善人か悪人か? と問われれば、俺は間違いなく前者だ。
人様の迷惑になるような行為は嫌だと思うし、ゴミを所定以外の日に出す事だって躊躇うし、大それた悪事をやらかすつもりもしない。
かといって、確実な安全を考慮した上での信号無視やら、自動販売機の釣り銭口に残されていた小銭を着服する程度の事は平然とやってのける――つまりは、ごく一般的な道徳を持ち合わせた市民という事だ。
では真面目か否か? と問われれば、やはり俺は前者だろう。
カンニングなどの不正行為はした事がないし、仮病や偽証と言った行為には後ろめたさを感じるし、掃除当番や委員会といった割り振られた作業だってキチンとこなす。
小学生の高学年の頃から続いている皆勤賞だって継続中で、現在はもう七年目だ。
授業を潰す様な真似はしたことも無いし、面倒だと思っても学校の行事にはしっかり参加する。
しかし授業中に退屈を感じればノートの隅に落書きをしたり、睡魔の誘惑に身を任せる事もあれば、上履きのまま校庭に出たりする程度の悪行は躊躇無くやってのける――つまりは、ごく一般的な道徳心を持つ男子生徒という事になる。
友達もそれなりに居る。
その殆どが男子生徒である事は悲しい現実ではあるが、気軽に馬鹿な事を言い合える友人が居るという事実は何とも喜ばしい。
隣接する他の家庭との関係も良好であり、隣の椎原さん宅の家族とならば、挨拶だけでなくちょっとした世間話だって容易にこなせる友好関係を維持している。
つまりは、ごく世間一般的な社交性を持ち合わせた市民でもあるわけだ。
見た目は――自分ではよく判らないが、特別際立った容姿をしているわけではないが、醜悪な部分も特に無し。
特別秀でた身体的能力が無い代わりに、健康状態は良好で身体的欠陥も無い。
両親とも健在の中流家庭で兄弟は無し。
虐待を受けた覚えもないが、特別過保護に育てられた記憶も無い。
贅沢が出来ない代わりに特に苦労もなく、衣食住の保証された生活を送らせてもらっている。
趣味はゲームや映画鑑賞といった無難なものだし、成績に関しては平均点の前後を行ったり来たり――と、心身共に完璧な「普通」「凡庸」「平凡」なステータスを誇っている。
実を言えば三年前、つまり中二の頃までは「通信教育」やら「通信販売」が大好きと言う、奇妙な一面も持っていたが、「忍者資格」の通信教育を喜んで受けて、いくら教本通りにやっても決して忍者にはなれない事が判った時、そして通販で買ったエアーガン「サンダーボルト」を持って、友人達とのサバイバルゲーム――単なる”撃ち合い”と表現すべき稚拙なレベルだが――に参加し、そのあまりの情けない弾道・弾速に友人達からの失笑と哀れみを買った時、双方から足を洗う決意をした。
それらには今でも思い出すと怒りが込み上げてくる。
送られてきた忍者教本に従い、毎日長いタスキを付けて走り込みをやり、裏山に登っては木に向かってナイフ――手裏剣は生憎手に入らなかった――を投げた。
思えば『絶対嘘だよ。騙されてるよ。忍者なんかになれっこ無いよ』と言って俺の修行を邪魔した幼なじみである雪乃の言葉をすぐに信じるべきだったが、その言葉を信じる事が出来ない程に当時の俺は純真だった。
サバイバルゲームの想い出もしかりだ。
密かに手に入れておいたサンダーボルトで参戦すれば、鼓弾でしかも単発というスペックは、BB弾仕様のガスガン主流の時代に全く適して居なかった。まさにマシンガンに火縄銃で挑むがごとしだ。
集中攻撃を受けて死ぬくらいならまだ良かったが、『なんだこれ? 鼓弾なんか初めて見たぜ』『博物館の代物か?』『君が入った方のチームは弱体化し戦力の拮抗が崩れてしまう。それは即ちゲームの遊技性を著しく損なう事になるから、君には参加して欲しくない』と言われ、ゲームに参加すら出来なかった。
ああ、思い出したら鬱になってきたぞ。
特に最後の愛一郎の台詞は、今でも一字一句間違いなく覚えている。
思えば、あいつとの軋轢はこの頃から始まったんだな……多分。
とにもかくにも、ちょっとだけ変わった幼少を過ごしたものの、その反動からか今の俺は、何処に出しても恥ずかしくない普通の人間になった。
そんな自分の長所を挙げるとするならば、「始めた事は何でもやり通す」という信念だろうが、今となっては出来そうにない事は最初からやらないし、普段から無難な選択した選ばないので、おおっぴらに自慢できる様なものでもない。
しかしその信念のお陰で、幼少の頃に手を出した数々の通信教育や講座を完遂させる事となり、ペン字が綺麗だったりハーモニカがそれなりに吹けたりといった、さり気ないスキルを俺にもたらした。
もっとも数々の通信教育に手を染めていた頃を黒歴史として封印した俺にとって、それは決して自慢出来る事ではない。
『変だと思われるから、人には言わない方が良いと思うよ?』――かつて雪乃が哀れむような目と共に口にした言葉を、「普通」である事に誇りを持つ今の俺は頑なに守っている。
何処にでも居るごく普通のスペックを持った高校二年生。
それが俺――尾崎祐介である。
モビルスーツで言えば「特徴の無いのが特徴」と揶揄されたジム・カスタムと言った処だろう。
うん、我ながら絶妙な比喩だ。
しかし、俺自身がそんな凡庸である事を望み、そしてまた波風立たない普通の生活を望んでいるにも関わらず、俺は学校内でも有名な人間の一人として知られている。
勿論、俺自身は平凡な人間であり、自ら波風立てる様な事はしないのだが、それでも俺が今の立場にある理由の一つは、そんな俺自身の性格が招き入れたものなのだ。
つまり俺が俺である以上、どう足掻いたところで、今の立場から逃げる事など出来なかったのだ。
もう十分に名は売れてしまった。
後はひっそりと学園生活を送りたい。送らせて欲しい。
だが、そんな俺のささやかな願いを粉砕するべく、新たな災厄が目の前に訪れる。
その災厄を連れて来た者こそ、ジム・カスタムに過ぎなかった俺を表舞台に引きずり出した張本人。
爆発寸前の火山の如く――そしてそれは全く正しい表現である――身体を小刻みに振るわせる彼女。
そんな背中を見て、ごく近い将来、自分に問題が降りかかる事を自覚しつつも、逃げ出す事の出来ない自分の立場と性格が、ただただ恨めしくて仕方がなかった。
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