最終更新日:2010年02月28日  公開日:2000年2月1日

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いざ行かん、世界一の本の街へ(09/10/29)

 神保町はいま古本祭りまっさかりであります。ここのところ仕事があまりに忙しく、通りがかりにワゴンをのぞく程度しかできておらず、激しい欲求不満を抱いていましたが、それも今日まで。
 世界一の本の街へおいでませ。
 私の予算はウン万円であります。いざ!


節約生活・その2(09/10/04)

 節約生活、承前。
 先日、妻とともに散歩がてらホームセンターに行った。出産のときの体力を作るために、一日2時間歩け、と言われている。散歩が主目的で、もともと買い物は従なのだが、ホームセンターと隣接する食品スーパーの圧倒的な量・種類のモノたちを前にしつつ、やっぱり私たちは何も必要なモノがないのでありました。食品売場で低農薬栽培のバナナを一房買っただけで店を出た。

 生活雑貨は、もともと私も妻もあまり使わない。歯磨き粉は、私の場合は月に一度、石鹸歯磨きを使うぐらい。普段は水だけ。というか、市販の多くの歯磨き粉には合成界面活性剤が含まれていて有害であります。風呂で使うのも固形石鹸(いわゆる純せっけん)だけ。これで頭から足の爪先まですべて洗える。よく銭湯で、カゴにゴテゴテといろんなものを入れて持参している人を見かけるけど、含まれている化学物質の人体への影響という観点もさることながら、かかる費用という点でも、どうかと思う。純せっけん一つで、妻と二人、ほぼ毎日風呂に入っても、一ヶ月は充分に持つ。洗濯もせっけんだけ。油汚れがなければ、水だけでも汚れはけっこう落ちるものだ。掃除は水拭きが基本で、ときどき重曹を使うていど。台所での食器洗いも、もちろん毛糸たわしと水だけで洗うのが基本。よほど油汚れがひどいときだけ、せっけんを少し。それで充分落ちるのでお試しあれ。経済的観点ももちろんだけれど、それがなくとも、生活から人体に有害な化学物質を排除していくと、自然とこういう生活になる。

  あと、節約生活を突きすすむときに避けられないのは、本代ですね、本代。これは、私に貯金ができない最大の原因であります。よくもまあ、興味深い本が絶え間なく次々に刊行されるものだ。それと古本。掘っても掘っても、枯渇するということを知らない鉱脈。

 だが、これについては、もう置くところがないという物理的制約によって、すでにかなり抑制されてきている。今の家に越してきて3年。まさか、こんな短期間のうちに玄関まで本で埋まってしまうとは思わなんだ。社会保障費ではないけれど、職業柄、これからもどうしたって自然増はある。本屋では「今ある本を読む」、古本屋でも「今ある本を読む」と自分を説得しよう。これでかなりの節約。写真は、まさに脳裏で「今ある本・・・」と唱えているワタシ。長野・松本の古書店で妻が盗撮(笑

 医療費は、今のところ二人とも風邪ひとつ何年にもわたってひかない状況なので、あまりかからない。あ、僕の歯医者だけ。出産にかかる費用は臨時的なものだけれど、今月から出産育児一時金が4万円増額された。ありがとう国家。助産院での出産なので、病院で産むよりも安く済むので、このまま健やかに推移すればいくらか手元に残るだろう。赤ん坊は布おむつ一本で貫徹する予定。このあたり、また後日、まとめる。あと、子ども手当ってのは実際、ありがたい。

 以上、まとめると、おっちゃんの収入でも、夫婦+乳児ならなんとかなりそうだけど、6人じゃ無理だよね、そりゃ。


節約生活・その1(09/10/03)

 10月から節約生活に突入している。私と妻の収入、貯金額、家のローン、生まれてくる子どものことなどモロモロ話し合い、「それにつけても金はなし」ということで、とにかく10月を節約強化月間とすることにした。

