「あれぇ、この小便小僧、ほんとにオシッコしているぜ」
啓介のすっとんきょうな声に振り向くと、小便小僧が谷底にむかって小便をしていた。じつに気持ちよさそうに腰を突き出している。ガードレールというより、谷底に車が落ちないように作られた堤防みたいに頑丈な壁から乗り出してこわごわのぞくと、小便小僧がつくった虹がかかっている。谷底に見える白い糸は川だ。
「祖谷川だ」
ガイドブックを見ながら未来人がいう。未来人は飛行機の中でも窓にへばりついたまま地上を見ていた。そして「地図と同じだぁ」と当たり前のことに感心していた。今回の旅でも一番はりきっていたのが未来人だった。ガイドブックと時刻表を手にしながら実に楽しそうに計画を立てていた。
ここは四国。そのむかし源氏と平氏という二つの勢力が戦ったときに負けたほうの平家の人々が逃げてきて村を作ったというう「落人伝説」のある山の中の村だ。近くにはオオボケ、コボケという観光地がある。未来人が「啓介とヒロシみたいだ」というので、啓介と僕の間でどっちがオオボケかと口論になった。さっきは、かずら橋というのもわたってきた。いま、僕らが断崖の上から眺めている川にかかる橋だけど、草のつるを編んでかけた橋なんだ。渡るとはるか下に川が見えてかなりこわい。それに、草のつるかとおもうと、切れるかもしれないということが頭に浮かんで、恐怖が倍増する。
小僧はすっきりしたのか
オシッコをやめた。今度は未来人が小便小僧をのぞきこむ。するとまたオシッコがでる。どういう仕掛けになっているんだか。たぶんセンサーがあるんだろうけど、なかなか楽しませてくれる。未来人に続いて僕ものぞいてみた。おもわず、谷底をみてしまい僕のほうがオシッコをちびりそうになってしまった。
よくみると、小便小僧のオチンチンは手術の跡が有る。心無い人がおちんちんを壊したあとのようだ。同じダンシとしてはいささか忍びない。がんばれよ、小便小僧。
「しっかし、うららかでいいなぁ」
未来人が背伸びをしながらいう。
「おい、あそこみろよ。金銀ペアがいるぜ」
啓介の指差す先には、展望台があって、そこに金髪と銀髪の高校生ぐらいの兄弟が大勢の観光客に混じって立っていた。観光客なのだろう。逆行だから顔は見えないけど、そのぶん、髪の毛が太陽の光を受けて輝いていた。変なの。
「さぁ、先を急ぎましょう」
ちづるがみんなをせかす。そう、僕たちがここにいる理由はちづるにあった。
僕たちは東京の下町にある川辺小学校の五年生半だ。もうすぐで六年生になるから五年生半。春休みを利用して旅行にきている。啓介こと山本啓介、未来人こと大木未来人、そして僕蔵ヒロシ、そして、ちづること竹田ちづるの四人連れだ。
ちづるは同じ小学生ながら、おもちゃのデザイン会社ドールズの社長である。オリジナルデザインをいくつも開発していて、日本だけでなく世界中に売られている。そして、それとは別に僕たちの会社「サザン・アイランド社」の社長で、僕は副社長、啓介と未来人は取締役だ。この会社は、ネットワーク・ゲームの賞品で手に入れた南太平洋の島を開発するために設立したものだ。島を手に入れるまでの苦労と、手に入れてからのすったもんだは別の物語だからここではやめとく。
今回の旅行は、ちづるの会社が設立五周年記念とかで、イベントをやることになり、そのひとつに、からくり人形を展示することとになった。そして、これから向かう村には、からくり繁蔵という名人の作った「茶はこび人形」があるのだそうだ。きょうはそれを借りる交渉にきた。
僕たちは関係ないはずなんだけど、「ドールズもサザンもわたしが社長ということは私の会社。ということはあなたたちはわたしの社員なんだから、いうことを聞きなさい」という、小学一年生並みのむちゃくちゃな論理でかりだされたというしだい。
まぁ、会社もちの費用で旅行にこられたんだから文句は言えない。
小便小僧に別れを告げて車に乗りみ、細い山道を行く。片側は覆い被さるような山、もう片方は、奈落の底だ。あんまりきもちのいい道路じゃない。おまけに、運転手さんがすごく飛ばすもんだから生きた心地がしなかった。
春だというのに背中にじっとりと冷や汗をかいたころ、ようやく目的の家に着いた。僕たちの前には、お寺の門みたいなものがある。
「お寺なの」
「ちがうわよ。ふつうの農家。農家というか山持ちね」
門の両側にはズーッと壁が続いていた。門は開いているのでなかに入る。植木がたくさんあって、家が見えない。飛び飛びに置いてある石伝いに歩いていくと、ようやく家がみえた。門にくらべるとこじんまりとした感じの家だ。
「すっごく古そうな家だね」
「古そうじゃなくて古いのよ。重要文化財の指定も受けているわ」
「おばけがいるんじゃない」
「ばかね。感じいいのいいおばあさんがひとりだけのはずよ」
「あったことないのに感じがいいなんて良くわかるね、ちづる」
「それぐらいわからないようじゃ社長なんてつとまりません」
ネットワークが発達した現代は、交渉ごとで足を運ぶのは本当にわざわざの時代になった。そういった意味では、20世紀後半を境に時代が逆回転したみたいだ。昔は交通が不便で、でかけたくてもでかけられなかった。現代では便利になったからでかける必要がなくなった。いずれにしても足を運ぶのはわざわざ行かなければならないほど重要なということになる。
ちづるもいつもの仕事はほとんどネットワークですませている。出かけていくのは「なにかトラブったときぐらい」なんだそうだ。でも、今回のイベントに関してはあちらこちらにこまめに足を運んでいる。なんといっても、人形を持っている人たちがみな古い家の人で、もちろんネットワークにはつながっているけれど、使うのが面倒だとか、ほとんど電源を入れていない人がおおいからだ。
玄関もお寺みたいだった。三段ほどの木の段の向こうに板敷きの踊り場があって、その向こうに障子がある。あたりをみてもチャイムもインタホンもない。お寺のように鐘が下がっているわけでもない。
「こんにちわ。東京からきました竹田です」
文字にするとたいしたことないけれど、それはでかい声だった。びっくりした鳥が植木のなかからばたばたと飛び去り、遠くのほうでは犬がほえはじめていた。
「なんて声だすんだ」
「しょうがないじゃない。あいてはお年よりだし、電話でお話したときも耳がとおいようだったから。日本家屋って意外と声が届きにくいのよ。小さく仕切ってあるし」
「でも、だれもでてこないね」
「まぁ、のんびりまちましょう。そのうちでてくるわ」
ちづるは玄関のひさしの影から出て庭を眺めている。庭の植木とその向こうの山が一体となって、なかなか迫力のある眺めだった。高い山がぐわっと立っているので、空はよっこらしょっと見上げないと見えない。それでも、圧迫感はない山だった。
「めずらしくいろんな木がはえている山ね。普通は杉だけとかになっていることがおおいのに」
そういわれれば、木がチョキチョキとはえていないで、こんもりとしたのもあればカサカサしたのもあるし、ゴツゴツやモクモクした木もあるのだった。圧迫感や息苦しさがないのはそのせいかもしれなかった。
「あの山は焼き畑していたからね」
急に声がしたので振り向くと、いつのまにか、玄関の板敷きにおばあさんがちんまりと座ってにこにこしていた。
「よくおいでになったね。さぁ、あがってください」
@
広いお座敷にとおされた。右手の障子はあけはなたれて、庭と山が春の太陽をあびて、縁側を越えて座敷の中にまであふれてきていた。
飯塚文さんというおばあさんは床の間を背に、卓球ができそうなくらい大きなテーブルの向こうに座わっている。ちづるが挨拶し、社員の僕たちを紹介するあいだもにこにこして聞いていた。僕たちが小学生だとわかっても特に驚きもしなかった。
僕はそんなおばあさんの後ろある女の子が気になってしかたなかった。赤ん坊くらいの背丈で、和服を着ている。きれいに切りそろえたおかっぱ頭の下のくりくりした目がじっとこっちを見ている。一人暮らしだといっていたから、孫というわけじゃなさそうだし、それに孫にしてはじぃーっとしすぎている。
「これはな、繁蔵さんがつくったもんです。からくりは壊れてもううごきませんが、かわいいんで、孫の代わりに置いてます」
ぼくが見ていたのに気がついたように、おばあさんが説明してくれた。えー、人形なんだ。変なこといわなくてよかった。それにしても生きているみたいだ。
「さてさて、電話でご用件はうかがいましたが、こうやっておいでいただいたのにはわけがあります。
我が家ではご希望の人形は人さまに見せてはいけないことになっているからです。
いえいえ、お貸ししないということじゃありません。しかし、人形にまつわるいわれをお聞きいただいて、また、人形もごらんいただき、本当にみせたほうがよいかどうか判断していただきたいと思ったからです」
「しかし、見せてはいけないといわれているものをよろしいのでしょうか」
「かまいません。もうそういう時代じゃありませんでしょう」
「どうして、人形は人に見せてはいけないのでしょうか」
「わたしのところを探し当ててこられたということは、人形を作ったからくり繁蔵のことも調べておいでだと思いますが、からくり繁蔵の作った人形はどれも、本物の人間のように動くということで評判でした。なかでも、この家に伝わる人形は傑作といわれています。それは愛くるしい人形です。もともとは、この家の何代か前の当主が、村祭りの夜に興行させる見世物として繁蔵さんにつくらせた人形だということです。材木五〇〇石ほどの値段だったそうです。ところが、あるとき、村の若者がこの人形に恋をしてしまったんです」
「ええ?」
「ふふ、おかしいでしょう。よく見れば、というかはじめから人形だとわかっているのですから、変ですよね。それでも、夜にロウソクのぼぉーっとした明かりのなかで動く人形は妙に生々しかったようです。
その若者は人形だとわかっていながらも、人形のことがあきらめきれずにとうとう、この家の蔵に忍び込み、人形を盗んだのです。
ところが、気づかれて、追われました。村人もかりだされて、若者を追いかけました。逃げ切れないと覚悟した若者は谷に飛び込み死んでしまいました。ここへおいでになるときによられたかもしれませんが、小便小僧が立っているところです。人形を道づれにしようとしたらしいのですが、人形がいうことをきかなかったのか、がけの木に腕を絡ませて残っていたそうです。
それ以来、人形は人の心を狂わせる人形としてうとまれてきました。
でも、現代ではそんなこと気にする人も少なくなってきたでしょう。人形に心をうばわれてしまうなってこともなくなったでしょうから。じゃ、ご覧いただきましょうね。それにお客様にお茶もおだししないで」
そういうとおばあさんは座敷を出ていった。
「ずいぶんとできすぎの話じゃないか、ちづる。まるで、僕らを怖がらせて、貸したくないみたいだよ」
おばあさんがふすまの向こうに消えたのを確認して、いつでも冷静沈着そして、ちょっと皮肉屋の未来人がいう。
「事実は小説よりも奇なりっていうけど、そうそう小説を超える現実なんてないわよ」
しばらくすると、おばあさんがでていったふすますすっと開いた。和服を着た若い女の人が入ってきた。お茶碗を顔の前にささげるようにしている。空中をすべるように歩いてテーブルの向こうにくると、こちらを向いて、ひざを折って座り、茶碗を差しだす。お嫁さんにしたい女優ナンバー・ワンの美津濃美貴に似た美人だった。
