覩 城 と

 

壱岐市芦辺町湯岳本村触

築城:平治年間(1159年〜1160年) 長田 忠致(ただむね)

別名:戸 城・鳥 城・鷺の城

築城した長田忠致は、源 頼朝の父:義朝を尾張(愛知県)で暗殺

その功績で、壱岐守に任じられた

しかし、長田忠政は、壱岐守だけでは 不満で

尾張に戻り 源氏に降伏し 一の谷・屋島の合戦で活躍するが

平家滅亡後 忠致は、捕まり 義朝の墓前で 土磔となる。

その後覩城は、【松浦党五氏】の一人、志佐氏の居城となる

朝鮮との貿易を行って勢力を拡大した

文明4年(1472年)肥前・岸岳城主 波多 泰が、

数百の船団率いて壱岐に侵略

覩 城で防戦するが、志佐氏始め松浦党五氏は、

敗北し、壱岐は、波多氏の支配となる