 まずは、どこかの政権ではないけれども、歳出の徹底的な見直し。というか、「入り」のほうを増やすのは容易ではないので、「出」のほうを減らすしか、当面は手がないのだ。とりわけ、毎月定額的に支払っているもの重点的かつ抜本的に見直し、解約したり、より値段の安いものに乗り換えたり。なかなか無駄なものってのもないんだけれど、電気の契約を落とすとか、プロバイダの契約やらケータイの契約やらを逐一見直していって、乾いた雑巾を絞るようにして、月に数千円を節約。次に食費を削る。生協での注文を月2万5000円までに抑える。そして光熱費の節約。もともエネルギーを浪費するほうではないのだけれど、さらに節約を徹底して、電気・ガス・水道その他の光熱費は月に総額1万円を目標とする。テレビもないし、エアコンもほとんど使わないので、充分可能。

 今月2日に書いた「エコバイカー計画」で触れた太陽光発電。本当は屋根に3キロワットぐらいの太陽光パネルを搭載したいところなのだけれど、その初期投資のカネがないので、手持ちのモノで、まずはささやかな規模で始める。キャンプ場で使っているランタンを家に持ち込む。これに使う電池は、もちろん太陽光で充電したものを使う。家の中のちょっとした夜の移動などには、いちいち蛍光灯をつけずに、これを使う。風呂もこれで入ったほうが、むしろオモムキがある。風呂ではお湯はじゃぶじゃぶ使わない。ちょろちょろ使う。もちろん、この風呂の残り湯は洗濯機で使うことになる。――このあたり、節約とはCO2削減に貢献するものなのでありますね。

 いま妻と話しているのは、「果たして私たちの生活に冷蔵庫は必要か?」ということ。だんだんコアな感じになってきていますね。生鮮食品を食べる日に購入すれば、原則として冷蔵庫は要らないのだけれど、生協で週に2回、生鮮食品をまとめて届けてもらっている関係で、今は冷蔵庫が必要になっている。しかし、ここは工夫次第でどうにかなるのではないか。だが、妻とのあいだの議論は、「夏、冷たい水を飲みたいときにどうするか」というところで止まっている。まあ、当面、寒い時期には冷蔵庫は使わない、という線でまとまるかな。

 節約生活には、けっこう野営生活のノウハウが生かされる。単車旅での予算はガソリン代やフェリー代、キャンプ場料金・食費・温泉代・酒代(これが多い)などすべて含めて一日3000円から4000円、一ヶ月の旅でも10万円前後。たとえば、この前の荒船山へ登った群馬・長野一泊二日のツーリングは、ガソリン代(約1100円)、温泉代(500円)、食費(約700円)、キャンプ場(500円)、合計2800円しかかかっていない。あ、うそ、酒代2100円(佐久の地酒・亀の海)がかかってた(笑 長期のツーリングであれば、この酒で数日もたせる。ともかく、単車旅はお金をかけないほうが面白い。写真は、野営場で夜、ランタンの灯りで日記を書きつつ、そのランタンの熱で鍋を熱しているところ。


腐敗と堕落の10年間(09/10/02)

 東京オリンピック敗退。あまりにも、当然すぎる結果。
 日本はすでに東京で夏季五輪を、札幌や長野で冬季五輪を開催している。「南米発の開催」という大義を持つリオに太刀打ちできるはずがない。そのうえ数多くの問題発言で国際的に知られた石原知事の存在もマイナス材料だ。

 思い出してみよう。石原知事がどんな発言をしてきたか。たとえば、2000年4月10日の独「シュピーゲル」に掲載されたインタビュー。ここで石原知事は、憲法第九条を廃棄して正規軍備を整えるべきだ、「中国は多くの小国に分裂すれば良い」、「日本はそうした展開を全力で促すべきだ」、「いわゆる南京大虐殺は東京裁判でアメリカがでっちあげた冗談だ」などなどと発言した。これに対して中国政府は、「白痴の夢物語」とまで極言している。

 こんなオッサンが、「平和の祭典オリンピック・パラリンピックを、世界で唯一戦後60 年一貫して平和を貫いてきた日本で開催することで、平和の尊さを世界に訴えます」(招致委員会パンフ)、「私の祖国日本は、第二次大戦後、自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる大きな惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました」(石原のIOC会長への書簡)などと訴えても、欺瞞的でまったく説得力がない。「改心」そのものは、まあ歓迎すべきことだけれども。そういえば、石原知事は北京五輪にも参加していたね。石原の本音は、石原自身が語ったように、「このごろ日本は元気がない。周りの国からなめられている。『日本をなめたらあかんぜよ』という表示にオリンピックをやりたい」というあたりにあるのだろう。自らの失政を覆い隠す効能も期待したものと思われる。