でも彼女はそのままじっとしている。おかしいな、と思っていると、ちづるが「あッ」と声をあげて、彼女が差しだしている茶碗を取り上げた。すると、彼女は立ちあがり、またしずしずと歩いてふすまの向こうに消えたのだ。
僕立ちがあっけにとられていると、おばあさんがはいってきた。
「いかがですか」
「すばらしいですわ」
一人ちづるだけが感心している。啓介もぽかんとしているし、未来人もびっくりしているみたいだ。未来人は美津濃さんの熱烈なフアンだからな。
「ね、すばらしいてなにがさ」
「いまの人形よ」
「えー。あれが人形なの!」
「びっくりしたでしょう?」
「ええ。ほんとうに生きているようですね。人形だと知らずにいれば、そして、暗いところで見たら本当に生きていると思ってもふしぎではないですね。それに、あんなにきれいな顔をして」
「ですからね、若者がとりこになったんだしょう。人形には罪はないんですが、人の命を奪ったとなると、昔のことですからいろいろといわれたんでしょう。呪われているとか、人に祟るとか……」
「でも、ほんとうに生きているみい」
「そうだね。びっくりしたよ。未来人なんかあこがれの美津濃さんに似ていたからサインもらおうと考えたんじゃないか」
「ばかいうな」
とはいうものの、耳まで赤くしているところをみると、あながちあたらずとも遠からずってところのようだった。
「いつごろつくられたものなんですか」
「江戸時代中ごろですよ」
「何で動くの電池?」
「ほほほ。ぜんまいです。くじらのひげのね」
「?」
「ちょんまげ結っていた時代に?」
「ちょんまげゆっていようが、はげていようが脳みそはたいしてかわらないじゃないの。それにからくり繁蔵はいまでも名が伝えられているほどの秀才だったのよ」
さすがに調べただけあって、ちづるは良く知っている。
「もともとは天文や暦をやっていた武士らしいんだけどね。家を息子に譲ってからはからくりに情熱を注いだね。作品はほとんどのこっていないというか、確かに繁蔵のものとわかっているのは、さっきのだけなの。それが、人に嫌われたからなんて皮肉なものよね」
おばあさんがもう一度人形を座敷に運んできてくれた。縁側にだして眺める。本物の人間だったら、こんな美人をちかくでしげしげと眺めるなんて、できやしない。それでもちょっとどきどきしてしまう。
啓介は「足はどうなっているんだ?」と着物のすそをめくって、ちづるに蹴飛ばされていた。未来人は、人形が差しだしている手をそっと握って一人で赤くなっている。変なやつだ。
人形を前にまだ、あっけにとられているぼくたちをよそに、ちづるはおばあさんと人形を借りる相談をし、契約を結んでいた。東京へは別の日に運ぶことになった。
@
おばあさんの家をでて、僕たちは次の目的地徳島に向かった。
途中で暗くなってしまったのでよくわからなかったけれど、ずーっと吉野川という大きな川のそばを列車は走ってきた。徳島はその河口に開けた街だ。徳島駅から宿に向かう途中、阿波踊りというこの街のまつりの仕掛け人形をみた。ついさきほど、おばあさんの家でみた人形とはうって変わって賑やかで能天気なからくりだった。
ここ徳島でも、人形をひとつさがすことになっている。でも、徳島についたときにはすっかり暗くなっていたので、僕たちは宿に直行だ。今夜の宿はユースホステルだ。「小学生がホテルだなんてぜいたくだ」という僕のお父さんの一言で決まってしまった。お父さんも若いころ、ユースホステルをつかって旅をしたんだそうだ。
ユースホステル、通称ユースは、旅をしたい若者のために安い宿を提供するシステムで公営のものと民営のがある。年会費二〇〇〇円を払うと六〇〇〇円もあれば二食付きで泊まることができる。全国に四〇〇ほどある。
ユースに入ると「お帰りなさい」と声をかけてくれる。ペアレントさんという経営者だ。ほかにヘルパーというお手伝いさんもいる。
ユースは男女別の相部屋だ。僕たちの入った男部屋は6人部屋。ほかに、二人の先客がいた。二人とも大人で僕たちはドキドキしたけれど、向こうも小学生がきたので、びっくりしたみたい。
一人は九州から自転車で北海道を目指している人。もう一人は、四国遍路をやっている人だった。四国のあちこちに点在する八八ヵ所の寺を歩いて回るんだそうだ。啓介が「なんか悩みでもあるの」と聞くと、からからと笑いながら、「面白いこというなぁ。旅にも目的があると楽しいだろう。それにぼくはお寺の建築がすきなんだ。それだけさ」だって。
食事は食堂に集まってみんな一緒に食べる。ちづるの部屋には大学生の三人組がいるらしい。みんな旅なれている人ばかりで僕たちは面白かった。ちづるにしても、海外には仕事で出かけるけど、日本国内は旅したことがないらしくて、楽しそうに話の輪に入っていた。でも、ちづるがおもちゃ会社の社長で、僕たちも副社長だったり取締役だわかると、女子大生三人組は「就職お願いしまぁーす」だって。ちゃっかりしている。
ご飯を食べたあとお風呂に入り、そのあとみんなで旅の話をしたり、メールの交換をして楽しくすごしあと寝た。いつも寝る前にメールのチェックをするんだけど、今回は携帯端末を置いてきた。たまにはこういうのもいいもんだ。でも、啓介がこんなに大きないびきをかくとはしらなかった。
次の朝、大学生たちと玄関前で記念写真を撮って、「また、どこかの空の下でね」と言葉を交わして別れた。
「きょうは会いに行くのはどんな人形なの」
「カメ」
駅前でレンタサイクルを借りて、僕たちは目指す家に向かった。眉山という山のふもとにあるお寺が目的地だ。
「金泉寺か、なんだかとてもありがたい名前じゃねぇか。おまいりして、おれたちもちづるみたいに大金持ちになろうぜ」
一人ではしゃいでいる啓介を置いて、ちづるはっさっさと山門をくぐって、寺には向かわずに横の家に歩いていく。ここの家には、昨日のおばあさんの家と違ってインタホンが合った。どうやらテレビつきやつだ。
ぼくのおじちゃんはインタホンに顔を近づけすぎるから、いつも変な顔になる。インタホンの液晶画面にはおじいちゃんの鼻の穴しか写っていないんだ。
あやしげな販売員はわざと視野からはずれるようにして立つ――そんなことも、ちづるは心得ていて、ボタンを押したあと半歩下がって立っている。
「はい。どちらさまでしょうか」
「東京からまいりました、株式会社ドールズのちづると申します」
「あ、はい。いまうかがいます」
すぐに女の人が出てきて。ちづるをみて「あら、ほんとうに小学生なのね」と驚いている。後ろにお父さんかお母さんがいるんじゃないかと見ていたが、ぼくら三人しかいないのを確認して、ようやく納得したみたいだ。
「こちらは」
「副社長と取締役です」
女の人はこれ以上なにも聞くまいと決めたみたいだ。玄関脇の部屋に案内されて、「いま、主人がまいります」といってでていった。
いれかわりにお坊さんが現れた。布袋さんみたいに太ったお坊さんだった。
「これはこれは、ほんとうにお子さんだね」
奥さんと同じようなことをいいながら、どっこらしょとソファーに座る。ますます布袋様に似てきた。お坊さん名前は浄心さんという。
ちづるは子供扱いにはなれているらしく、用件を切り出した。
「そうだった。これは失礼。では、早速ご覧いただこうか」
案内されたのは庫裏の中の広間だった。床の間の脇の引き戸をあけて、桐の箱を出してきた。三〇センチ四方ぐらいのものだ。紐を解いて、ふたをあける。中から布に包まれたものを取り出す。布を開くと、カメがいた。
「クサガメだ」と啓介がいう。
「いきているみたいだぜ。すげぇ。これ人形か? いまにも泳ぎだしそうだぜ」
「君は良く知っているね。そのとおり泳ぐんじゃよこのカメは。もちろん歩きもするぞ。どれ」
布袋さんがカメの尻尾をちょいと押したと思ったら、カメがのっそりと歩きはじめた。
のっそのっそと面倒くさそうに歩く姿は本物そっくりだ。立ち止まって、空気のなかの水の匂いをかぎわけるように首を伸ばすのにもびっくりだ。
「うわあ、すごい」
「さわってもいいですか」
「ああ、かまわないよ」
啓介がひょいよ持ち上げると、足をばたつかせた。鼻先をツンとさわるとツツウと引っ込ませた。
生きている。
「これも昨日の人形と同じおっさんが作ったのか」
啓介がカメを甲羅を下にしてテーブルに置きながらちづるに聞いた。
「いえ、これはね、からくり天狗という人が作ったの」
「良く知っているね」と布袋さんが感心したように言う。
テーブルの上のカメは首を伸ばして起きあがった。うそだろう。生きているよ。
「からくり天狗は繁蔵と同じようにからくり師として名をはせた人。繁蔵より時代は少しあとになるけど、江戸時代の人よ。この徳島で人形浄瑠璃の人形師をやっていたの」
「これもぜんまい?」
「そう」
このカメの甲羅は和紙を何枚も漆で貼り合わせてあるそうだ。脚や首は蛇の皮を使っているらしい。中の仕組みは良くわかっていないんだけど、大学の先生が調査にきて、レントンゲン写真を取って調べたたら、たった七個の歯車で、いま目の前で見せた複雑な動きを制御しているそうだ。
すごい! ただその一言だった。ここでも、イベント用に借りる契約はすんなり終わった。 ぼくたちはこれから大阪に移動してもう一つ別の人形に会いに行く。
@
「どうするんだよぉ、兄さん。いつまでこんな追いかけごっこをしているつもりなんだい。どうせ人形を盗むつもりなら、こんなこと必要ないじゃないか」
「るせぇな。人形を盗むのは簡単だ。でもな、俺たちの目的はそれだけじゃない。なんべんいったらわかるんだ。人形を盗み、それをねたにあの小娘に挑戦状をたたきつける。からくり人形勝負だ」
「それならよ、盗まないで、勝負だけ申し込めばいいじゃんか」
「このうすらとんかち」
「なッなんだよぉー」
金色頭にいわれた銀色頭は口をとんがらせている。
「今を去ること二五〇年前。あのちづるの先祖竹田遠海にからくり五番勝負をいどんだおれたちのご先祖様、からくり狼吉の恨みを忘れたのか! 狼吉は遠海との勝負に負けて、それ以後は不遇の人生を送り、貧乏のどん底で死んでいっただぞ。それも、あいつの先祖のせいだ。そのご先祖様に現代によみがえっていただき、ご先祖様の技術の確かさを認めてもらうんだ」
「だけどよぉ、勝負だろ。負けたんだからしかたねえんじゃないの」
「きっと汚ねぇ手をつかったにちがいねぇんだ」
「なんだよその汚い手というのは」
「それをこうして探っているんじゃないか。いまあの小娘は、現代に残るからくり人形の名品を集めて回っている。きっとその中にはあいつの先祖の作品もあるはずだ。それをだなあいつらが手に入れるよりも先にいただくんだ。そして分解して技術を盗み、それを超える作品を作って勝負するんだよ」
「なんだか、それって汚くない?」
「うるせんだよ。だまってついてこい。がたがた文句ばかり言ってると、鳴門の渦に叩きこむぞ」
@
金色頭と銀色頭がそんなことを話しているころ、ヒロシたちは大阪に向かっていた。電車で行くと遠回りになるので、バスを乗り継いで、鳴門大橋を渡っていくことにした。途中、少し遠回りして、昨日ユースで知り合った人に教えてもらった四国遍路88ヵ所巡りの一番札所の霊山寺に詣でた。一つだけじゃご利益も八八分の一だけど、先を急ぐんだから仕方ない。
