.KOM@ 5th Anniversary Part.3 -楽曲編A- |
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(2005.06掲載) |
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今年、活動5周年を迎える.KOM@について、満5周年を迎える11月まで、 |
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■今回も前回に引き続き、5周年企画ということで、「勿忘草」以降の「曲」について、いろいろと聞いていきたいと思います。よろしくお願いします。 |
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よろしく |
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■2001年夏にメンバーが再会して、アルバム制作を決定し、アルバム”Allegory”が完成。その派生的なポジションとして、シングル”SuperOne”が完成した訳ですが、その後の.KOM@の活動はどのように考えていたのですか?。 |
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当時は、しばらくは活動休止という方向はアルバム制作段階から決まっていました。ただ、”Allegory”を実際に作ってみて、楽曲制作に対する手応えを感じていました。だから、冬の間は.KOM@としての活動は休止して、春にシングルを出し、夏までには「DOGUMA」を再レコーディングしたアルバムを出そうという方向性に決まりました。 |
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■そこで、“勿忘草”と“隣のおばちゃん”という名曲2曲が生まれたわけですが、両曲はどのような流れで生まれたのですか? |
「勿忘草」に関しては、当時、一般からの歌詞募集をしていて、その時に、「long」のモチーフになったことでも有名な川口君から「勿忘草」の歌詞をもらい、そこから発想を膨らませて作った曲です。 それに対して、「隣のおばちゃん」は、大島氏に次回作の歌詞を発注する際に、松本氏がテキトーに「原チャのおばちゃん」とテーマを与えたことが始まりとなり、大島氏が歌詞を書き上げました。そういう意味では、両者とも歌詞が選考していたと言えますね。 |
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■それはどの時期だったのですか?。 |
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両者ともシングル”SuperOne”をリリース直後の頃、つまり2001年の11月〜12月頃だったと思います。 |
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■楽曲も年内に完成していたのですか? |
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「勿忘草」の方が取りかかったのは若干早かったと思いますが、いずれも年内に活動休止に入る前に楽曲は完成していました。 |
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■それでは、それぞれの楽曲について見ていきたいと思いますが、「勿忘草」は.KOM@のバラードの根底を覆したと言われていますが、その点はどのように思いますか? |
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確かに、.KOM@にとっては、「春の風に…」が初めての本格バラードで、その後「ぼくは…」も作りましたが、同じテイストではありました。ですが、「ぼくは…」を作った後、”Allegory”のロックナンバーを作り上げていく中で、「バラードにもロックさを出したい」というのが、僕らの中にあったのでしょう。それが、「in progress」や「A Day」といったミディアム・ロックナンバーが“Allegory”の中で生まれたからこそ、この「勿忘草」が生まれたのだと思います。 |
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■「勿忘草」のポイントは何ですか? |
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やはり、バラードでありながらハードさを求めたところじゃないですかね。「春の風に…」や「ぼくは…」は、メロディー重視・雰囲気重視で、ソフトなサウンドに仕上げたんだけど、「勿忘草」は音にしてもフレーズにしても、やや固め。よく「ソフトでありながらハード」と言われますが、それが見事にできた1曲といえるのではないでしょうか。 ただ、残念なのは、この「勿忘草」は、”Allegory”から使用したレコーディング方法は、とても耐えられなかったということ。それだけ、ギターやコーラスを重ねていったということでは、自信にはなりましたが、「あれがもっと良いレコーディングができていれば…」とは思いますね。 |
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■ということは、近く「Hetakusong」シリーズでリバイバルされる可能性があるということでしょうか? |
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できれば、再レコーディングやりたいとは思うけど、こういう名曲ってなかなか手が出せないんだ。曲がいいから、下手なことはできないし、ミスしたらどうしようもないし。それに、僕たちはアルバムを制作するときに、似たような曲は収録しないようにしている。だから、どうしても他のバラードとかぶることがあったりして、なかなか難しいんだ。 |
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■では、続いて「隣のおばちゃん」ですが、この曲は今や「MICE」に次ぐ.KOM@を代表するロックチューンになりましたが、そのあたりはどう思いますか? |
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そりゃあ、嬉しいよね。「MICE」というハードルは思いのほか高くて、あの「MICE」を超える曲を作るというのは今でも難しいんだ。「隣のおばちゃん」は、今や「MICE」と肩を並べる存在にまで成長してくれた。.KOM@にとっての2枚看板という感じだね。 |
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■「隣のおばちゃん」のポイントはどこですか? |
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僕らが思うのは2点。1つは、なんと言ってもタイトルと歌詞。僕らって音楽をやっている以上、リスナーの人達に対して、なんらかのインパクトや衝撃を与えないとなかなか聞いてもらえないんだけど、この「隣のおばちゃん」は、タイトルを見たら、「何なんだ?」ってなるし、曲を聞けばまた「何なんだ?」ってなる。そういうところも大切なんだ。 あともう1点は、楽曲面でとにかく力強く、ハードなところ。例えば、「MICE」もハードなのはハードなんだけど、サビとかは結構ロングトーン的なバッキングになっているんだど、「隣のおばちゃん」は常にバッキングがリフになっている。そこにあのドラムが絡んでくるんだから、かっこわるいはずがない。 |
