北岳で本当にあった怖い話

 ふだん酒ばかり飲んでイイかげんなことばかり言っている悪友の話となると、今イチ信用できないが、私は幽霊の存在や心霊現象の話は割と信じる方だ
 大学一年の夏合宿でのこと。私も同じ場にいながら自分では経験していないので何とも言えないが、山では遭難ということがあるから、こういうケースがあってもまんざら不思議ではないのかもしれない。

バットレスの登攀を終え、いよいよ北岳から寸又峡まで南アルプスの大縦走が始まって間もない時である。
 その日の幕営地は、北岳稜線小屋付近。回りにはそれほどテントの数は多くなく、夕暮れ時からはガスが湧き、真夏にしてはヒンヤリと肌寒い日だった。
 私はその日、もう一人の同期の男と食当を命ぜられ、少し離れた水場へ出かけていた。二人でポリタンや鍋に水を汲み、テントに戻ってきたのだが、テントに残っていた他のメンバーの様子がどうもおかしい。
 最初は一日の疲れでバテていたのかと思ったが、普段は口うるさく指図する先輩もなぜか元気がない。どうしたのかと一人の男に聞いてみると「金縛り」にあったと言う。
 「ホントかよ?」と思ったが、他の連中も「どうもさっきから身体が痺れると思ったら、あれが金縛りだったのか。」などと言っている。
 結局、よくわからないままにその夜はそこで一夜を過ごした。私は特に「金縛り」になることもなくシュラフの中でぐっすり眠れたように思う。

ところが翌朝になると、やはり何人かは昨夜とても寝苦しかったと言う。狭いテントの中にぎゅう詰めになって寝たせいだと思ったが、小屋へ幕営料の精算へ行っていた先輩の話を聞いて愕然とした。
 実は、つい一週間ほど前に、この場所で遭難事故があったというのだ。
 まだ夏山シーズンが始まったばかりのある日のこと。一人の単独行者がやってきた。しばらく、この場所で何泊かすると小屋の従業員に告げ、その登山者はキャンプサイトの一画にテントを張ったのである。
 ところが、しばらくしてから天候が崩れ、数日間、その人は他のパーティーと共にテントの中に閉じ込められてしまった。
 やがて天気は回復し、他のパーティーは次々と出発していった。ところがその単独行者のテントはそのままの状態。不思議に思って、小屋の人が声をかけ、テントの中を覗いてみると、何とシュラフの中でその単独行者は死んでいたという。

亡くなった単独行者がテントを張っていた場所。それは昨夜、我々が一夜を過ごしたこの場所だったのである!
 テントをたたみ、黙祷を済ますと我々は急いでその場を離れたのだった。

1999.9.3〉

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