 それはともかく、私が特に問題にしたいのは二つ。一つは東京都の予算の使い道という地味だけれど重要な問題と、そしてメディアのありかた、だ。

 老人福祉手当の廃止。母子保健院の廃止。老人医療費助成の廃止。シルバーパス全面有料化。都立小児病院の統廃合。わが八王子の小児病院も対象だ。障害者医療費助成、重度障害者手当、ひとり親家庭医療費助成も切り下げ。盲導犬の餌代補助、わずか年額64万円の廃止。東京都によれば、「少額補助は事務が煩雑で行政効率が悪い」のだそうだ。障害者団体が行なってきた海水浴旅行への補助金も廃止。石原知事が海外豪遊に使う税金の一割にも満たない金額なのだが。その他、もう数え切れないほどの福祉・医療・教育・保健などの切り捨てが、石原都政10年のあいだに進められてきた。盲導犬への餌代の補助廃止など、よくぞそこまで目が届くものだ、と逆に感心してしまう。

 以上の施策は「財政再建推進」の旗印のもと進められてきた。だが、その本音は「何が贅沢かといえば、まず福祉」(『文芸春秋』1999年7月号)というものだった。

 そうして作った財源を、石原知事は何に投じてきたか。役立たずの新銀行東京にはすでに1400億円の税金が投入されている。自民・公明の都議による口利き融資が横行した結果、不良債権比率(お金を貸したけれども、貸した先の倒産などによって回収できそうにない金額の割合)はついに17.6%にまで達している。普通の金融機関ではありえない数字だ。もはや清算以外に道はない。

 新銀行の場合、銀行の貸し渋りに悩む中小企業の支援という大義名分が、あるにはあった。そんな名分のたたない、ただひたすらに人の怒りを掻き立てるだけの使い道も多い。たとえば、スイスでの一回のパーティに使ったお金が1700万円。そこに招いた「芸術家」だという4男の「出張費」は約130万円。2006年の段階で、石原は知事就任以来2億4000万円の海外出張費を使っていた。僕は今、この文章をPCの前でPANTERAを聞きながら書いているのだけど、このアルバムのジャケットは、実に私の今の心境を的確に表している。

 石原の唱えるオリンピックが、どれだけ表向きにキレイゴトを唱えていても、酒をもって池と為し肉を縣けて林と為す退廃の祭典というイメージを私に与えるのは、上記の石原自身の言動による。

 上がこうなら、下もダメになる。都庁官僚のモラル低下。都政の取材をはじめた10年前、取材で触れる都庁官僚は実にマジメかつマトモで、「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本とする」という地方自治法を毎日唱えてでもいるのではないか、というカタブツが多かった。港湾局などは昔から腐敗していたけれど。それがいまや、取材していて自分がマジメな人間であるかのように思えてくるほど、都庁官僚が劣化した。人のまじめな取材に冷笑でこたえるなんてのは序の口で、「上にはこびへつらい、下にはおごりたかぶる」という典型的な茶坊主官僚が跋扈している。

 もう長くなったので、メディアの問題は簡単にするけれど、腐敗と堕落の石原都政10年のあいだ、ほぼすべてのマスメディアは石原都政に関するまともな報道をサボタージュしてきた。なにも批判的な論説を書け、というのではない。そんなことはもう望まない。それ以前の問題として、事実を報道していないのだ。石原都政の腐敗に関する事実報道は、ほとんど共産党の「赤旗」が一手に担ってきた。

 今回の東京オリンピックに関する報道についても、読売新聞が「招致オフィシャルパートナー」となって、招致に積極的な「ニュース」を流してきた。もちろん、そのこと自体は(「不偏不党」などというゴマカシを掲げないのであれば)かまわない。おおいに偏向すればいいのだけど、なぜ読売新聞のオリンピック招致にかかわる世論調査は、他の世論調査に比べて、開催「賛成」の比率が約20%も高いのか。

