灼熱の北鎌尾根 2001年夏 (後編)



北鎌のコルからいきなり急な登りが続く。

 


独標トラバース・ルートの出だし部分。
右端の岩角を回り込んだ所から細いバンドがある。

 


独標をトラバースしてくるDパーティー

 


黄色い残置ロープのあるクラックを登るDパーティー

 


まだまだ槍は遠い

 


岩また岩・・・。北鎌は鎖もハシゴもない岩の脆い
キレットが延々7〜8時間続く感じ

 


ここから北鎌平まで約2時間、さらに槍の穂先まで1時間と
聞いた時は一瞬、気が遠くなってしまった。

 


頂上直下。北鎌を振り返る。

 


2001年7月21日 16:13 孤高の頂に立つ!

 

 


北鎌尾根で出会った
I氏

 

北鎌のコル9:35着。ここはテント1張り分くらいのスペースで特に何もない所。

北鎌沢右俣を遡るのに2時間ちょっとかかった。この辺りにも猿が数匹いて、こちらの動きをじっと窺っている。

少し登ったところで先行していた4人組Cパーティーに追いつく。リーダーらしき人から「さっきずいぶん下に見えていたのに、いいペースですね。」とお誉めの言葉をいただく。

彼らは湯俣から入ってきて、昨夜は千天出合泊。湯俣からのルートは相変わらず悪いらしいが、渡渉は2回だけで済んだようで、今日はここまで5時間かかったらしい。

やはり北鎌尾根の下半分は夏はヤブがひどくて登る気がしないとのこと。

 

挨拶をし、先へ行かせてもらう。いよいよ北鎌尾根の始まりだ。コルから上、まず8峰は左手、天上沢側の巻き道を行く。続く9峰は急な登りだが、骨のような木の枝や根を掴みながらワシワシと高度を稼ぐ。

 

いよいよ眼前に大きな独標のピークがドドーンと現れる。

今回、私は普通のナイロン製軽登山靴で来たが、実はザックの中にもう一つ岩登り用のフラット・ソールを隠し持っていた。状況さえ良ければ独標を直登ルート(ガイドブックによればグレードは4級下)から越えてみたいと考えていたが、ここまでの行程でかなりバテてしまい、また「北鎌ビギナー」としては謙虚にみんなが通るトラバース・ルートを行くことにした。

しかし、このトラバース・ルートも手前からだとけっこうキツく見える。並みの登山者だとちょっとビビッてしまうだろう。

sudoさんはこんな所を一人で行ったのか。まったく大した度胸だなぁと改めて感心する。

 

独標のトラバース手前の台地で先行していた5人組Dパーティーに追いつく。どうやら山岳ガイドによる登山教室御一行らしい。彼らは今朝3時15分に大天井を出発したとのこと。私より1時間15分も早いスタートだ。彼らがここでハーネスなどを身に付けたので私もそうする。ここから先はヤバイのだろうか。ガイド氏に「無謀な単独登山者」と思われたくないので、こちらも万全の準備ということで、靴もフラット・ソールに履き替える。

ザレた斜面を右斜め上に登っていき、岩角を回り込んだ所にトラバース・バンドがあった。

「われわれ、時間がかかりますのでお先にどうぞ。」ガイド氏に促され、私が前に出る。

何となく体育の授業で高い跳び箱を前に「おまえ、先にやってみろ。」と言われた気分(笑)

でも見た目は細いバンドだが、岩はしっかりしており、フラット・ソールならまったく楽勝。

 

そのままトットットッと前へ進み、sudoさんがハーケンを打った場所を探すが、それらしいのが見当たらない。

少し行くとクラックの中に黄色い残置ロープが垂れ下がっている岩場に出る。岩は乾いていて快適なのでロープに頼らず、そのままクラック左手の壁(3級)を越すが、Dパーティーは残置ロープを使って登ってきた。

ここは山渓のアルペンガイドにも紹介されているが、はたしてsudoさんの通ったルートなのか定かでない。

クラックを越えてから一度戻るように左上へ進むのがミソだ。(おそらくsudoさんがハーケンを打った箇所はクラックを越えてからそのまま右上へ進んだものと思われる。)

少し行った所でフラット・ソールでは歩くにはあまりにも足の指が痛いので再び軽登山靴に履き替える。

ここで一応、独標のトラバースは終了と見ていいだろう。結局、独標を越すだけで1時間40分もかかってしまった。

 

そのまま11峰、12峰と先行するが、下りはけっこうイヤらしく、慎重にクライム・ダウンする箇所もあった。

さらに進んだ所で少々ルートに迷う。見ると右手下のガレ場に微かな踏跡があり、そこを辿っていったが、ちょっと下り過ぎだなと思い登り返し、今度は左手の岩場を下っていく。しかし、どうも判然としない。と思っているところへ先ほどのDパーティーが追いついてくる。

私が下の方から「どうもはっきりしない。」と告げるとガイド氏は辺りを偵察し、「こっちみたいだね。」と言ってそのまま真っ直ぐのルートを選んだ。私も元の位置まで戻り、再び彼らの後に従う。

この先にも岩が大きく張り出して谷底にのけぞるようにして越えるトラバース部分があった。

 

この辺りから疲労によりややルートの詳細が曖昧だが、痩せ尾根に上がったら尾根がググッと左に曲がっていたように思う。13峰辺りだろうか?

