「というわけで……これから俺の妹を紹介するぞ」
水瀬家のリビングに、俺の声が高らかに響く。
「あれ? 祐一に妹なんかいたっけ?」
「あぅー真琴そんなの聞いてないわよ!」
「うぐぅ、どういう訳なのかさっぱり判らないよぅ」
「あらあら。本当に連れていらっしゃったんですね……残念です」
俺の横に並ぶ大中小――ブルマー姿の三人の妹達を見て、水瀬家の住人達は驚きを隠せない様子だ。
ただ秋子さんだけは何処か寂しそうにしているが、気にしないでおくことにしよう。
驚きの声を上げられた事で、当の妹達も困惑気味の様だが、正直俺も不安で仕方がない。
何せ居ないはずの妹を突然、しかも三人も一度に連れてきたわけだから、名雪達の反応は至極当然だろう。
だが、俺としても負けるわけにはいかないのだ。
紆余曲折を経てやっと手に入れた妹達。
俺という存在を更なる高みへと押し上げてくれるであろう三人の天使達。
何としてでも認めさせなければならない。
さて、俺がこうして三人の妹を連れてきたのには、有明湾よりも深〜〜〜い事情がある。
おっと挨拶が遅れたな。
俺の名は相沢祐一。
今更この名を知らぬ者など居るとは思えないが、感情移入のし易さから業界のグローバルスタンダードとしてユーザーに大好評を得ているナイスガイだ。
だから、思っていても”個性が無い”なんて言うな。
だが無個性だからこそ、大勢の悲しき野郎共が俺に自らの魂を憑依させる事が可能なのも事実なんだ。
仮に俺の性格が九十年代初期に活躍したエルフ社製ゲームの主人公の様な、それこそリビドーの権化ならこうはいくまい。
現実世界で女に縁の無い寂しい野郎共が心底共感出来るのは、俺のような凡庸な人間こそである。
その結果、大勢のユーザーが俺の五感を通して、マブいギャルーと仲良くなり、ついでにあんな事やこんな事が出来るわけだ。
とまぁ、前置きはともかく、この様な事態に至った経緯を語ることにしよう。
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■妹トライアル |
先にも述べたが、俺は数あるエロゲー主人公の中でも抜群の感情移入度を誇っている。
だが、実は最近困った問題がおきた。
確かに俺は一九九九年当時のエロゲ主人公としては申し分無いスペックを有していたが、二一世紀初頭の業界標準的主人公と比べた際に大きな欠点が露呈してしまったのだ。
それはズバリ、俺には『妹が居ない』という事だ。
この単純にして致命的な欠点を抱えている限り、俺は完全無欠の主人公とは言えないわけだ。
現時点に至も幾多の二次創作において俺の妹が出てくるのは、公式設定における俺という存在が最近の世間のニーズに合っていない事の現れだろう。
つまり……妹に縁の無エロゲーの主人公なんて、今時一文の存在意義もねぇ! という事になる。
高所恐怖症や末期的悪性健忘症を指摘されるならば俺も引退を考えるかもしれないが、たかだか『妹がいない』――という外的要因だけで俺という存在を否定されるのは実に腹立たしい。
俺よりロートルの折原にだって妹は居たというのに……何故俺には存在しないんだろうか。
スタッフは腹かっさばいて俺に――ひいては全国のカノンファンに詫びるべきだろう。
だがものは考えようだ。
特に公式な設定が公開されていない以上『俺には実は妹が居た』――という事にしてしまえば良いわけだ。
という事は、俺の妹になってくれる人材さえ見つかれば万事オーケーになる。
こうなったら、ベテラン主人公の意地にかけて妹をゲットしてやる――そう決意を固め、俺は行動を開始した。
まずは両親に電話だろう。
頼む物が物だけに、まずは実親に連絡を入れるのが筋だろう。
秋子さんに断りを入れて海外赴任している両親の元へコレクトコールだ。
ん? ちょっと待てよ。
俺の両親の設定ってどうなってるんだ?
海外で健在なのは判っているが、一体どの国へ赴任しているんだろうか?