 傲慢な権力者は、この10年に腐敗と堕落、追従と諦念をうんだ。これを取り戻すのは容易ではない。だが、やらなければいけない。まずやるべきことは、オリンピック騒動が去った今、石原都政の失政をあらためて蒸し返していくことだろう。写真は、その私の意志を示す石像。南アルプス・尾白川渓谷にある神社にたたずんでいた。


エコバイカー計画(09/10/01)

 最近のライダーは、けっこう電化されている。今年の夏のツーリングでは、料金収受機(「ETC」)をつけているバイクはよく見かけたし、道案内機(ナビゲーション)をつけているバイクも見た。

 もちろん、私は料金収受機も道案内機もつけない。道に迷うのが面白い。寄り道こそが単車旅の醍醐味じゃないか。料金収受機にしても、もともと、風景も見られなければ人との出会いも期待できない高速道路なんか使いたくない。休日1000円とかETC割引だとか、こちらから願い下げであります。

 ただ、僕は僕で電化されている。日本一周をやった十数年前には携帯電話もなかったし、カメラはフィルム式だった。携帯電話が人間の行動に与えた影響は、一般に受け止められているより大きいものがあると思う。かつて、屋外で電話をかけたいときは、公衆電話を使うか、どこかで借りるしかなかった。借りた電話で「いま四国だよ」などと近況を家族に話していて、それを聞いていたその家のオバサンが、どこから来たの、へえ横浜、日本一周なんかしてるの、まあ食事でもしていきなさい・・・などということもあった。携帯電話が普及した今、こういうことはなくなった。山道をケータイで話しながら歩いている人もいるものね。

 いま、僕が単車ツーリングのとき、あるいはテントを担いでの山歩きのときに持ち歩く電化製品には、携帯電話・デジタルカメラのほかに、音楽再生機やヘッドランプがある。さらに、これまではカセットガスを使ってきたランタンについても、費用と環境の問題を考え、電池式のLEDランタンに変えることにした。ガスランタンの暖かみは捨てがたいものがあるのだけれど、ここはLEDランタンの効率の良さを選ぶことにする。電池3本で30時間以上もつ。

 これらすべての電化製品を、単3電池使用のものに更新することにした。そして、その単3電池を太陽電池によって充電する。これによって、多種類かつ多量の電池を準備しなければならない煩わしさや、使い終わった電池を捨てる後ろめたさから解放された。太陽光だけでは心もとないので、AC電源からの充電器も持つにせよ、コンセントを探す手間も従来に比べて大幅に減っている。

 すべてを一度に使うことはあまりないだろうけれど、ランタン(3本)、ヘッドランプ(1本)、デジタルカメラ(4本)、それに音楽再生機と携帯を充電するための2本。しめて10本、予備に2本で12本を準備した。識別を容易にするため、メーカーを変えて、エネループ・エボルタ・バイオレッタを各4本ずつ購入。太陽光充電器は6本を同時に充電できるようにした。

 考えてみれば、旅のあいだは、ずっと外にいるのだ。昼食も自炊しているから、屋内に入るのは温泉のときかトイレのときぐらい。太陽光とはきわめて縁が深い。野外で使う電化製品を太陽光で駆動させるという方向性は必然的なものであったろう。


注目論文(09/09/30)

 昨夜から徹夜明け。八王子に帰って友人と温泉に行って、駅前で酒を飲んだ。さすがに酔いのまわりが早かった。

 政権交代を特集した『現代思想』今月号の渡辺治氏の発言(「鳩山政権と新自由主義の行方――転換か、再編か」)は注目すべきであります。民主党「圧勝」の背景分析から、今後の運動的課題について明確に論じている。

 先日、学生の友人から電話がかかってきた。民主党政権をどう見るべきなのかを議論しているけれども、何かいい論文はないか、とりわけ渡辺治氏がどう分析しているかを知りたい、と要望してきた。まだ『現代思想』が出る前のことだ。ちょうどその日、私も参加しているある研究会で渡辺氏の報告がある、というと、研究会に参加できないか、それがダメなら録音してきてくれ、少なくともメモを取って寄こせ、と要求してきた。

 僕は、友人の気迫に押されつつ、感動した。今の情勢をどう見るべきなのか。その人の分析を知りたい。その人の発言を読みたい。――その知的欲求こそ、論壇誌というものの生命線だろう。『現代思想』における渡辺治氏の発言は、その欲求に真正面から応えるものだ。

