寸又峡に懺悔する

山での大きな問題の一つに、人はどれだけたった一つのパンツだけで過ごせるかという問題がある。

山ではとにかくできるだけ荷物を減らすことが大原則であり、したがって生死に関わる装備から優先順位をつけていくと、やはり替えの下着というのは当然我慢すべきものとして位置づけられる。

気温の低い冬ならまだしも、これが夏山だとかなりの忍耐と無神経さを要求される。私が今まで経験した中でこの問題において一番過酷だったのが、やはり大学一年時の夏山合宿だった。荷物は一人当たり50kg超。パンパンに膨らんだ特大サイズのキスリングにはもはやパンツを余分に入れるスペースなど皆無である。各自、最悪の事態に備えて予備のパンツを1枚だけビニール袋で厳重に封印し、ザックの底に忍ばせたが、これはできれば下山後の打ち上げ時、つまり麓の温泉でたまりにたまった汗と垢を綺麗さっぱり流した後ではきたいと誰もが考えていた。

 こうして体力の限界に挑むと同時に、パンツへの限界に挑むべく約3週間にわたる南アルプス大縦走に臨むこととなった。
 ところが合宿開始3日目にして、早くも事件は起きた。腹をこわした上級生の一人がこともあろうに「大」の方を漏らしてしまったのである。山岳部の合宿ではとにかく規律・統制を図るため、行動中はたとえ「大」の気配があってもむやみに隊列から離れていけない。この「鉄の掟」があるために起きた惨事だった。その男はやたらいつも一年生に対して怒鳴ってばかりいるので私も日頃からあまり好意的に思っていなかったが、この時ばかりはさすがに同情した。私たちはこれから半月以上の日々を山で過ごさなければならない。果たして彼がその後、予備のパンツをはくことにしたか、それともノーパンで通したかについてはちょっとコワくて聞けなかった。

そして、試練の日々が過ぎ、いよいよ最終目的地・南アルプス南端の寸又峡へ下山する日がやってきた。途中何度か限界を感じたこともあったが、何とかこの日まで予備のパンツを使わずに済んだ。誰もがようやく美味いメシにありつける喜びとともに新しいパンツとの再会を期待していた。

約二十日間にわたる汗と垢を温泉でさっぱり流した後の真新しいパンツは、実に爽快だった。

片や今まではいていたパンツは…。その姿はあまりにすさまじく、なかなかうまく説明できない。少なくとももう一度洗い直してはき直そうとは思えない。われわれはこの思い出のパンツを寸又峡のゴミ箱に捨てることにした。

しかし、考えてみると当時この山岳部では毎年夏は南アルプスと相場が決まっており、したがって8月下旬になると必ずこの小さな温泉街のゴミ箱から異臭を放つパンツが大量に捨てられていたことになる。いやはやまったくヒドイ話だ。

そんなわけで寸又峡の皆さん、ゴメンナサイ。

登山者の皆さん、山でのゴミとパンツは必ず持ち帰るようにしましょうね。

2000.2.8〉

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