有智山城 うちやま

 

【左:空堀 右:二重土塁】

別名:内山城

太宰府市内山

築城:嘉禄年期(1225〜1227年)少弐氏

建久七年(1196年)源 頼朝から 鎮西奉行に任じられた

武藤資頼が大宰府に入り 後に朝廷から太宰少弐の官職を受け

名を武藤から少弐氏と名乗る

永亨5年(1433年)周防の大内氏との筑前の領地争いがはじまり

有智山城は落城した。それから60年後 有智山城を取り戻す

明応6年(1497年)少弐政資は、家臣が裏切りで

自害した。十一代230年の名門 少弐氏は滅亡となる