植村さんと飲んだ夜

 実は、私は以前一回だけ、あの植村直己氏と酒を飲んだことがある。といっても、もちろん「差し」で飲むほど親しかったわけではないのだが。
 もう今から二十年ほど前。当時、大学山岳部の一年生だった頃、グリーンランド縦断の旅から帰ってきたばかりの植村さんが、後輩である現役学生の我々を東京・板橋区の自宅へ招待してくれたのである。実は、その話には裏があって、当時あるお酒のメーカーが植村さんのスポンサーとなっていて、自宅の押入の中には贈り物の酒がぎっしり詰まっていた。早い話、とても消化しきれないので、ハイエナのように飢えた後輩たちに片づけてもらおうということだったらしい。
 まぁ、それはともかく我々としてはタダで大酒とごちそうを戴けるのだから実にありがたい話である。植村さんはとても気さくな人で、一人一人に酒を注いでくれ、近くにいる上級生部員がトイレへ行くため席を立つと、われわれ一年生に向かって
 「君たち、上の連中はおっかないだろう。何だってみんなあんなに威張っているのかねぇ。ハハハ…。」
などと小声で囁いたりするのだった。
 その著書『青春を山に賭けて』にあるように、植村さんもおそらく大学一年の新人時代には上級生たちに大いにシゴかれたのだろう。
 今ではだいぶ様子が変わっているかもしれないが、私のいた二十年前の頃の山岳部は、まだ軍隊式というか、信じられないほど厳しい上下関係があった。とにかく一年生は上級生には絶対服従。OBなどは雲の上の人で、一年生ごときがむやみに話しかけられない雰囲気があった。
 そんな中で、初めて見る植村さんの物腰はあまりにも低く、「へぇー、こんな優しいOBもいるんだなぁ。」と驚いてしまった。
 その頃の私はボナッティ(イタリアの超人的アルピニスト)に憧れ、生意気にもあまり植村さんの冒険には関心を持っていなかったが、同期の連中の中には植村さんの本を読み、憧れて入部してきた者も少なくなかった。そんなわけで、その夜は帰りの電車の中でも興奮は醒めらず、普段は酒に強いヤツが嬉しさのあまり、したたかに酔ってしまったのを憶えている。

 根性なしの私は、結局、丸一年でその部を去ってしまい、植村さんとは一回きりの出会いとなってしまったが、あの日のことはけっして忘れることのできない思いでの一つとなっている。
 そして少なくとも山の世界では、自分を慕ってくれる後輩ができたとしても自慢したり威張ったりせず、植村さんのように常に謙虚な姿勢でいたいと思った次第である。

1999.8.30〉

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