 『現代思想』10月号は、森達也氏の一文など、その他にも注目すべき論文が多い。買いの一冊であります。写真は、渡辺論文に瞠目する私の心境を表現する、うちのネコ。


助産院(09/09/28)

 雑誌の校了が近く、その他もろもろの雑事が集中し、精神的疲労困憊度も95%に達していた今朝、妻とともに助産院へ行く。

 両親講習、であります。もうすぐ生まれてくる新しい生命のための準備作業。これまで、八王子市の両親学級と、自ら四人の子どもを産み育てた知り合いの市議さんが開いてくれた授業、それに今回の助産院。未知の世界だったから当然だけれど、毎回、新しい発見がある。表現が全然追いつかないのだけれど、赤ん坊のすごさ、妻の知られざる能力などなどに、寝不足やら疲労やらが一気に吹き飛ぶ。

 お腹のなかの子を「あこ」と呼んでいる。本当の名前の前の暫定的な名前で、「吾子」という意味だけど、うちのネコもときどき「アコー」と鳴く。産婦人科でも助産院でも、「よく動く子ねえ」といわれる。モニターで初めて僕が見たときもお腹の中でクネクネバタバタと踊っていた。楽しそうだね、吾子。

 写真は、今年の夏、北海道の美瑛で撮影。


東海自然歩道の入り口で数字表記を考える(09/09/27)

 あれは22歳だか23歳だかの頃だったと思う。くだらない交通違反が積み重なって免停になった。講習を受ければ免停帰還は短縮されるのだけれど、講習費を払うのがバカらしい。たいした金額ではないのだけれど、罰金のうえに講習費を払うのが腹に据えかねて、そのまま30日間、「バイク断ち」をすることにした。

 ある日、いいことを思いついた。バイクに乗れないのであれば、普段バイクでは行かない・行けない・行く気にならない所に行こう。そう、離島。それで僕はテントとリュックを担いで伊豆七島をめぐる旅に出た。大島から三宅島、そして式根島や神津島。しびれるほど楽しかった。それ以来、リュックを担いで歩く旅を好きになった。

 いつかやりたいと思っているのは、四国の八十八ヶ所めぐりと、東海自然歩道の踏破だ。特に後者。東海自然歩道連絡協会のサイトから引用する。(原文ママ)

 東海自然歩道は、「明治の森高尾国定公園」と、大阪の「明治の森箕面国定公園」を結ぶ、緑豊かな自然と貴重な歴史を 伝える文化財を訪ね、心身の健康と安らぎを与える総延長1,697.2 km の長距離自然歩道です。
 コースは、直に自然に触れ、埋もれがちの貴重な文化財に出会うことを条件に選定され、関係都道府県は1都2府8県に及び、 東京都・大阪府・京都府・神奈川県・山梨県・静岡県・愛知県・岐阜県・三重県・滋賀県・奈良県の各都府県を国定公園で つなぐ形になり、名勝地をはじめとして古戦場、旧街道、伝説の地など歴史を忍ばせるものが随所に見られるます。全コースを歩くと 40日から50日程かかると言われています。

 いいねえ。実に、いいねえ。東側の起点が我が八王子・高尾山だということにも運命的なものを感じる。連絡協会の事務局も八王子の観光協会じゃないか(いま知った)。

 つい先日、妻とともに高尾山を散歩した。高尾山の登山口(一号路)に立っているのが上の写真にある案内板。そこを起点にして、40日から50日かけて、大阪へ。きっとやったことのある人、いるんだろうなあ。何回かに分けて踏破というのが現実的なところだけど、できれば一気に歩きたい。

 時期としては、やっぱり今の時期ぐらいがちょうどいいだろう。あるいは春先から梅雨の季節まで。真夏では暑すぎる行程だ。長い日程だし、高度な山登りがあるわけでもないので、装備は重くても大丈夫だろう。ところどころで市街地に出るから、食材は四日分+アルファで充分だと思われる。一日に米2合を食べるとして8合、それに非常用の2合を加えて一升=約1.5キログラム。補給の場合には2キログラムのものを買うことになろう。こういう場合、どうしても野菜不足になりがちだから、野草で食べられるものを研究しておく必要がある。ウンヌンカンヌン。こういう想像、旅の企画、放浪に向けた思考実験というのは、何時間やっていても飽きない。本を持たずに来て待たされるようなこと(本を持ち歩かないなんて滅多にないけど)があった場合には、これに限る。現実に復帰するのにエネルギーが必要だけれども。

