今明かされる.KOM@3年間のあゆみ

(2003.11掲載)

今月22日で、衝撃の初アルバム『DOGUMA』から早3年。.KOM@結成から数えると5周年となる。
そんな彼らが、この3年間の活動を振りかえる、デビュー3周年記念特別企画。

Q:どうも、こんにちは。今回は、3周年記念ということでいろいろとお話を聞いていきたいと思います。よろしくお願いします。

A:ヨロシク。

Q:それでは、まず、『3周年』と聞いてどう思われますか?

A:「どう?」って言われてもねぇ〜(笑)。僕たちは、今を全力で頑張っている訳だし…。まぁ、「3年前だっけ?」って感じかな。

Q:3周年といっても、.KOM@の結成から数えると5周年なんですよね。

A:そうそうそう。まぁ、結成というか、3人で音楽をやるようになる、記念すべき1曲目『梅ジュース』が、ちょうど5年前くらいになるんだよね。

Q:でも、どういう流れで音楽を作ることになったんですか?。

A:もう覚えてないね。5年前だもん。まぁ、とにかく3人とも音楽が好きで、高校入学以前からそれぞれの方向性でやっていた。それが、偶然に集まることになって、音楽の授業中に何気なく曲を作っていた。そんな感じかな。でも、この時には、すでに松本氏がリーダーとなっていた。

Q:それはどうして?

A:やはり、松本氏が曲を作る能力が一番優れていたという点でしょう。音楽経験が、Ke-Kunは吹奏楽だったし、Oshima氏は鍵盤楽器だったし、2人とも単なる演奏経験のレベル。その一方で、松本氏はギターが弾けるうえに、作曲能力が飛び抜けていた。すでに、何曲か作ったこともあったみたいだし。松本氏が中心に曲を作るという方向性は自然なものだったんだ。

Q:でも、作曲能力が優れた人物がいても、なかなか音楽は作れないですよね?

A:そうそう。普通は、いくら作曲能力が優れた人物がいても、それを音楽として形を作り上げていく人が必要になるんだ。でも、.KOM@の場合は、都合のいいことに、Ke-Kunがコンピュータを使って、打ち込み音楽を作る技術を持っていたんだ。そのおかげで、松本氏が思い描いた曲を、Ke-Kunが形づけていくという流れが生まれたんだ。音楽的教養も、松本氏よりはKe-Kunの方が、多少はあったしね。

Q:でも、松本氏が作った曲をKe-Kunがまとめていくという流れは、一見すると非効率的ですよね。

A:確かにそうなんだよね。ある曲に対して、2人が思い描いているものは、どうしても違うわけで、それを上手くまとめていくというのは、大変だよね。しかも、2nd Maxi Single 『勿忘草』までは、打ち込み作業とレコーディング作業が完全分業で、すべては口で説明するしかなくて、なかなか大変だった。

Q:その点、今はやりやすくなった?

A:やりやすいね。今は、2人が一緒に曲を作りながら打ち込みをやって、そのままレコーディングもやってしまう。レコーディングをしながら、修正もできるし、パソコンを使っているから、「じゃあ、違うバージョンでやってみますか?」なんてこともできるし。明らかに今の方が自由度が高いね。以前は2人でやっていても、その考えにズレが生じていたんだけど、今では2人でやることがアイデアを出し合って、その場で相乗効果を生んでいる。こんなこと、5年前の僕らには思いもつかなかったことだね。

Q:さて、話を戻しますが、『梅ジュース』を作ったあと、『long』や『春の風に…』などを制作していった訳ですが、この時はどういう流れで?

A:本当は、『梅ジュース』制作以後、もうちょっと曲を作ることはできたのかもしれないんだけど、松本氏とKe-Kunが同じクラスじゃ無くなったために、曲制作ということが難しくなってきたんだ。だけど、音楽の授業でギターをやる時期(秋〜冬)になると、お互い曲を作りたくなって…。そんな頃に、松本氏の友人がフラれちゃって、『じゃあ、なぐさめる曲を作ろう』っていうことになって、『long』を作ることになったんだ。この時は、始めから『インスト』という目標もできていたから、インスト曲として完成された。その後、松本氏がもうちょっと曲を作ろうとして、Oshima氏に作詞を依頼した。そこでできたのが、『春の風に…』だった。だけど、当時、この曲は曲ができたというだけで、音としての形にはならなかったんだ。

Q:では、そういう流れから『DOGUMA』を制作することになった訳は?