もしも北朝鮮やシリア、ザイール、カンボジアといった国だったら、近い将来周囲に「俺に両親なんかいない」って言う事になるかもしれない。
一抹の不安を抱きながら電話番号を調べる。
え〜と電話番号はと……ふんふん、なるほどどうやら両親は東ティモールという国に居るらしい。
何処にあるのか知らないが、先に述べた様なデンジャラスな国でなくて良かった。
何と言っても両親に元気で居てもらいたい。俺はまだまだ遊びたい盛りだ。親の経済的庇護は何よりも代え難いのだ。
そう言えば俺に限らず両親が居なかったり、片親だったり、居たとしても何らかの形で別居している主人公って多いよなぁ……っつーか、両親が健在でしっかり画面に出てくる主人公が珍しいか?
そのくせやけに立派な家に住んでる奴が多いが、生活費は大丈夫なんだろうか? 他人事ながら心配になるぞ。
――そんな事を考えている家に、交換を通してやっと電話が通じた。
「もしもし。こちら相沢です」
「奇遇だな、こっちも相沢だ」
「何だ祐一か?」
「ツッコミは無しか? まぁ良い。言いたいことは一つだ、耳の穴かっぽじって聞きやがれ……」
俺は息を吸い込み、あらん限りのボリュームで叫んだ。
「妹が欲しい。作れ!」
「おぅシーット。……どうしたんだ急に? 今頃になって兄妹が欲しくなったのか?」
「つべこべ言うな。お前は俺という存在をよりパーフェクトな存在にすべく、出来る限りの事をすれば良い。OK?」
「パーフェクトって……お前、パーフェクトな存在が必ずしも格好良いわけじゃないぞ? オレに言わせればジオングなんかは未完成の方がどう見ても格好良いと思うし……」
「無理矢理問題をすり替えるな。俺が欲しいのは口がスッパマンなモビルスーツじゃなくて妹だ。い・も・う・と。オーケー? 良いからさっさと母さんと生本番へGO!」
「うーん……出来る限りの事はやってみるが、それで妹が確実に出来るかどうかは保証できんぞ?」
「それは困る」
「オレだって困る。もしもお前以上にムサ〜い弟が出来ても、お前はちゃんと可愛がれるか?」
「それは無理だ。何が何でも妹を作れ。それ以外は認めない」
「そうか……まぁ頑張ってみるとしよう。だがな、今から……そうだな今夜チャレンジして全てが順調に進んで本当に妹が出来たとしても、その子がお前の望むであろう年齢になるには最低十数年を要す事になるが?」
”ガチャン!”
俺は何も答えずに受話器をたたきつけてやった。
違うんだよ父さん! そんな詭弁が聞きたかったわけじゃないんだ。
俺が聞きたかったのは、「よっし、任せなボーイ! 父さんに不可能は無い。明日には手元に立派な妹を届けるぞぉ〜」という力強い一声だった。
息子というのは、父親にいつまでも尊敬できる人物で居て欲しいものなんだ。
「畜生……」
いつの間にか俺は涙を流していた。
「祐一さんは妹さんが欲しかったんですか?」
「はい。それが今の俺にとって急務です……って、秋子さん?」
気が付けばいつの間にか俺の横に秋子さんが居て、いつものように微笑んでいる。
「あらあら。それじゃ私が妹という事で……」
「幾らなんでも無理無茶無謀です。例え秋子さんが構わなくても世間からの支持はえられませんよ」
「くすん……私二八歳」
「嘘はだめです。例えそうであったも俺より年上です」
「でもでも、年上の妹ってのも悪くないかな〜と思いますよ。それに公式な設定が無いなら、祐一さんが三〇歳という事でも良いじゃないですか?」
ニコニコと効果音が聞こえてきそうな笑顔が眩しい秋子さんだが、言っている事は無茶苦茶だし、自分の年齢が二八歳という設定を引き下げる気は無いようだ。
「うぐぅ僕の事忘れてちょんまげ」
「祐一さん、そういう言い回しをしてますと、本当に三十過ぎに思われますよ?」
秋子さんにそう言われると、本当に相沢祐一三十路説が有力になりそうな雰囲気だったので、俺はその場から逃げ出した。