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■ドラムに関して言えば、.KOM@の楽曲の中では最高評価の曲ですよね? |
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.KOM@の曲って結構ドラムって地味だったりするんだけど、「隣のおばちゃん」の時は、毎週毎週ドラムの修正をして、数ヶ月かかってあのドラムを作り上げたからね。今まで、ドラムにそんなに時間を費やした曲はないからね。 |
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■結局、「勿忘草」と「隣のおばちゃん」にはどれぐらいの時間を費やしたのですか? |
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期間的に言えば、約6ヶ月ぐらいじゃないかな?。その間、両曲とも修正の繰り返しだった。「隣のおばちゃん」は、さっきも言ったように、ドラムの修正をトコトンやっていたし、「勿忘草」は途中でキーが2音下がったりもしたし。 |
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■そして、この2曲がシングル「勿忘草」としてリリースされた訳ですが、この後、「DOGUMA」の再レコーディング版の制作をするのではなく、再びシングル制作に方向を転換したのはなぜですか? |
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もちろん、「勿忘草」を作っているときは、「復活DOGUMA(仮)」のリリースを考えて、「やってらんね〜 -21st century version-」なんてのも作ってた。だけど、先程も「勿忘草」の時に言ったけど、もう「Allegory」のレコーディング技術で楽曲を制作していくことに限界を感じていたんだ。あのままの方法で、「DOGUMA」を再コレーディングしても良い作品はできないと。だから、シングルを3作品ほど作って、その間に新しいレコーディング方法を確立していこうということになったんだ。それに、シングルは、価格を安くすることができるから、気軽に購入できて認知度をあげることもできる。その2つの理由で、シングル3作の制作にシフトしたんだ。 |
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■そのシングル3作の第1弾として、「Virus」を作ることとなるわけですが、この曲はどのように生まれたのですか? |
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この曲は、2002年1月頃の僕らが活動休止をしている頃に、松本氏が7曲ほど作っていたギターインスト曲のなかの1つなんだ。春に松本氏とKe-Kunが、一緒にこのギターインスト曲を聞いて、「この曲はいい!」ということで、その時点で「勿忘草」の次回作に収録されることはほぼ確定したんだ。だから、曲先行で出来た曲。 |
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■その原曲となったギターインスト曲と、現在の「Virus」とでは、どれぐらい同じなのですか? |
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ほとんど一緒だよ。リフは、当時には完成されていたし、コード展開も9割は同じ。AメロからBメロへ展開していくところと、メロディーが違うぐらいかな。 |
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■実際、シングル「勿忘草」から次のシングル「Virus」のリリースまで約1年もかかったわけですが、それはどうしてですか? |
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2002年の7月に「勿忘草」をリリースしたんだけど、その翌8月にはすでに「Virus」のレコーディングはスタートしていたんだ。きちんとMTRを購入して。のちに、それがPCを使ったレコーディング方法に変わっていくんだけど、それがスタートしたのも9月ぐらいだった。だから、楽曲そのものは、ほとんど夏〜秋の時点に完成していたんだ。 ただし、一番問題だったのがボーカル選びだったんだ。「勿忘草」をリリースするときに、「次回作からは新しいボーカルを起用する」ということが決まっていたから、とにかく新しいボーカリストを探さないと、次なるリリースが前進しなかったんだ。そして、ようやく11月頃にshingo君が見つかって、12月頃から軽くセッションをしながらやりはじめた。で、実際のボーカルレコーディングがスタートしたのが2月。しかし、結局、満足したクオリティが得られなかったので、すべてやり直しということで、4月から再びレコーディング。そんなことんなしていたら、7月になっていたという感じかな。 |
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■それは、他の曲でも同様ですか? |
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同じだよ。2002年夏の時点で、シングル3作リリースを決めていたから、2002年の夏〜秋にかけては、そのシングル3作に収録する曲を作っていたんだ。今から言えば、「my song」・「Shadow」・「Stealman」あたりなんだけど。もう、これらの曲は2002年末には完成していて、あとはボーカルレコーディングを待つだけだったんだ。ただ、そのボーカルレコーディングに時間がかかったんだけど…。 |
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■先程言われた3曲のうち、「my song」については、shingo君からの要望だったそうですが… |
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そうですね。そもそも、「my song」のような曲は、松本氏やKe-Kunの好みでは無いですから。shingo君がボーカルとして参加することが決まった頃に、shingo君から「ミディアムテンポのノリのいい曲がやりたい」というリクエストを受けて、松本氏が作った曲です。だから、彼からのリクエストが無ければ作ることはなかったと思います。 |
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■また、シングル「Virus」では、3曲目に「梅 -Artificial Guitar Version-」が収録されていますが、これはどういう意図からですか? |