お参りを住ませて山門を出たところで、昨日、山の中で見かけた金銀兄弟にであった。金銀に髪を染めた男二人なんてざらにいないだろうから同じ人物なんだと僕らは思った。
「僕らとおなじところをまわっているんだね」
「観光地なんてそんなもんさ」と未来人がいう。
でも、これが二度あることは三度あるの前触れだったことに、このとき僕らは気がついていなかった。
そしていま三人は鳴門海峡を渡る前に、名物、鳴門の渦潮を見物をしていた。
「すげぇなぁ。どうしてこんなに渦ができるんだ」
「ふしぎだなぁ」
「すいこまれたらどうなるのかな? おい! 未来人。この船、渦にまかれてまわっているぞ!」
啓介が裏返った声をだすもんだから、船に乗っている人たちは笑っている。啓介の心配をよそに、船はエンジンをフル回転させ渦から脱出して、ほかの渦に突進していく。頭上には大きな橋、鳴門大橋が架かっている。
僕らが乗っている船にしても、空を覆っている橋にしても、からくりっていうか、仕掛けには違いない。からくり師たちが現代のこうしたものをみたらどう思うんだろうか。おれにもできたとおもうのか、びっくりするのか。
「江戸時代のからくり師のなかには飛行機を考えだした人もいるそうよ。彼らが現代に生きていたらおもしろかったでしょうね」
ちづるがぼくのひとりごとを聞いていたかのように声をかけてきた。
「おもしろいって、どういうふうにさ?」
「からくり師たちのおおくが出発点にしたのが、当時外国から入ってきた時計なのよ。それまでも、外国からはいろいろなものが入ってきたわ。なかでも鉄砲は、日本の戦争のあり方を変えてしまうほど衝撃的な技術だった。日本ではそれを堺という町の刀鍛冶なんかが中心になってあっというまに同じようなものを作った。でも、そこから先にはなかなか進まなかった。たとえば、弾を何発もこめられるようにするとか、続けて発射できるようにするとか。そう考えた人もいたはずよ。でも、だれも実際には作らなかった。なぜなんだろうとおもうのよ」
「人殺しの武器だからじゃない」
「そんなことじゃないと思う。だって、武器の開発の歴史は人間の技術史の一翼をになうほどのものよ。なぜ、日本人だけがそうならなかったのかしら」
「わからないよそんなむずかしいこと」
「ねぇ、未来人君はどうおもう」
突然声をかけられてびっくりしたみたいだけど、聞いてなかったわけじゃないみたいだ。
「うーん。日本の技術ってさ、なんか親から子へとか、一子相伝とかいって、秘密主義じゃない。そこに問題があるんじゃないかな」
「ますますわからないや。どういうことさ未来人」
「だから、秘密にすれば競争は生まれない。競争が生まれなければ新しい開発もない。あるのは、技巧を磨くだけだってことかな」
「外国はちがったのか」
「それはわからない。でも日本はそうだったってことさ」
「そうね。それに鉄砲は戦国時代に終止符を打つ役割を果たしたけれど、その後は長い平和の時代が続いたから、開発する必要がなくなったということもあるわね」
「たしかにヨーロッパは戦争の繰り返しだったからね。兵器の発達を促す背景があった。戦争が終わった後は植民地を次々と拓いて行ったからね」
「ところが、からくりはちがったのよね。からくり師は時計を分解してその精巧さにひかれもしたでしょうけど、ある意味、単純な組み合わせで複雑なことができることに感心したんだと思うの。おもしろがったというのかな。時計がなんで発明されたかななんていう興味はなかった。特に便利なものだとも思わなかったんでしょう。
歯車を組み合わせて、それをぜんまいで動かすと、いろんなことができるもんだと考えたわけよ。それで、人形を動かせないか? とか、鶴をつくって飛ばすことはできないか、と考えたわけね。おもしろそうだ――これが彼らの原点だと思うの。何かの役にたつとかたたないとかじゃなかったのよね。
鉄砲じゃそうはいかなかった。新しい工夫をすれば、おかねははいるだろうけど、その技術をほかの藩にはもらしてはいけないから自由が奪われる。かといって、戦争があるわけでもないから、せっかくの工夫もせいぜいがお殿様が獣を撃つのに使うくらいじゃない。ぜんぜん楽しくなかったと思うんだ」
「確かにクリエーターとしては、自分が開発したせっかくの技術も秘密主義でおくらいりっていうんじゃかなしいものな。でもさ、それが日本の鉄砲の開発を遅らせたというのも皮肉なものだな」
「だから、からくり師は無意識のうちに役にたたないものに能力を注いだと思うの。そうすれば、自由が確保できるから。かれらのつくったものをみて、役にたつものをつくったのはまた別の人なのよ。歯車から水車を使った灌漑用ポンプを考えだしたりしたのはね。
からくり師も作ろうと思えばつくれたし、たのまれればつくたんでしょうけど、おもしろくなかったんじゃないかな。役にたつということをある意味で意識的にさけたんじゃないかとおもうんだ」
「そんなものかな。でもさ、せっかくつくったからくりをどうやって人に見せたのさ見世物にでもしたの」
「からくり人形の一座、いまでいうと劇団みたいなものがあったみたいよ。あとは、できの良いものは大名とか商人に買われたの。おかねもちのおもちゃね」
「それならもうすこし残っているようなものだけど」
「時計はけっこう残っているのよ。でも、人形はね。おもちゃだし……」
「なんだか残念そうだね」
「まぁね。実を言うとね。今度の企画は、わたしのご先祖様にからくり師がいたことも影響しているの。竹田遠海って言う人なんだけどね。作品が一つも残っていないのよ。伝説はいろいろ残っているの。猫の人形が本物のねずみを取ったとか、にわとりが卵を産んでその卵からひよこがかえる仕掛けとか」
「へぇ、すごいね」
「でもそれって、だからなんだっていってしまえばそれまでじゃない。人をしあわせにしたり、病気の人を治すわけでもないし」
「ずいぶんつきはなしているじゃない」
「普通の人が技術に最終的に求めるのは、そういうもんだとおもうのよ。人の役にたたなければいけない」
「でもさ、そんなにいすごいものがどうしてのこっていないのさ」
「動かなくなったら、ただの木屑よ。ねずみだったら本物の猫が取るし、卵も毎日ニワトリがうんでくれるじゃない。それに、猫でも、ニワトリでも、多少は買い主になつくけど、人形はなつかないもの。めずらしいし、ほんものそっくりだけど本物じゃない。かわいくないんだな」
「そんなものかな」
話をしている間に船は乗り場に戻った。啓介は「なんだかまだ地面がゆれている」といっってすこし気持ち悪そうだ。4人はバスで鳴門大橋を渡り、淡路島を縦断して、明石海峡を渡って、大阪に向かった。
大阪についたときには夕方になっていた。今夜の宿もユースだ。
「なんだか、団地みたいな建物だね」
「ニュータウン――ていっても20世紀にできたんだけどね。そのなかにあるユースだから、まわりにあわせたんじゃない」
たしかに見まわすといまでは珍しくなった立方体のヨウカンみたいなたてものがドミノのように並んでいる。はじっこを一つ倒したら、みんなパタパタと倒れていきそうだ。
それでも、昨日のユースに比べると大きくて立派なこのユースは周囲に運動場があるため、合宿に利用している人たちでにぎわっていた。でも、みんな団体行動だから、ぼくたちのつけいるすきはなく、僕ら4人は端っこに固まって食事をして早々に寝た。
翌朝、ユースの近所にある博物館に出かけた。世界中のものが集められている博物館だ。入口正面に大きな手回しオルガンがあった。
「自動じゃないけど、これもからくりよね」
ままごとの家のように左右に扉を開くと、飾り窓があって、なかにはオルガンのパイプが見えている。窓の左右にいる女の人は踊ってっているんだろう。スカートが舞っている。裏に回った啓介と未来人がハンドルを回すと、すかすかという空気の抜ける音がして、間の抜けたような、それでいて安心できる音が響いた。
約束まですこし時間があったので、博物館の中を見てから、本日の人形に会いに行く。
「ちづる、きょうの人形はどんなものなんだ」
昨日のカメがすっかり気に入ってしまった啓介が聞く。
「子ども相撲のからくりよ。でもねきっと啓介君の期待は良いほうに裏切ることになると思うから楽しみしててね」
昨夜ユースにきた道順を逆にたどって、大阪の中心部についた。大きなビルが立ち並ぶ中に、突然に和風建築が現れた。またお寺か、とおもったら、なかから子どもたちの賑やかな声が聞こえる。立派な門には、淀屋橋保育園とある。
「保育園にあるの?」
「そう。ここはね、江戸時代の寺子屋からつづく、由緒正しい保育園なの。建物は文化財」
玄関に入ると黒光りした板の間が広がっている。ずっと奥まで廊下が続き、その両側に部屋があるみたいだ。受付にいたおじさんに案内してもらう。
とおされたのは園長室だ。
「やぁ、いらっしゃい。おまちしてました」
保育園の園長さんだけあって、にこにこしたやさしそうな人だ。
「ほんとうは家にきてもらったほうがよかったんだけどね、こうして、保育園だものだから、春休みもなくてね」
園長さんの家は堺という町にあるらしい。なんでも、江戸時代より前からつづく商家で米問屋をやっていたという。先祖はお金持ちで、それで、からくり人形を持っていたんだ。
「これです」
園長がだしてきたのは奥行きが30センチ、幅50センチ、高さが30センチほどの箱だ。箱の上には相撲の土俵が作られていて、二人の子どもがにらみ合っている。行事も子どもだ。ごていねいに青っ洟までたらしている。土俵のmわりには子どもたちが七、八人取り巻いている。犬もみている。
「動くんでしょうか?」
ちづるが聞くと「もちろんです」といって、箱の脇のボタンを押した。すると、土俵の二人が組みあって、押したり押されたりしはじめた。行事も二人に会わせて右往左往している。まわりでみているものたちは手を上げ、手を振り声援を送っている。もちろん声はきこえないけど、声が聞こえてきそうだ。
土俵際まで押し込まれた一人が倒れそうになったとき、突然、犬が土俵に上がって、押しているこどものお尻にかみついた。びっくりしたその子どもはおしりに犬をつけたまま飛び回る。まわりにいる人間はあっけに取られている……というものだっだ。
おかしくておかしてく、笑いころげてしまった。
「すげぇ。どうして、犬は噛みついたあと箱から脚を離して振り回されるんだ? どういう仕掛けだ?」
啓介が言うと、園長が箱の横の板をはずして中を見せてくれた。
「どうやら、ぜんまいで動く歯車と、砂時計の原理をつかった動力で複雑な動きを出しているみたいですな。磁石も使っているみたいです。わたしもよくわかりませんが」
たしかにみただけではどこがどうなっているのやら。
「これは誰の作品なんですか」
「竹田遠海ではないかと言われています。でも伝えられているだけで証拠は何もないです。ただ遠海はおもしろおかしい仕掛けが得意だったそうですから」
「え? じゃ、ちづるのご先祖じゃない」
「わからないのよ、はっきりとは。でも、もしそうだったらすてきよね。ぜひ、これをイベントの出展作品としてお借りできませんでしょうか」
「まぁ、そのつもりでお見せしたんですから。それに、もしかしたら、子孫かもしれない人の役に立てるのならば、いいじゃないですか。遠海さんの作品は残っていないという話だし、遠海さんはあんまりご家族のことをかえりみられる人ではなかったようですから。こうして、時代をへて、ご家族のお役にたつのもいいんではないですか。もっとも、遠海さんはがらじゃないと、いっているかもしれませんがね」