 行くぞ。いつか、必ず。

 ・・・で、この文章を書き始めたときに考えていたのは、そういう企図とか思考実験のことなどではなく、この案内板に含まれた問題点なのであります。下の写真は案内板の右にある文章を拡大したもの。

 このサイトに来ているような人ならわかるでしょう。私が何を言いたいか。――「1.697.2Km」という表記は、実にヘンテコであります。そうまでして、なぜ三桁で数字を区切りたがるのか。「1697.2Km」でいいじゃないか。そのほうがよほどわかりやすいし、美しい。

 数字表記で点を打つというのは、本来、認識しやすくするための行為でしょう。上のように小数点の点と三桁区切りの点が混ざるというのは論外として、たとえば「54318573000」では一見して何が何やらわからないけれど、四桁で点を打って「543,1857,3000」であれば543億〜だと認識しやすくなる。これが三桁で「54,318,573,000」と区切られたり、甚だしくは「54,319(単位百万)」などとやられたりすると、これは何らかの理由があってわざわざ読みにくくしているのだと考えるほかない。絶対そうだ。

 やはり日本語における数字表記は、点を打つのであれば「543,1857,3000」、文章の中では「543億1857万3000」とでもやるのが一番いいと思う。四桁区切りの点を実践するのは、表記について共通ルールのもとで進まなければいけない場所(官公庁とか会社とか)では現時点では難しいけれど、少なくとも私は三桁の点を打つことだけは極力避けたい。


窓の向こうを知った猫(09/09/24)

 夏の旅(8日間)でここ数年くすぶりつづけていた野営魂に本格的な火がついた。私の職場のある神保町――世界一の本の街として知られるこの街が、これまた登山用品店の密集する街でもあるわけですね。なんて魅惑的な街であることでしょうか。仕事に疲れると、ふらふらと街路に出ていく。登山用品店に惹かれること、飛んで火にいる夏の虫のごとし。テントだの雨合羽だのコンパスだの野外料理用の食器だのを拝みたいような気持ちで眺め、撫でる。けっきょく何も買わずに外に出る。晴れ上がった青空のもと、自分はこんなところで何をしているのだろう、という気になる。青空が恨めしい。何かに駆られるような気持ち。家から見える丹沢の山々が神々しい。手を合わせたい気持ちだ。瞑目すると、単車の上、過ぎ去る景色と青空に身を沈める幻視が否応なく浮かんでくる。灰色の世界から、緑と青の世界へ。まあ、雨の日は野外も灰色だけど。そうだ、ゴアテックスの合羽は買っておかなきゃ。でも懐具合がなあ・・・などと、「心ここにあらず」を地でいく私を見かねて、妻が「行ってきたら」と言ってくれる。机の前で資料を読んでいたはずなのに、なぜか地図(もちろんバイク乗り必携のツーリングマップル)をまばたきもせずに眺めていたり、PCの前で作業しているはずが口を半分あけて天気をチェックしている夫の姿を見て、これはヤバイ、と思ったのかもしれない。

 実に、ヤバイ、のであります。なんだかガソリンが切れかかっているのに無理やり走っている感じ。日焼けがひいていくのに比例して心に澱がたまっていく。夏の気配が薄まっていくにつれて、じりじりした焦燥感が破壊衝動すら引き起こす。いかんいかん、と思いつつ、日々の仕事やら何やら雑事の集積としての日常を過ごしていく。それはそれで重要で、かつ楽しくもある生活や仕事もしっかとした磁場を持っているのだ。それでも、やっぱり思い出してしまう。野営場でつくる野菜炒めのうまさとか。山に登ったあとの温泉の気持ちよさ、とか。バイクで走りながら音楽と風と景色がはまったときの高揚も、焚き火を見つつ飲む日本酒も、強烈な磁場を放ってくる。いや、そういった個々の楽しみや旨味よりも、まだ見知らぬところに行くということ、ただそれを考えるだけで心が浮き立つのだ。それがどういう起源をもつ衝動なのかわからないけれど、こういうことは一度知ってしまうと、もう不可逆で、知らない状態に戻ることはできないのだと思う。外の世界を知ったイエネコと同じ。

