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水とおいしさの生理学
名酒は名水にあり!」

日本酒でもブランデーでも本当においしいものは”水の如し”と言われます。水のようなおいしさとは一体どういうものなのでしょう。また人が水のおいしさを感じるのは舌?それとも喉でしょうか。

 秋の夜長に一杯傾けながら、水とおいしさの生理学をご一緒に考えていきましょう。

水の如し、おいしい酒。

 おいしいお酒の味を”水の如し”と表現することがあります。越後杜氏は、水のような酒を理想として酒造りをしているそうです。とはいっても、水そのものではもちろん美酒のかわりにはなれません。それは単に「水では酔えない」という左党の人の言い分だけではありません。純粋な水は飲んだときにさわやかではありますが、大吟醸の冷酒のようにさっとなくなるような感じは得られません。口の中で一瞬に消えてしまう清澄さを例えて”水の如し”と言っているのです。 

清澄さが生まれるメカニズム。

 ところで、大学の研究室などでは、蒸留水をイオン交換器に通した”純水”を実験に用います。家庭用浄水器よりももっと徹底的に水道水の中のイオンなどが取り除かれますが、飲んでみると味もにおいもなく、おいしくありません。

 一方、私たちの口の中には常に唾液がありますが、唾液の味を感じる人はいません。唾液は、口の中でなんの存在も感じない「無の存在」ですが、その成分を調べると、ナトリウムやカリウムなどのミネラルイオンを含んでいることがわかります。これらのイオンの濃度は、血液の液体成分である血漿よりも薄くなっています(表)。

 ではお酒はどうでしょう。日本酒はイオン濃度でみると唾液よりももっと薄い液体であることがわかります。意外なことに、グイグイ飲むビールよりも、イオン濃度では日本酒の方が薄いのです。

 また日本酒やブランデーのアルコール濃度も後味に効いているようです。アルコール濃度が10%以下の軽い日本酒では、水っぽい薄さが残ると言われます。さらに日本酒の場合は糖分が多く含まれていて、なめらかな舌触りをつくるのに一役買っています。

 水のごときお酒のおいしさとは、水より濃くて唾液より薄く、アルコールと糖分の絶妙のバランスが醸し出す究極の味と言えそうです。

 

 喉で感じる水。

   夏の間、喉が渇いたときにぐいっと飲むビールの味は水のごときお酒の味とは違い、また格別のものでしたね。スポーツをした後でビールがおいしく飲めるようにと運動中は水を飲まない人もいますが、喉が渇いたときにゴクゴク飲む冷たい水のおいしさも他に代えられません。では喉の渇きをいやすおいしさは一体どこから来るのでしょう。

 味覚は口の中の味蕾(みらい)という組織で感じます。味蕾の3分の2は舌の上にありますが、残りの3分の1は軟口蓋(いわゆる口の天井)や、喉の奥から食道の上部にあります。舌の上の味蕾は甘味、酸味、塩味、苦味、旨味を感知しますが水には反応しません。逆に喉の奥の味蕾は味には反応しませんが、水や二酸化炭素に応答することが知られています。ビールの喉ごしのうまさとは文字通り、二酸化炭素の泡と水を喉で感じるおいしさなのです。喉が渇いたときに冷たい水がおいしいのも同じ理由です。

  舌で味わう水

  このように水自体の味は舌で感じられません。ところが、食べ物のおいしさを舌で感じるために水は欠かせない働きをになっています。実は、味蕾から味覚神経に味が伝わるのは、水や唾液に溶けた食品成分だけなのです。唾液の分泌が減る病気にかかると味覚が低下しますし、不溶性の固体を舌の上にのせても触覚に感じるだけで何の味もしません。

 ということは食べ物のおいしさを引き出すには、水の清らかさが基本になってくるわけです。もちろん、食品特有の舌触りや柔らかさなどを生むためにも水は重要です。

 おいしさの秘密がわかったところで、今日は何を肴に一杯やりますか?