というわけで、ベニヤ板と角材で看板を急いでこしらえると俺は妹を求めて旅に出た。
なお、ショッキングピンクで塗りたくった看板には『妹急募!先着三名』と派手に記しておいたのでインパクトはバッチリだ。
最近の業界にはそれこそ一ダースも妹を抱えている強者も居るらしいが、取り敢えず妹初心者の俺の場合三人も居れば十分だろう。
三姉妹っていう言葉の響きも捨てがたいしな。
「街はきらめくパッションブル〜♪」
ガキの頃に流行った歌を口ずさみながら適当に降り立った駅前を、手作りの看板を掲げながらぶらりと歩く。
すれ違う人間や周囲が俺を見て何やらひそひそと呟いている。
誰も決して目を合わせようとしない。
どうやらこの街にはシャイな人間が多いようだ。
それならこちらから声をかけるしか有るまい。
「ねぇ君、今暇? よかったら俺の妹にならない?」
「残念ですが既に妹なんで……では、ごきげんよう」
あっさりかわされてしまった。しかも鼻で笑われた様な気がする。
う〜む〜、思えば今の声のかけ方はまずかったかもしれない。
どう聞いてもナンパにしか聞こえないし、軽くあしらわれても致し方がないとも思える。
俺はナンパしにきたわけではなく、あくまで俺の妹となる女子を捜しにきたのだ。
「次こそ!」
と意気込んで言ってる傍から新たなターゲット発見!
「あの〜」
看板を見せながら、低姿勢で話しかける。
「ひぃ、私は姉ですごめんなさい!」
逃げられた。
何がいけない? 先とは異なりこの上なく無難な声をかけたというのに。
いや、無難――つまり挨拶が地味過ぎたのが原因ではないだろうか?
うむ。なるほど納得。
確かに初対面だからといって「あの〜」の下手に出ていては、立つフラグも立たなくなる。
エロゲーの主人公ならば、体当たりの一つでもぶちかましても悪びれる事もなく、平然と「お前は馬鹿か?」くらいの態度で望むべきなんだ。
どんなに可愛い女の子に声をかけられても「だるい」「かったるい」の一言で済ませるぶっきらぼうさも必要だ。
「よっし、敗因は判った。次は負けない」
独り呟くと、肩にかけていた看板を担ぎ直して再び街を歩くのだが――
「う〜む〜」
どうも俺の射程距離に女の子が入って来ない。
全ての女性が俺を視界に入れると回れ右して行く。
「一体どうしたというのだ?」
首を傾げながら暫く進んでいると、後方から何者かの怒鳴り声が聞こえてきた。
「どけどけ〜っ!」
振り向いて見れば、何者かが大げさな手振りも加えて叫びつつ俺の方へ向かって走って来る。
「前方のサンドイッチマンどけぇ〜っ! どきやがれ〜!」
急速接近してくる野郎は、どうやらこの俺に進路を譲れと言っているらしい。
当然俺は「どけ」と言われて素直に退く様な男ではない。何せ主人公なのだ。
俺は担いでいた看板を放り投げると、あらゆる衝撃に耐えられる様、両腕を軽く自然体に広げ体勢を低く構える。
「やんのか?! ……ざけんなコラ!」
俺の構えを見て相手側も叫び声をあげる。
やる気は満々の様だ。更にスピードをのせて一気に間合いを詰めてきた。
双方の距離がどんどん近づき、やがて零になる。
「どっせーいっ!」
インパクトの瞬間、気合いを入れて猛然とタックルしてきた名も知れぬ野郎に、俺はさらに低い体勢から相手の腰を両腕でホールド、相手の勢いを殺さずそのまま後方へ受け流した。
「うおりゃぁっ!」
気合一閃。掛け声と共に俺は野郎を担ぎ上げ、美しく弧を描くブリッジ。
あゆの奇襲気味のタックルを連日受けている俺とって、このような対処は造作もない事だった。
「ぶるまっ!」
奇妙な悲鳴と共に男の後頭部がコンクリートへと直撃し、そのまま崩れ落ちるとぴくりとも動かなくなった。
相手の男が何者だったかという疑問には大した興味はなかったが、取り敢えずは勝利の余韻に浸って、それから当初のミッションを遂行しよう。
