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走りを変える!
ランニングシューズの選び方

 ランニングシューズをどうやって選んだらよいのか・・・・・レースに出る人も出ない人も、ランニングをする人ならだれでもきっと一度は悩んだことがあるでしょう。

私のランニング歴は約12年。この間に何足ものシューズを履いてきましたが、一番の悩みはせっかく気に入ったモデルを見つけても、次に同じものを買おうとしたときにはたいていモデルチェンジされていて、二度と店頭で見つけられないこと。どうしてランニングシューズはあんなにはやい回転でモデルチェンジされるのでしょうか。

しかもシューズが合う、合わないは、ある程度はいて走ってみないとわからないという部分もあります。せっかく買ったのに合わなかったら悲劇です。無理をして走っているとけがをすることもありますし、せっかくの買い物を無駄にしてしまうことになります。 

少しでもシューズ選びの失敗を減らすために、メーカーには継続的なモデル供給や細やかな表示をお願いしたいところですが、走る方の私たちもいくらかの知識を持つことが大切です。

 一般的なシューズ選びのポイントは雑誌や店頭でも説明を得ることができますが、ここでは意外に知られていない専門的なポイントをご紹介します。

【このページは、(株)アシックススポーツ工学研究所研究員 西脇剛史さんのご協力で構成しました。】

一流選手と同じシューズで走ってみれば・・

一九九八年バンコクのアジア大会を独走の優勝で飾って以来、日本の高橋尚子選手は世界に名を馳せるトップランナーとなりました。彼女のレースシューズをサポートするアシックスから、高橋尚子モデルと称するレース用ランニングシューズが市販されています。高橋選手が実際に使用しているのはオーダーメイドで、市販品はあくまでも「モデル」ですが、それでも市民ランナーにとってはあこがれや興味を覚えずにはいられないでしょう。同じシューズを履いたからといって、まさかそれだけで一流選手になるなんてことは期待できないにしろ、気分だけでも世界最高を味わってみたい・・・・・・・

ちょっとまった! あなたがもし、マラソンのトレーニングをきちんと積んできて、体もシェイプされ、フルマラソンを三時間以内で走るランナーならば高橋尚子モデルでもOKです。でも、これからジョギングを始めてみようという人や、標準体重をオーバーしている人、フルマラソンを四時間以上かかるという人の場合、トップ選手と同じシューズを履いてもタイムがよくなるどころか、故障の原因になってしまう可能性があります。

そういうわたしも、かつて非常に軽い、ソールの薄いレース用シューズを買ったことがありますが、たった一度、一時間半ほど走ってみただけでかかとを痛めてしまい、人に譲った苦い経験があります。あー、あのシューズでレースを走ったらかっこいい! と思ったのに。

「高橋尚子選手の下肢にはすでにさまざまな機能が備わっているから、ランニングシューズに付与されている機能は、レースなどで高速走行を求められる場合には、かえってじゃまになるものもあるんですよ」とアシックススポーツ工学研究所研究員 西脇剛史さんは言います。

エチオピアのアベベ・ビキラ選手が、一九六〇年ローマオリンピックの男子マラソンを世界最高記録で優勝したとき裸足だったのは有名な話です。「裸足のアベベ」といえども、四年後の東京オリンピックで優勝したときにはシューズを履いていましたが、彼もまた機能満載の鍛えられた足をもっていたからこそ、裸足で走ることができたのです。

ランニングシューズに求められる八大機能

ではマラソンシューズに求められる機能とは何でしょう。自分の足に欠けている機能は、シューズで補わなければならなりません。高橋モデルの話に戻れば、現在市販されている最高級モデルのランニングシューズにはスポーツ用品メーカーのもつ技術の粋を集めた機能が搭載されている一方、高橋モデルには最低限の機能しか付加されていないのです。

