夏の強い日差しが容赦なく照りつけ、その中に含まれる紫外線が俺の皮膚を焦がしている。
半袖のシャツから伸びる自分の腕を見ていると、ジリジリジリジリ……という音が聞こえてきそうだ。
もはや流れる汗を拭うのも億劫だ。
ズボンを通して伝わるコンクリートの熱が俺の気分を不快にさせるが、この炎天下の中で突っ立っているよりはまだマシだった。
周囲の木々から聞こえる蝉共の大合唱が、疲れ果てた俺達の精神に追い打ちをかけてくる。
「暑い……」
俺の隣から、だるそうな呟きが聞こえてきた。
首を動かさずに目線だけで声のした方向を見れば、コンクリートの地面に倒れたままへばっている北川の姿が確認できた。
まるで今にも溶けそうなアイスの様に崩れたままの姿勢で、虚ろな視線を宙に泳がせている。
「暑いって言うな、あほっ」
反対側から七瀬の吐き捨てるように呟く声が聞こえてくる。
そんな文句に対する反論は起こらず、再び蝉の大合唱以外の音は聞こえなくなった。
誰もまともに会話をしていない。
そりゃそうだろう。
俺達は持て余している退屈な時間を潰すため、住井の提案した”対戦式だるまさんが転んだ”という妖しげな遊戯を行った。
二チームに別れて、一度おきの交代で敵陣へ進んで行くというルールの変則的な”だるまさんが転んだ”だったが、炎天下の下で行われる面白みのない不毛な遊びは、俺達の気力を根こそぎ奪った。
そして折原が慌てて場を盛り上げようと、短絡的に七瀬を怒らせて命がけの鬼ごっこを始めた結果、全員の体力が尽きる結果となった。
「……なぁ折原?」
「何だ相沢?」
俺が声を絞り出すと、背後からやはり疲れた様な折原の声が聞こえてくる。
「何故俺達は、こんな所で日光浴をしなきゃならんのだ?」
「それは……話せば長くなるぞ?」
俺の質問に折原がだるそうに答える。
「時間なら腐るほど持て余してるんだから話してみなさいよ」
七瀬が明後日の方向を見ながら、吐き捨てるように呟いた。
何とか怒りを抑えてる……そんな雰囲気だな。
「そうだな……たしかあれは国際情勢が緊迫してきた、一九四〇年の……」
「もういいわ。頭が痛くなるからもう喋らないで」
折原の戯れ言を七瀬が止める。
「はぁ……」
深く溜息を付き、辺りを見回す。
俺の視界に映るのは、疲れ果てて項垂れる級友達――折原、住井、北川、南、七瀬の五名――と、木々を生い茂らせた山々に青い空、そして山の奥から伸びる一筋の線路だけだ。
そう、俺達は山奥の陽を遮る物すらない、ただコンクリートのホームがあるだけの無人駅で、次の列車を待っているところだった。
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■いい旅チャレンジ20000Km |
「なぁ相沢、旅行に行かないか?」
折原と住井がそう俺に話を持ちかけてきたのは、一学期の終業式後での教室だった。
「旅行?」
「ああそうだ、旅行だ」
「若さ溢れる今の時期にしか出来ない、素晴らしくも楽しい旅だ。気心の知れた仲間達と勝手気ままに行く青春の旅路さ」
芝居がかった仕草で窓の外を見つめつつ、答える二人を見て、俺の中で不信感が渦を巻く。
「……お前達がそういう事を言うと、何か企んでる気がして仕方がない」
素直に思ったことを口にすると、二人は互いに目を合わせてから、心外そうにおどけて見せる。
「何を言うか、オレと住井で綿密なプランを立てたんだぞ」
「ああ、大船に乗った気分で居てくれ」
「お前と住井が計画した……っていう事が一番嫌なんだよ。第一、大船ってお前等が舵取る船なんてたかが知れてる」
「何を言うか、信濃級空母に乗ったくらいの気持ちで居て構わないぞ」
「待て待て折原。信濃ってな、大きさはともかく就役後僅か一週間で沈んだんだぞ。あまり人を安心させる比喩じゃないな。むしろ不安になっる可能性が高い。ここは大きさに拘らずに、駆逐艦雪風に乗った気分でと言うのが正しい」
住井が嬉しそうに説明を始める。
まったく、どうしてオタクという人種は、自分の得意分野になると、聞き手の事を考えず、自己満足的なに説明を始めるんだろうか。
「ふぅ……まぁそれはそれとして。いつから行くんだ?」
