息子の俺が言うのも何だが――
俺の親父は変人である。
なにしろ俺に六才(むさい)という、無茶苦茶な名を付けるくらいだからな。
明らかに普通じゃない。
『六つの才能に恵まれるようにと付けた名前だ』
とは親父の弁だが、かなり苦しい。
明らかに後付設定の香りが漂っているし、間違いなく親父の「勇」という名前の順序入れ替えただけの短絡的なネーミングだろう。
しかも変な漢字を宛がってくれたお陰で、俺は会う人間会う人間に『六歳なんですか?』と必ず言われる始末だ。
この件で親父を問いつめると、決まって『まぁ過ぎた事を言っても仕方がない』『それとも無才とか夢妻の方がよかったか?』等と宣う。
挙げ句の果てには『ジオン公国軍の宇宙巡洋艦みたいで格好良いじゃないか』と言い出す。
俺はそんなもんに興味は無い!
産まれながらにして俺は、親父の無神経さのとばっちりを受け、趣味を押しつけられたというわけだ。
そんな変人親父だが、母さんはとても優しくかつ美人だったりする。
なんで母さんみたいな女性が、あの変人と結婚したのか不思議で仕方がない。
その辺りを母さんに尋ねてみた事があるが――
『お兄……じゃない、お父さんはとっても優しいのよ。スポーツも万能だし、頭だって良いんだから』
――と言われた。
親ののろけ話ほど聞くに耐えられないものは無いが、未だ頬を赤らめて話す母さんを見て親父に嫉妬を覚えたのも事実だ。
余談だが、母さんと父さんは義兄妹だった時期があって、当時の癖が残っているらしく、母さんは時折親父を「お兄ちゃん」と呼んでしまう事がある。
結局、祖父とその再婚相手だった祖母は破局を迎え、他人となった母さんと父さんは結婚したらしい。
何故俺に妹はいないのだろうか? 恨みは募るばかりだ。
さて話を戻そう。
なるほど、確かに親父は変人のくせにスポーツは万能だ。
しかもガキの俺に対してもまるで容赦がなかった。
どの様な勝負でも決して手を抜かず、ガキの俺が涙を流して悔しがるのを見るのが大好きなのだ。
真性のサディストだな。
短距離走、マラソン、幅跳び、高跳び、相撲、柔道、ボクシング、テニス、バトミントン、卓球等々、何をやっても勝った試しがない。
それだけではなく、勝負事にかけては何であっても理不尽な程に強い。
トランプ、麻雀、花札は当然の事、正月の羽子板や福笑いやカルタ取りに至るまで、俺はずっと負け続けているわけだ。
駅前のスーパーの横にある運動用具店で、ショーウィンドウの金属バットに真剣な視線を送った事は一度では無い。
それでも俺は誤った道に進む事なく、有る程度まともに育ったのは母さんの優しさと、親父の反面教師ぶりが有ったからに他ならない。
そんな俺も今や高校二年生となり、自分の名前と親父の変人っぷりにも耐性が出来たが、年相応の悩みを抱えていたりするわけだ。
それはズバリ性欲だ。
一七歳という年齢にでもなれば、性欲が旺盛になるのは致し方なき事だろう。
生物的にも至極当然だ。
だが、文明社会を形成している人間としては、この本能からの欲求を抑え込む必要があるのだ。
そこで人間は何らかの形でこの性欲を解消しなければならないわけだが、そこで俺の悩みが出てくるわけだ。
肉体関係にまで発展している彼女でも居るならば、この様なフラストレーションに悩まされる事も無いだろう。
あるいは、何か部活動にでも参加し、この溢れる青春の迸りを昇華させる事もできたかもしれない。
だがその両方に縁の無い俺としては、自分で自分を慰める他の選択肢が無いのだ。
無論赤の他人を襲うという選択肢も無いではないが、生憎俺は自分を親父とは違って常識人だ。
そんな事は出来ないし、したいとも思わない。
風俗店に行くという手段もあるだろうが、ごく普通の高校生であるはずの俺が、そんなところに入店できるわけもない。
そこで我が秘蔵のアイテムのご登場となるわけだが、残念な事に手持ちのアイテムでは少々物足りなさを感じてきているのだ。
友人に言わせれば『男子たるものマニキュア一本あれば十分』らしく、自分の手をありとあらゆる女性の物へ脳内で変換が可能らしいが、生憎俺はそこまで極めてはいない。つーか極めたくはない。
俺だって好きこのんで自分の手を恋人代わりにしている訳じゃないんだ。
一刻も早くこの腐りきった現状から脱却せんと日々足掻いているわけなのだが、当面は今日のおかずを手に入れる事。
この大いなる悩みを解消すべく、新たな刺激を求めてこうして親父の書斎へとやってきた次第である。
あの親父ならば、この俺の溜まりに溜まった欲求不満を解消できる凄いアイテムを持っているに違いない。
そう半ば確信めいたものを抱いて書斎のドアノブを回す。
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