ランニングシューズに期待される機能として@屈曲性(曲がりやすさ)、A軽量性、B衝撃緩衝性(クッション性)、C通気性、D安定性、Eグリップ性、Fフィット性、G耐久性の八つのポイントをあげることができます。

日本におけるランニングシューズ開発では、とくに衝撃緩衝性(クッション性)、屈曲性、安定性が重視されています。外国では、耐久性やフィット性が安定性より重視される国もあるようです。また価格についても、日本は1万円以上というのが優れたシューズの鑑別ポイントのように言われることがありますが、アメリカではむしろ1万円もするシューズは売れないので、同じメーカーでも異なる価格で販売することもあるとか。わたし自身、ハワイでお気に入りのモデルを安く手に入れて喜んだことがありますが、機能的に若干異なる場合もあるということを覚えておく必要があるでしょう。

衝撃緩衝性(クッション性)

ランニング中は最大体重の2.5〜3倍もの力が足にかかります。これを効果的に吸収するだけの筋肉や骨の力がなければ、緩衝性をシューズに求める必要があります。でも、クッションが必要以上にあると安定が悪くなる(体重の乗りが悪くなる)だけでなく、蹴ったときの力がクッションに吸収されて走りが鈍くなり、またクッション材の重さでシューズ全体が重くなってしまいます。シューズの重さが100g重くなれば、走るためのエネルギーは1%余分にかかるそうです。軽さは疲労を防ぐ鍵であると同時に、緩衝性を犠牲にするという背反性をもちます。

トレーニング用はけがを防ぐことを優先して軽さや効率よりも緩衝性を重視して選び、レース用は逆に軽さと効率から選ぶ必要があるので、自ずと異なるタイプのシューズを履き分けることになります。ただし、記録狙いではなくあくまでも楽しみのために走るランナーであれば、トレーニング用の一足でレースを走ることは可能です。しかし、「レース用」として売られているシューズでトレーニングすることはおすすめできません。

 クッション材の素材や厚さは、各メーカーによってさまざまです。クッション材の硬さが軟らかいほど、厚さは厚いほど、緩衝性は高くなるでしょうが、むやみに軟らかく厚いだけのものは走りにくいのです。商品タグには使用されているクッション材について説明が書かれていることが多いので、参考にしましょう。

また、クッション材は圧縮による変形でショックを吸収するよりも、斜めにずれる変形の方が効果的に着地の衝撃を吸収できるといいます。シューズのかかと部分に斜めにクッション材を組み込んだものがあるので、試してみる価値があるでしょう。

屈曲性(曲がりやすさ)

スポーツシューズ売場で、シューズの底を折り曲げるようにして軟らかさを試している人を見かけます。スキーの板でも同じように曲げている光景はよく見られますが、問題はどれだけ軟らかく曲がるかより、どんなふうに曲がりやすいかです。シューズやスキー板の長軸に対して、どの部分で曲がりやすく、使用目的に適した軟らかさをもっているかどうかをみなければなりません。

走るという動作において、人間の足はただ一ヶ所の関節でしか曲がらないといいます。足の指の付け根にあるこの関節はMP関節と呼ばれます。MP関節での足の曲がり方に沿って曲がるシューズというのが、足の動きを妨げない、屈曲性に優れたシューズということになります。

Fig..1 足裏の曲率を測るための足形
【出典】村上治、磯部真志、西脇剛史 「ソール曲率分布に基づいたランニングシューズ屈曲性評価手法」、スポーツ産業学研究,vol.9,No.1(1999),9-16

ランニングシューズを裏返してみると、ソールにはさまざまな形の溝が切ってあります。溝はグリップ性に関わるだけでなく、屈曲性にも関与し、クッション材と同様、メーカーごとに工夫がなされています。