このまま住井のうんちくを聞かされるのも厳しいので、俺は諦めて二人に説明を促すことにした。
『明日だ』
「明日かよ?!」
俺は二人の答えに間髪入れずに突っ込んだ。
「昔から言うだろ? え〜と『可愛い子には旅をさせよう』だ」
「おいおい、それは違うだろ。この場合は『旅の恥はかきすて』だ」
「……お前ら単に『旅』って文字が入ってれば良いと思ってるだろ?」
二人の言葉に俺は呆れる。
そもそも馬鹿な二人が、まともに場面に見合ったことわざを言えるわけもない。
どうせ適当な事を言ってるだけだ。
「何を言うか相沢。こう見えてもオレ達はこの間の漢字小テストで満点を取ったんだぞ」
偉そうに胸を張る折原と住井。
「二人ともカンニングしただけだろう?」
「違うぞ相沢。折原はそうかもしれないが、俺はカンニングなどしていない。何せ事前にテストの問題用紙を手に入れておいたからな」
そう自慢げに言うと「ふっ」と鼻で笑ってみせる。
くだらないことにかける熱意は判らないでもないが、目の前の二人は、どうもそのベクトルが常人とは異なる方向を向いている。
そもそも、ことわざ云々を論じているのに、漢字のテストの結果は関係ないだろう。
「……」
俺が呆れた視線で二人を見ていると、折原は思い出したように咳払いをして話題を戻した。
「まぁ、そんな些細な事は置いておくとして……旅行は明日からだが、どうする?」
「で、他には誰が行くんだ? まさか俺達三人って事はあるまい?」
「ああ、豪華だぞ〜」
「ほう?」
「何と、オレ達二人に、北川、南、それからなんと斉藤と南森、中崎が参加する事になっている!」
「断る!」
「何故だ?」
俺の返答に、住井が驚きの声を挙げる。
「そんな暑苦しいメンツで、この暑苦しい時期に旅行なんてまっぴらゴメンだ」
「冗談だ。心配せんでも瑞佳や七瀬、それから美坂と茜も誘ってあるぞ」
何故か偉そうに答える折原。
「長森や七瀬はともかく、よく香里や里村が誘えたな」
「まぁ物は言い様だ。お前からも水瀬さんを誘ってみてくれないか?」
俺が素直に感心すると、住井が得意げに答える。
「まだ行くとは決めてないぞ?」
「いや、お前は行くさ。どうせ暇なんだから」
折原の断言に、俺は心外だとばかりに顔をしかめる。
「むっ! なめるなよ折原。こう見えても俺は彼女持ちだぞ。一度しかない一七歳の夏休みを、楽しく過ごす為のスケジュールはびっしり……」
「お前の彼女って、川澄先輩だろ? 高校三年生がこの時期に遊べるわけないだろ。故にお前は暇なはずだ」
「……」
折原の言葉に、俺は思わず声を失った。
オレの脳裏に先日の二人の姿――申し訳なさそうに俺の誘いを断った佐祐理さんと、寂しそうな舞の表情――が浮かんだ。
「というわけだから、お前は参加……と」
「おい!」
勝手に人数に入れられた俺は、貯まらず声をあげる。
「夏休みは暇だろ? たった一度しかない一七歳の夏をひたすら家で過ごしてもいいのか?」
折原の妙に演技がかった説得に、俺は溜息交じりに答える。
「……ふぅ。判ったよ。んじゃ、何処に行くんだ?」
『ふっふっふ』
俺の質問に対して不敵な笑みを浮かべる折原と住井。
「な、何だよ?」
「ナ・イ・ショ」
折原が人差し指を押っ立てて口にあてウインクしながら答える。
実にきしょい。自分が可愛いとでも思ってるのだろうか? 是非とも今のリアクションを長森に見せて、彼女の反応を確かめてみたいものだ。
「まぁ着いてからのお楽しみってやつだ」
住井が自信満々で答える。
「まさか、参加者全員が目隠し状態で連れて行かれる……なんて事ないだろうな?」
「なるほど、それは名案だな」
俺の皮肉に、折原が手を”ポン”と叩いて呟く。
「お前達に皮肉が通用しないのを忘れていたよ。それより目的地も知らされない旅行に行くってのは、正直どうかと思うぞ」
俺の言葉に、折原と住井が目を見開き、すごい形相で両側から肩を掴んできた。
「情けないぞ相沢っ! オレ達はまだ若いんだ! 若さって何だ? 決して振り向かない事じゃないのか? 諦めないことじゃないのか?!」
「そうだ相沢! お前は決められたレールの上進むだけで、満足なのか?! 人生ってやつは自ら切り開くものじゃないのか?!」
