お手玉遊びの歴史について


 お手玉遊びの歴史の詳細は、日本のお手玉の会発行の「お手玉」文溪堂 に載っていますので、それを是非ご覧いただきたいのですが、 版権の関係がありますのでさわりだけ紹介します。
 また、この本はお手玉の種類の紹介、作り方の紹介、遊び方の紹介などをカラーでわかりやすく写真をたくさん使って紹介していますので楽しめます。


絵本「お手玉」からの抜粋

 お手玉遊びというのは手を使ってお手玉をゆりあげて(上に投げ上げて)遊ぶものと拾い技といって親玉を決めて床にまいた5個ほどのお手玉を寄せ集めたりする遊びの2種類があります。

 「世界最古のお手玉遊びは、この「拾い技」だといわれています。元京都大学教授の藤本浩之輔氏によると、それは、羊の距骨(かかとの骨)のお手玉だったといいます。

 藤本氏は、昭和58年(1983年)、大英博物館に展示されている羊の距骨を見て、これが、古代ギリシャで「アストラガリ」というお手玉に似たゲームにつかわれていたことを知りました。展示の説明によると、アストラガリは、羊の距骨5個を空中に投げあげて手の甲でうけとめ、下におちた骨は、手の甲にのっている骨をおとさないようにしてひろいあげるというゲームだったようです。
 また、トルコのネオヒッタイト時代(紀元前1200年〜700年)のお城の城壁に彫られたレリーフの中に、羊の骨でお手玉をしている場面があるのを発見しています。

 日本では奈良時代に中国からお手玉遊びが遊びが伝わったと言われています。法隆寺の宝物に「石名取玉」というものがあります。これは16個の水晶の玉ですが、聖徳太子がお手玉遊びに使ったのではといわれています。

 一般人は平安時代に石を使った「石なご」という名でお手玉遊びをしていました。江戸時代に布のお手玉が登場します。布のお手玉の中に、粟、ひえ、だいずなどを入れていました。この時代はかます型のお手玉です。

 布のお手玉のが全国に広まっていくと、石なご遊びは次第に姿を消して行きました。江戸時代から明治時代にかけて、今のざぶとん型のお手玉が出てきました。

 以上のように、昔からお手玉といわれていたわけではなく、手を使って玉(石や布)を上に投げたり、床のあるのを寄せ集めたりして遊んでいる遊びを今の人がお手玉遊びといっています。


石なんご遊びについて

 平成17年度にありました全国お手玉遊び美濃加茂市大会で兵庫県の大屋町で今でも継承されています石なんご遊びを紹介させていただきましたが、 石なんご遊びの由来は次の通りです。

 石なんごは、親指の頭くらいの小石を地面にまいて、ルールにしたがって拾いあげていく遊びで、日本では平安時代のいくつかの和歌の中にも、その名称が見られます。たとえば、平安末期の歌人である西行法師は「石なごの たまの落ちくるほどなさに 過ぐる月日は かはりやはする」とうたっています。この歌は、石なごが平安時代にすでに行われていたことを示しています。

 この「石なごあそび」は平安時代にすでに行われていたのですから、千数百年にわたって伝承されてきた遊びの文化だということができます。子どもたちの文化維持力、伝承力に驚かされます。

 もっと驚くことがあります。それは、この石なごは世界中の子どもたちによって遊ばれているということです。私は世界各地のデータを集めてきましたが、南はオーストラリア、アフリカから、北は北極海沿岸に住むチェクチ族まで。東はユーラシア大陸の東のはずれにある日本から、西のはずれにあるイギリス、そしてアメリカまで。50か国以上100か所以上にのぼっています。

 歴史的にみても、古代ギリシャ、ローマ時代にはすでに一般化したあそびになっていたし、アナトリア地方(現在のトルコ)では、このあそびの絵が紀元前1000年項のお城のレリーフに彫られています。
 今から三千年も前にすでにおこなわれていたわけで、そのあそびは、羊の後足のかかとの部分にある距骨(四面体の小石状の骨)を使って行われました。

 今でも、モンゴルや中央アジアの遊牧民の子どもたちは、三千年前と同じく羊の距骨を使ってあそんでいるのです。

 まさに、世界的な無形文化財というべきであって、日本の石なごもそれにつながっているのです。
 しかし、この石なごも今では、日本の中でも大屋町にしか伝承されていないのが現状です。

                                 (京都大学教授 藤本 浩之輔)



児童の感想文

  
昔から伝わる「石なんご」遊び    大屋町立大屋小学校 作文集から

 大屋町には、昔から石なんご(ひとひと)遊びがあり、おばあちゃんやお母さん達が子どものころによく遊んだそうです。

 でも、現在では大屋町の中でも、あまり石なんごをして遊ばなくなり、その遊びが大屋町だけでなく、日本からも姿を消そうとしているのです。

 だから、僕たちの大屋小学校では、その昔から伝わる「石なんご」の遊びを大切にしていこうとしています。月2回おばあちゃんやお母さん達に学校へ来てもらい、全校生で練習をしています。

 この遊びは、一(ひとつ)から十(とう)までの歌があります。

 例えば、「ひとひと ひとひと 広いが 世界じゃ。」
    「ふたふた ふたふた 降らんが 天気じゃ。」と、いうふうです。

 僕は、この歌をちょっとでも、多く覚えようとしているところです。

 遊び方は、たくさんの小石を用意(150個ぐらい)して数人で一つのグループを作ります。次に、まず「親玉」を一つ選び、その親玉を上にほうり上げ、一個、二個、三個と石を取っていくのです。

 取っていた途中で、石を落としたり、石がその数で取れなかった時は、次の人と交替します。うまく十個まで取れたら、また一個から順に取っていきます。そして、小石が全部なくなったら、遊びは終わりになります。

 全部取り終わったら、自分の取った石の数を数えて、たくさん取った人から順に、一位、二位、三位と決めていきます。そのとき、取った石が同数のときは、その人と「じゃんけん」をして順位を求めます。

 この遊びをやり始めた時は、何だか「こんなことをしていて、石なんごを大切にしていけるのかなあ。」と思いました。でも、何回も何回も練習しているうちに、「ちょっとでも、石なんご遊びをするといいなぁ。」と、思えるようになってきました。

 石なんご遊びをしていると、何だか知らぬうちにみんなと競い合って試合をしてしまいます。うまくなったら、A級から、B級、C級、D級と階段が上がっていきます。それに、取った数を競い合ってするから、けっこう楽しいものです。

 いつだったか、お父さんのお姉さんに聞いたことがあります。すると、「子どものころ、休み時間になると、すぐ石を出してきて石なんごをしていた。」と言って話してくれました。休み時間が終わった時には、「もっと、やりたいなぁ。」と、思ったそうです。その話を聞いて、昔は石なんごを、「そんな思えるほど、やっていたんだなぁ。」と、思いました。

 それにくらべて、今は、テレビゲームやバスケットボール、一輪車遊びの方がはやっているように思います。でも、それは機械化が進んで、テレビゲームとかが発達し、自然から離れていく遊びだと思っています。

 そう考えると、石なんご遊びは「自然の中にころがっている小石だけを使った遊びだし、いろいろ工夫して楽しく遊べるので、いい遊びだなぁ。」と、思っています。

 これからも、いろんな遊びが出てくると思うけど、「石なんご遊び」も休み時間とか、学校が休みの日などにやって遊ぼうと思います。

 だから、皆さんもこの遊びを消さないように伝えていって欲しいと思います。