学校における健康管理と産業医

はじめに
学校における健康管理は、これまで学校保健の枠組みの中で、学校医を中心になされてきた。しかし最近では、教職員の健康障害や長時間の時間外労働の問題などから、産業保健の視点や産業医の重要性が指摘されるようになってきた。学校での健康管理は、学校保健法に規定されているが、労働安全衛生法の適用も受ける。このため医師は、学校医に加えて、産業医または、後述の健康管理医などに委嘱され、職務を遂行している。

1.学校保健と学校医
学校での健康管理の対象は、「幼児、児童、生徒又は学生(以下、児童生徒等)、教員を含む全職員(以下、教職員)」であり、学校保健法第16条において、学校医が規定され、その職務は学校保健法施行規則第23条で規定されている。
学校医の具体的な職務内容として「@学校保健安全計画の立案、A学校環境衛生の維持及び改善に関する指導と助言、B児童生徒等の健康診断、C疾病の予防処置と保健指導、D児童生徒等の健康相談、E伝染病の予防に関する指導と助言、伝染病及び食中毒の予防処置、F救急処置、G就学時健康診断と教職員の健康診断、H保健管理に関する指導」などがある。
昨年の麻疹流行時には、学校医は、児童生徒等への麻疹感染拡大や予防対策として、学校長に対して必要な指導と助言を行っている。
このように、学校保健においては、児童生徒等を対象とした保健管理に重点が置かれている。教職員の健康管理も、教職員が保健上も教育上も児童生徒等への影響が大きいため実施されている面がある。また、小学校の内科系学校医は、小児科医が委嘱される場合も多い。

2. 労働安全衛生法と産業医
学校は、事業所の一つとして、産業保健の観点から、教職員の安全と健康を確保をするようにしなければならない。労働安全衛生法では、事業者が安全衛生管理体制をとることを定め、総括安全衛生管理者、安全管理者、衛生管理者などとともに、産業医の関与を位置づけている。
労働安全衛生法では、常時50人以上の労働者を使用する事業所では産業医を選任する必要があり、教職員数50人以上の学校は、これに相当することになる。産業医の具体的な職務は、「@健康診断及び面接指導等の実施、これら結果に基づく健康保持の措置、A作業環境の維持管理、B作業管理、C健康教育、健康相談、労働者の健康保持増進を図るための措置、D衛生教育、E健康障害の原因調査及び再発防止措置、F総括安全衛生管理者に対する勧告、又は衛生管理者に対する指導、若しくは助言、G作業場等の巡視、H労働者の健康障害を防止するための措置」などがある。
ただし、文部科学省の学校基本調査報告書(表1)によれば、常勤、非常勤すべてを含めて、小学校では1校当たり平均23人の教職員数、中学校では1校当たり平均28人の教職員数であるから、ほとんどの小中学校では、この産業医選任の義務はない。一方、大学では、平均687人の教職員数と報告され、ほとんどの学校で産業医の選任の要件を満たしているものと考えられる。

3.健康管理医
教職員50名未満の産業医選任の要件を満たさない大多数の学校においても、教職員の安全と健康の確保と快適な職場環境の形成など、産業衛生の視点は重要である。各教育委員会は、学校職員安全衛生管理規程等を制定し、教職員の健康管理において、健康管理医を定め、産業衛生的考えを導入している。
各教育委員会によって規程は異なるが、この健康管理医に「@教職員の健康診断の結果に基づく措置、A教職員に対する保健指導及び健康相談、B職場の巡視並びに教職員の健康障害の原因の調査及び再発防止、C衛生教育、D教職員の健康の保持増進を図るための措置、E校長等に対する勧告、衛生管理者又は衛生推進者に対する指導、又は助言」など、産業医に準じた職務を定めている。実際の学校では、教職員の健康管理には、学校医と産業医、または、学校医と健康管理医が携わっていることとなる。

