三瀬城 みつせ

 

【左:本丸跡北側 石垣と土塁 右:畝状竪堀】

佐賀市三瀬村三瀬

築城:亨禄年間(1528年〜1532年)三瀬土佐守入道宗利

三瀬城は、神代(くましろ)氏の居城

神代氏は、武内祝禰を祖とし

大祝部あるいは武部を姓としていた。長く筑後高良山玉垂宮の大宮司であったが

文治元年(1185年)良光の時に。神代村に移住し 名を神代氏と名乗る

六代目 宗元の時に、周辺豪族の勢力争いに敗れ

肥前の波多氏を頼る途中 千布城主:陣内大和守に招かれ一時滞在した

宗元の子 幼名:新次郎が三瀬土佐入道宗利に請われて三瀬に赴き

この地で、神代一族は再興する。新次郎が元服し

神代大和守武部勝利と名乗り

三瀬、筑前の山間部の諸豪族をまとめ 龍造寺家と対峙するまでとなる

勝利の死後、龍造寺家と和睦し 鍋島家との養子縁組を行い

鍋島家の家臣となり 文禄・慶長の役に出陣し戦功立てた

慶長年間(1596年〜1615年)の時 家老となり 小城郡芦刈に転封した