熊本城 くまもと

【熊本城大天守閣と小天守閣】

熊本市本丸町と二の丸町

別名:銀杏城

築城:慶長6年(1601年) 加藤 清正

慶長5年(1600年)

関ケ原の合戦で加藤清正は

肥後54万石の当主となり 

翌年に築城開始、6年後に完成した

慶長16年(1611年)清正が没して 忠広が跡を告ぐ

寛永9年(1632年)忠広は、徳川家の相続争いに巻き込まれ

忠広は、徳川家光の弟:忠長を推した

家光は、忠広を改易し出羽へ流罪となり

加藤家は2代44年間で滅亡した。その後

豊前・小倉城主:細川 忠利が39万石から54万石への

国替えを命じ 11代239年間細川家の居城となる