A:高2の頃に、Ke-Kun氏が同じ高校の@氏に出会って、その後、松本氏・Oshima氏も彼と出会った。@氏はエレキ・ギターという上では松本氏よりも歴は長かったし、ロックについては僕らよりも全然詳しかった。で、秋の学園祭の時に、@氏のギターを持ち込んで、みんなで話したり弾いたりしてたんだ。そうこうしてたら、『なんか曲を形にして残そうよ!!』っていう話になっていたんだ。それが『DOGUMA』制作が決定した瞬間だったね。その時は、『カセットテープで』っていう話だったんだけど、ちょうど当時、CD-Rが一般に普及しはじめてきてて、CDとして残すことにしたんだ。

Q:この『DOGUMA』を制作するにあたって、テーマみたいなものはありましたか?。

A:あんまりなかったんじゃないかな。とにかく、アルバム1枚になるぐらいの曲はいるな〜という意識はあったけど。まぁ、曲を作る上では、『梅ジュース』のこともあったから、『高校の先生をテーマにした曲』っていうのが半分以上になったんだけどね。

Q:今から見て、この『DOGUMA』はどういうアルバムですか?。

A:僕たちにとって、タイトルの由来となった『dogma(教義・教理)』という単語からも分かるように、まさに『音楽的教義』として価値ある1枚といえるでしょうね。確かに、歌詞はフザけたものが多いし、音もとても聞けたものじゃないほど悪い。でも、それぞれの楽曲には、今の僕たちの音楽に通じる『教え』のようなものがあるわけで、今『DOGUMA』を聞いても、当時のあの状態で、あの楽曲を作った僕たちはすごいなぁ〜と思うよね。

Q:その辺の思いが、現在のTransCreationシリーズの展開につながっているんですよね

A:そう。インスト・シリーズである『TransCreation』を立ち上げたのは、楽曲がもつ魅力を最大限に引き立てて、再発見することが目的だったんだ。その思いは、これからも変わらないと思うよ。

Q:さて、『DOGUMA』リリース後にしばらく活動を休止するわけですが…

A:それは今だから言えること。当時としては、『DOGUMA』をリリースして終わりだったんだから。

Q:それは、どういうことですか?

A:別に驚くことでもないんだよ。さっきも言ったとおり、『DOGUMA』の制作の目的は、『最後にみんなで曲を形にして残そう』というところだったんだ。だから、『DOGUMA』を出して終わりという話だったんだ。

Q:でも、それが8ヶ月後の2001年7月に再結成ですよね?。

A:そこが、.KOM@らしいところなんだよね〜(笑い)。3人それぞれが、.KOM@の活動を忘れきれなかったんだよ。松本氏は曲を何曲か考えていたし、Ke-Kun氏はインストを作り始めていた訳だし。で、ちょうど夏に3人の連絡がついて、『この夏にアルバムを作ろう』ってことで、すぐアルバム制作にかかったんだ。

Q:それが『Allegory』ですよね。

A:そうだね。この『Allegory』は、制作当時からアルバム・コンセプトとして『干支』が決定していたから、それぞれの干支にちなんだ作詞が行われた。そういった意味では、アルバム制作の流れは上手く作れたね。

Q:今振り返ってどうですか?

A:ロックな1枚だよね。その前の『DOGUMA』までは、なんとなくポップス的な要素が強かったんだけど、『Allegory』では完全にロックな路線で固まった。そういった意味では、このアルバムが僕らの方向性を決めたと言ってもいいかもしれないね。

Q:それに続いて『SuperOne』がリリースされましたね。

A:本当はリリースするつもりなんて無かったんだけどな〜(笑)。『SuperOne』のレコーディングがどうしても間に合わなくて、収録できなかったから、仕方なく…って感じだった。でも、『Allegory』のボーナス・トラックとして収録されていた『ぼくは…』をきちんとCDに収録できたという意味では良かったかもな。

Q:その後、メンバーそれぞれがソロ活動をしていくわけですが…。

A:まぁ良く言えばソロ活動だけど、悪く言えば、休憩だよね。まぁその期間を使って、Ke-Kun氏はインスト・ミニアルバムの『TransCreation-1』をリリースできたし、松本氏も楽曲制作に専念できたみたい。でも、実はソロ活動の頃から、次作の『勿忘草/隣のおばちゃん』の制作は進んでいたんだけどね