折原と住井の二人が俺にすがる様に涙を流しながら叫ぶ。
その都度二人に肩を揺すられるから、鬱陶しくて適わない。
そもそも言っている事は何となく判らないでもないが、規格外の当人達はともかく、付き合わされる身としては堪ったものではない。
その後も俺は”ああだこうだ”ごね続けてみたが、結局住井の持っていた体操服姿の佐祐理さん生写真――しかも少しお腹を覗かせてる逸品――と交換……もとい、写真を回収する事で参加する事となった。
うやむやの内に決まった旅行だったが、当日を迎えてみれば、突発的な企画の脆さが露呈する事となる。
まず名雪は陸上部の練習で参加を見送る事になった。
次いで香里は受験勉強をするという事でキャンセルしてきた。
何でも昨夜受け取った模試の結果が思ったよりも良くなかったらしい。
学年主席は俺達とは違って、既に再来年の受験へ向けてプランが出来ている様だ。恐れ入る。
そして名雪が参加するというふれ込みで来ていた斉藤は、当の名雪が参加出来ないと知ると、がっくりと肩を落として帰って行った。
(アイツ名雪に惚れてたんだな……)
長森は、海外出張中の両親が帰ってきたらしく、急に家族で旅行に行くことになったらしい。
里村に至っては、約束そのものをすっぽかした。
姿を見せないので慌てて電話してみたところ、彼女が言うには『浩平が一方的に言っただけで、私は「行く」と約束した覚えはない』らしい。
舞や佐祐理さんは、元より受験勉強――佐祐理さんはともかく、舞はあまり成績が思わしくないらしく、この夏は佐祐理さんが付きっきりで舞に勉強を教えるのだそうだ――で参加は不可能である。
折原がスポンサーとして参加させていた、南森と中崎もまた、駅前に集まった面子を見て、女子の参加が無い事を知ると回れ右して帰った。
(そりゃそうだよな)
結果、残った面子がこうなったわけだ。
「まぁ何だ。多少計画とは異なるが、気の合う男六人で旅行ってのも悪くな……ぐおっ!
言葉が終わらない内に、折原の頭に七瀬の投げたスポーツバッグが当たる。
「だれが男よっ! ああ、折原を信じてついてきたあたしが馬鹿だったわ」
方を振るわせて怒鳴る七瀬。
彼女は隣駅から合流する事になっていたので、参加者が激減した事を知らなかった。
約束の電車に乗って見れば、居るのは野郎共ばかり。
それでも七瀬が一緒に付いてきた理由は、『長森は途中で合流する』という、折原の嘘を信じてしまったからだ。
嘘だと気が付いた時の暴れっぷりは凄まじく、止めようとした南が気を失うという事になった。
正気に戻った時に帰るかと思ったが、『今更戻れないわよ!』と、腹をくくって付き合っているらしい。
この思い切りの良さは、流石七瀬と言ったところだろう。
香里が来られなくなって、未だにうじうじしている北川と比べると、七瀬は格段に男らしい。
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§ |
――とまぁ、そんな具合で始まったこの旅行だが、使用する切符は「青春18切符」というモノだった。
これは全国のJR各駅停車(快速含む)であれば、どんな路線でも乗り放題、そして途中下車もし放題という、貧乏人必須アイテムだ。
そして適当に各駅停車を乗り継いで行き、折原の気まぐれで下車したのがこの駅だった。
辿り着いた何処とも知れぬ山奥の駅で、炎天下の元俺達は次の列車を待っているのだ。
何度見直しても、時刻表に記された時間が変わることも、増えることも無い。
「あと少しだね」
さび付いた時刻表を見て、南が少しだけ嬉しそうに言う。
「そもそも、この駅の存在理由って何だ? もう二時間近くも居るが、誰一人来ないぞ?」
「あらかた路線建設時期に、ここの県会議員の実家でも近くに有ったんじゃないか?」
俺の疑問に折原が答える。
「こんな山ん中に? 駅前ですら何も無いじゃない」
七瀬の言うとおり、その駅前には何もなかった。
完全無欠に何も存在していなかった。
駅舎も無ければ、駅前に広場と呼べるスペースもない。
バス停はおろか車を停めておく場所すら無く、ホームから僅か数段の階段を下りると、いきなり山道になっているのだ。