次に5〜6mほどの浮石の多い壁があって、ここをガイド氏が先行すると上からスルスルとロープを降ろしてきた。

「ここはちょっと脆いので、補助ロープとして掴まってくるように。」

Dパーティーのメンバーは「おおっ、こわっ!」などと言いながら落石をボロボロ落としながら越えていく。後に続く私はどうしたものかと考えていたが、ガイド氏は自分のパーティーのラストが登り切るとサッサとロープを回収してしまった。

もしかしたら「使っていいよ。」なんて言ってくれるかと思ったが、そんなに甘くないよなぁ。

ま、こちらも単独行の意地があるので、当てにはしてなかったけど。

結局、先のメンバーの動きをよく観察していたので私は岩屑一つ落とさずサッサと登れた。先ほどのCパーティーもペースを上げ、追いついてきた。

その壁を登り切った所でガイド氏が「皆さん、疲れているでしょうが、少し急ぎましょう。」と生徒さんたちを促していた。

 

現在14時。目の前には大きな槍がまだまだ遠く立ちはだかっている。ガイド氏の見込みではここから北鎌平まで約2時間。そこから頂上まで1時間。さらに肩の小屋まで1時間、計4時間はかかるだろうとのこと。

今から4時間だと18時!そんなにかかるのかとウンザリした。

とにかく北鎌は一部を除いて全体的にボロボロで一歩一歩に非常に神経を使う。私自身、もう既に北鎌を楽しむ心のゆとりはなく、とにかく早く終わりにしたいと強く思った。

 

Dパーティー、私、Cパーティーの順でさらに進む。

この先は急なガレ場の下り。大きな浮き石がゴロゴロしていて実に不安定だ。

落石の危険があるので私が「少し間隔を空けましょう。」と言ったのに、勇んだCパーティーの一人が下のDパーティーのいる所へ落石を起こした。

「ラクッ、ラークっ!」

とっさに私がコールしたのに下にいるDパーティーのラストはこちらを振り向こうともしない。彼のふくらはぎのすぐ横をコブシ大の石が勢いよく飛んでいったというのに。

何だかみんな疲れ切って注意力散漫になっているようだ。こういう時こそ事故が起きそうな気がした。

 

パーティーの間に挟まっていると時間がかかるので、次のピッチ、ガイド氏がルートを考えている隙に私は一人先に出た。

ちょっと急な岩の斜面を登るとそのまま右手、千丈沢側のトラバース道を行く。しばらく行くとテント1張り分ぐらいの台地に出る。もしかしてここが北鎌平?いやたしかもっと上のはずだ。

またしばらく行くと、単独行者I氏となぜか右手の千丈沢のずっと下の方から上がってくる2人組Eパーティーに追いつく。

 

彼らは途中から踏跡にだまされ、千丈沢側のずっと下まで行ってしまったとのこと。おそらく先ほど私も迷った所(12〜13峰辺り)だろう。「だまされた。」「ひどい目にあった。」としきりにボヤいている。

北鎌尾根は指導標やペンキ印がそこかしこにあるわけではなく、あちこちにわずかな踏跡があるので迷いやすい。基本はやはり尾根筋から極端に離れず「迷ったら尾根へ」というのがセオリーだろう。

 

そこらはI氏、私、Eパーティーの順で行く。

やがて北鎌平に到着。横浜蝸牛山岳会のレリーフがあり、大岩に赤ペンキで「ここが北鎌平」と大きく書いてある。I氏とEパーティーはルートを間違えた疲れもあってかなりバテており、途中ビバークもしかたがないといった様子だったが、私が「今日中に絶対にビールを飲みたいので意地でも抜けますよ。」と言うとI氏だけが付いてきた。

Eパーティーは力尽きたのか、そのまま北鎌平で大休止してしまったので、おそらくここでビバークするつもりだろう。

 

そこから2ピッチ、黒々とした比較的ガッチリした岩場を行くと、いよいよ大槍の肩に着いた。振り向くとI氏、そして少し離れて5人組のDパーティーと続いている。

さて、いよいよ最後のチムニーだ。どのくらい難しいのかわからないが、人によってはザイルの手助けなしに登るのはキツいらしい。チムニーの基部で履き替えるのも面倒なので安定した場所を選んで念のため再びフラット・ソールに履き替える。

 

私と同様、北鎌は初めてというI氏「先導しますよ。」と言って先に行く。しかし、見たところ頂上付近の岩はどこもしっかり硬そうだ。すぐ目の前の「直登ルート」もたしか3級程度とガイドブックに書いてあったし、自分でも行けそうな気がした。

「すみません。やっぱ面倒くさいのでこのまま直登しちゃいます。」

10mほど下にいるI氏に声をかけ、そのまま突っ込む。直登ルートはいたる所に残置ハーケン、そしてシュリンゲがぶら下がっている。今までの延長として考えれば特に難しくはないのだが、たぶんここを登る時はある程度重荷を背負っていることを想定してこんなにベタ打ちされているのだろう。

