バビロンの捕囚とユダヤ人


  ヘブライ人=イスラエル人の祖先はもとユー
フラテス川の上流地域あたりに住んで遊牧生活
を送っていたようですが、紀元前18世紀頃カナ
ーンと呼ばれていた現在のパレスチナ地方に移
動、一部はエジプトに入りましたが新王国のの
虐待を受け、紀元前13世紀にモーセに率いられ
てこの地を脱出(出エジプト)、苦難の末にカナ
ーンのかっての同胞たちと合流しました。
 紀元前11世紀の末に王政(ヘブライ王国=イス
ラエル王国)に移行、第二代目の王ダヴィデはカ
ナーン全土を掌握してイェルサレムを首都とし
て統一王国の基礎を固めましたが、王の死後王
国は北のイスラエルと南のユダの二王国に分裂
し、イスラエル王国はBC722年にアッシリアに
、ユダ王国はBC586年に新バビロニアに征服さ
れユダ王国の人々はバビロンに強制移住させら
れました(バビロンの捕囚)。
 その後新バビロニアを滅ぼしたアケメネス朝
ペルシァによってBC538年移住させられた人
々はイェルサレムに帰還を許され、国家建設は
ならなかったものの神殿を再建し唯一の神ヤハ
ウェのみを信じるユダヤ教が成立し、彼らはユ
ダヤ人と呼ばれるようになり、ユダヤ教はキリ
スト教出現の母体となりました。


 紀元前一世紀にはローマ帝国の保護下にユダヤ王国が
樹立されましたが、ローマの帝権に抵抗したため紀元後
70年にローマの弾圧によりユダヤ人の世界流浪の歴史
が始まりました。
 




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