2001年夢中の旅

(※文中各所に他サイト及び当サイトのレポがリンクしてあります。)

記念すべき21世紀最初の年。皆さんいかかだったでしょうか?

私の方はこのサイトを通じて多くの人との出会いや別れ、実にさまざまなことがありました。以下、私の2001年を振り返ってみたいと思います。

 

まず1月。新年最初の山として黒戸尾根から甲斐駒へ。一日目、七丈小屋で会ったのが「すべての高い山に登れ」の山ヤさんことH先生。とにかくそのパワーには脱帽しました。私もスピードには多少自信があるが、彼は私より一回り大きい荷物だったにも関わらず、登りも下りも追いつけなかった。後で彼のHPを見てみたらモンブランやパタゴニア、最近ではキリマンジャロやアコンカグアと実にスケールの大きな山旅を実践しています。山頂でもらったミルクティー、うまかったです。

 

2月は連休に八ケ岳へ。ここで会ったのが「やっぱり山が好き」のsudoさん。

その2ケ月前にHPを通じて知り合っていたのだが、まさかこれほど早く対面するとは。Sudoさんはご存じの通り、独学で山を始め、単独でも冬のバリエーションなどに挑んでいる、なかなかの強者。この時、私は行者小屋をベースに赤岳、硫黄などの各ピークをせっかちに歩き回ったのだが、sudoさんは阿弥陀北稜を一本ビシッと決めた。その後も何かと刺激を受けている一人です。

 

 3月。このサイトもついにアクセス1万件突破!当初、スタートした時は最初のアクセスが一ケ月でわずか80件程度だっただけに万感の思いでした。みなさん、どうもありがとう!

 

 4月。久々のランニングで「箱根路・足柄路マラニック」に参加。走行距離60km、小田原の町から金時山の頂上まで標高差1,000m近い上り下りの山岳レースだった。

この時は自分でどれほどのタイムで走れるかわからず、「ランニングToTo」という私の完走タイム予想クイズを開催。結果は自己予想8時間を大幅に上回る6時間30分ほどで無事完走。当選者はきむひろさん。中にはうめさんのように9時間と私をずいぶんと甘く見ている人もいましたが(笑)、次回、奥多摩の「長谷川カップ」などでも企画してみたいです。

 

 5月。GWの前半には悲しい事故がありました。当サイトの掲示板にもよく遊びに来てくれ、山へ行くたびメールをくれたRIEXさんの鹿島槍での遭難。家が近くだったこともあり、私も葬儀に参列しました。そして、その日の夜行で後立山へ。彼女が一年前に登ったという五竜G0稜に私も登り、頂上から鹿島槍に向け、ご冥福を祈りました。

 

 7月。意を決してかねてから行きたかった北鎌尾根へ。これも前述のsudoさんの山行記がきっかけになった。同じことを考えている人は他にもいるようで、そのすぐ後で「HeavenSite」の安藤さんや「山岳劇場」のさかぼうさんなど山サイト仲間が相次いでチャレンジし、さしずめこの夏は「納涼・北鎌祭」のようになってしまった(笑)

 トリはやっぱりsudoさん。我々のように上半部だけでなくキチッと末端からキメてくれました。

 

9月。まずは谷川岳の近くの東黒沢〜ナルミズ沢へと継続し、秋の沢登りを一人満喫。

下旬には「バーチャル・クライマー」のGAMOさんと以前から約束していた奥秩父東沢の釜ノ沢へ。紅葉にはまだ早かったが「千畳のナメ」「両門の滝」などを快適遡行。甲武信頂上では雲一つない快晴の下、新雪の富士山を眺めつつビールで乾杯しました。

 

 10月は「kimihiro’sホームページ」のきむひろさんと巻機山の米子沢へ。紅葉と白い岩床のコントラストが素晴らしく、秋空の下、ゴルジュを慎重に、大ナメを大胆に遡行する。上越の沢は標高の割に風景がダイナミックで、今後しばらくやみつきになりそうです。

 

12月は積雪の便りを聞いて一人八ヶ岳へ。阿弥陀北稜と赤岳南峰リッジを登り、若かかりし日のアルパイン気分をちょっぴり味わう。おじさんになっても、その気になればもう少しがんばれそう(笑)

 

 その他、ネットを通じて多くの人から応援、激励、アドバイスなどいただきました。この場をもちまして本当にありがとう。

さて2002年はどんな出会いがあるのやら?みなさん、山で青ヘル、青テントのにやけたオヤジを見かけたらよろしくね。

2002.1.3〉

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