時枝城 ときえだ

宇佐市下時枝

築城:応永年間(1394年〜1428年) 時枝惟光

弘治2年(1556年) 時枝平太夫は 大友義鎮に属してたが

密かに 毛利元就に内通していた また

土井城主 佐野親重も時枝平太夫に応じ

光岡城を攻めた 赤尾氏一族を討った

しかし 高家城主 中島統次率いる300の兵で時枝城は

落城した。時枝平太夫は毛利家に落ち延びた

 天正15年(1587年)豊臣秀吉の九州討伐で

時枝平太夫は黒田如水の軍に従い

宇佐群に導き 仇敵であった 中島統次を討ち滅ぼした