上原館 うえはらやかた

  

大分市上野丘西

別名:西山城

築城:鎌倉時代 大友氏泰

天文19年(1550年)

大友家20代 義鑑は、嫡男の義鎮(後の宗麟)を廃嫡し

塩市丸を家督を決めようとした

しかし、4人の家老:斎藤・小佐井・津久見・田口が反対し退席

再び4人の家老を義鑑に呼び出されるが

斎藤・小佐井の二人が館に向かう途中に

義鑑の手下に殺された

残った津久見と田口は、館に乗りこみ

塩市丸とその母を殺した

義鑑も重症負うが まもなく亡くなり

津久見・田口は、義鑑の家臣に討たれた

この事件を 「大友二階崩れ」の変と呼ばれた