そういって、園長はからからと笑った。
契約書を交わして、ぼくたちは道頓堀に向かった。ここにもからくりがあるという。東京とは違った賑わいのある街を歩きながら、蟹のからくり? と、派手な服を着て太鼓を叩くおっさん? のからくりをみてから、新幹線で東京に帰ることになった。
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「あのー、すみません。株式会社ドールズのほうからきましたものですが。さきほどうちの社長がこちらにお邪魔したと思いますが」
「ちづるさんですか」
「そうです」
「なにか忘れ物でも?」
「いやそうじゃなくて、人形を運ぶ際の送り状をつくるですが、必要なデータを聞き忘れたとかで。こちらの人形はどなたの作品で」
「社長さんにもいいましたが、わからないんです。一説には竹田遠海という話が伝わっています」
「竹田遠海! やったぜ、ついに見つけた」
「なにか?」
「いえ。それでは、重さとサイズを測らせていただいてもよろしいでしょうか」
「どうぞどうぞ」
金色頭と銀色頭は園長に案内されて部屋に入り、わざとらしいほどていねいにサイズと重さを測って、銀色頭がノートに書きこんでいる。
「ありがとうございました。えーとそれでは、日を改めて受け取りにまいりますが、保管はいつもこちらですか」
「いや。いつもは自宅ですが。せっかくここまで運んできたんだから。そちらにわたすまではここにおいて置きます」
「そうですか。わかりました。それでは」
金髪頭と銀色頭はうきうきとした足取りで帰っていった。
「なんですかあれは?」
受付からおじさんが顔を突き出して、玄関まで見送りにきた園長に聞いた。
「さぁ。さっきの社長にくらべるとちょっと品がないね」
「へっくしょん」
「はっくしょん」
「風邪ひいたのかな」
「やったね兄さん。ついに見つけたじゃない」
「おう。あとは盗むだけだな」
そのころ新幹線に乗り込み、忙しかったけど楽しかった旅の思い出話をしていたヒロシたちは、昨日もおとといも、ヒロシたちが帰った後に、金銀ペアがそれぞれの家を尋ねていたことは知らなかった。
人形集めの旅から帰ったと思ったら、ちづるは九州にいくといってまた旅に出た。今度はぼくたちはこなくていいそうだ。
その間ぼくたちは、からくり人形展のパンフレットの原稿を作るように命じられていた。社員はつらいよ。
いつもは電子会議室とかチャットで話し合うことも多いんだけど、今回はからくりなんていうアナログの元祖みたいなものを扱っているせいか、なにかというとこうして集まっている。きょうもぼくの家に集合だ。まずは、本づくりのいろはについてフリーライターのぼくお父さんのレクチャーを受ける。
「パンフレットか。じゃ。まずはキャッチコピーだな。それから、きれいな写真も欲しいだろうから写真家の手配。つぎに解説を書いてくれる先生も必要だな。なんだったら、わたしが仕事をうけてやってもいいぞ。親子割り増しで安くしておく……」
適当なところでおとうさんの話を打ち切って、まずは、からくりについて調べることにした。ちづるがかなり調べてくれてていたが、念のためネットで検索する。
啓介は国内を、未来人は海外を担当することになった。ぼくは、おやつ担当だ。大阪で食べたたこ焼きを再現することにした。
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「兄さん、どうやって人形を盗むんだ」
「簡単さ、あいつらよりも一日前に行って、ドールズからきましたって荷物を受け取ればおしまいさ」
「うたがわれるんじゃないのか」
「大丈夫だ。あいては子どもがうそつくなんて想像もしていない。そこがつけめさ」
「でも顔みられたらこまるじゃないか」
「変装するんだよ変装」
「女にでもなるのか?」
「まず、その銀髪を黒くしろ。そして七三に分けるんだ」
「えー。そんなかっこうわるいことできるかよ」
「おれもそうするんだ。がまんしろ」
「でも、これがおれのアイデンティティなんだぜ。これがなくなったら、おれはおれじゃなくなっちまう」
「大丈夫だ。おまえは七三に分けてもまぬけなおまえのままだ! さっさとしろ」
「でも、そんなダサイかっこうしたらまたみんあにいじめられるよ」
「ほんの一日のことだがまんしろ」
「やだな」
「うるさい。つべこべいってると坊主頭にするぞ!」
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「へぇー、これがからくり甲賀の細工ですか」
「そうです。みごとなものでしょう」
ちづるは長崎にいた。目の前には滝を登る鯉がいた。三〇センチ四方の板の上に本物の石でで作った山があり、水がとうとうと流れ落ちて滝になっている。水は絹の布だが、石にはえる苔や木は本物で、盆栽の形をしているところがみそなのだ。鯉は滝をするすると登ると、盆栽の木陰に吸い込まれる。すると竜があわられるのだ。
「ほんとうは竜は煙とともに出現するようですが、その仕掛けは壊れています。でも、鯉の滝登りはみごとでしょう」
「ええ。ぜひお借りしたいのですが。おねがいできますでしょうか」
「ええ、どうぞ。おなじからくり師の血をひくものとして、からくりをみなおしていただくことはありがたいことです」
目の前の男の人は、長崎で江戸時代の末に名をはせたからくり甲賀の子孫だった。甲賀のからくりはどことなく異国情緒あふれるもので、また、実際に、異国の材料をふんだんに使ったものもおおく作ったという。色ガラスで作った鯛は、水槽の中に放つと泳いだという。赤いからだの中にかすかにぜんまいが動くのがみえ、それがまた、人々の興味を牽きつけたという。また、異国船を模したからくりも多く手がけ、異国人から聞いた蒸気船の話を元に実際に蒸気船をつくったという話も伝わっている。その船は、長崎の海に浮かべて走らせたそうだ。
甲賀の場合、ほかのからくり師とちがっていたのは、家rネオ技術に目をつけた、大名がいたことだ。彼の技術が藩の力を増やすことに目をつけた大名に召し抱えられ、十分な資金と人手を与えられて、次々と作品を作っていったことだ。だから、甲賀の作品はだんだんと大仕掛けなものになり、最後は、日本で最初の製鉄所をつくるまでになった。からくり師のなかでは異色のタイプだ。人の役に立つものを考え出したという点で。
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「やっぱ、本場じゃないとだめだな」
「そうだな」
「ふたりして責めるなよ。一所懸命作ったんだぜ」
「だけどよ、これはどうみてもたこ焼きじゃない」
「そうだ! 丸くないし、ぶにょぶにょしている。もんじゃを丸めようとして失敗したみたいだ」
「大阪で食ったのは、もっと外側にはりとこしがあった」
「そんなことより、なにかわかったの」
ぼくが台所でたこ焼きと格闘しているあいだに二人が調べたことを報告してくれる。
未来人がたこ焼きを口にほおばりながら話し始めた。まずいのなんのといいながら、けっこう食べているくせに。
「えーとだな。外国の場合、からくりのことをオートマタというらしい。その元祖ともいうべき人物がヘロンという人だ。紀元前後の人といわれているが自動ドアを考案したり、自動消火ポンプや、自動販売機も考えだした異才だ。蒸気機関も考えていたといわれている。
その後は、やはり時計などにその技術は応用されていった。一方で自動人形といわれるものも多くつくられ、見世物となっていたようだな。ただし外国ものは基本的に金属製だ。日本のからくり人形のように木だけということはない」
「今回の展覧会には外国のものはなにかもってくるのかい」
「えーとね、いまいったヘロンの自動ドアの復元模型と、筆写人形だね」
「なんだその筆者人形って」
「字を書く人形さ。お客の注文に応じてどんな字でも書いたそうだよ」
「すごいな」
「まぁ、アルファベットは文字数がすくないからね。日本語だったら大変だよ。ひらがなだけでも二倍近くあるんだから」
「啓介は?」
「からくりで残っているもののほとんどが祭りでつかう山車の仕掛けだ。これは街や村が共同で守るから残ったんだろうな。だけど、これは人間が操作するものがほとんどだから、自動人形とはいえないな。からくり人形はほとんど残っていない。江戸時代のものは俺たちが借りにいったものをふくめて、五〇体ぐらいしかない。いまでもうごくものはその半分以下だ。あとは、明治なってからつくられたものや、復元されたものだ」
「復元っていってもお手本にするものが残っていないんだから大変だね」
「テキストが残っているんだそうだ。俺たちが行った四国の人なんだけどな、からくり半蔵という人が残した『機巧図彙』という本だ。これには、詳細な設計図も載っているので復元は可能なんだと」
「からくり半蔵と繁蔵か。名前がにているけどなんか関係あるの」
「一説には繁蔵は半蔵の弟子だという話もあるが、繁蔵は半蔵のこのテキストを見て独学でまなび、自分なりの工夫をかさねたというのが通説だ」
「ほかにはどんな名人がいるのさ。からくり左衛門にちづるの祖先の竹田遠海、ほかにはからくり弁吉、からくり儀衛門がいる。みんな、人をおどろかすようなからくりを見せている。弁吉などは、お殿様に献上した人形にいたずらを仕掛けたらしい。茶を運んできた人形の頭をお殿様が叩いたら、人形が怒って腰にさしていた刀をぬこうとしたというんだ。これにはお殿様が怒って、出入り禁止になったという話がある。まぁ、命を取られなかっただけめっけもんの話だ。飛行機を飛ばそうとしたやつもいる」
「すごいじゃないか、なんで学校では教えてくれないんだ」
「まぁ、どいつもこいつもかわりもんだからな。それに、基本的にかれらは社会に貢献していない。それに、彼らの時代にはおもしろがられているうちはいいけれど、度を越すと危険なやつってことになったんじゃないのかな。さっきの弁吉みたいにさ」
皿に一つ残っていたたこ焼きを串で刺しながら未来人が言った。啓介が、それは俺のだといいたそうな顔をしたが無視された。
「なんで?」
「ちづるもこの前いっていたけどさ、なんか自由な感じがするじゃないか、この人たちの考えって。空があるから飛んでみたいとか、普段は威張っている侍を驚かせてみたり。おもしろがらせておいて、人を傷つけようとすることだってできるんだ。もともと普通の人たちにとっては得体のしれない仕組みでものを動かしたりするんだから、おもしろさと気味悪さが紙一重だったんじゃないのかな」
「でも、外国ではそうしたものから工業が発展していっただんでしょう」
「日本でなぜそうならなかったかはなぞだね。もちろん、明治になって活躍したからくりしにはそうした方向へ能力を使った人もいる。これは時代のせいとしかいいようがないんじゃいなか。日本人にも技術を創造する能力があったけれども、それを利用してなにか工業をおこすとか、その技術を利用して、国を豊かにしようという発想をする殿様がいなかったということだろう」
「だから、作品も残っていないのか」
「あ、ちづるからメールだよ」
ヒロシ君 啓介君 未来人君 長崎でもすばらしいものを見つけたわ。明日には東京に帰ります。詳しくはその時に。仕事やってる?