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これは、逆から言えば僕らの計算ミスでした。というのも、2001年秋リリース「Allegory」以降、ボーナストラックに収録された曲を、その次回作に収録するというのが、1つの「お決まり」になっていました。そして、「勿忘草」では、ボーナストラックとして「梅」の打ち込み版を収録していました。それは、前にも説明したとおり、シングル「勿忘草」の後、「復活DOGUMA」をリリースするつもりだったからです。 そのリリースが中止となり、シングル「Virus」に変更になった際に、「それならシングルに“梅”を入れよう」ということで、あえて打ち込みギターアレンジの「梅」を収録することになったんです。 |
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■この一件が、のちの「Hetakusong」シリーズ立ち上げに影響したという声もありますが、そのあたりはどうですか? |
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直接的には影響していないと思います。というのも、元々再レコーディング・リバイバルというのは、「Allegory」の頃から「やりたい!」ということは決まっていましたし、それがどういう形で表向きに出てくるのかという問題だと思います。 |
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■そして、3rd Single ”Virus”に続いて、2003年11月に4th Single “MICE”がリリースされる訳ですが、ここで「MICE」をリバイバルすることになったのは、どういうことですか?。 |
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再三話をしているとおり、「Allegory」をしていた当時から、「きちんとしたレコーディング環境が整ったら、”DOGUMA”や“Allegory”の曲をもう一度きちんとやり直したい」という気持ちがありました。そこで、その1つの挑戦として、念願の希望だった「MICE」をリバイバル第1弾として取り組むことにしたのです。 |
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■でも、本当は「MICE」は5th Singleに起用するつもりだったとお聞きしましたが? |
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2002年末に、シングル3作(3rd〜5th)の収録曲を考えていたときには、「MICE」は5th Singleに収録予定で、その勢いで「復活DOGUMA」につないでいく予定でした。ただ、4th Singleのタイトル曲として予定していた「Stealman(のちに”Hetakusong 2”に収録される曲)」の難易度があまりにも高く、shingo君がうまく歌うことが出来なかった。そこで急遽、「MICE」が4th Singleに収録されることになったのです。 |
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■それにしても、Allegory Ver.とSingle Ver.は全然ギターのフレーズが違いますよね? |
| それは何を隠そう、松本氏の2年間の鍛錬の成果だね。「MICE」という曲は、「Allegory」が完成した後も、ずっと「いつかは録り直そう」ということで、練習を重ねてきた。その間に、ギターフレーズがとぎすまされ、洗練されていったんだ。しかも、元々テンポも早い曲なのに、Allegoryよりも10も早くなっているんだから、松本氏はすごいね。 |
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■レコーディングに関しても、革新的なことをしたそうですが? |
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たぶん「マイク録り」のことでしょう。実は、プロのミュージシャンってアンプを実際にスタジオで鳴らして、その音をマイクで拾ってレコーディングしているんです。だけど、僕達は通常は普通の部屋でライン録りをしている。そうなると、ギター本来のおいしい音が録音できない。ということで、「MICE」に関しては、.KOM@で初めてスタジオでマイク録りをしたんだ。だから、他の曲ともまたギターの音が違うんだ。 |
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■「MICE」のM-2の「きらり」は、古い楽曲のリバイバルだそうですが? |
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あの曲は、元々「DOGUMA」を作っていた頃に、「十字架天使(Cross Angel)」という名前でアルバム収録候補としてデモテープ段階までは作ったんだ。だけど、あんまりパッとしないし、曲数も足りそうだったから、当時はそこで終了したんだ。 それが、2002年秋に「そういえば、『十字架天使』って曲があったなぁ〜」という話になって、「それならやってみようよ」ってことで一からアレンジして作ったんだ。やっぱり、曲が「DOGUMA」の頃だけあって、古さを感じるね。 |
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■そして、翌2004年3月に5th Single「ぼくは…」が登場するわけですが、どうしてまた「ぼくは…」だったのですか? |
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これは、shingo君から「そろそろバラードが歌いたい」という話があったからなんだ。で、松本氏とKe-Kunが相談して、「どうせなら、『MICE』に続いてリバイバルをやろうよ」ってことで「ぼくは…」になりました。 |
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■M-2の「Shadow」は、唯一ZO-3ギターで演奏しているとのことですが… |
そうそう、そうだったね。この曲は、2002年夏のちょうどMTRからPCへレコーディング方法を模索していることにレコーディングしようとしたんだ。で、某所でレコーディングをしようと思ったんだけど、レスポールを担いでいくわけにもいかなかったから、ZO-3のキチィーちゃんギターを持って行ってレコーディングしたんだ。これが、結構クセのある音で、「カッコイイじゃん」ってことで、このままになったんだ。 ■M-3の「カセット!?」は、いろんな意味で問題を読んだ訳ですが… あの曲なぁ……ギターフレーズもカッコイイし、アレンジも良かったんだけど……結局、歌詞が決まってなかったんだ。それで、レコーディングの時にいいかげんになっちゃって、ああなったの。 |
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■でも楽曲に対しての評価は非常に高いですよね? |
| だから、また微妙なんだよね。曲はいいんだから、きちんとやればいい曲になったのに…。まぁ、こういう曲があってもいいんじゃないかな。 |
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■さて、今回は「ぼくは…」までということで、次回は「Hetakusongシリーズ」の楽曲について聞いていきたいと思います。今回はどうもありがとうございました。 |