「ラクッ!!」

 今まで何回か落石に会ったことがあるが、今回は私の体験したケースをいくつか…。

 まず、最初は大学山岳部の新人合宿の時。五月下旬、まだ残雪がたっぷり残る大雪渓から白馬岳へ登った時のことだ。小日向のコルに張られたベースキャンプを出発し、大雪渓の上部を8人ぐらいのパーティーで登っていた。その日は朝から夏のような天気で、雪の反射熱でフラフラの状態になりながらも、とにかく黙々と自分の足元だけを見ながら一列縦隊で歩を進めていたのである。その時…、
 「ら…、ラクッ!」
 突然、先頭を歩いていた男が短く叫んだ。ふっと顔を上げた途端、我々のすぐ脇をかすめるように直径1m以上もある大岩が物凄いスピードで転がって行ったのである。
 あまりに突然の出来事に一瞬凍りつく一同。その岩に巻き込まれなかったのはまったくの偶然で幸運としかいいようがなかった。
 白馬の大雪渓は夏山定番の人気コースだが、こういった雪渓のコースというのは、実は結構危ない。雪上には大小いくつもの岩が転がっているが、太陽の熱で岩の下の雪は少しずつ確実に溶けている。微妙なバランスで雪の上に引っかかっているだけの岩がいつ転がってきてもおかしくはなく、実際、毎年のようにこのような落石は起きているのだ。

 次に会ったのが一年後の秋、私にとって二度目の谷川・一ノ倉沢の時である。
 その日はパートナーのSさんと南稜を登ったのだが、最後のピッチでSさんがルートを誤り、滑落してしまった。

 頭を強打し、肋骨に折ってしまったようだが、幸い外傷はなく、また同じ山岳会のメンバーが後続していたので、自力で下ることにした。Sさんの様子を見ながら慎重に6ルンゼを懸垂下降する。その先、南稜テラスからは烏帽子奥壁の裾をトラバースして中央稜の基部へ出るのだが、多くのクライマーが集中したこの日は上部からの人為落石が絶え間なく続いていた。
 奥壁のバンドをやっとの思いで通過し、ホッと一息ついた時。
 「ラァクッ!ラクッ!」
 遙か上の方から大きな声が聞こえた途端、ふっと視界が薄暗くなった。見上げると太陽の光を遮り、大型ダンプほどの巨大な岩盤が空から降ってきたのである。烏帽子岩の上部から落ちてきたその巨大な岩盤は、我々がつい2、3分前に通過したルートを直撃した。辺りに立ちこめる火花ときな臭い硝煙のニオイ。無数の岩屑が物凄い轟音とともに一ノ倉の谷を落ちていったのである。想像を絶する凄まじさに誰もがしばらく口を開けて呆然としてしまった。
 あの時ほど怖ろしい落石をその後、私は経験していない。

 最後は、秋の北岳バットレス・ピラミッドフェースでの出来事。
 先を登っていたパートナーのMさんから声がかかり、私は核心部のピッチを登っていった。ふと上部からMさんの「ラクッ!」の声!見上げると真っ青に澄んだ秋空に黒っぽい星のようなものがパッパッパッ!と瞬くのが見えた。反射的にすぐ目の前に張り出した小ハングの岩の下に身体を屈める。次の瞬間、私の背後を渇いた打撃音を残していくつもの岩がすっ飛んで行った。そのうちのいくつかは背中のザックを直撃したようだったが、私はなぜか無事。パートナーのMさんは岩が落ちた瞬間に「あっ、コレはやられた!」と思ったらしい。下の方で一部始終を見ていた他パーティーもあの逃げ場のない状況では、絶対にやられたと思ったようで、しばらくして、私が「大丈夫だ!」と声を掛けると自分のことにように喜んでくれた。

 というわけで、今まで悪運に見守られて何とか生き延びているが、山ではいつ何が起きるかわからない。ザイルを使わない簡単な沢登りでも、私は必ずヘルメットを持っていくようにしている。皆さんも落石にはくれぐれも気をつけて…。

1999.9.1〉

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