親指側と小指側ではMP関節の曲がり方は異なり、親指側の方が大きく曲がります。この特性に合う溝の切り方は、親指側ではMP関節の約10mm後ろ、小指側ではMP関節直下だとか。人によって足のサイズが異なるだけでなくMP関節の位置も異なります。実際に店頭で履き比べて、蹴りの際のMP関節の曲げ動作に抵抗がないかどうか確かめるとともに、ソールの溝を観察し、自分のMP関節の位置に合っているかどうか点検することも大切です。

Fig.2 拇指側のMP関節(MP#1)と小指側のMP関節(MP#5)の位置(上図)とそれらの直下に溝を切ったソール(下図)。屈曲性のよいソールは、拇指側ではMP関節の約10mm後、小指側ではMP関節の直下に溝が切られている。
【出典】 村上治、磯部真志、西脇剛史 「ソール曲率分布に基づいたランニングシューズ屈曲性評価手法」、スポーツ産業学研究,vol.9,No.1(1999),9-16

安定性

「安定性」とは、簡単に言えば「ぐらつかず、走りの中で重心の移動が正しい位置で行われる」ということですが、大別すると着地の際に下腿(膝から下の脚)が内側に倒れ込む人(プロネーター)の安定性と、逆に外側に倒れる人(サピネーター)の安定性の二通りがあります。

足が着地してからけり出すまでの過程で、かかとが外側に、すねが内側に倒れ込んでねじれが生じることをプロネーションといいます。走っている人を後ろから観察するとかかとの外側で着地したあと足の内側に体重移動するとともにすねがねじれていくのがわかります。このねじれがきつすぎると「オーバープロネーション」といって、膝やすねの傷害につながります。そのため、ソールのかかと部分が内側に沈み込まないよう、プロネーションの程度に応じた硬さの倒れ込み防止用ソール素材がかかと内側に使用されます。

日本人の約95%は(程度の差はあるが)プロネーターなので、市販されているランニングシューズも、ニュートラルランナー用(プロネーションなし)からオーバープロネーター用となっています。ランニングですねや膝が痛む人やO脚の人、足首の関節が極度にやわらかい人は、スポーツ専門店で相談し、オーバープロネーション用のシューズを選ぶことをおすすめします。

ただし、残りの5%の人はサピネーターということをお忘れなく。オーストラリア人だと、サピネーターの人が非常に多いのだそうです。サピネーターの人は、かかとの外側で着地して、そのまま足の外側ばかりを使って走ります。かかとの内側が硬いオーバープロネーション用シューズは、こうした走り方を助長してしまい、別な故障の原因となります。サピネーターの人は、「ニュートラルランナー用のシューズ」を選びましょう(サピネーター用というのはないらしい)。

ランニングシューズもTPOを考えて

これまで述べてきたように、ランニングシューズを選ぶときにはデザインや価格だけでなく機能上のいくつかのポイントをチェックする必要があります。脚・足の骨格、トレーニングレベル、走る目的に応じて何足かのシューズを履き分ける工夫も必要でしょう。

 ランニングシューズに限らず、野球やサッカーシューズでも、有名選手の名前を冠したモデルが発売されていますが、あこがれだけで買っても故障を招いたり、技術の向上を妨げる可能性さえあるというのはランニングシューズと同じです。

ただし、スポーツの目的の一つはやはり楽しさです。使うのが楽しみ、というのも用具に求められる大切な要素といえます。

先日、私もスポーツ店のバーゲンでランニングシューズを二足買いました。一つはアスファルトや平らな河原などを、ある程度スピードを出して走るトレーニング用。もう一足は、トレイルラン(山道などの不整地を走ること)用に、石ころや木の根などを踏んでも足に影響のない厚いソールのシューズです。こちらは少しラメの入ったデザインも気に入って買ってしまいました。

気に入ったシューズなら、トレーニングも楽しくできます。また、スポーツシューズをタウン用に履くのが流行しているとはいえ、そこから伸びるふくらはぎに筋肉がついていなかったり、背筋が曲がっていたのではおしゃれとは言えません。お気に入りのランニングシューズを買って、トレーニングを始めましょう。