横 浜 事 件

太平洋戦争下の1942(昭和17)年、総合雑誌「改造」の8、9月号に連載された細川嘉六氏(政治学者) の論文「世界史の動向と日本」が陸軍報道局の指弾を受け、神奈川県警察特高課の手により、無実の 人々約90名が検挙され、口ではいえないほどの残虐な拷問を加えて「共産主義の目的遂行のため」 の行動をしたとのうその自白調書をとって、30余名に「治安維持法」違反の有罪判決を下した事件 です。 太平洋戦争終了後、まもなく事件の被害者33名は拷問を加えた神奈川県の特高警官を共同告発し 最高裁で特高警官3名の有罪判決が確定しました。 その後も被害者たちは無罪を訴え、1986年当事者6名、遺族3名が横浜地裁に再審請求を申し立て 1991年3月請求棄却となりましたが、遺族の手により1998年8月起こされた第三次請求が認められ 2005年再審開始が決定、2006年2月には判決が出る見込みとなりました。 横浜事件という名称は被害者が神奈川特高警察によって検挙され、横浜市内の各警察署において 暴力的取り調べを受け横浜市笹下町にある拘置所に収容されたことから生まれたものです。

横浜地裁に入廷する「横浜事件」元被告の弁護団と遺族ら(2005.12.13日付朝日新聞)
(2006年2月9日、横浜地裁は治安維持法がすでに廃止されとことなどを理由に「免訴=裁判打ち切り =を言い渡しました。判決は事件の内容に踏み込まないため、元被告らにかぶせられた罪が「冤罪 だった」と認定されることもなく、これを不服とする遺族たは控訴しました。) トップページへ