 

岩の迷路のような所を適当に選んでグングン進む。しかし、最後になってちょっと調子に乗り過ぎた。気が付くと、のっぺりしたフェースの上に立っていて、そこから上が微妙なバランスを必要とする。重たいザックさえなければ楽勝なのだが・・・。しかもザイルで確保していないのであまり無理もできない。

「ゲゲっ、やばいよな。ここで落ちたら。」

 

振り返ると北鎌の鋭い岩稜が遙か下に見える。今、この壁に張り付いているのは自分一人。何かスゴイところを登っているのかもと思いつつ、このクライマックスに思わず胸が熱くなる。

微妙なバランスを保って手を伸ばすと何とか右下のハーケンに届いた。そのままハーケンを頼りにクライムダウンし、もっと易しい右手の壁から上へ抜ける。

見えた!頂上の祠だ。その下の岩の窪みには誰が置いたのか真っ白い百合の花が供えられていた。

一歩二歩・・・。終了点はちょうど祠の真後ろだった。

私が頂上に顔を出すと、一般ルートからの登山者はびっくりしたようだった。

「あんた、どっから来たの?」

 

時計を見ると16:13。今朝、大天井のテント場を出て12時間近く経っていた。長く辛い夏の一日だった。

特にこみ上げてくるような感動はなかったが、とにかく終わった、無事にここまで来れたことで心底ホッとした。それほど北鎌は長くしつこい尾根だった。

 

頂上で写真を撮ったりしているうちにチムニー・ルートからI氏がゆっくり上がってきた。

ギャラリーから「すごいねぇ。」と感嘆の声が洩れる。

「お疲れさんでした。」

登ってきたI氏と握手を交わしてから、私は一足先に下りることにする。

ハシゴから一般ルートを下ろうと思ったら、東側の空間にブロッケンが浮き出ていた。

ウィンパーがマッターホルンに登った時もブロッケン現象が起きたというが、槍はまさに日本のマッターホルンだ。

 

槍の穂先の一般ルートは延々200人ほどの長い行列。考えてみると槍は東、南、西のいずれから来ても最後はこのハシゴの一般ルートで順番待ちをしなければならないが、ただ一つ北側だけは順番待ちの必要がないのである。私は面倒なのでヘルメットとガチャ類を身に付けたまま下っていくと、順番待ちのおじさんたちが「おっ、北鎌っ?」「一人で?」「みなさん、拍手!」と回りを煽るのでちょっと恥ずかしかった。(でも嬉しい!)

もういい加減疲れていたので、肩の小屋に何とかテントを張りたかったが、すでに夕方近くテント場は満杯。下の殺生ヒュッテまで下りてくれとのこと。「そんな殺生な・・・(笑)」

フラフラしながら肩の小屋を後にする。殺生ヒュッテ前の残りわずかなテントサイトにザックを降ろすと、まずはビール。「・・・プッハァァァーッ!☆★○●◎◇◆▲▽・・・!!」←ことばでは説明不可能(笑)

しばらくするとI氏も下ってきた。
「お疲れさんでした。きつかったスね。」
「・・・もうボロボロや。」
 
二人して北鎌のことをああだこうだ罵りあって力無く笑った。その後、夕食のラーメンを食べ、テントの中にひっくり返っているうちにいつしかボロ雑巾のように眠ってしまった。

[二日目のコースタイム]

起床3:15〜大天荘テント場出発4:30〜大天井ヒュッテ5:00〜貧乏沢下降点5:20〜天上沢合流点7:00〜北鎌沢出合7:28〜北鎌のコル9:35〜独標手前10:42〜独標トラバース終了点12:20〜北鎌平15:15〜槍ケ岳頂上16:13−35〜殺生ヒュッテ・テント場17:20 

 

7/22(日) 晴れ
 今日もとても良い天気。
 朝、テントの入口を開けると、遙か遠くに見慣れた富士山の姿が・・・。振り返るともうすでに槍の穂先に登山者の行列が続いている。
 何だか昨日の13時間が白昼夢のようだ。でも、それがけっして夢でないことはこの両足の筋肉痛が物語っている。隣にテントを張った
I氏と記念撮影。またどこかの山で会いましょう。彼は懲りずに秋になったら再び仲間と共に「北鎌」へ来るらしい。私は・・・もういいや。(笑)
 でも実際、昨日北鎌を歩いている時は、もうこんな所、二度と来たくないと思っていたのが、今はもしかしたらまた来るかもしれないなぁと思うようになっていた。おそらく、それが北鎌の魅力なのだろう。

 青空の下、何度も槍を振り返りながら、私は大勢の人で賑わう上高地へ下りていった。

[三日目のコースタイム]

起床4:00〜殺生ヒュッテ・テント場出発5:30〜ババ平(旧槍沢ヒュッテ跡7:30〜横尾10:16〜徳沢11:14〜上高地12:20

 

 

※参考までにこれから北鎌を目指そうという人のために北鎌の歩き方・夏編をまとめました。よかったらご覧ください。

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