Q:そうなんですか?。

A:そうなんだ。実は、『SuperOne』をリリースした後に、『勿忘草』『隣のおばちゃん』の原曲は出来てて、『じゃあ、次はこれをシングルで』ということは決定していたんだ。

Q:でも、この『勿忘草』といえば、.KOM@が限界に直面した1枚と言われていますが…。

A:それが、CDリリースが7月になったことにも現れているよね。本当は4月ぐらいには出すつもりだったんだ。だけど、2曲ともクオリティの高い曲である上に、今までの.KOM@とは一歩進化したスタイルの楽曲だったから、アレンジも幾度となく行った。そこに、『ボーカリスト松本氏』の限界もあったりして…。曲自身も新しい感じだし、限界を感じた。大変だったね。

Q:そこで、大規模な改革が行われた訳ですね。

A:そう。『勿忘草』の反省から、レコーディング技術の向上とボーカリストの発掘が、次のCDリリースの前提条件になったんだ。『じゃないと、納得いく作品が作れない』って。でも、これは僕たちにとって間違いではなかったと思う。次作までは時間がかかったけどね。

Q:でも、『勿忘草』から『Virus』まで、1年という期間は長すぎますよね?

A:長い。僕たちでもそう思った。だって、『Virus』という曲自身は、2002年春にはすでに完成していたんだ。それで、始めの予定だと、2002年秋にはリリース予定だったのに、レコーディング技術がきちんと確立するのに3ヶ月ぐらい必要になって、新ボーカルのレコが2003年からスタート。度重なる再レコーディングなどで、僕たちの予想以上に時間がかかってしまった。

Q:そういうところをふまえて、『Virus』とは?

A:『ついに.KOM@はここまで来てしまったのか…』と思うほど、ロック色が全面に出た1枚だよね。

Q:『Virus』では、あの『梅』を復活させていますが…。

A:『Virus』はリリースまで長い時間がかかったから、そのお詫びのプレゼントという気持ちと、古い曲をやり直したいという気持ちがあったりして…。

Q:こういうリバイバルのようなことは、よくやるのですか?

A:僕たちは昨年末からバンドとしての活動展開も模索しているから、古い曲をやるってことは、たまにあるよ。でも、それは昔のやつと同じものもあれば、バッキングもキーもギター・ソロも変わったりすることもあるわけで…。

Q:確かに『梅』は、あの『DOGUMA』の時と比べると全然違いますよね。

A:そりゃあ違うよ。『DOGUMA』の時と、今とでは音楽のスタイルも違えば、その曲に対する思いも変化していく。ある一時は、Aというアレンジがいいと思っても、しばらく経つとBというアレンジの方がいいと思うこともよくある。

Q:つまり、時と共に.KOM@の音楽は変化しているということ?。

A:まさしくそうでしょう。だからこそ、今の.KOM@を今、リスナーの人に聞いて欲しい。そう考えると、今回のように『Virus』のリリースが遅れたことは最悪といえるよね。明らかに、『Virus』も『my song』も2002年夏の音楽。実際にリリースした2003年夏は、『Virus』とはまた違う音楽を展開している。それはまだ明かすことはできないけど、このギャップはどうにかして埋めて行かなくては行けない。それが、今後の僕たちの課題でもあるよね。

Q:メンバーにとって.KOM@とはどういう存在ですか?

A:難しいね〜、その質問。まぁ上手くは言えないけど、僕たちを音楽でどう表現していくかという戦いみたいなものだと思うよ。さすがに『DOGUMA』から3年も経過して、オリジナル曲も30曲以上できた。そうした中で、.KOM@の音楽としてのアイデンティティーのようなものも生まれつつあるし、音楽の方向性も見えつつある。

Q:それが準ロックなんですね。

A:そう。結局、僕たちの音楽は『ロック』という枠では収まりきれないんだ。よく、他人から『君たちの音楽の方向性が見えない』って言われるほど、ロックからいろんな方向に手を伸ばしている。ポップスっぽい曲もあれば、ふざけた曲もある。でも、それが僕らの音楽なんだ。だから、僕たちは自分たちの音楽を『準ロック』と呼んでいるんだ。

Q:さて、これから.KOM@はどういう方向に向かうのでしょうか?

A:分からないね。でもとにかく、僕らが目指す『準ロック』を追い求める。誰もまねできない音楽を作っていきたいね。

--今回はどうもありがとうございました。