「まったく人使いの荒い社長だぜ」
「こまったことにその社長がぼくらより働き者ときている」
「あぁ、まったく最悪だ」
ということで、ぼくたちは次に原稿を書いてくれる人を探すことにした。ぼくのおとうさんはだれもいなかったときの安全パイにとっておくことにした。
「で、パンフレットのコピーはできたの?」
ここは株式会社ドールズの社長室だ。遠くに東京湾がみえる窓を背にちづるが座っている。窓の上の壁には、ちづるの先祖の竹田遠海が書いた額がかかっている。漢字で「可楽空理」と書いてある。意味は、からくりの仕掛けとそれが生みだす幻を楽しむべしということだそうだ。
「あのさ、ちづる? ちょっといい? ぼくたちさ、ドールズの社員じゃないんだよ。どうして、君の会社のイベントにかりだされなきゃいけないのさ」
「あら、きがついちゃったの。まぁ、君たちもサザン・アイランド社の重役なんだから少しは修行をしなきゃ。それにただ働きはさせるつもりはないから」
最後の一言は、啓介に劇的な効果があったようだ。
「はい社長。こんなのでいかがでしょうか?」
アーラふしぎ、摩訶不思議――いまよみがえる江戸時代のからくり人形展
江戸時代の自動制御人形――美津濃美貴似の人形に会えるぞ
三〇〇年前、日本には「からくり」というコンピュータがあった
「最初のは啓介君。次は未来人君、最後はヒロシ君というのはわかるけど――。まぁ、いいわ。そのむかし日本には「からくり」というコンピュータがあった――いまよみがえる江戸時代のからくり人形展。で、美津濃美貴似の人形に会えるぞ、という言葉をあしらいましょう。
で、原稿は誰にお願いすることにしたの」
「物集先生て覚えてる?」
「もちろんよ。千年草のときにお世話になった変な先生でしょう」
「そしたらね、からくりの研究では一人者といわれる人がいるんだってさ。小林九郎って人なんだけどね、生きているか死んでいるか、物集先生にもわからないんだってさ。最近はあんまり発表もしていないらしい」
「わかったわ。その件はつづけて探すことにして、次は会場のレイアウトを考えましょう」
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「こんにちわ。東京の株式会社ドールズからきました。人形を受け取りにまいりました」 大阪淀屋橋保育園の玄関にたっているのは、白いつなぎの服を着た二人の若者だ。髪の毛もきれいに整え、一人はめがねをかけて、まじめそうな青年だ。
「はい。人形ですか? あれ、受け取りは明日じゃなかったんですか」
園長先生がけげんそうな表情で聞き返す。
「ええ? 本当ですか。おかしいなぼくたちはきょう取りに行けっていわれてきたんですよ、東京からわざわざ」
東京からとわざわざという部分を、めがねをかけた好青年が強調して言う。
「本社に確認しますので、ちょっとまってください」と、もう一人が携帯電話を取りだして電話をかける。
「あ、社長ですか。いま、淀屋橋保育園にお邪魔しているんですが、受け取りは明日だっておっしゃっているんですが。……そうです。……帰るんですか、東京に。……明日また出直し。でもぼくあした学校の授業があるから……。そうですか……。え? なんですか。社長ちょっと待ってください」
「そういうことなら、わざわざおいでいただいたことだし、きょうお渡しします」
「ほんとうですか。ありがとうございます。社長のボケには、きつくいっておきますのでで。社長……あ、聞こえたんですか。すみません。でも、きょう持ってかえっていいということです。……。はい。わかりました。あ、いけない、社長のボケにもひとことおわびさせればよかったですね。すみません」
「いえいえ、それにはおよびません。それじゃ、これを」
「わかりました。たしかにお預かりします。失礼します」
人形のはいった箱を大切に抱えた好青年二人を見送りながら、受付のおじさんが「あの会社はいろんな人がいますな。社長をボケ呼ばわりするなんて、どうなっているんですかね」
「まぁ、若い人たちの会社だから自由なんだろう」
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「へへ。ちょろいもんだぜ」
「兄さん。これからどうするんだ」
「東京に帰って、さっそくドールズのちづるに挑戦状だ。それから、こいつを分解してからくりを調べる」
「これってさ、犯罪だろう。悪いことでしょう。つかまるんじゃないの」
「だからなんだってんだ。先祖の恨みを晴らすんだ。それになにも命を奪うの、怪我させるのってわけじゃないだろうが」
「そうだけど。でもね、ドールズのちづるはいいとしても、人形の持ち主たちを巻きこむのがね……」
「じゃぁ、返すよ。調べたら返せばいいんだろうちづるに送ってやるよ。さぁ、東京に帰るぞ」
@
会場のレイアウトも決まり、ぼくたちは物集先生に紹介された小林さんの消息を探った。
「研究者なんだろう。ネットで検索してみたら。論文とか本とかさ」
「じゃ、三人で手分けしてやろうぜ。未来人は論文検索、啓介は書籍検索、ぼくは、コレクションを検索をしてみるよ。もしかしたら、個人博物館とかひらいているかもしれないだろ」
未来人はさっそくネットにログインして、検索をはじめた。啓介は、MAHOROBAシティの書店にアクセスだ。ぼくは二人の仕事を見ながら「からくり 山本 コレクション 博物館 美術館」と検索キーワードを打ち込んだ。ちづるの部屋はビルの二〇階にある。ここまで高いと地上の騒音も聞こえない。部屋の中にはマウスをクリックする音と、キーボードを叩く音だけが響いている。
「あったぞ、論文。ずいぶんと古いな。一五年も前だ」
「とにかくダウンロードしてよ」
「わかった。啓介のほうはあったか?」
「ない。同姓同名はいるけどな。タイトルや内容紹介を読む限り、俺たちの尋ね人とはちがうな。ヒロシは?」
「まだ。検索結果を見ているところ。からくりっていうのはたくさんヒットしたけどね。個人コレクションを公開しているのはすくないね。あぁ、ちょっとまって。これかもしれないな」
ぼくは検索結果のサマリーを読み上げた。
「からくり人形コレクション展。東西のからくり人形を中心とした個人コレクション。故山本九狼氏所蔵品を当館に寄贈を受け収蔵した。年に一度特別展を開催している。次回開催は三月一五日〜四月一〇日。場所は……」
「でも名前がちがうぜ」
「うーんそうだね。でも、からくり人形ということではひっかかるな……」
「いやそいつはビンゴだぜ、きっと」
未来人がいすをくるりと回転させながら言った。さっきダウンロードした山本さんの論文のプリントアウトを手にしている。
「論文の筆者紹介をよむとだな、この人は研究者でもあり、自分でからくりをつくる人形師でもあるんだな。そしてからくり師としては山本九狼となのっている」
「狼なんてすごい名前だね」
「そのことも書いてある。江戸時代に狼吉というからくり師がいて、山本氏はその子孫で、狼吉から数えて九代目にあたるからだそうだ」
「あ、なるほど。でも、ヒロシのみつけたものじゃ〈故〉」ってなっているから、亡くなったんだな」
「残念。仏様じゃ原稿頼めないね」
「でもさ、子どもとかいるんじゃない。十狼さんとかさ?」
「啓介のいうとおりだな。とにかく、その美術館にいってみようぜ。行けば何かわかるだろうし、美術館の人に聞けば、子孫の消息もわかるだろう。場所はどこだ」
美術館は東京の北のはずれにあった。検索サマリーから美術館のWEBページにアクセスして、開館日と交通案内を確認するとあっそく明日、出かけることにした。
「ちづるはどうする?」
「いいんじゃないの。忙しいみたいだし」
小学生としても秀才で、実業家としても一流のちづるは、春休みや夏休みなど学校が休みの時はとにかく忙しい。普段できない商談や商品開発に没頭するからだ。きょうも買い羽状のレイアウトを決めるとどこかに行ってしまった。きょうは戻らないそうだ。
「まぁ、行くことだけはメールしておくよ」
@
「こんにちわ。東京のドールズから人形を受け取りにうかがいました」
「あれ、ドールズさんなら昨日きたじゃないの。人形はもう渡しましたよ」
「おかしいな。お約束はきょうですよね」
「そうです。でも、社長さんのてちがいかなにかで、昨日取りにこられました。その場で社長さんに電話してましたよ」
「そうですか。なんてやつが来ましたか」
「ちょっとまってください」
園長サンは机の中から受取状を取りだしてきた。
「山本とありますね」
「やまもと? そんなやついたかな」
「え? どういうことですか」
「あっ、いや。どんなやつですか。なんせ、配送の部門は人間が多いもんで」
「どういうって、まじめそうな若者でした。一人はめがねかけてましたよ。ねぇ、事務長」
「はいはい。おたくの社長さんをボケ呼ばわりするなど、言葉遣いはあまりよろしくなかったですけど、まじめそうな若者でした」
「そうですか。わかりました。こちらの手違いですね。重ね重ねすみません。ありがとうございました」
「大丈夫ですか? 人形になにか手違いがあったら困りますよ」
「車に戻ってコンピュータで調べてみます。昨日お預かりしたのであれば、いまごろは東京の倉庫にはいているはずですから。どうもありがとうございました」
社長をボケ呼ばわりした? そんな命知らずのやつがドールズにいるはずがない。集配人はトラックに戻るとドールズ本社のコンピュータにアクセスした。
「やっぱり……」
集配人は携帯電話を取りだすと社長の携帯にダイレクトにかけた。こんなことをするのは初めてだ。
コンピュータには、荷物が入った記録もなければ、集配日が変更された記録もなかった。もちろん、東京の倉庫の入庫記録にもそんなものなかった。山本という名前に該当する社員もドールズにはいなかった。
@
「おい、まずはこいつのレントゲンを撮るぞ。上下左右すべての方向から撮れ」
「兄さんはなにするの]
「ちづるに挑戦状を書くのさ」
「へへ、かっこいいね」
「すごいコレクションだね」
「日本だけじゃなくて世界のからくりがあるからな。ほら、これだろ、前に未来人が見つけたヨーロッパの筆写人形って。なんだか本物の子どもみたいだ。ちょっと気味悪いや」 ぼくたちは、東京の北はずれの区立美術館にきていた。山本九郎のコレクション展が開かれている。今回はコレクションの中から「文字」に関するからくりをえらんだようだ。書写人形のほかにも、日本の習字をする人形や、すずめが米をくわえてそれを並べて文字を書く占いからくりなど、二〇点ほどの人形が展示されている。
「山本さん本人の作品はないのかな」
「展示されていないみたいだね」
「パンフレットにもなにも書いてないね。ちょっときいてみようか」
ぼくは胸に〈ミュージアム・ボランティア〉というバッチをつけて、会場の隅のいすに座っている人にたずねた。
「すみません。このコレクション持ち主だった山本さんという人について知りたいのですが」
「それなら、地下に図書室がありますから、そちらで調べてみてください」
コレクションを一通りみてから図書室に行こうとしたとき、目の端っこをどこかで見たような人影がよぎった。振り向くと、金髪頭と銀髪頭がいた。
「未来人あれをみろよ」
「うん? なんだ」
「あの金銀頭に見覚えないか」
「あぁ、そういや四国に行った時に見かけたな。でも、いまどきあんな頭珍しくないぞ」
「そうだけど……」
「まぁ、いいじゃないか。そんな偶然もあるさ。図書室に行こうぜ」
@