 これはもう行くしかない。行け、行かなければ知ることのできない、まだ見ぬ土地へ。


心配をかけないはずの登山(09/09/25)

 内的衝動に突き動かされてツーリングに出てきた私であります。
 時は9月13日(日)。天気は上々。解放感、これはもう最上等。しかし、妻には心配をかけてしまう。一般常識から言えば、登山→危険、バイク→危険、でありましょう。体験的にも、数字的にも、決してそんなことはないと僕は思うのだけれど、とにかく一般的にはバイクも登山も危ないというイメージがあるわけです。したがって、無用の心配をかけないためにも、北アルプス大縦走だとか谷川岳で岩登りとか、そういう方向性ではなく、せいぜい標高差も数百メートルで、岩場やら鎖場やらのない、一般向けの山にしぼる。だから、語感でいくと「登山」ではなく「山歩き」とか「ハイキング」とかのほうが路線として近い。要するに私の場合、自然の中に入っていくことが目的なので、自然が残っているのなら山地でなくて平地でも何でもいいのであります。あれですね、もともとは平地の動物であったホンドジカが、ヒトに生息環境を奪われて山に移っていったようなもの。もちろん、あえいだ末に山頂を踏む達成感だとか、そこからの景色だとかは魅力的なもので、それなりの高さの山のほうがいい、ということになるわけなのですが。しかし、かつてならともかく、今の私には岩とか雪という世界、危険であること自体が楽しいという局面には、少し距離が感じられる。物理的な危険は、他の方面でいくらでもあるし。

 それに、バイクでの移動を前提としている以上、縦走とか本格的な登山というのは、なかなか難しいのですね。ツーリングに出かけて、一日の走行が200キロメートル以下だと、なんだか乗り足りない気もする。

 今回は北関東の長野県と群馬県の県境にある山に決めた。標高は1423メートル。特異な相貌をした岩石の塊であるかのような山。まだ行ったことがない。写真の左奥に、その横顔が映っております。まるで軍艦だ。一見すると険しそうだけれど、岩の背後をつく登山道は実になだらかで、夏の旅で怪我したヒザが治りきっていない身としては、リハビリとして手ごろなところ。妻には地図で登山道を確認してもらい、標高差もたいしたことない、いつも行っている高尾山と変わりないずらよ、と“家族に心配をかけない山歩き”道を邁進する。

 その山は、実際、なんてことのない山だった。ヒザもほぼ全治に近い。山頂の前に、トモ岩と言われる岩の、切り立つ崖の上で食事をする。とても怖くて崖には近寄れない。ものすごい絶壁。

 絶景を見つつ、湯を沸かしてラーメンを食べる。と、バラバラと大きな音を立てて、ヘリコプターが飛んでくる。なんだろう、と思って見ていると、向こうも私に関心があるのか、なんと私の周囲をぐるぐると旋回しはじめた。え、なに?おいら?なにかあったの?捕まえるつもり?とかいろいろ考えつつ、周囲を見るけれど、自分しかいない。ヘリから「こちらは群馬県警……」と聞こえてくる。いよいよ私は本格的に呼びかけられている。だが、ヘリの爆音で何と言っているのか、わからない。おそらく遭難があったのだろう。こういう場合、自分はどうすればいいのだろうか、と考えるが、無事ですよー!と言っても聞こえないだろうし、大声でそんなことを言っていれば救助を求めていると思われるかもしれない。ここは無事であることを肉体言語として伝えるためにも、麺がノビてしまわないうちに食べてしまうためにも、そのままズルズルとラーメンを食べ続ける。そのうちにヘリは私への関心を失ったようだが、それからもしばらく周辺を捜索しつづけていた。

 それが何だったのかを知ったのは、後日であります。事故だったのかそうでなかったのかなど、いろいろと世上の話題となっていますが、ご冥福を祈るばかりです。

 ともかく、“家族に心配をかけない山登り”のはずが、“第一発見者の山登り”すれすれになってしまったのでありました。

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