「ちょ、ちょっと待て……」
「ほう口がきけるのか? 大したものだ」
手加減無しの一撃を受けてもまだ意識を残している事に、俺は素直に感心した。
「人を放り投げておいて謝罪も無しか、あぁ?」
野郎は俺の方に頭を向けて吠えるのが精一杯なのだろう。口調こそ横柄だが、身体はぴくりとも動いていない。
俺は先に放り投げた看板を拾い上げると、その角材の部分で倒れたままの野郎の身体を小突きながら口を開いた。
「馬鹿な事を……俺は天下御免のエロゲー主人公。可愛い女の子と衝突しても謝りもしない様な人種が、貴様のようなむさ苦しい野郎とぶつかったところで謝るはずもない。たわけがっ!」
見下した俺の言葉に、野郎はさも悔しそうな表情を浮かべている。
「くっ……口惜しい。出会いのシーンすら用意されていない抜きゲーの主人公の悲しさか」
「どうやら貴様も俺と同業……主人公らしいな。どれ、貴様の所属タイトルを言ってみろ? ちなみに俺は『カノン』な」
俺は自慢げにタイトルを口にする。
何せビッグタイトルだからな。自分の愛車がフェラーリだと言うような感覚に近い。
故に俺以上の主人公はそう居ない――優越感に浸りながら、相手のタイトルを待つ。
「ほぅ〜あの作品か……ふっ」
コイツ――今笑いやがった。
我がカノンの名を聞いて笑いやがった!
まさかっ! コイツは俺以上のメジャー主人公だというのか?!
思わず動揺してしまった俺を見て、口元を歪めて勝ち誇った様に口を開いた。
「いいか一字一句洩らさずによく聞け。俺の所属タイトルは『いもうとブルマー 放課後食い込みレッスン』だ!」
地べたに寝ころんだままの野郎の口から発せられたのは、俺の想像を絶するタイトルだった。
「……なぁ?」
「何だ?」
「言って恥ずかしくないのか? 妹だけでもアレなのに、よりによってブルマーかよ? しかも放課後の食い込みレッスンときたか。『放課後恋愛倶楽部』……いや『放課後マニア倶楽部』の間違いじゃねぇの?」
全く余談だが、このつまらないSSを書いてる筆者は、過去に恋愛倶楽部と間違えてマニア倶楽部を購入し、いくら普通にプレイしてもスケベシーンにならず(マニアっぽく変態チックにゲームを進める必要がある)に驚いたという間抜けな経験があるらしい。
まぁそんなどうでも良い話しはともかく――
男は俺の軽口ですっかり意気消失しているかと思えば、不敵にも鼻で笑って受け流した。
「恥ずかしい? ははっ。貴様の様なブルマーの素晴らしさも理解出来ない純愛系大作主人公様には、このタイトルの偉大さが判るはずもないか……。いいかよく聞け、俺は貴様には到底辿り着けない境地に立っている」
だらしなく横たわっている滑稽な姿に反して、その口調は自信に満ちあふれている。
「俺が辿り着けない境地……だと?」
「そうだ、貴様等純愛大作系主人公では決して辿り着けない桃源郷。妹たちと繰り広げる肉欲のパラダイス。何の気兼ねも要らない淫猥の日々だ」
「〜〜〜っ!」
男の言葉に、俺は声にならない声を上げる。
馬鹿な! 販売本数、知名度、支持率、いずれを見ても我がカノンが圧倒的に勝っているはず。
なのに――なのに男の言葉を聞いた俺の心に去来する虚しさは何だ?
「俺に言わせれば、ラスト直前に申し訳程度のエロシーンを挿入しただけの、抜く事も叶わないエロゲーなど言語道断! そんなもの肉が一切れしか入っていない牛丼と大差ないっ!」
「なっ!?」
コイツ……人が一番気にしている部分を突いてきやがった!
「あ〜っはっはっはっ。判ったか愚か者め。貴様はエロゲーの大御所でいるつもりらしいが、そんなものは中身の無い張りぼてだ。物語を通して一キャラ辺り一度のエロしか体験出来ないお前では俺に勝てない!」
「くっ……」
道路の真ん中で横たわったまま笑い声を上げているこの変な野郎に、俺は劣っているというのか?
