ザックマヒとザックズレ

最近はあまり聞かないが、今から二十年ほど前、私が大学山岳部にいた頃は、何よりもこのザックマヒとザックズレが怖かった。それは落石や滑落、あるいは雪崩や疲労凍死などといったものより切実で、身近に起こるものだけに怖ろしい問題だった。

 

まずザックマヒについて説明しよう。

これは重たい荷物を背負うことにより、ベルトで肩が圧迫され、血行障害となってしまうことである。当時、山岳部の長期合宿では一年生は50kgほどの荷物を背負わされた。しかもザックは昔ながらのキスリングというヤツで、これは肩ベルトにパッドなどなく、また背中に当たる部分にもクッションらしき物は何もない、いたってシンプルな構造の物である。50kgの荷は否応無しに両肩にかかり、背負ったことのある人ならわかると思うが、まるで巨大な万力で上半身を抑えつけられている感じがする。両手は赤黒くむくみ、やがて青黒くなりシビレてくると、かなり危ない。そのまま、我慢していると、キスリングを下ろした後でも二度と腕を上げられなくなってしまうという。

そんなわけで、山岳部に入ってまず上級生におしえてもらったのが、このザックマヒ対策である。これはキスリングを背に乗せたまま、上半身だけ前屈みになり、肩とベルトの間にわずかな隙間を作り、腕をグルグル回すのである。これを10分おきぐらいに繰り返すのだが、端から見るとまるで巨大なカメが甲羅の下でジタバタしているようで、ちょっと情けない動作であった。

 

そして、それ以上に怖ろしかったのがザックズレである。

これは早い話がザックによる床ズレのようなモノである。夏の縦走ともなるとミイラになってしまうのではないかと思えるほど大量の汗をかく。当然、キスリングはムレて、背中の皮もフヤケてくる。朝、出発の際のパッキングをよほど丁寧にやっておかないと途中でちょっとした突起物が背中や腰に当たり、夕方テントの中でシャツをめくってみると猿の尻のように皮膚が真っ赤にズルむけになっていたりする。これは痛い。本当に痛い。さらに長期間山に入っているため慢性的な栄養不足になっており、一度ズルむけになると治りが遅い。

夏合宿も後半になると、毎夜、テントの中から断末魔の叫びが聞こえてくる。傷が化膿しないように消毒するのだが、上級生が薬を塗るやいなや

「ぐおおおーっ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

「ひぃーっ!、ひぃーっ!」

「ふいてくれっ、ふいてくれっ!」

といった様々な絶叫が夜のテントサイトに響き渡る。ちなみに最後の「ふいてくれ」というのは傷口がものすごくシみるので薬が早く乾くよう、回りの仲間にやさしく息を吹きかけてもらうのである。他の一般登山者にしてみれば、このテントの中で今一体何が起きているのか想像もできず、不気味な戦慄を覚えたことだろう。

聞くところによれば、このザックズレの痕は一生消えずに残るらしい。ちょっとした傷痕なら男にとって勲章のようなものだが、尾てい骨の上辺りに残る五百円玉大の丸い痕は、なんだかスタンプを押されたようで、汗と涙の青春の証しと呼ぶにはあまりカッコいいものでない。

2000.2.8〉

Essay Index