「兄さん、これみんなお父さんのコレクションか? すげぇな」
「あぁ、とうちゃんはからくり師としてのうではいまいちだったけどな。コレクターとしては一流だった。でも、とうとう、自分の先祖の作品だけが手に入らなかった」
「そうなんだ。あれ、あいつら……」
銀髪頭が先にヒロシたちに気がついた。
「あいつらなんでこんなところにいるんだ。ちづるはいねぇみたいだな。おおかた、イベント用の資料集めにでもきたんだろう。そのうちほえずらかかかせてやるからな。まってろよってんだ」
金髪頭は図書室に向かうヒロシたちの背中をにらみつけながらつぶやいた。
@
図書室には、未来人がネットで見つけた論文のほかには何もなかった。
「がっかりだな」
「なにかさがしものなの、ぼうやたち」
「ぼうやだってよ」
啓介が笑いをこらえている。図書室のカウンターには、ショートカットのオバサンが座っていた。金太郎さんを50歳老けさせて、髪を短くしたような顔つきだ。ヒロシはどういうわけかこの手の人が苦手だ。
「あのぉ、ぼくたち、上の展示会の山本さんていうコレクターのことを調べているんですけど」
未来人がたずねる
「山本さんのこと? あぁ、それなら、さっき息子さんたちがきてたから聞いてみたら。まだ会場にいるんじゃない。すぐにわかるわよ、なんせ金色と銀色の髪の兄弟だから」
「ええー。あの人たちが?」
「なんだ知っているの」
「そういうわけじゃないんだけど、さっき会場にいたものですから。ありがとうおばさん」
ぼうやといわれたおかえしに〈おばさん〉っていうところだけ三人で声をそろえてお礼をいって会場に戻った。金色と銀色はまだそこにいた。
@
「あのーすみません。山本さんですか」
「え? あぁそうだよ。なんかようかおまえたち」
うわぁー、なんだか最初からけんか腰だ。この金髪の人。
「あ、どうも」
銀色のほうはあいそう良く答える。
「あの、ぼくたち山本さんのことを調べてまして、下の図書室で、あなたたちが山本さんの息子さんだとうかがったので」
「だから」
「えーっと、こんどからくり人形の展示会をやるんですけど、そのパンフレットに原稿を書いてもらえる人を探しているんです。山本さんがいいと紹介してくれた人がいて、探していたんですけど、もう亡くなってしまったみたいですし、それで、もしかしたら子供がいて、その人が研究を継いでいるかなとおもって」
「だから」
「あなたたちは――研究なんてしてませんよね」
「なんでだ? 髪の毛が金色だからか?」
「あ、いやそういうわけじゃ」
「じゃぁ、どうしてそう思うんだよ」
「どうしてって……」
「ヒロシもういいよ。帰ろうぜ。どうもすみませんでした」
未来人と啓介に両腕を引っ張られて会場をあとにした。
「あぁ、びっくりした。なんであんなにつんけんするんだろうね」
「感じ悪いおっさんだったな」
「おっさんていうほどの年でもないけど」
「でも、ヒロシがいっていたように、あいつら四国で見かけたやつだな」
「そうだろう。ようやくわかったのか未来人」
「だって銀色頭が、〈あっどうも〉っていったろ。こっちをしっている証拠さ」
「なるほどね。じゃ、なんであんなにけんか腰なのさ」
「しらない」
@
「兄さん、あんなにおどすことないじゃないですか」
「いいんだよ。どっちみっちあいつらとは戦うんだから」
「でも、おやじのことを良く調べているみたいだったね。それに、親父の研究のことを覚えてくれる人もいたみたいだし……」
「それがどうした。覚えてくれている人が一人や二人いてもしかたない。人形が一つも残っていなければな。さぁ、帰るぞ」
@
家に帰ると、ちずるがいた。お母さんと話しこんでいる。
「あれ、おかあさん。どうしたのこんな時間に」
「なにいってるのきょうは土曜日。会社は休みでしょ。たまの休みに可愛い息子と話でもしようと起きてみれば、いないじゃないの。でも、かわりに娘がきてくれたから」
「娘って……」
おとうさんとおかあさんの頭の中では、ちづるとぼくは結婚することになっているらしい。〈らしい〉というのは、ぼくにはその自覚がないんだ。ちづるにその気があるのかどうかもしらない。でも、彼女がぼくのことをビジネスパートナーだといっていることは確かだった。
「山本さんの展覧会はどうだった?」
「人形のほうはおもしろかったけれど、山本さんについては収穫ゼロというか、マイナスだよ」
「マイナス?」
「そうさ。ちょうど息子さんがいたんだけどさ、これが感じの悪いやつでね。ちょっと物をたずねようとしたのに脅すようなことばっかり言ってさ。ほんといやなやつだったな、啓介」
「あぁ、やなやつだった。それにな、四国で見かけたんだよ、あいつら。ちづるは覚えてないか、小便小僧のところで見かけた金色頭と銀色頭」
「さぁ」
「そうか。そのあとも徳島で見かけたんだよな。未来人」
「うん。ヒロシにいわれたときには他人の空似かと思ったけど、話をしてみて、そうだとわかった。なんだか、けんか腰でさ。こっちに恨みでもあるみたい。変な感じだよね。帰り道にさヒロシとも話していたんだけど、こないだのコンピュ・マフィアとの騒動の時に、学校で起こった清水君の自殺未遂をしらべたでしょう。そのとき、清水君の自殺の原因となったゲームソフトの窃盗団の犯人は四国の人とか言ってたじゃない、なんか関係あるんじゃないかって」
「絶対変だよ、あの二人。どうしたのさ、ちづる。さっきから黙っちゃってさ」
「あのね。からくりが盗まれたの」
「……」
「驚かないの?」
「だって、そろそろ何か起こるころかなっておもっていたから。ぼくたちの人生は一筋縄でいかないことはこの一年でいやというほど思いしったからさ」
「それで、どれが盗まれたんだ?」
「長崎以外のからくりが全部。大阪の保育園で見た人形覚えているでしょう。昨日預かりに行くという約束だったんだけど、会社の人間がいってみたら、一日前に来た人に渡したっていうの。それが、まじめそうな二人組みだったそうよ。変だと思った集荷担当者が電話をくれたので、念のために四国の二軒の御宅にも電話してみたらやっぱり、一日前に受け取りにきたって。サインは山本ってなっていたの」
そういいながら、ちづるは啓介の顔を見ている。
「なんで俺の顔みてるんだ? あっ、ちづる! 疑ったのか俺を! なんで、俺が盗むんだ! あのね。おとといは、あなたと一緒にいませんでしたか? 会場のレイアウト考えていたでしょうが」
啓介を見ると口ぶりとは裏腹に顔を真っ赤にして怒っている。どう見ても笑っているようには見えない。
「ごめんなんさい。うたがったわけじゃないわ。そういえば啓介君も山本っていう苗字だなって思っただけなの……。ごめんなさい」
「啓介許してやれよ」
「やだ!」
そういったきり、啓介はプイっと後ろを向いてしまった。電車の窓から外を見るみたいにしてソファーにすわっている。怒ってはいるけど、どかに行くほどではないみたいだ。
「その二人組みに心あたりは?」
「ないわ」
「どんなやつらなの」
「まじめそうな若者だったって。一日早く来て悪かった、社長に確認するっていって、その場で電話したそうよ。もちろん、わたしはそんな電話うけてないわ。おおかた自分の家にでもかけたんじゃないの」
「だけどさ、なんで盗んだの」
「イベントを邪魔するつもりなのか」
「そうじゃないとおもうのよ。だって、もしそうだとすれば、もっと直接的な行動に出ればいいじゃない。たとえば爆弾を仕掛けたとか――。からくりを盗んでもイベントは中止にならない」
「ちづる、だれかにうらまれる覚えはないの。ちづるってけっこうはっきりモノを言うからさ。自分で気がつかないうちに人を傷つけてない」
「そうだ!」
啓介が後ろを向いたままいう。未来人は「処置なし」って感じで、両手をヒョイとあげてみせた。
「うらまれるようなことはない――というかそう思う。まぁ、小学生のくせにうまいことやりやがってという羨望はあるとは思うけどど……」
「あいつらじゃないのか」
啓介がこちらを振り向かずにいう。
「あいつらって?」
「金色に銀色さ」
「でも、どう見たってあいつらは〈まじめ〉とはいえないよ」
「まじめそうなんだろう。そんなの荷物を受け取るだけならなんとでもなるさ」
「そうだ、あいつらも山本だ!」
つぎつぎと人形が消えていった。どれもこれもまじめそうな好青年二人組みが受け取っていったという。警察に届けるしかない。貴重な文化財が消えてしまったのだ。からくりが闇のルートで売買されないようにすること、また海外に売り飛ばされないようにしないといけない。
ちづるが駅前交番のに勤務する「はなつまみさん」に届けを出そうとしたその日の朝、大きな荷物が届いた。
宛て名は竹田ちづる、差出人はドールズとなっている。どういうこと? と思いながら箱をあけると、盗まれたはずのからくり人形がひとつをのぞいて出てきた。帰ってこない人形はちづるの祖先がつくったものといわれる人形だった。
とにかく、ちづるは人形を点検し、傷がないことはわかった。
「どこへいっていたのあなたたち。心配かけて。いじめられたり、痛いことされたりしなかった」
とにかく、持ち主に受け取りの連絡をあらためてするついでに、心配しているだろうヒロシたちメールをながそうとおもって、ちづるはデスクトップに向かった。するとメールが一通届いていた。
「なにこれ?」
@
「人形が届いたんだって」
「なんともないの」
「こわれていないのか」
「大丈夫みたい」
「しかし、だれがこんなことしたんだ。盗んだのはいいけど売ることができないことがわかったから返してきたとか……」
「そんな単純なことじゃないとおもうわ。きっとなにかからくりがあるはずよ」
「どうしてわかるのさ」
「メールには書かなかったけれど、こんなメールが荷物と同時に届いていたの」
竹田ちづる様
差出人 金狼&銀狼
われらが祖先、山本狼吉が貴殿の祖先竹田遠海に受けた恥辱と不名誉をいま晴らすべく、250年前の時を経て今再びからくり勝負を挑む。もし、われらの挑戦を受けない場合は、竹田遠海作といわれるからくりの命は保証しない。
「なんだこれ」
「竹田遠海ってちづるの祖先だろう。山本狼吉てのはどっかで聞いたことあるな」
「なにいっているんだ、ヒロシ。こないだ展覧会をみにいった山本九郎の祖先だろうが」
「ってことは、この金狼と銀狼は、あの二人か」
「ほかにかんがえられないぜ」
「だけど、この恥辱とか不名誉ってなんなのさ」
「それは、おとうさんにきいてみたの。そうしたらね。江戸時代に山本狼吉と遠海はからくり勝負をしたんだって。遠海がその勝負に勝ったんだけど、負けたほうはからくりをぜんぶこわすという条件があったんだって。だから、狼吉のからくりは全部こわされたんだって」
「勝負とはいえずいぶん厳しいな」
「それで、勝負のあと狼吉という人はどうしたのさ」
「からくり師をやめたわけじゃないけど、勝負に負けたから当然、注文はへったみたい。しかたなく、普通の人形をつくったり、時計を直したりして暮らしをたてていたんだって。お父さんもおじいさんから、遠海と狼吉の勝負のことを聞いてはいたけど、子孫が生きているなんて知らなかったそうよ。びっくりしてた。倉庫の中に遠海が残した日記があったはずだから探してくれるっていってた」
「で、どうするのさ」
「どうしたらいい? わたしからくりなんて作れないわ」
「勝負をうければいいじゃない」
未来人が明るくいった。
「だってそうだろう。勝負を受ければ人形は帰って来るんだよ。勝敗は問題じゃない。やらなきゃ。勝負のことを心配するのはそのあとのことさ。とにかく勝負を受けよう」
