ミレーのザック

MILLET社はフランスのザック・メーカー。

1921年ミレー夫妻により創業され、フランス・アンナプルナ隊を始め、数々のアルプス登攀やヒマラヤ遠征で使用される。

R・ドメゾンやW・ボナッティ、R・メスナーなどがアドバイザリー・スタッフとして名を連ねる世界的なブランド。

 

登山用のザックといえば、今では数え切れないほどのモデルがあり、店に行けば選ぶのに迷うほどだが、私が山を始めた1970年代半ばの頃といえば、フランスの「ミレー」とイギリスの「カリマー」が、文句なしに憧れの人気ブランドであった。

日本の登山用品店のオリジナルザックなどは、大抵ミレーの「グランドジョラス・モデル」かカリマーの「ジョー・ブラウンモデル」のコピーといった作りで、本物に較べて値段が安いのが魅力的だったが、本格的な山の世界に憧れる私は、貧しい高校生でありながら、いつかは本物の「ミレー」を持ちたいと願っていた。

当時は山の世界独特のブランド神話というものがあり、例えば「ミレー」のザックを持っているだけで「ムッ、やるな。」といった感じで見られ、それが傷だらけで色褪せていればいるほどエキスパートといったイメージがあった。言い換えれば、古びたミレーのザックは、一人前のクライマーの証明のようなものだった。

その頃、山岳雑誌に載っていた広告のキャッチコピーでこんなフレーズがあったのを憶えている。

「山の厳しさを知っている男たちは無言のうちにミレーのザックを選んでいます」

同じ頃、「男は黙ってサッポロビール」というのがあったが、素直な私は

「そうか。やっぱり男は黙ってミレーなのだな。」と納得してしまったものである。(笑)

 

そんな私が初めてこのザックを手に入れたのは大学山岳部に入った頃。

ミレーNo.600ドリュモデル。通称「ミレーの一本締め」と呼ばれた憧れのW・ボナッティモデルである。

構造はシンプルそのもので、外側にはポケットも何もない。本体の生地が二重に折り込んであって、荷物が多い時は内側を伸ばして容量を大きくしたり、ビバーク時に半シュラフカバーのように使うことができるという。

ボナッティ自身、これとほぼ同じ型のザックを背負っている写真がその著書に載っているが、このザックは私にとって先鋭的アルピニズム、いわゆる「北壁伝説」「六級神話」などへの憧れの象徴だった。

 振り返ると、私もこのザックと多くの行動を共にした。夏の丹沢から冬の北アルプス。ヒマラヤへも一緒に登り、タイやインドへの旅もスーツケースでなく、このザック一つでフラリと出かけた。私にとって、このザックは女房よりも深い付き合いをしてきたわけで、最高の相棒なのである。

 

近頃はミレーのザックも機能重視でやたらあちこちにベルトがついたり、色もカラフルになってしまった。円高のせいもあって、誰でも気軽に買えるようになったのは喜ばしいことだが、およそ山とは無縁そうに見える高校生やサラリーマンが街で背にしているのを見かけると、ミレーのザックに憧れと誇りを持っていた私はちょっと寂しさを感じてしまう。

 

←背面に付いていた小さなタグ・マーク。ボナッティとメスナーに採用されたモデル

 

 

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