道に迷う

 ルートファインディングの良くない私は、今までに何回も山で道に迷ったことがある。
 数人のパーティーでの山行なら人任せで何とかなるが、これが単独行となると怖ろしい。後から考えるとどうってこともない場合でも、一旦冷静さを失うと途端に心はパニック状態に陥ってしまう。

ある時、丹沢のヤブこぎの最中に道に迷ったことがある。場所は大山の頂上付近。私にとっては自分の庭のように思っていたところだ。
 曇天の下、一人で大山川を遡り、あとは最後の源頭部を抜けて頂上へ向かうだけだ。ところが、最後のツメを誤ってしまった。ヤブの中のかすかな踏跡を辿っていたら、いつの間にか獣道に入ってしまったようなのだ。丹沢は野生の鹿が多いので、登山者のトレースに混ざってかなりしっかりした鹿のトレースもたくさんある。気が付いた時には回りを背丈を越す笹藪に覆われ、にっちもさっちもいかなくなってしまった。「あと少し」という気持ちと「こんな所で」という焦りが交錯し、ヤブの中を行ったり来たり…。
 私の悪いクセで、いつもの丹沢ということでナメてかかり、コンパスなども持ってきていない。まさか、こんな所で遭難…?
 結局、一時間ほどさまよった後でひょっこり見慣れた登山道に出た。この時は本当にホッとして、そのまましばらく座り込んでしまった。

5月の北ア・爺ケ岳へ行った時も適当に自分勝手に進んでしまい道に迷ったことがあった。
 後は種池山荘から扇沢へ下るだけ。昨年の秋に通ったばかりのコースだったので、軽く考えていた。そこから扇沢へは左側の尾根に沿っていくのが正規のルートなのだが、残雪で夏道がわからないので適当に下っていったら、いつの間にか谷筋に入ってしまっていたのである。そのうち、ガスが沸いてきて視界が悪くなる。雪の斜面をトラバースして見晴らしの良い場所へ出ようとしたが、その辺りの斜面はけっこう傾斜がきつく、アイゼンだけでピッケルを持ってこなかったことが大いに悔やまれた。
 結局、1時間ほど迷った後、偶然にも木の枝に縛り付けてある赤テープを発見し、こと無きを得たのだった。

 最近では、1999年のGWに一人で富士山へ登った時。
 朝、須走口から登り始め、昼頃には頂上へ着いた。ところが、それまで何とか保っていた天気はにわかに崩れ、辺りは地吹雪と濃いガスに包まれてしまった。
 ショートスキーを履いていたので、一気に下ろうと思ったが、頂上直下の鳥居をくぐり抜けた時には一面のホワイトアウト。何もかもが真っ白で、右も左も上も下もまったく区別がつかないのだ。唯一見えるのは自分の足元だけで、かろうじて雪の斜面に立っているのがわかる程度。しかし、その先は1m先すらどうなっているかわからないのだ。
 そのうち、自分が何も見えない海の中を漂っているような錯覚すら感じるようになる。それまで吹いていた風もすっかり止み、濃厚な乳白色のガスはまるで晴れる気配がなかった。
 スキーでおっかなびっくり滑っていても、雪の凹凸がまるでわからず、そのうち視界の中に急に黒い岩が現れては、急ブレーキをかけてひっくり返るという有様。2〜3m動いては3分間立ち止まって自分の位置と進むべき進路を見定める。コンパスを頼りに、とにかく東へ東へと注意しながら下ったが、家には今日中に帰ると言っておいたので、早く下山しなければと気ばかりが焦った。
 高度を下げるにつれ、視界の中にぼんやりと山小屋の姿が見え始めた時は本当にホッとして、涙が出そうだった。何とか暗くなる前に五合目の駐車場にたどり着くことができたが、普段の時のようにコンパスを持っていなければどうなったことか。
 今、思い出してもゾッとする想い出である。

 

1999.8.31〉

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