京王プラザホテル登攀未遂事件

 1970年代後半から80年代にかけて、アメリカで「ビルダーリング」というものが流行ったことがある。自然の岩場では満足しきれない目立ちたがりのクライマーが、都会に聳える超高層ビルをターゲットに、次々と「初登攀」を競ったのである。
 もちろん、これはたとえ外壁を登っても住居不法侵入となり、立派な犯罪となってしまうのだが、パフォーマンスとしてはなかなかの注目を浴び、当時は新聞にもいくつか記事が掲載されていた。
 日本でも、たしか雲表倶楽部の藤原さんという人が都内のどこかのビルを登った記事を見たことがあるが、実は私も仲間と酒に酔った勢いでほんの少しだけやってみたことがあるのだ。

大学一年の頃は、山岳部の同期の奴の下宿に入り浸り、部の会合がない日は数人の仲間と新宿の小便横町などで飲み歩いていた。
 その日も夜になって仲間とフラフラと西口辺りをさまよい、気がつくとあの「京王プラザホテル」のすぐそばまで来ていた。ふと目をやると、ビルの壁には実にお手頃の幅のクラックがまっすぐ上へと伸びている。つい先日、三ツ峠で初めて岩登りの手ほどきを受けた我々は、町中でちょっとした石垣や壁を見るとよじ登りたくなって仕方がない。辺りはすでに暗く、通行人もほとんどない。
 「…どれ、ちょっとやってみるか。」
 何の気なしに10センチ幅のクラックに足を入れてみると、これがピッタリ!
 「おっ!なかなかいいんじゃない?」
 といった感じでスルスルと5mほど登ってしまった。各階ごとにちゃんとテラスのような物まであり、「よぉし、あそこまで登っちゃおうか。」などと言っていた時である。
 眼下の少し離れた植え込みの中から小型カメラがこちらをジーッと見ていた。
 「おい、もしかしてあそこにあるのは監視カメラじゃないか?」
 並行する隣のクラックを登っていたTという仲間に声をかけると
 「大丈夫だろっ!」というイイかげんな返事。
 そうかなぁと思いつつも少し動いて振り返ってみると、やはりカメラはこちらを見ている。そのままカメラの方を見ながらフェイントをかけたみたら、やはり、こちらの動きにあわせてカメラの首がカクンと動いた。
 見られているっ!
 「や、ヤバイっ!下りろ!早くっ!」
 こちらが着地するのと、ビルの警備員がドヤドヤとやってくるのと、ほとんど同時だった。
 我々は全員で「ん?何かありました?」とトボケた顔をした。
 ついでに身元をごまかすため、自分たちとまるで関係のない某H大学の応援歌など歌い、それなりにカモフラージュしながら足早にその場を去るのだった。

まあ、そのまま何十メートルも登れるわけはなかったが、京王プラザホテルの警備員さん、あの時はごめんなさい!

1999.9.3〉

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