「未来人君のいうとおりね。そうしましょ」
@
「兄さん、うまくいったね」
金髪と銀髪の兄弟は先祖代々の墓に手を合わせている。竹田との試合が決まったことを父と、祖先に報告にきたのだ。
「あぁ。でも勝負に勝たなきゃ話にならない。まぁ、返した人形に仕掛けた送信機が向こうの作戦を知らせてくれるから心配はないけどな」
@
金狼と銀狼の挑戦を受けることになった。
からくり勝負はイベントの目玉にすることになり、ネットや新聞なんかを使った広告にからくり勝負開催を告知すると、人質になっていたからくりも無事にもどってきた。
からくりを人質に挑戦状なんて送りつけてくるから、もっとずるいやつかと思ったら、案外とフェアなやつらだった。勝負のやりかたや内容も一方的に押し付けるんじゃなくて、こちらの意見も取り入れてくれた。
勝負は五番勝負。からくりは電気やコンピュータなどはつかってはいけないこと。審査員は当日の会場から抽選で選ぶことに決まった。イベント開催まで一ヵ月もなかった。
@
「五個も人形を作るのか」
「大変だけど、製作はドールズの工場の人がやってくれることになったから、私たちはアイデアをださなくちゃ」
「一回戦が動物対決。二回戦が茶はこび人形対決。三回戦が弓張り人形、四回戦が文字書き人形、最後が自由か」
「みんなで、それぞれアイデアを考えてこようよ。その中から一番良いものを選ぼう」
「そうだなそれがいい」
二五〇年前の江戸時代。江戸の繁華街両国橋たもとの広小路の芝居小屋が舞台だった。
遠海と狼吉のからくり勝負が決まってから一年。江戸の瓦版は刻々と二人のからくりの製作状況を伝えていた。勝負当日の芝居小屋の席は早々と売れてしまった。それでも見物したいという人のために芝居小屋では正面のむしろ壁を取り払って、外からものぞくことができるようにした。
この試合もとはといえば、狼吉が遠海に売ったけんかだった。
二人の人形を持っていた商人が遠海の座興に二人の人形を競わせた。人形は、武者人形が弓を打つ趣向の弓張り人形というものだった。それぞれ五本ずつ射って、遠海も狼吉も四本が命中。勝負は引き分けかと思われたが、遠海の人形がはずした一本が庭に遊んでいたすずめを射ぬいたというのだ。偶然にせよ、座にいた人々を脅かせた。そのうわさが街にひろまり、尾ひれがつき、胸びれもつき、遠海のからくりが飛ぶ鳥を射ぬいたと評判になた。
それをきいた狼吉はくやしがった。
竹田遠海は代々続くからくり師の家の生まれで、いわば、からくり界のエリートだった。それにくらべ、自分は貧しい大工のせがれ、からくり界では新参者だった。このままでは、一生、遠海に追いつけないそう思った狼吉は、遠海に勝負を挑んだ。
狼吉は決して無名だったわけではない。遠海と人気を二分するほどのからくり師だった。だからこそこの二人の勝負に、江戸ッ子は沸いた。
「一番勝負。獣対決」
拍子木が打ち鳴らされ、舞台の幕がスルスルと引かれた。舞台には遠海と狼吉が正座している。
「こなた」
立会人が声をかけると、遠海がからくりにかけていた風呂敷きをするりと取る。
そこには雉がいた。片脚を上げ、いまにも動きだしそうなオスの雉だ。
「うぉー」という声が客席のあちこちからあがった。「遠海っ! 日本一!」という掛け声もかかる。
「かたや」という声ともに狼吉が人形を披露する。
「わぁー」
虎だ。白い虎だ。大きさこそ犬ぐらいだが、首を低く落として客席をにらみつける目つきは見るものをぞくっとさせるものがあった。
「いざ、勝負!」
遠海と狼吉が人形にそっと手を触れると動き出した。雉はあげていた片脚をおろすと、そろりそろりと脚を運ぶ。草むらにひそむ虫に気づかれないように歩いているようだった。いっぽう狼吉の虎は、うずくまった。まるで、雉を草陰から狙っているようだった。
雉は虎にきがつかない。歩きながら、すばやい動きで首を地に突き刺すしぐさをすると次の瞬間くちばしに虫をくわえていた。
「うわー。すげぇぞ」
「おい、あの虫はどこにいたんだ」
「しるかい、そんなこと」
虎は、客の喚声に驚く様子も見せずに首をもたげると、すっくとたち、つつつつつと歩くと後ろ脚ではねるように立ち、両前脚を広げて雉に飛びかかろうとした。たしかに、雉の尾羽を虎の前脚が捕らえたとみえた。客は遠海の雉が虎に食われたとおもって、思わずつむった目をそろそろとあけると、雉の姿が舞台にない。虎は子猫のように顔を洗っている。
「あれぇー? 雉はどこにいった? ほんとうに食われちまったのか」
「あー」
一人の客が天井を指差した。雉はいつのまにか飛び上がって、小屋の天井を支える柱にとっていた。
「勝負有り! 遠海の雉」
立会人の声がかかると、わーわーわーと芝居小屋の中は喚声があがった。芝居小屋の外では、中の様子を講釈師が実況中継している。一拍遅れて、外でも喚声があがった。
喚声が落ち着きざわめきだけが残ったころあいをみはからって、二番勝負の声がかかった。
「茶はこび人形。先手は遠海!」
遠海の人形が舞台の袖からとことこと出てきた。顔の前にささげるようにお茶を持っている。立会人の前でつっと止まる。するとすっと身長が低くなった。どうやら正座したようだ。そして、茶碗をすーっと差しだす。立会人が茶を飲むあいだもそのまま端座している。立会人が茶碗を戻すとすっと立ちあがり、かえっていく。この時、方向転換をせずに後ろずさりをしながらかえっていく。客に尻を見せない趣向だ。流れるようなう動きはさすがだが、これといって珍しさはないからくりだった。
狼吉の人形が下手から登場した。茶をだして碗を受け取って下がる。こちらも遠海と同じように滑らかな動きだ。「存外おもしろくねえな」と観客がつぶやきだした瞬間、人形がトンボを切った。後ろに宙返りしたのだ。これにはみな度肝を抜かれた。宙返りをしても茶碗は落ちない。人形は何事もなかったかのように舞台の袖にひっこんだ。
「どわあー」という声にならない声が客席を包み込んだ。外にいる人はなんだどうしたと押しかける。それを芝居小屋の人間が押し返す。
「勝負有り! 狼吉」
これで一勝一敗。勝負はこれからだ。
「三番勝負。弓張り人形」
因縁の対決の元となった人形だけに観客は固唾を飲んで見守った。
まず、狼吉が人形をだす。
武者姿の人形はそばにつかえる従者がさしだす矢を受け取り、次々と射る。矢は舞台の端まで飛んでいくが、方向が定まらずに上へいったり左へ行ったりとバラバラだ。
「あれじゃ、負けるわけだよ狼吉は」なんていう失笑が客席から聞こえる。しかし、立会人がその矢を集めて回って客席に見せた時、その失笑は驚きに変わった。矢の先には、いつのまにか、雉、いのしし、かも、うずら、うさぎが射ぬかれいたのだ。
客席は興奮のるつぼに変わった。
そうしたなか登場した遠海の人形は、武士が矢の鍛錬をしているかのように矢をつがえると、力をため、いきをとめ、緊張感にみちた動きを見せた。放たれた矢は、舞台の端に据えられた的に向かって一直線に飛んでいく。見事真ん中に刺さった。二本目の矢はその一本目の矢を貫いた。一本目の矢は砕けてちった。三本目の屋もまた二本目を射ぬいたのだ。
今回の勝負は、甲乙つけがたいものだった。立ち会い人が協議している。どっちが勝つのか。この勝負に勝ったほうが王手だ。観客は固唾を飲んで見守っている。
「勝負有り! 狼吉」
「わーーーーー」
遠海はすこし顔をゆがめている。狼吉は笑みを浮かべている。
「四番勝負。文字書き人形」
狼吉の披露したからくりは端正な娘姿の人形だ。筆で字を書きだした。さらさらと書いた文字を立会人が観客に見せる。そこには経文がかかれていた。
遠海の人形は子どもだった。どうやら設定は寺子屋の風景のようだ。字を書く前にまず墨をする。次に筆を持ち、墨をつけて、書き始めた。こどもは一生懸命まじめな顔をして書いている。なんとなく微笑みをさそう姿だった。客席からも「ぼうずがんばれ!」の声が飛ぶ。
書いたものが観客に披露された。子どもが一生懸命に書いていたのは、へのへのもへじとだった。観客は大笑いだ。そして、もういっかいどっと笑いがおこった、さっきまで、一生懸命の顔をしてた子どもが目の回り墨を塗られ、ほっぺたにばってんをかかれて、情けない顔になっているのだった。
「勝負有り! 遠海」
これで、ひきわけ。次の対決で勝負がきまる。一流のからくり師二人が繰り広げるにふさわしい名勝負だ。
「五番勝負 趣向次第」
まずは、遠海が人形を出す。犬だ。小首をかしげ、くりくりとした目で客席を見ている。ちょこちょこと歩いては鼻をくんくんさせる。トットコ走っては止まり、また観客を見つめる。客席の前まで行くと座って尻尾を振っている。客の一人が頭をなぜてやると、お手をした。
「かわいいねぇ。生きているみたいだね」
次に狼吉が人形をだした。白装束を着た武士だった。目の前に脇差しを載せた三方が置かれている。武士の脇にはもう一人武士が立っている。どうやら、切腹の場面だ。
客席はしーんとなってしまった。客席にいた武士の中には「けしからん」と怒り出す人もいた。
さて、そんな客席の騒ぎに関係なく、白装束の武士がが腹に刀を突きたてた瞬間、後ろ武士が刀を振り下ろした。
「キャー」という声が客席からあがるほど真に迫ったものだった。腹を切ったからくりからはどういうしかけた血がどくどくと流れている。落とされた首はごろりと舞台の上に転がった。会場はしーんとしている。すると、その首がにやりと笑ったのだ。正面で見ていた娘が「ひっ」と声をあげて気を失った。
この勝負も優劣がつけられなかった。技巧的にはどちらも趣向がこらしてあったが、複雑さにおいては狼吉が優っていた。しかし、問題は、その気味悪さだった。後味の悪い趣向が嫌われた。
「勝負有り! 遠海。
このからくり五番勝負これにしてしまい。遠海の勝ちとなす」
遠海は勝ち名乗りを無表情に聞き、客に静かに頭を下げた。狼吉はひざの上で握りこぶしを震わせている。
「それでは、約定により、狼吉のからくりは打ち壊すとする」
狼吉の人形が舞台に据えられ、立会人が木槌でこわしていく。先ほどまで「生きていた」からくりが死んでいく。木槌が振り下ろされるたびに、狼吉はからだをびくっとさせていた。まるで自分が打たれているようだった。
最初は、喚声を上げていた客も、次第に、なにか、凄惨な心持ちなり、黙ってしまった。なかには、こわされるからくりに向かって手をあわせ、「なんまんだぶ」と祈る人もいた。
この勝負は江戸中の話題となった。幸運にも実際に見ることができたものは優越感をにおわせながら勝負を再現してみせた。見そこなったものは、そうした幸運なやつの自慢話を聞くか、瓦版をむさぼるようにして読んだ。
@
「これが、江戸時代の遠海と狼吉のからくり勝負のようすよ。まぁ、瓦版や噂をもとにあとで読み物に仕立てたものだから、だいぶ誇張があるわ。とくに人形の仕掛けについては、誇張があるみたい」
「それにしてもすごい勝負だったんだね。こんなのどこで見つけたのさ」
「うちの倉庫からお父さんがみつけてきたの。遠海の日記も一緒にでてきたのよ」
「へぇ。遠海は勝負についてなんか書いていたの」
「すさまじきものとだけしか書いてない。ただ、壊された狼吉のからくりについて細かく書いてあった。なかの細工についても想像で書き残してあった。狼吉のからくりは人を殺すとも書いてあった。自分の細工については日記には書いてないのに不思議よね。壊すのはおしいとおもったのかしらね」
「人を殺すって、腹きりのことかな?
