波多 親 陣跡

 

唐津市鎮西町戸屋崎

波多 親は、肥前国(佐賀)岸岳城主 

1・2万石で750名(一説では2000)の兵で上陸

肥前佐賀の鍋島直茂の軍に加わった。

波多 親の妻、秀の前は、美人で 噂を聞いた豊臣秀吉は

すぐに名護屋城に呼び寄せた。

窮地にたった秀の前は、自殺を図ろうと思い

懐に短刀を用意していたが

秀吉の目に止まり 怒りを買い

波多 親は、領地を没収され

徳川家康に預けられ 後に常陸の筑波山麓に

送られて生涯を終えた