大津山城 おおつやま

 

【左:二の丸から撮影した本丸の石垣 右:二の丸,崖にある石垣】

玉名郡南関町大字関東字城平

別名:つづらが岳城 南関古城 南関宇城 舞鶴城

築城:応永年期(1394年〜1428年) 大津山資基

大津山城は、筑後の国境に近く

天文19年(1550年)豊後の大友義鑑が支配し 

家臣:小原鑑元が城主となり 北肥前、筑後の監視させたが

鑑元は謀反し、討ち死 大津山資冬が城主となるが

天正6から9年ごろ肥前の龍造寺隆信がが入り 甥の家信が入る

 天正12年(1584年) 龍造寺隆信が、島原で討ち死にすると

再び 大津山氏が 城主となるが

薩摩の島津義久が肥後へ侵略すると 大津山氏は 島津家の傘下となる

天正15年(1587年)九州平定後 大津山氏は

肥後国人一揆に加わり、滅亡となる

大津山城は、加藤家の領地となり

慶長五年(1600年)に廃城となる