主張・「剛健典雅」をどう織り上げるか

      飛中貫を目指す「本多流射法要綱」メモ

けんけんがくがく 
本多利永宗家(左奥)宅の勉強会は参加者が部屋からあふれるほどに。「自他射学師弟問答」を巡って多彩な意見交換
(2001年11月23日、東京・巣鴨の本多家で)



 「本多流とは何か」の質問に答える「本多流射法要綱」のメモを作ってみました。生弓会師範会決定(昭和6年)の「本多流七道」をわかりやすく有効に使えるようにするのが狙いです。本多利實流祖の著作や寺嶋廣文先生(元生弓会顧問・東京大学弓術部師範)の『本多流始祖射技解説』『智慧の矢』などを基に構成しました。2001年7月22日に本多利永宗家宅で開かれた本多流勉強会で七道論の総括論議が行われ、その際、提出したものを若干手直ししたものです。
 本多流射法は「剛健典雅」な射を目指す射法です。織物にたとえて解説すれば、七道が横糸で、「美」「剛」「間」の3点が縦糸となって織り上げていると思います。「美」とは「剛健典雅」の典雅の部分。高い打起しに始まって、大三への力の流れ、勝手のアーチ型による大きな会、無駄のない離れ、まっすぐに立った弓、これらが構成要素になっています。
 「剛」は「剛健」であり、その主要素は「矢早」。足踏みから始まる緊張感が全体を貫き、とりわけ大三から会への押手の伸び、離れでの押手の押し切り、それに伴う鋭い弓返り、激しい弦音、これらが「矢早」と一体となって「剛」の糸をつくっています。「間」はいわば射のスパイス。間延びしたり間の抜けた射にしないことです。打起してから離れ、弓倒しまで一呼吸の中でこなし、「序破急」のメリハリをつけることです。
 「本多流って何ですか」の問いかけに、すぱっと答えられないと「本多流は教義もない野狐禅弓道だ」などといわれかねません。昔は「正面打起しで大三をとる射法ですよ」といっていればよかったものが、全日本弓道連盟の指導する射法八節と重なって、なかなか違いが説明しにくくなっています。それだけに本多流の射法を明確にしておく必要があると思います。
 2001年9月に開かれた生弓会焼津合宿研修会で、私は「本多流には教義がないというようないわれなき批判には必ず反撃しましょう」と訴えました。そのための理論武装を日ごろから練りあげて行きたいと思います。ただ、誤解してほしくないのは、他流派攻撃のためではなく、自らの射技論を高めることが第1であることは言うまでもありません。
 先日は尾州竹林派を習ったという人が自分のホームページを批評してくれといってきました。「本多流には伝書がなく、利實は尾州竹林派の伝書でよいといった」という珍説を展開。私は「本多家には流祖の直筆本もたくさんある。それに、明治41年(1908年)に公刊された『日置流竹林派弓術書』は竹林坊如成、貞次、瓦林成直、内藤正伝らの見解と並んで流祖の註解が並んでおり、尾州竹林、紀州竹林、江戸竹林を総合した一大弓術書であり、これを本多流伝書といわないで何の伝書か」と反論しました。サロン的なやりとりを期待していたこの人は私の剣幕にびっくりしたようで、4度のやりとりの後、ホームページの表現の訂正を約束しました。
 ガンガンやり合って、少し大人げないかなと思いましたが、インターネットの情報伝搬力はこれまでの口コミと比べものにならないくらいのスピードと影響力を持っています。弓道人の寛容さと忍耐力も、見直さざるを得ない時代になっているのかも知れません。このまま放っておいたら「本多流に伝書はない」→「本多流は独自の理論は持たない」→「本多流に教義はない」と、かつての誤解に基づく本多流批判が生まれかねなかったと思っています。
 本多流のポイントは、やはり正面打起しであり、その美しさもさることながら、緊張感を維持しながら、鋭い矢を飛ばす射の流れをきちんと説明できるようにする必要があります。私たちはとかく自分の経験にこだわり、新しい技術に懐疑的になりがちです。それをどう突き破っていくか。このメモで強調している「中押し」「下筋押し」は、上押しの人から見ればすごい抵抗感があると思います。試しにやってみてダメなら元に戻ればいいわけですから、気楽にアタックしたらいかがですか。的前1、2万本も引けば上押し弓では味わえなかった別世界が出てくるのではないでしょうか。
 未熟な論立てで、僣越な提言であることは十分承知しています。ただ、射技論が低調になれば、流派は形ばかりになってしまいます。従って、このメモがサンドバックのようになることを敢えて期待しています。既にいくつかの貴重なご意見を頂いていますが、さらに、ご批判ご指導いただければ幸です。