悔しさが俺の身体を突き抜け、力を失った俺はその場でがっくりと膝をつくと、手にしていた看板が音を立ててその場に倒れる。
「ふっ……なるほど。その看板の文字……差し当たって自らの未熟さに気が付き、慌てて妹獲得に走ったと見た」
「うぐっ」
「図星か? 大作カノンの主人公様ともあろうお方が、昨今のブームに乗れずにこ〜んな場所で妹狩りとはね〜。往年のスターの足掻きほど醜い物はないぞ。妹も居ない主人公はさっさと引退するべきじゃないの?」
「……馬鹿な。地位も名誉も俺の方が上だというのに……妹の有無はそれほどまでに重要なのかっ」
俺はコンクリートを拳で叩きながら打ちひしがれる。
「ふっ……だがこうして己の欠点を克服せんと努力するアンタの心意気は痛いほど判る。そこで、俺からアンタに提案があるのだが」
「……提案だと?」
拳を止めて、俺は目の前の男に注視する。
「俺には三人の妹がいる。数はさして多くないが……まぁ一通りのお約束キャラが揃ってるし、何よりとてもいい奴らだ」
「……」
俺は黙って男の言葉の続きを待った。
「んでだ。こう言うことをこの俺が言うのもなんだが……正直よく俺みたいな薄っぺらい主人公に愛想も尽かさず、ついて来てくれているものだと感謝している。であるならば、一度くらいちゃんとした物語に出演させてやりたいと……兄としては思うわけだ」
「……」
俺は無言で頷いた。
「そこでだ。俺の妹達をお前に預けるから、お前の住む物語……カノンへ連れて行ってやってくれないか? あいつらならきっと純愛路線でもやって行けると俺は思っている。だから、お前の手で妹達を幸せなエンディングへと導いてくれ」
男の予想外の申し出に、俺は咄嗟に応じる事が出来ず、暫くおいてから答えた。
「そりゃ願ったり叶ったりだが……良いのか?」
「俺なんかよりもアンタの妹になった方が幸せだろう。それに妹達がカノンの世界でどういう物語を紡ぐのか、非常に興味深い。ああ、断って置くが俺は俺の物語に誇りを持っているそ。しかし流石にやりまくると飽きるのも早くてな」
「なるほど……って、ん?」
「ま、そういうわけだから、お前の方からも女を三人寄こせ」
「はぁ?」
「つまりはトレードだ。なに、エンディングの有るメインヒロインじゃなくても構わないぞ。サブヒロイン三人と妹三人。悪い話じゃないだろ? こっちでは新しい妹って設定でいくからさ」
「……」
俺は無言で立ち上がると、道路に転がっている看板を手にする。
「新しい妹三人か……ブルマー姿にしてひん剥いて……く〜ぅ放課後の体育倉庫に呼び出すのが、今から待ち遠しいぜ……って、何してるんだ? ……おい、それをどうする気だよ? おい、やめ」
両手で掴んだ看板をの杖の部分を、俺は躊躇わずに突き落とした。
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
断末魔の叫びを残して、男はピクリとも動かなくなった。
そう言えば名前も聞いていなかったっけ。
まぁそんな事はどうでも良いだろう。
とにもかくにも、これでカノン本編には無かった裏ルート『妹との禁断の愛』が成るわけだ。
「もうロートルだとは言わせねぇ! ひゃっほー待ってろよ子猫ちゃん達〜!」
骸と化した名無しの野郎は放って、大声で喚きながら俺は走る。
やがて学校らしき建物で、俺は妹となる三人と出会った。
学校には他の生徒は一人として存在していなかったので探すのは容易だった。
流石は抜きゲーだ。
背景にすら誰も居ないのは正直どうかと思ったが、目標を探すには好都合だったしノープロブレム。
彼女達は俺の『妹にならないか?』という申し出に二つ返事で頷いてくれた。
意外とサバサバしたものだと思ったが、考えてみるとエロゲーの主人公なんて、殆どの奴が同じ顔してるし声も無いし、あまり違和感無いのだろう。
取り敢えず彼女達を純愛系ゲームである我がカノンへ誘致する前に、挨拶を兼ねてこっちの世界観も試しておく事にした。
人生は何事も経験だ。
して感想はと言えば――
「素晴らしいっ!」
その一言に尽きる。
いやいや、タイトルを聞いた時は侮っていたが、実に楽しいじゃないか。
あの馬鹿兄が自慢するのも判ったような気がする。
何せ俺がカノンで初めてエロシーンに突入するまでに要する時間の内に、こちらでは三人全てと交わる事が可能なのだ。
何てお手軽なっ!
