ではお給料の高い人でした。紅玉さんはまだプログラマを始めて間もない人でしたがなかなかの才能を持っており行く末は魔法使いか神様かとも見られている人でした。二人の間には恋愛感情というものは無かったのですが随分と馬が合い傍目からは恋人同士のように思われていました。もっとも二人のお互いを思う気持ちには兄妹のような感情しか存在しなかったのですが。

二人は思ったことをずばずば口にする性格だったので、ちょっとずぼらな傾向のある副社長とは折り合いが良くなかったのです。そこでこの機会にこれ幸いと副社長は二人の名前を出したのでした。社長は常々人は財産であると言っていた方だったのでさんざ渋りましたが副社長の剣幕に負けてしまいました。

「でもどうやって辞めてもらえばいいもんかなぁ」

社長は小心な人だったので人に向かって直接くびと言えないのでした。副社長は悪巧みに長けた人だったのでこう言いました。

「わっしにゃあ策がありやす」

副社長の策というのはこうです。ちょうど日経コンピュータの動かないコンピュータで取り上げられたばかりの潰れかかったプロジェクトの助っ人要員に二人分の募集があったものですから、それに二人を派遣してしまうというのです。近日中にプロジェクトが崩壊するのは火を見るより明らかなものでしたから、その責任を取らせて辞めさせようというのです。もちろん裏では会社が損をしないような契約になっていたのです。

富士君はあらかじめその日経コンピュータの記事に目を通していました。そこで紅玉さんと我々だったらこう対応するなぁということをよく話し合っていたのでした。そして派遣されるやいなや様々な手を打ちプロジェクトを立て直させたばかりか、電光石火の早業で終了させてしまったのです。

びっくりしたのは副社長でしたがプロジェクトを立て直してくれたお礼にといってお金を割り増しでいただけたものですから、二人が戻ってくることにはまったく構わない気持ちになっていました。そして社長は大喜びでした。予想外の収入があったばかりか社員が戻ってきてくれたのですから喜ばないわけがありません。

しばらくは会社も息つぎをして経営していくことができました。それでもやはりお給料が払えない日がやってまいりました。副社長はまた二人を辞めさせるように社長に言いました。一度承諾してしまったことのある要求でしたから二度目も承諾せざるを得ませんでした。

副社長の策はまた前と同じように潰れかかったプロジェクトを持つ会社に派遣するというものでした。ただ日経コンピュータには取り上げられてはいなかったものですから富士君も先に情報を仕入れて対策を考えておくということはできませんでした。二人の派遣されたプロジェクトは有効な手を打つ前に潰れてしまったのでした。

二人は帰るに帰れなくなってしまい本当に困ってしまいました。ともかく食べられなければ話になりませんので同じソフトウェアを開発するところを二人して探しまわったのです。でも不景気なことにまったく探し出せないでいたのです。

二人は探し疲れました。しばらく何も口にしてもいません。二人は公園のベンチに座り込み絶望しようとした時でした。向かいのビルの玄関に『プログラマ募集中』の札が見えたのです。もう二人は喜んでそこに飛び込んでいきました。

さっそくそこの会社の社長が現われ二人と面接してくださったのです。社長はすぐにも雇うと言ってくださり二人も大喜びで契約書にサインしたのでした。

しかしこの社長は悪い魔法使いでした。この世界では魔法使いといえばたいていは良い魔法使いなのですがごくたまにこの社長のように悪い魔法使いもいるのです。まさにこの社長は悪い魔法使いの典型で、自分より力の無い者に対しては徹底して服従を強制し、自分より力が強くなりそうな人を見つけたらその芽を潰してしまうのです。自分より力が強い人には決して近寄らないかおべっかを使うのです。そうしてこのゲームソフト制作会社を大きくしてきたのです。ゲームといってもどぎついエッチなものとか競輪競馬競艇パチンコ宝くじ喫煙といった人間の欲望をかき立てて純真な青少年の精神を暗黒に曇らせるような邪悪なものばかりです。

富士君はゲームソフトのテストの仕事をさせられました。来る日も来る日も単調でさほど面白くも無いゲームをやりつづけなければなりません。でも開発の人達よりはまだましだったのかも知れません。彼らは朝から晩までこき使われ干からびたスルメのようになっていたのです。完全に干からびて一人社員が減ったなら富士君をその穴埋めに回すつもりだったのです。

紅玉さんはお茶くみの仕事でした。社長は紅玉さんに自分を上回る潜在能力があることに気がついていましたのでプログラムに関する仕事を与えなかったのです。

二人は支度金を貰っていたので会社を辞めるに辞められませんでした。支度金を貰わなければ生活ができなかったのでしょうがありませんでした。それでも二人は希望を捨てずに虎視眈々と機会を狙っていました。食べる心配がなければ絶望などしないものなのです。

生活を切り詰めたおかげで支度金分の返済も終え多少の貯えもできたある日のことでした。紅玉さんが飼い殺しにされている開発中のプログラマ達にお茶と食事を持って配っている時のことでした。社長が秘密のパスワードを入力しているところを後から覗きこむことができたのです。紅玉さんはしっかりとそのパスワードを覚えました。そして朝方皆が寝静まった時に富士君を連れ出して会社のコンピュータに侵入したのです。二人は電子化された二人の契約書を探し出し破棄しました。これで二人は自由です。ついでに価値のありそうなデータを見つけてはCDに焼いて、最後には全部のデータをくちゃくちゃにしてしまいました。バックアップのテープも持ち出して焼いてしまいました。そしてすぐさま逃げ出したのです。

次の日にはもう悪い魔法使いの会社は潰れてしまい魔法使いもビルから飛びおりて死んでしまいました。

富士君と紅玉さんは持ち出したデータを使い新しい面白いゲームを作り上げ売って大儲けしました。そして二人のもとの会社に戻っていったのです。副社長はすでに心筋梗塞で死んでしまっていましたから社長は喜んで二人を迎え入れました。その後もいろんなことがあったのですがそれはまた別のお話です。

上司がピーピー、コギャルがギャアギャア、あたらしいお話のはじまりはじまり。