私の凍傷体験

 山で怖ろしいものはいくつかあるが、凍傷もその一つ。

 凍傷というものを初めて知ったのは、昔、家の本棚にあった世界ノンフィクション全集の中の一冊、モーリス・エルゾーグの「処女峰アンナプルナ」を読んだ時だった。

 この遠征記はあまりにも有名で、この本がきっかけで登山を始めた人も多いと聞く。特にクライマックスとなる登頂前から悲惨な下山に至るまでのシーンは私も思わず引き込まれたが、内容とは別にそこに掲載されている写真の数々が衝撃的だった。

 凍傷で真っ黒に変色し、醜く膨れ上がった足。その写真を見て、雪山というのは何と怖ろしい所だと思った。その後も山に夢中になるにつれ小西政継氏の本や新田次郎の小説「栄光の岩壁」などを読んだが、その度に凍傷だけにはなりたくないと思ったものである。

 

 ところが、それから数年後。大学山岳部の春山合宿で今度は自分が凍傷にかかってしまった。

 北ア・奥大日尾根での合宿だったが、ある夜、私は自分の足に異変を感じた。何だか右足だけが異常に冷たく、痺れたように感覚がはっきりしないのである。

 長期の雪山合宿では厚いウールのソックスをほとんど履きっぱなしなのだが、気になってそっと見てみると、ヘッドランプの明かりの下で何だか自分の足が妙に白っぽく見えた。

 まぁ、気にしてもしかたがない。ちょっとムクんでいるだけで、明日の朝には治っているだろう。そう軽く考え、シュラフの中にもぐり込んだ。

 

 そして翌朝。相変わらず痺れたままの右足を再び見て、愕然とした。

 「ゲッ!」

何と指の辺りに大きな水泡ができていたのである。

 思わず「処女峰アンナプルナ」の写真を思い出してしまった。とうとう自分も凍傷にかかってしまった。これから次第に足指の先端から黒く変色してしまうのだろうか。やはり最後は切断する羽目になるのだろうか。頭の中でいろいろな思いがグルグルと回って強いショックを受けたのを覚えている。直接的な原因はその時履いていた登山靴。高校の頃から履いていたその靴は四季を通じて酷使していたため、さすがに皮革の防水性が衰えていたのだった。

 ところが、当時の山岳部ではちょっと白くなった程度ではとても凍傷とは認めてもらえず、申し出たところで逆に不注意を怒られるに決まっていた。そんなわけで最後まで合宿は参加したが、私はアイゼンの不調もあり、予定の目的地までもたどり着けなかった。結局、その合宿を最後に私は部を去ることになるのだが・・・。

 

それはさておき、下山後さっそく足を大学病院で診てもらった。その時点ですでに指の先端は大きな血豆のように黒く変色していた。はたして切ることになるのだろうか?

緊張しながら足を見せると、その医者はずいぶんはっきりした人で、遠慮もせずに

「うわっ、これはなかなか・・・。」と意味深なことを言った。そして、

「三日前ぐらいに新聞に○○大学山岳部の遭難記事が載っていたでしょう。そのうちの一人がやはり凍傷で今入院しているんだけど、こりゃアンタの方がヒドイよ。」と事も無げに言った。

 おそらく、山に登る連中というのは指の1本や2本でガタガタ言うようなヤワな奴ではないと思っているに違いない。私が泣きそうな顔をしているとやっとこちらの気持ちを察したのか、

 「まぁ、しばらく様子を見ましょう。」と言った。

 結局、3週間ばかり通院し、注射や飲み薬、温水マッサージをしているうちに黒い部分はある日、大きなカサブタとなってポロッと取れた。その時は心の底からホッとした。

 

 世の中には凍傷で手足の指を切断しても、なお厳しい山へ挑むクライマーは数多くいるが、私にはとてもそんな根性はない。そんなわけで、この一件以来、私は冬用の登山靴と手袋だけはケチらないように心がけている。

2000.12.27〉

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