一人につき濡れ場は一回という制限も無い。
命をなげうつ必要も無いし、寒さに震えながら何時間も待つ必要も無し、面倒な発掘作業も必要なく、即座にエロ! そしてブルマー!
おかげで体育倉庫の掠れた臭いを嗅ぐだけで、体育の授業で女子のブルマー姿を見ただけで俺は反射的に興奮する身体になってしまったかもしれない。
恐るべし抜きゲー。
三人の身体を楽しみつつ、俺はカノンのヒロイン達をこちら側に誘致すべきではないか? とまで思うようになってしまった。
ともあれ、俺は無事三人の妹をゲットし凱旋したのだった。
――ところ変わって水瀬家のリビング。
ソファーに腰掛ける秋子さん、名雪、あゆ、真琴の前に、俺は手に入れた三人の妹達と並んで立っている。
「……とまぁそんなわけで自己紹介だ!」
俺が即すと、まずは長女の千夏が一歩前に出る。
「えっと……兄ぃがお世話になってます。ボクは千夏と言います。宜しくお願いいたします」
流石長女にして体育系出身だけあり、非常にかしこまった姿勢で礼をする。
完璧な挨拶だぞ、ナッチ(←俺が付けた千夏の愛称)。
「あ、一人称がボクと同じだ。キャラ被ってるよ」
「それに長身でポニーテールっていう外見は川澄先輩と同じだね」
「しかも『兄ぃ』だって。言ってて恥ずかしくないのかな?」
「あらあら」
しかしナッチの挨拶が終わるやいなや、名雪達が口々にきっつい感想を述べる立てる。
名雪達の反応に目に涙を浮かべるとナッチはその場にしゃがみ込んでしまった。
「わ、私は彩って言います。新体操をやってます。ちょっと身体が弱いですが、その……よろしくお願い致します」
そんな状態でも礼儀正しい彩ぴー(←同じく愛称)は、震える声を必至に抑えて自己紹介を始めた。
「彩とあゆって語呂が似てるね。紛らわしくない?」
「闘病少女って設定なら、もう栞ちゃんが居るし、ボクだって一応はそうだよ」
「もう間に合ってるー……って感じ? それにさ、今時新体操っていうのもどうかと思う〜『南ちゃんを探せ』にでも出れば?」
「あらあら」
姉と同じように容赦のない言葉が彩ぴーに浴びせられ、彼女もそのままその場でダウン。
「あの……えっと、ななるです。ななるは……えっと、その……」
二人の姉が相次いで撃沈した事で、ななるたんの精神はパニックだ。
「……これはもう、まんま真琴だね」
「そうだね、頭が弱そうな所なんかそのまんまだね」
「酷い事言わないでよ! 真琴はあんな奴程馬鹿じゃないわよ」
「あらあら」
結局ななるたんも二人の姉を追うように、その場に崩れ落ちた。
嫁イジメ……っつーか弾劾裁判かこれは?
