宇都宮 国綱

唐津市鎮西町大字名護屋字菅牟田

宇都宮 国綱は、下野国(栃木宇都宮)宇都宮城主

18万石で兵は300人で渡海した

主に釜山(プサン)の普請部隊に増田長盛の一手として活躍

翌年に帰還し、豊臣性を賜り 従五位下に任じられる

慶長2年(1597年)改易となり 復興することなく宇都宮家は、滅亡となった