俺達が何処にも行かない理由はそこにある。
案内板も無いので何処に何が有るのかも判らない。
間違って道にでも迷ったら、それこそ洒落にはならない。
よって俺達はこの炎天下の元、ホームの上という限定された区域で時間を潰す事となった。
「今にして思えば、この駅で降りた時に、他の乗客が変な顔してたもんな……気が付くべきだったよ」
南が力無く呟く。
「そもそも、この駅で降りようって言ったのは誰よ?」
「どうせ折原だろ?」
七瀬の疑問に俺は、当然のように折原の名前を挙げる。
「オレ? 冗談言うな。オレはそんな事言ってないぞ。『次の目的地はもうすぐだ』って言ってたのは住井じゃなかったか?」
「え? 俺は『近い』と言っただけで、此処がその目的地だとは言った覚えは無い。慌てて荷をまとめ始めたのは南だろ?」
「違うよ。だって俺は本を読んでいて……それで、確か七瀬さんが荷物を持ち始めて支度をしたから、目的地かと」
「あたしは単に荷物の整理をしただけよ。でも、近くで誰かが『次だ!』って言ったのを聞いたわよ。確かあたしの横に居たのは……」
七瀬の言葉に皆の視線が北川に集中する。
「オ、オレか? 違うぞ。断じてオレじゃない。だってオレは熟睡状態にあって、夢の中で美坂との激甘ラブラブ生活を楽しんでいたんだ」
必至に弁明する北川を、皆がジト目で見つめる。
「うおーーっ!!」
皆の視線に耐えられなくなったのか、突然北川が叫び声を上げる。
「なんだ?」
北川の暴走は見慣れてるとはいえ、暑さで参っている状況では、暑苦しさと苛立ちは倍増だ。
「くっそー! こうなったらこの大自然に、オレの美坂に対する熱き想いを、心の叫びを、魂の咆吼を聴かせてやるっ!」
突然声を上げて立ち上がりホームの先端まで走ると、北川は両手を口にあてて思い切り叫んだ。
「美坂ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっ! オレはお前が好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!」
”好きだぁぁぁぁぁぁ〜”
”好きだぁぁぁぁ〜”
”好きだぁぁ〜”
北川の絶叫が、やまびことなって辺りに木霊する。
と、事切れたように北川が前のめりでホームに倒れた。
急に立ち上がって叫んだものだから、立ちくらみか……酸欠でも起こしたのだろう。
誰も助けようとはしないのは、彼があれしきの事でどうにかなるようなタマでは無い事を、熟知しているからだろう。
「なぁ……俺思ったんだけどさ、北川は寝言で『好きだ』って言ったんじゃないかな?」
南がホームの先端で倒れたままの北川を見ながら言う。
「なるほど……」
確かに、『好きだ』と『次だ』は、似ていなくもない。
「な、何よ。それじゃあたしの所為だって言うわけ?」
「もういいだろ。とにかく降りてしまった事は、今更何を言っても仕方がないし、幸いもう随分時間も過ぎた。後十数分もすれば次の列車が来るわけだし、どうやって暇を潰すか? そういう前向きに物事を考えた方が良いだろう」
折原がそう締めくくると皆も頷く。
「そうだな」
「ああ」
「そうね」
そう答えたきり皆が黙ると、再び辺りには蝉の合唱だけが響くようになった。
「……みんなで蝉を捕まえるか?」
「いいねぇ。それじゃ対抗戦で誰が一番蝉を……」
「却下!」
折原の呟いた提案に乗り気な住井の言葉を遮るように俺は叫んだ。
「何だか今以上に暑苦しそうだね」
「乙女のやる事じゃないわ」
南、七瀬も俺に続く。
「判ったよ。それじゃ代わりに相沢が何か考えてみろ」
折原の言葉に、俺は頭の中で真っ先に思い浮かんだ遊技を、そのまま声に出して提案してみた。
「そうだな……しりとりでもするか?」
俺がそう提案すると同時に風が靡き、木々の葉が静かにざわめいた。
「うーん……それじゃ、殺意の波動に目覚めたリュウ!」
「ウ……ウルベ少佐!」
「七瀬ってマニアックだな。え〜と……サイサリス!」
「核バズーカは反則だよなぁ。うーん……ストライクイーグル」
「ルー・ルカ……はOKだよね?」