◆◆緊張感中断する息相は失格
《基本編》
 ◇「射は剛健典雅を旨とし、精神の修養と肉体の錬磨を以て目的とす」。流祖・本多利實翁の言葉が本多流の基本姿勢をよく表しており、よくかみしめたい。
 ◇『日置流竹林派弓術書』の『本書』の表現をかりれば「弓の本地とは中りて矢早を本とす」。さらに「花形」を重視する。
 ◇引き方を簡単に表現すれば、足踏みは広く、打起し、大三は高く、引き取りは大きく、離れは力強く、終始、緊張感のある射にする。
 ◇流祖のいう離れのポイントは「押手は大指の根本・綿所にて押掛け、勝手は大指の立つ様にはねて離す」(『射法正規』)。本多流独特の射型と「離れは強く軽く」に結びつくポイントである。
 ◇弓は打起から離れた後までも前後左右に傾かないようにする。特に離れの後の垂直の美しさを維持したい。
 ◇息相は、弓構を終え打起に移る時点で息を少しはいて止め、弓倒しが終わるまで息の出入りは止める。緊張感を中断させるような動きは射をもたつかせる。会で呼吸するのは以ての外。会は長ければ長いほどよいという俗論は採らない。「息相といふは気合の所より起るものにして目中を見込たらは直に打起しする時の息にて射放すまで誥たる儘にて息を改める事なし」(『本書』3巻の流祖註)。
 ◇華族会館で写した流祖の七道の写真と会津で写した裸型の写真が本多流の原点である。これを基に本多流射型のイメージを組み立てよう。
 ◇「剛健典雅」の味わいを出すため、四つ懸けを基本とする。押手も「綿所」で押し切る「中押し」型には、押手懸けを着けるのが望ましい。
 ◇体配の要点は、進むのは左足から、退くのは右足からの「左進右退」を原則とし、曲がるときは「かぶせ足」にする。立ち上がるときは、足をそろえて立つ「束立」にする。矢は右手で矢の根を隠して持つ。

赤門弓友会の百射会で落をひく筆者。落前が横山明彦東大弓術部長
(2001年9月2日、東京・本郷の東京大学育徳堂で)


◆◆離れは親指根本の綿所で押し切れ
《七道》
1、足踏
 @左足をまず的に向かって開き、右足を的と左足を結んだ直線上に開く。いわゆる「二足開き」。細かくいえば、的の中心と左足の拇指先と右足拇指の爪根の3点が一直線になるようにする。
 A両足拇指の間隔は身長の半分よりやや広めにする。
 B両足の角度は内側の線で60度を基準とする。
2、胴造
 @左右の肩を落とし、臍下丹田に気を収める。力を入れるのではない。
 A上体はまっすぐのばし、やや前掛かりとし、両足裏は大地にぴたりと着くようにする。
3、弓構
 @弓を内膝節に立て、左右の拳を揃えて体の正面で取り懸けをする。
 A押手手の内は拇指と中指で弓を握り薬指、小指を添え、拇指の腹を中指末節骨の関節のところに懸け、指の間に隙がないようにする。薬指・小指と手の平の間には空間をつくり、「卵中」の手の内にする。
 B勝手の手の内は、弦枕のところに弦をかけ、帽子の頭を薬指の中節骨のところに帽子の先端が外部から少し見える程度に懸ける。人差指と中指は内側に少しずつずらして軽く添える。矢は人差指のなかごろの高さにし人差指の根本で軽く矢を抑える。
 C篦に沿って目線を移しながら顔を的に向ける。
4、打起
 @正面に、なるべく高く打起す。地面からの角度は四五度以上にする。
 A手は上がる限り上げ、身体は沈む限り沈める気持ちで伸びやかに。ただし、両肩があがらないようする。
5、大三・引取
 @押手を的が左目を使って左肘の上辺に見えるところまで動かす。勝手は肘から先だけを左に動かし、右肘を直角くらいに曲げる。肘の位置は打起の時より少し高くなって頭に近づけ、拳は額より下らないようにする。矢はほぼ水平か、やや前下がりの「水流れ」に。
 A矢束は自分の矢束の半分以上にする。
 B引取は、押手で弓を押し、勝手は肘を後ろに回し、身体が弓と弦との間に割り込むようにして矢束を十分にとる。
 C打起し、大三、引取は押手中指の働きがポイント。大三への押手の移行は上下に移動させ、中指は徐々に締まってくる。「中押し」が勝負どころ。上筋を使った「角見」の上押しは一定の稽古を積んだ上で卒業する。
6、会
 @引取を完了させ、左右の手、肩、そして胸が縮まないよう「伸合」に努める。
 A矢は耳の下より口割までの間に収め、頬につける。顔はできるだけ正面に向け、顎を引く。
 B弓は身体と一致するように、やや伏せる。
 C狙いは右目を主として弓の左側より的の芯、または的の下縁につける。
7、離
 @押手の拇指根本「綿所」から中指に押し掛け、勝手の拇指を強くはねる。
 A離れは強く軽くを基本とする。押手で強く押し切り、勝手は親指を跳ねて、さらりと弦を外し、冴えた離れにする。
 B強く軽い離れに伴い、右肘の開いた角度は90〜100度くらいになる。初心者はなるべく大きく、熟達するに従って無駄の無いように最小限の開きにする「小離れ」を目指す。
 C残身は射の総括であり、とりわけ「間」を大事にする。間延びした射にしない。