その後三人は、俺の制止も聞かずに泣きながら飛び出して行ってしまった。
せっかく獲得した三人の妹は瞬時に失われた。
「あ〜せっかく連れてきたのに……お前等なぁ幾ら何でも毒吐きすぎだぞ」
こんな事ならあの馬鹿兄の要求通り、目の前にいる三人をトレードに出せばよかったのかもしれない。
「だって!」
「ボク達というものがありながら今更妹なんて連れて来るなんてさ」
「そうよ!」
三人が叫んで俺に詰め寄ってくる。
「仕方がないだろう」
「どうして?」
「どうしてだよ?」
「どうしてよ?」
揃って非難めいた目で俺に詰め寄る三人を見て、俺の中で何かが弾けた。
「俺は妹が欲しかったんだよっ!」
俺はあらん限りの声でカミングアウト。
そうさ、妹さえ居れば、俺はまだまだ第一線で活躍できるんだ。
今の俺に必要なのはお前等じゃなく、血縁だろうが、非血縁だろうが、俺にとって『戸籍的に妹』という肩書きの付いた存在なんだ。
「……祐一」
「うぐぅ……祐一君」
「あぅ〜祐一……」
まるで汚物を見るかの様な視線を俺に送り、そっと一歩退く三人。
上等だコラ。
まぁコイツらに主人公の苦悩が判るはずもなかったか……男の浪漫を判るのはやはり男だけなんだろう。
北川にでも電話するかなぁ――俺がそう考えた矢先。
動悸が激しくなり、急激な目眩が俺を襲う。
汗が吹き出し、割れるような頭痛と共に、俺の頭に声が響いた。
『くっくっくっ……』
何者かの嘲笑が俺の頭に響く。
『ざまぁねぇな相沢祐一。いくらヒロインっつても所詮この程度だ。戸籍的に結びついた妹という存在こそが、今のこの荒んだ世の中における唯一にして究極のオアシスだ』
激痛に耐えきれずに頭を抱えたまま膝をつく。
名雪達が慌てて何か叫んでいるが、その声は俺の耳には届いていない。
『兄を慕う妹に優るヒロインは存在しない。さぁ今すぐ俺を受け入れろ。そして目の前の女共に思い知らしてやれ!』
頭の中で今一度大きな声が響いた。
俺は――
1.冗談じゃない!
2.受け入れる。
「ふざけるなっ!」
邪念を追い払うように声を荒げて頭を強く振ると、俺の中から男の声が急速に小さくなった。
急激な脱力感が俺を襲い、しゃがみ込んだまま俺は周囲を見回した。
「ふぅ……あ」
ふと見ると、名雪達が俺を心配そうに見つめていた。
「はははは、まぁ何だ。さっきの話は忘れてくれ」
何とか笑顔を取り繕って、みんなに話しかける。
冗談だと思ってくれれば良いのだが、流石に妹候補生まで連れてきたのだから無理があるだろう。
今後の俺の立場を考えると、この街から両親の元へ引っ越す必要があるかもしれない。
自虐的な笑いを浮かべながらゆっくり立ち上がろうとしたが、力が入らずに姿勢を崩す。
だが、そんな俺を名雪達が支えてくれた。
驚いた表情で見つめた俺に、彼女達は笑顔で口を開いた。
「祐一ってそんなに妹が欲しかったんだね」
「それならそうと言えば良いのに」
「そうよ。真琴に言えば何時だって妹になってあげたわよ」
三人は互いに相槌を打ち、あっけらかんと答えた。
「へ?」
「それじゃお母さんそういう事で」
呆然としている俺を余所に、三人を代表して名雪が笑顔で秋子さんへ向かってそう告げると――
「了承」
と秋子さんが短く答える。
「ちょっと待ってくれ!」
「はい?」
「何?」
「なーに?」
「何よ?」
俺の声に秋子さんを含めた四人が振り返る。
「妹だぞ? 妹。非血縁とはいえ、戸籍的に兄妹って事になるんだぞ? その意味判ってるのか?」
俺の言葉に三人は顔を見あわせて頷く。
「うん」
「判ってるよ」
「祐一の妹になれば良いんでしょ」
三人は満面の笑顔で答えてくれた。
翌朝――俺は水瀬の姓を名乗る事になった。
何かが著しく間違っている様な気がしないでもないが、これはこれで良いだろう。
三人の妹達から慕われて過ごす毎日。
別の子と仲良くして妬かれたあげくに、理不尽な攻撃に晒される事もあるが、何処か落ち着く毎日だ。
名雪の寝ぼけも、真琴の悪戯も、あゆの殺人料理も、妹だというだけでどこか可愛げのあるものに変わるのだから、実に不思議なものだ。
なるほど、これが妹の力なのだろう。
これで俺は後十年は戦える!
