「ビニしょん」危機一髪!

冬山のテントの中で夜中にトイレに起き出すのは、なかなか厄介でそれなりの勇気と決断がいるものである。

外は身も凍るように冷え込み、その上、吹雪がビュービューとテントの壁を叩いている状況だったらたまらない。ヌクヌクとしたシュラフの中で我慢の限界ギリギリまで耐え、いよいよダメとなった時、「イッセーのせっ!」で外へ飛び出すことになる。

 

もうずっと昔、大学山岳部にいた頃は、旧式の家型テントを使っていた。大きなテントで十人ぐらいが互い違いになって寝るので、テントの奥から入り口付近まで移動するのも大変で、慌てていたりすると仲間の顔や身体を踏みつけたりして文句を言われることもしばしばあった。

 そんな時、同期のMが冬山における快適排泄法として、そっと教えてくれたのが「ビニしょん」。つまりビニール袋を尿瓶代わりに使ってシュラフの中で人知れず用を足してしまうという方法である。

最初、一年生同士で夜中の用足しについて話していたところ、彼が平然と

「そんなの外に出ないで、テントの中で済ましちまえばいいじゃん。」というのを聞いて、みんな驚いた。

厳しい大学山岳部の合宿の中、ただでさえ行動を細かく監視されている一年生が、もしテントの中でビニール袋で小便をしているなんてことを上級生に見つかったりしたら・・・。その時は本当に殺さるかもしれない!

Mの発言はまさに命知らずの爆弾発言で、さすがに怖ろしくてすぐには真似できなかった。しかし、ヤツは今までにも何回か隠れてヤッていたらしく、まずバレないと自信たっぷりである。

そして、北ア・奥大日尾根で行われた春山合宿のある夜、私も耐えきれず、とうとう誘惑に負け、その行為に及ぶこととなった。

夜中、一日の疲れで泥のように眠っている他の連中は、ちょっとやそっとでは起きそうもない。翌朝は食当で一番に起きるため、みんなが起き出す前に処理してしまえば何てことはない。こうして、夜中に外で身の凍る思いをせずに、私は事を成し遂げることができた。

 

そして朝。この日はテント撤収も重なり、まさに戦争のような騒ぎだった。慌ただしい食事が終わると一年生は上級生に怒鳴られながら一目散に個人装備をまとめ、外に出る。テントを片づけ、最後にゴミをまとめていたその時だった。

「ん!何だ、これはっ!」

上級生の中でも特に陰険な二年生Kが大きな声を出し、片手に何やらビニール袋を掲げている。中に琥珀色の液体の詰まったそれを見た時、思わず心臓が止まりそうになった。

(し、しまった!)

食当の忙しさにすっかり肝心のモノの処理を忘れてしまっていたのである。一瞬、その場が水を打ったように静まりかえる。

一年生の誰もがそれの正体を知ってはいたが、上級生が怖くてみんな口を開かない。私は半殺しにされるのを覚悟して、やっとの思いで声を振り絞った。

「・・・あっ、そ、それはお茶です。」

「お茶ぁ?」

言った後でマズイと思った。もしお茶なら飲んでみろ!そう言われたら一巻の終わりだ。が、もう後には引けない。

心臓が早鐘のように鳴っている。K先輩はしばらく考えていたが、ついに重い口を開いた。

「オマエ、今朝、食当だったな。余り物はちゃんと最後に片づけておけ!」

それで終わりだった。ふだんは鬼のように怖ろしいK先輩だったが、この時は本当にそう信じたのか、それとも知ってて見逃してくれたのかわからない。ただ、この時ばかりはK先輩に後光が射して見えたのは確かである。(笑)

 

あれ以来、すっかり懲りてしまい、私は外がどんなに悪天候でもテントの中では用を足さない用にしている。

2000.5.3〉

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