◆◆折衷方式で妥協するな
《完成型へのポイント》
 ◇安易に妥協しない。両手の内の深さなど、当世風引き方と対極的な部分であり、足して2で割る折衷方式は射技修得を遅らせかねない。
 ◇射行中は、顔、唇、眼球をみだりに動かさない。射品に関わる。
 ◇腰は押手側の身体の線を常に柱と心得て、足踏から内側に軽く巻き込む。胴造で足裏が大地にぴたりとつくようにするには、腰を引き尻を上げるのがポイント。
 ◇弓構は羽中いっぱいにして、「弓懐」を広くとり、両肩を上げないようにして鷹揚に構える。左右前腕の巻き込みを忘れない。
 ◇取懸は、両手とも深く懸けるのが基本。押手は中指の指先では握らず中節骨の方から握り込み、手の甲を効かせる。勝手は拇指を薬指中節骨にできるだけ深く懸ける。弦は常に下弦を取る。懸け口は「一文字」ではなく「大筋違い」にする。
 ◇大三は押手が先行し拇指根本より手首の線を効かせ、上より下に向かわせて無駄な動きを除く。上筋は使わず、下筋で弓の力を受けるようにして、肩を巻き込まないようにする。
 ◇大三の勝手は打起時点の肘を不動点として、下弦を少し捻り上げ、前腕外側を丸めアーチ型にする。勝手の拳は右前額角横寄りの高めに止める。
 ◇押手の使い方は中押型が最上で、中指で深く握り、薬指小指は添えるだけにして「卵中」を作る。人差指内側根本には力を入れない。人さし指の角度によって、拇指と中指のつき具合、押手の押す角度を調整する。
 ◇引取は勝手が耳の上を通るようにアーチ状に引き収める。
 ◇会で弦は必ず胸に、矢は頬につける。勝手は勝手肩前に収め、手首に丸みを持たせる。肘は後ろ下方に効かせる。
 ◇離れは、押手を的に押し込む意気込みで行う。卵中は小指を効かしてつぶす。勝手は拇指ではねた後、人差指、中指を握り込まない。両指に力を入れないのがコツ。
 ◇弓返りで握りは2指以上落とさない。弓は真っすぐに立てる。弓が勢い余って背後に飛ぶのは稽古の過程では咎めるべきことではない。射位より的側に落ちるのは失格。
 ◇離、弓返り、弦音は鋭さを重んじる。射の良否は弦音に教えてもらう。弓の振動が止まる瞬間、弓倒しに移る。弓倒しの「間」は離れの質が大きく影響する。
         (2001年12月27日記)


丸物を落としてご満悦の筆者
(2001年10月7日、伊豆・松崎の多々良茂さんの幽顕洞で)

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