「カツ・コバヤシ……は弱いな。え〜と……カカロット!」
「トバルカイン・アルハンブラでどうだ!」
「伊達男か。ら……ね。えーと、ランドドーラ!」
「パンツァードラグーンツヴァイとは随分渋いね。え〜と……ライラ=ミラ=ライラ」
「って、また”ら”かよ? しかも強さも微妙だし。え〜と……おお、ラカンダカラン!」
「ん……んねぇ……、ン・ドール!」
「おい……ンでも終わらないのかよ。このしりとりは……えっと、ルガール」
「また”る”か。るるるるるる……ル・シャッコなんてどうだ?」
俺の提案で始まった”強者しりとり”――その名の通り強いと思われる固有名詞で行うしりとり――は、既に十分以上の長きに渡って続いていた。
舞には全く理解出来ないであろう、マニアックな単語の応酬が続き、それなりに盛り上がっていたところで遠くから警笛が聞こえた。
俺達は顔を見合って頷くと、立ち上がって線路の彼方を見る。
やがて、遠く離れた線路の上に、陽炎に揺れるくたびれたディーゼル列車が、ゆっくりと近づいて来るのが見えた。
「やっと来たよ」
南がやれやれとバッグを掴んで背伸びをする。
「実に有意義な時間だったな〜」
俺は本気で折原を線路に突き落としたくなった。
二時間半という長い時間を無駄に浪費した俺達が列車に乗り込むと、南が北川をほったらかしにしていた事を思い出して大騒ぎになった。
窓を開けて身を乗り出して離れて行く駅を見ると、ホームの隅で倒れたままの北川の姿が確認出来た。
慌てふためく俺を後目に、折原は躊躇わずに非常用ドアコックを操作し、列車を緊急停止させた。
甲高い音を立てて列車が急停車をし、他の乗客達が何事かとざわめく中、折原と住井が列車を飛び降りて北川の回収に走った。
仲間を思う気持ちと、その行動力は有る意味誉めても良いだろうが、やはりこの二人の神経は常人とは異なっていると思わずには居られない。
事実、荒技を用いて北川を回収する事は出来たが、当人達は車掌にこっぴどく叱られる事となった。
「ローカル線だからってね、なめて貰っちゃ困るんだよっ!」
そう叫ぶ車掌の声と、周囲の乗客達の突き刺すような視線が、俺達の居心地をひたすら悪くさせた。
気を失ったままぐったりとしている北川が、少しうらやましかった。
「はぁ……何であたしこんな所に居るんだろ」
俺は七瀬の呟きに心から同情し、お互いに見合った後で深く溜め息を付いた。
南なんかは、先程から頭を抱えながらしきりに「ごめんなさいごめんなさい」と呟いている。
そんな様子を見て、俺も頭を抱えて項垂れると、一分でも早く目的地に着くようにと、心の中で祈りを捧げていた。
「さぁ! 俺達の旅ままだまだこれからだ!」
「目指せJR二万キロ制覇!」
いつの間にか解放されていた折原と住井の元気さが、俺にはただひたすら辛かった。
土気色をした北川が少し心配だったが、今後の自分の身を心配する事の方が先決だった。
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■あとがき
現在連載中のB7の前に書いていたもので、意味のない旅行ネタを書いてみたくなって始めたは良いが、どうにも面白さに欠けてお蔵入りとなったSSです。
七瀬以外の女性キャラが出ない事と、話自体が面白く無いんで続きを書く予定は特に有りませんが、だらだらとした雰囲気は個人的に気に入ってます。
中学、高校時代は、こうして仲間内でだらだらと長い間行く旅行が大好きだったんですよね〜。
最終目的地だけを取り敢えず決めておいて、後は気ままにぶらぶらと進む。気に入った場所が有れば何日も滞在したりしてね。
時には野宿もしますが、宿泊所もユース限定にすれば超格安で済みます。
旅先で知り合った色々な方々と一緒に適当な事で遊んで……旅行とは素晴らしいものですよね。
一応、私自身の体験を元に書いてますんで、最後のドアコック操作による列車の急停車と、車掌さんの説教も私自身の体験です。
皆さんも素敵な仲間と共に、楽しい旅行に出かけましょう。
最終改訂日03/2/5
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