4. 教職員健康診断の実際
教職員の健康診断は、学校保健法と労働安全衛生法の2法に基づいて規定されている。学校保健法に基づく健康診断の実施項目については、学校保健法施行規則により、表2に示す検査が定められている。労働安全衛生法では、「既往症及び業務歴の調査」「自覚症状、他覚症状の有無の検査」の項目を、表2に追加し実施する。
健康診断の事後措置として、学校保健法施行規則では、学校の設置者は、健康診断の結果に基づき治療を指示し、また、勤務を軽減する等適切な措置をとることと規定されている。具体的には、健康に異常があると認めた教職員については、検査の結果を総合し、かつ、その教職員の職務内容及び勤務の強度を考慮して、生活規正の面及び医療の面の区分を組み合わせて、表3に示す指導区分を決定する。
さらに、労働安全衛生規則により、事業者(学校)は、健康診断が行われた日から3月以内に、健康診断で異常が認められた労働者(教職員)の健康保持のために、医師の意見を聴き、その内容を健康診断個人票に記載し、また健康診断結果を遅滞なく本人に通知する。

5.職場巡視(学校巡視)
学校保健法では、学校環境衛生の維持と安全な環境の維持を学校の責務として定めている。しかし、学校保健法施行規則では、学校医の職務として学校環境衛生の維持および改善に関する指導と助言を規定するのみで、学校医の具体的な巡視の記載はない。
一方、労働安全衛生法では、事業者(学校)に、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者(教職員)の安全と健康を確保する責務を定め、衛生管理者や産業医の巡視が規定されている。職場巡視(学校巡視)では、温度、湿度、換気、採光、照明、騒音、作業方法、整理整頓、清掃などの点検が行われている。

6. 学校における産業医・健康管理医の諸問題
現在、学校医の配置率は小学校では97・9%、中学校では97・8%となっており、健康管理のための医師配置率は、他業種に比し高い。また同時に、教職員数に応じて健康管理医、産業医が配置されてもいる。
しかし、学校医が産業医や健康管理医を兼務する場合、ひとりの医師が、学校保健、産業保健に精通する必要が生じてくる。例えば、小学校での学校医を委嘱された小児科医が、さらに、健康管理医として成人である教職員の健康管理にたずさわる必要性が生じたり、また、健康管理医が産業医有資格者と同様の産業保健の知識・経験を持つことが期待されるなど、専門性への課題がある。
派遣労働者の諸問題は、学校においても企業と同様に認められる。給食職員、清掃職員に限らず、最近では、英語教員など教職においても派遣労働者を使用している場合がある。
派遣労働者の一般定期健康診断は、労働安全衛生法により派遣元事業者に課せられているが、学校では、これに学校保健法による規程も加わる。また、労働安全衛生関係では、派遣労働者が現実に就労する派遣先で管理するのが適当な事柄が多いため、法律に「特例措置」の項目が設けられ派遣先事業者での管理項目が決められている。派遣元事業者と学校との連携が必要となってくる。
教職員の過重労働も課題となってきた。長時間の時間外労働によって疲労が蓄積している場合には、脳・心臓疾患発症のリスクが高まるとされ、過重労働による健康障害を防止するには適切な労働時間の管理と健康管理が必要と考えられている。このため、長時間労働者には医師による面接指導制度が導入されたが、教職員では、面接指導の要件とされる1月当たり100時間を越える時間外勤務が、他の業種に比し、多いとされる。クラブ活動等の引率、個別生徒指導など教職の特殊性に起因するところでもある。
また、生徒・学生の多様なニーズへの対応、学校間の厳しい競争環境への対応など、教職員のメンタルストレスも増大しており、その対策が重要となっている。産業医もメンタルヘルスの知識を持つことや精神科医との連携が必要であり、また、大学では、メンタルヘルス対応のため、精神科医が配置されていることも多い。

おわりに
学校における健康管理には、学校医に加えて、産業医、または健康管理医が携わっていること、また、教職員健康診断と職場巡視について述べた。
小中学校の教職員数は平均23?28人であり、さらに、児童生徒数の減少により教職員数50人以上の学校数は減少傾向にある。学校は、多人数の児童生徒等が教育を受ける場であり、大学を除き、教職員は少ない。このため、学校における産業保健や産業医の役割についてはあまり論じられてこなかったのが現状である。しかしながら、学校も教職員が働く一事業所と考えられ、今後、学校保健のみならず、産業保健にも積極的に取り組む必要があると思われる。

▼▼▼文 献▼▼▼
1)日本医師会編:学校医の手引き, 平成16年3月.2)兵庫県医師会編:学校医手帳, 平成20年3月.3)石川高明, 他監:産業医活動マニュアル, 医学書院, 東京, 1999.4)文部科学省:平成19年度学校基本調査.5)文部科学省:文部科学統計要覧・文部統計要覧.

詳しくは日本医事新報のホームページにて平成20年6月21日号をご覧ください。