素晴らしき妹ライフに感謝しつつ、俺は水瀬祐一として生きて行く事にした。
−了−
「祐一……あのね、あたしの……その、ブルマー知らない?」
久しぶりに俺の部屋に入ってきた名雪が、おずおずと話しかけてくる。
あの日以来、俺と名雪達の間には明かな溝が出来ていた。
「知るわけねぇだろう」
俺がぶっきらぼうに答えると、名雪は無言で部屋を出ていった。
何とも理不尽な事に、奇跡だ何だとあれだけ騒ぎ鬱陶しい程に付きまとった彼女達は、いとも簡単に俺を見限った。
全く失礼な奴等だ。
俺は名雪が出ていった扉から視線を戻し、ベッドの上に身体を横たえ、枕の下から取り出した布きれに頬ずりする。
こうする事で今まで心の中でモヤモヤしていた鬱積が急速に薄れて行くのだ。
「ああ……」
ここ最近、時折自分が自分でなくなる奇妙な感覚に苛まれる事もある。
ユーザーでは無い、別の何者かが俺に憑依している様な――そんな感覚。
俺の名は相沢祐一のはずだ。
だが、時々自分が「勇」という名前である様な気がする。
そしてその聞いたことが無い名前に、何処か安心感を覚える自分に驚くのだ。
そもそも俺の名前は変更が可能だったんじゃないのか? 変更できる固有名詞に何の意味があるのだろうか?
いつか俺の名前が祐一から勇へと変わっても、俺は動じる事はないだろう。
その日は近い――俺の直感がそう告げている。
もしもその日が訪れたならば、俺はあの街へ赴く事にしよう。
ブルマーを履いた妹達が待つあの街へ。
無論、手ぶらでは帰らない。
何人か……そうだな、クソ生意気なこの家の三人を連れて行くのも悪くないだろう。
彼女達がブルマ姿で涙を流しながら俺に許しを請う姿が目に浮かぶ。
だが――
その日がくるまで、取り敢えずは手にある名雪のブルマーの感触で我慢する事にしよう。
俺は名雪のブルマーを頭から被り、頭部を覆う布の感触と、鼻孔に広がる臭いに心底酔いしれていた。
これは麻薬だ――それも極上の。
「ぶるまー ふたんぐん ふんぐるい むぐな うるぅ ぶるまー たいーくそーこ うが なぐる ふたぐん! いあ! いあ!」
自然に頭に浮かんだ言葉を、俺はあらん限りの声で叫んでいた。
−了−
|
|
|
※あとがき
はい。読んでくれた方はご苦労様でした。
支離滅裂で救いようのないSSでしたね。
やっぱりギャグのセンスが無い事を痛感し、痛々しい限りです。
だいたいこのSSの何処がいもぶるなんでしょうか?
自分でもどうしようもない内容だとは思ってますので、クレームも受け付けます。
頭に浮かんだものをそのまま文章化し、オチが付くまで書いてみた結果がこんなものになったのです。
……どうでもいいですね。
あ、おまけ。
最初はこんなエンディングでした。
−−−−−−−−−−−−
その後、俺は妹となった三人にブルマー着用を命じ、放課後に体育倉庫に誘い出しては、淫猥な日々を満喫している。
なんつーか、初期の目的とは随分逸脱した様な気がしないでもないが、これはこれで悪くはない。
いや、むしろ心地よさすら感じる。
奇跡とか、過去の贖罪だとか、地元の伝承だとか、そんな小難しい事は置いておき、取りあえずは目先の欲望を満たす事に専念しよう。
俺は業界屈指の感情移入度を誇る主人公。
寂しき男達の憑代として、エロを優先して何が悪い!
エロゲーに大切なのは、一にも二にもエロだけだ。
この単純にして最重要な事に気が付き、妹をも完備して完璧超人へと進化を遂げた俺に恐れるものは何もない。
今の俺ならDIOだろうが、マグニードだろうが、クトゥルーだろうが、打ち勝つ事が出来そうだ。
こうなる事を知って俺の妹になる道を選んだ名雪達――俺を盲目的に信じて己の身体を差し出す彼女達に、俺は本編以上の愛情を抱くようになった。
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流石U−1君ですね。
見事です。
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