※注意!
本SSの祐一君は、物語の都合により高所恐怖症ではありません。
むしろ高所大好きっ子です。
「そんなご都合主義、俺は認めねぇ!」という方は、今すぐ「戻る」をクリックしましょう。
七夕、つまり七月の七日にもなると、北国のこの街も初夏らしい暖かい日が続く様になってきた。
陽が暮れて空が茜色に染まっても、昼の間に熱をたっぷりと吸い込んだアスファルトは今だ放熱を続けており、道行く人々に夏の到来を告げている。
――クワァ〜クワァ〜。
夕刻を演出するように、鳴き声を上げながらカラスが頭の上を通過して行く。
鳴き声につられるようにその姿をぼんやり眺めていると、カラスが無性に羨ましく思えてきた。
空を自由に羽ばたく翼。
それは人類には無い、鳥達の特権。
どれほどあの空の高みを望んでも、人が人である以上、生身で到達する事は出来ない。
だがその更なる高みには、彼等の翼をもってしても到達出来ない領域があり、そこへ赴く事が可能な生物は皮肉にも翼を持たぬ人間だけなのだ。
「空か……」
「ん? 空がどうかしたのー?」
どうでもいい俺の呟きに、隣を歩いている真琴がすぐに反応した。
「いや別に……ただ綺麗だな……って思っただけだ」
そう言って少し立ち止まると俺は息を吸い込んで空を見つめる。
手を繋いでいたため、自然に俺に付き合う形で歩みを止めた真琴も、つられるように空を仰ぐ。
「うん。綺麗な夕焼けだね〜祐一」
「ああ……」
俺は思う。
――こんな綺麗な空を、もっと高いところから観たらどうなんだろうか?
――もっともっと綺麗なのではないだろうか?
それはガキの頃からの俺の疑問。
そしていつかは遙かな高みから――空の上から空を眺める。それが俺の夢だった。
「あ、一番星だ」
うっすらと闇がかった夕焼け空に輝く星を指さして、真琴が嬉々とした声を上げる。
「ありゃベガだな」
茜色の空においても明るく輝くその光点を見つめながらその名を呟くと、真琴は瞬きをしてから首を傾げる。
「ベガ? 『サイコクラッシャァァァッ』って言いながら横っ飛びしてくる顎割れオジサンの事?」
「全く違う! 根本的に違う! そもそも今までの会話の中で格闘ゲームの親玉が出てくる様な展開が有ったか?」
繋いでいた手を離し、俺が捲し立てるように声を荒らげると真琴はばつが悪そうにその表情を曇らせる。
以前の真琴であれば文句と共にパンチの一つや二つは飛んで来そうだが、冬の終わりと共に水瀬の家に戻って来てからというもの、彼女はすっかり丸くなってしまった。
まぁこれはこれで可愛いと思うのだが、あの元気の塊みたいだった真琴が懐かしくも思えたりもして複雑な気分になる。
しょぼくれている真琴の頭に手を載せて軽く溜息を付く。
「……琴座を形成する星の一つだ」
「あ、あぅ……よく判んない」
俺に頭を撫でられ頬を朱に染める真琴が頭を捻る。
「星座ってのはな、星の並び方を生き物とか物とかに例えて……」
俺が始めた説明を理解していない様子の真琴に、俺は言葉を区切って「うーむ」と小さく唸り声をあげる。
「……ま、とにかく今の時期に見える一番星の名前がベガって事さ。しかしこれだけ天気が良いと、さぞ今日の夜空は綺麗だろう。七夕にはもってこいだな」
そう言って真琴の頭から手を離し、再び手を繋ぐと俺達は並んで歩き始めた。
「あう、七夕って何?」
「うむぅ」
流石は狐っ娘。一般常識には相当疎いようだ。
これから先の生活に不安を感じながら、俺は歩きながら七夕という伝統行事を簡単に教える事にした。
「へー、彦星と織姫っていう引き裂かれた恋人達が、一年に一度出会うことが許される日なんだ……漫画みたい」
「まぁ昔のおとぎ話だからな。真琴の言うとおり漫画みたいなもんさ」
「……でもなんだか、その人達って可哀想」
「どうした急に?」
「だって一年に一日しか会えないんでしょ? 真琴は祐一と一年に一度だけ〜なんていうのイヤだよ」
「ははは」
恥ずかしさと嬉しさでくすぐったい気分になり、俺は笑って誤魔化した。
「それで七夕の日、短冊に自分の願い事を書いて笹に吊すと、彦星と織姫がその願いを叶えてくれるって言われてるのさ」
「願い事を叶えてくれるの? 何でも?」
目を爛々と輝かせる真琴。
「い、いや……叶うかもしれないというだけで、そもそも七夕自体がフィクションであっておとぎ話だから……」
と、そこまで言って、俺は目の前の存在がそのおとぎ話の中の存在である事に気が付いた。
「うーむ。ここのその具現が存在している以上、もしかしたら本当に叶うかもしれないな」
「それじゃ、真琴も願い事を書く!」
「まぁ、秋子さんに聞いてみるか……」
俺の言葉に目を輝かせながら元気よく話す真琴に、俺は微笑んで応じる。
(まぁ結果は見えているか……)
アスファルトに伸びる影を踏みながら、俺と真琴は水瀬家へ向かう道を並んで歩く。
頭の上をカラスが鳴きながら飛び去っていった。
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