山上のサウンド・ブレイク

山にはあまり余計な物を持っていけないので、ゆっくり音楽を聴いたりすることはあまりしないが、それでも時折、山小屋の中や持ってきたラジオから懐かしいメロディやお気に入りの曲が流れてきたりすると、ふだん街や部屋の中で聴くのとはまったく違った味わいを感じることがある。

大学二年の春、初めて穂高へ行った時のこと。

涸沢ヒュッテのスピーカーから当時人気のポップスグループ「アバ」の曲が流れていた。五月のどこまでも済みきった青い空と穂高の白い峰々に「ダンシング・クィーン」や「ザッツ・ミー」などの透き通った高音の歌声はなぜか良く合い、気分はまるでヨーロッパ・アルプスのスキー・リゾートといったような感じだった。他の山では浮いてしまうようなアップテンポの曲も、残雪の涸沢の明るい雰囲気にはピッタリくる。もう何年も行っていないので、今はどうなのかよくわからないが、またゴ―ルデンウィークの涸沢でリゾート気分を味わいたい。まさかいくら中高年者の登山ブームだからといって、演歌は流れていないと思うが・・・。

 

また、数年前の冬、日光・奥白根山でのこと。

シュラフの中でガタガタ震えながら夜が明けるのを待っていると、携帯ラジオからのFM放送でサイモン&ガーファンクルの曲が流れてきた。テントの入口を開けるとちょうど東の空が徐々に赤く染まり始め、風に舞い上がった雪の結晶がキラキラと大気の中で輝いている。そんな中で聴いた「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロ・フェア」はまるで映画の1シーンのようで、しばらくの間見とれてしまった。

ヒマラヤへ行った時は、長いテント生活の合間に聴こうと、大好きなビートルズの曲を何本かカセットテープに入れて持っていった。

月明かりの下、幻想的に浮かび上がる高峰の上に広がる星空を見ながら聴く「アクロス・ザ・ユニバース」、そしてベースキャンプへ下山後、自分たちが数日前にいた頂上を仰ぎ見ながら聴いた「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」などは、今も忘れられないイメージとして心に深く残っている。普段はあまり気にかけないジョージ・ハリスンの曲も、インドの山麓の鄙びた村などで聴くと実にしみじみといいものだと感じた。そういえば、最近見た巨大スクリーンを使ったアイマックス映画『エベレスト』のエンディングにもジョージの「ヒヤ・カムズ・ザ・サン」が使われていたっけ。

 

最近、山で聴いてみたい曲としては、やはりあの、映画「タイタニック」のテーマ。あの曲を、例えば私にとって憧れの山であるマッターホルンの頂上などで朝日を浴びながら聴けたら最高だろうなぁ。

まあ、本当はポップスではなく、マーラーやバッハといったクラシックの方が山にはピッタリくるのかもしれないが、どうも私はそちらの方面はあまり詳しくないし、クラシック音楽を聴くと眠気を誘われてしまう。それでも山で聴くにはピッタリの曲を知っている方はぜひ教えてください。

 

最後に日本のポップスで、心に残っている思い出の曲を一つ。

数年前の秋に、自転車での日帰り本州横断にチャレンジした時のこと。横浜の自宅から走り始め、一路日本海を目指したのだが、体力不足の上、時間切れで230kmほど走った地点でリタイヤ。途中の越後湯沢で涙を呑んで帰ることにした。目的を果たせず、意気消沈していた時に駅前のラーメン屋のTVから流れてきたのが、当時流行っていた中山美穂の「世界中の誰よりきっと」。

その曲を聴いているうちに、今日の長かった一日の出来事がフラッシュバックで思い出され、何となく青春ドラマのエンディングシーンの中に自分がいるような気分だった。

結局、自転車本州横断へのチャレンジはあれからしばらく休んでいるが、次回こそは、この曲を日本海の砂浜で聴いてみたいと願っている。

2000.5.3〉

Essay Index