でもさ、遠海と狼吉の勝負の話を聞いているうちに自分のアイデアがつまらないものに思えてきたよ」
「まぁ、そういわずにだしましょう。まずは未来人君からね」
「うん。まず一回戦の動物対決は蛙と蛇だ。蛇が蛙を丸呑みすると、蛇の腹が膨らむんだ。最後は消化されて、骨が排泄されっていうのはどうかな。
次の茶運び人形は、現代風にアレンジして、ウェイトレスかウェイターにする。運んでくるのはコーヒーとケーキだ。まず最初は注文を取りに来る。一回引っ込んでから、再度出てくるというもの。
つぎの矢を打つ人形も現代風にアレンジする。矢を放つのはキューピッド。縁結びの人形にする。
字を書かせる人形は思いつかなかった。ごめん。
最後の自由題は、ブランコにのる少年だ。ただひたすらにブランコに乗っている。途中で揺れが大きくなったり、足を空に向けて突き出すとか、とにかく気持ちよさそうにこいでいる」
「感想はあとにして、つぎは啓介君」
「おー。俺が考えたのは自由題一つだけだ。早代わり人形はどうだ。次々と衣装を取り替えていく。そうでなかったら孫悟空みたいに分身の術を使っていくつにわかれて、みんな違う動きをする」
「最後はぼくだね」
ヒロシが話し始めた。
「まず、動物はひよこだ。卵から殻を割って出てくる。そして歩きだす。茶はこび人形はパス。
矢を打つやつは的の前に人間を立たせてうったらどうかな。
その次は字じゃなくて、絵を書かせたらどうかな。
最後の自由課題は、ジャグリングする人形だ。さぁ、最後はちづるの番だよ」
「うーん。みんなのあとだといいづらいな。動物はね、私のオリジナルキャラクターのキツネのトビーが、ちょうと遊んでいる。茶運びは、ローラースケートに乗ったクマのノートがクルクル回りながらお茶を運んでくるの。それでオンこぼさないような仕掛けね。矢を打つのは、売った矢が落とすのは星とか太陽とか、月なの。とどめは人工衛星ね。字を書くのは、私も絵を描くのがいいとおもったの、出きれば人の顔ね。クモのワムにやらせたらら同化と思っている。それから最後は、ダックスフントのチョコにダンスを踊らせたらどうかなぁって」
それぞれに一生懸命考えてきたアイデアを検討しあった。それで決まったものを、さらにみんなで仕掛けを考えた。それを、ドールズの工場の人に見せて、技術的な検討を加えてもらって、設計が完了したものから製作にかかった。
ドールズの倉庫から見つかった遠海の日記は、からくり試合前後の日記を中心にWEBにアップロードされた。
そんなことをしているうちに春休みはあっというまに終わってしまった。ついに小学校最後の都市六年生だ。担任は……タヌキだ。付いてない。まったくついてない。今年一年「ガッツだガッツ」をまた聞くことになる。なんてことだ。
授業時間だったけど、学校で使う携帯端末の陰でパソコンを立ちあげた。下敷き型のハンドメイドパソコン、ちょっと見た目にはわからない。
イベントはもうすぐ始まる。みんなにメールをだしてきてもらわなくちゃね。からくり勝負もあるからね。
みんな元気ですか。今度の連休に「からくり展」をやります。見にきてください。僕らが考えたからくりが出場する試合もあります。きっとびっくりすると思うよ。入場無料、ともだち大歓迎。場所は地図ファイルを見てね。
「ヒロシ君、六年生になったと思ったら、もう内職かい?」
やばい! みつかった! 授業中にメールをやっていたなんてばれたらおおごとだ。
「え? なんのことですか先生」
「下敷きをトントコ叩いてなにしているのかな。授業の邪魔だよ」
「すみません先生」
「わかればよい」
あれ、なんだかへんだぞ。この前まではすごく怒ったくせに、どうしたんだろう。気持ちわるいなぁ。
給食の時間、食堂に集合したときもタヌキのことが話題になった。
「タヌキったらどうしちゃったんだろう」
「急にやさしくなったな」
「春休みになにかあったのかな」
「どうだか。気まぐれじゃないの」
未来人はどうでもいいことみたいにいって、辛口ビーフ&ほうれん草カレーをぱくついている。
「きょうはまだ<ガッツだガッツ>を一度も聞いてないよ」
「そうかぁ! 六年生の勉強はなんだかものたりないとおもったら、そのせいか」
啓介はガヅガヅ食べていたスパゲッティを口からたらしていった。
「ほらみてよ、やきそばをしあわせそうな顔で食べているよ」
ちょっと離れたテーブルでタヌキが一人で食べている。ニヤニヤしながら食べているので、誰も気味悪がって近づかない」
「あれは恋だな」
「あ、龍野進さん。恋?」
龍野進さんはぼくのメル友。近所の人にも開放されている学校の食堂で知り合った。80歳になろうというお年寄りだけど元気だ。僕らの知恵袋でもある。
「好きな人ができたか、お見合いでもしたんじゃないか。それになによりスーツなんて着ているよ」
「あ、そういえばそうだね。いっつもジャージだったからね」
ぼくはジャージ姿の教師が嫌いだった。なんだか、イージーな感じがするんだよね。
「タヌキの恋か。こりゃ、どんなからくりよりもびっくりするぜ」
「相手はどんな人かな?」
「キツネじゃないの」と未来人がいった。
「そういや、ひろしたちはからくり合戦するんだってな。楽しみにしているよ。見に行くからな。それに孫がドールズのキャラクターが大好きなんじゃ」
「ありがとう、龍野進さん。きっとびっくりするよ。腰抜かさないようにね」
「せいぜい楽しみしているよ」
「あ、ちづるおそかったじゃない。なんかまたトラブッた」
「なんにもないわよ。ただ……」
「ほらやっぱり何かあるんだ。はっきりいってよ。借金以外だったら僕らにもできることはいろいろあるんだから」
「ヒロシの言うとおりだ。これまでのトラブルにくらべたら今度の金狼と銀狼との試合なんてちょろいもんだ。手応えがない」
「だからなんにもトラブルはないのよ。ただ、金銀ペアはなにが目的なんだろうって考えていたの。だって、勝つとは決まっていないじゃない。これまでのやり口は汚い部分もあるけど、人形を壊したりしたりはしてない。それに、試合の決め方はフェアといってもいいいすぎじゃない。勝負の結果負けたほうの人形を壊すというのも、ひどいけど、まぁ、パフォーマンスとしては派手でおもしろいかもしれない。だけど、その結果、彼らが何か得るのかしら。負けたら、江戸時代の狼吉の二の舞いじゃない。勝ったからってどうなるの」
「ちづるが勝ったら何かいいことある」
「まぁ、多少はね。会社の宣伝にもなるし。いま、会社の技術スタッフは燃えているわ。そういった意味ではプラスだわ。でもそれ以外はこれといっていいことない。それに勝ったりしたら絶対に次の挑戦者が現れれるわ。そんあのといちいち戦うのって面倒くさいだけじゃない。だからイベント化することにしたけどね……」
さすがただではおきないちづるだ。からくり人形試合のイベント化権利を登録したんだという。今後は、ちづるの許可なくしては試合をおこなうことはできないし。開催する時には、ちづるにお金が入ってくる。さっすがというか、本当にきみって六年生?。
「ヒロシおまえのフィアンセは相変わらずすごうでだぜ」
「フィアンセはよしてくれ」
「ヒロシ君なに恥ずかしがっているの。おとうさんおかあさんも公認の仲なんだから」
「そいう誤解を受けるようないいかたやめろよ」
「あら、ゴカイってどんなゴカイ?」
「まぁ、とにかくさ、金銀の目的は名誉の回復なんだろう。でも試合で負けたら名誉の回復どころか恥の上塗りになることもある。ということは、やつらは絶対に勝つ自信があるってことじゃないのか。その自信はどこからくるのか」
「じじいにもひとこといわせてくれ。きっと山本の一族は江戸時代のからくり試合のあとあんまり幸せではなかったんだろう。もともとは狼吉が売ったけんかだから負けたからといって再挑戦はできなかっただろう。金狼と銀狼の父親の代になってようやくからくりの研究者として名前を世にだすことができたが、からくり師としての腕はいまひとつだった。恐らく金狼と銀狼兄弟は、からくりの腕に自信があるんだろうう。そして、自分たちが先祖の名誉を回復するというのが彼らの生きる意味なのさ。存在を賭けた勝負だ。中途半端なことじゃ勝てないぞ」
「それはわかるけど、負けたら意味がなくなっちゃうよ」
「ヒロシたちはずいぶんと自信があるんだな。勝つつもりかい」
「あたりまえじゃないか。負けるつもりでやらないよ。それに、やつらにくらべて、動機が不純じゃない。たしかにぼくたちはかれらの挑戦を受けるけどさ、それはかれらに勝つためじゃない。イベントにきてくれる人たちに楽しんでもらうからくりを作ることがいちばんの目的なんだ。ちづるの工場のスタッフは楽しそうだった。あーでもないこうでもないって、実に楽しそうに作っている。そうやってできたからくりが楽しくないわけないじゃないか。復讐のためにつくった人形に負けるわけがない」
「ほー。こりゃまいった。ヒロシもこの一年でずいぶんと大人びた口をきくようになったもんだ。
まぁ、とにかくちづるさん。尋常な相手でないだろう。あんたたちよりもからくりのことも研究しているに違いない。気をつけるんだよ」
「わかりました。龍野進さん」
@
イベントを三日後にひかえた夜だった。ついにからくりが完成した。ぼくたちは、関係者を集めて、内輪で発表会をした。
どれもすばらしいできばえだった。みんなからくりの動きにびっくりしていた。みんながびっくりしている顔を見てドールズの設計者や工場の人たちはうれしそうだった。これなら勝てるそう思った。
「ところで、こっちのからくりはなに?」
「それは、狼吉のからくりの再現よ。遠海の日記が見つかって、そのなかに狼吉のからくりを書き留めてあったことは話したわよね。それをもとにね、作ってみたの。ただし、こっちは勝負とは関係ないから、しかけは現代風にアレンジして電子制御を使ったりしている。イベント会場でデモンストレーションするわ」
「え、じゃぁこの腹切り人形も見られるの」
「もちろんよ。でも、首を落としたりはしないし、血もでない。そこたへんは復原したもの趣味ね」
「金狼と銀狼がみたら驚くだろうね」
@
「できたな」
「勝てるかな兄さん」
「勝てるさ、絶対にな。返したからくりにしかけた送信機のおかげで、ドールズの動きは全部筒抜けだっからな。俺たちのことをフェアだってさ。ありがたくて涙がでるね」
「なんだか、汚くねえかな俺たち」
「現代の戦いは情報戦だ。多くの情報を集めて、それを正確に分析し、的確な対策を講じたほうが勝つ。なにも、やつらの設計図を盗んだわけじゃない。やつらが何を作るかちょいと聞いただけじゃないか。こっちはそれよりも技術的に優れたものを作る。そして勝つ」
「でも、なんかずるいような気がすんだよな、おれ」
「いいから、はやいとこ仕上げてしまおうぜ」
@
からくりも完成して一安心だ。その夜、久しぶりにチャットルームに入っていった。
ALICE ひさしぶりじゃない、ヒロシ君。
TRON こんばんわ
RYU いよいよじゃな
メル友のアリスさんと龍野進さんがいた。
アリスさんは女優だ。迷子メールをきっかけにメル友になった。
TRON 二人とも見にきてくれるんでしょう?
ALICE ごめんね、わたしは仕事が入っていてだめなの。
TRON そう……残念だね。
RYU からくりのできはどうだい。腰を抜かしそうかな。
TRON 腰は抜かさないかもしれないけど、あごが外れるかもね。入れ歯落とさないようにね龍野進さん
RYU 口の減らない六年生だ
ALICE メールを読んだわ。それにドールズのWEBページもね。なかなか手ごわそうな相手ね。
TRON 二五〇年前の勝負のリベンジなんてさ、気の抜けたジュースみたいだよ
RYU そりゃおまえさんが勝ったほうにいるからだし、第一当事者じゃないからな
ALICE そうとう悔しかったんでしょうね。代々語り継ぐほどの屈辱だったのよ、きっと。
TRON でも接戦だったんだよ。技術に差があったわけじゃない。遠海と狼吉の二人を分けたのはなんなんだろう。
RYU 想像ジャがバター
TRON くだらない駄洒落言わないで。無駄だよ、むだ。
RYU 遠海と狼吉を分けたのもそれじゃないかね。無駄。遠海はとにかく無駄なことに徹していたみたいじゃないか。
TRON ちづるもまえにそんなこといっていたよ
RYU 遠海は人形を残そうなんて考えていなかった。人の役に立てようとも考えていなかった。
ALICE 狼吉はそうじゃなかったのかしら?
RYU 遠海がそう考えても、エリートの彼の名前は勝手に残る。それにくらべて、狼吉は残そうとしなければなにものころなかったんあじゃないだろうか。からくりも人の記憶に残るものをつくらなければならなかった。
TRON 狼吉の名は残ったよ。
RYU たしかに。遠海に負けた狼吉としてな。
ALICE どうして狼吉は負けたのかしら。遠海が日記に書き残すほど優れていたんでしょう。
RYU わしがおもうに狼吉のからくりは出来が良すぎた。切れ味が鋭すぎた。ヒロシも読んだだろう。人を殺す――日記にあった言葉はそう言う意味だと思う。見る人に凄みを感じさせたんだろうな。
腹きりは文字通り人を殺すわけだけど、庶民は喜びもするだろう、だけど武士はどうかな。腹きりは武士の名誉ある行動だ、それを見世物にされるのは快くないだろう。
そうしたものを作ったから、狼吉は勝負のあとに、技術を封じられたんだとおもう。危険なやつと思われたんだよ。
もうすこし後の時代に生まれてくれば、映画の特殊技術者としても活躍しただろう。そうでなければ、工業技術者になっただろう。
ALICE それに字で読むだけでも狼吉のからくりって生々しいのよね。なんか一回見ればそれでもうおなかいっぱいって感じ。最初はびっくりするけど、だんだん薄気味悪くなってくるわ。
TRON おなじようなことは狼吉の子孫の九狼が言っているよ。動きや形が本物に近いということじゃなくて、性格をどれだけ表現してできるかということが大事だって。
ALICE 人形もそうなんだけど、あんまりリアルな人形って売れないのよね。つまり、見る人に「かわいい」とおもわせるつぼみたいなものがあって、それを取り出して表現すればいいのよね。性格の悪い人形もおなじこと。姿形まで悪いやつにしたら、気味悪がって誰も買わないでしょう。
女優もおなじ。悪いやつをやったり、いい人になったり、年取ったり、時には男になったりもするわ。
一番わかりやすいのは、男っぽい女の人とか、その逆ね。そうした人は実際に男だったり女だったりするわけじゃないでしょう。一般の人がなんとなくそのしぐさは女だとか男だと思っているものを見せたりするからなのよ。
TRON ネットでもあるね、女の人を装ってチャットする男の人って。
ALICE 私もそうだったりして、ふふ。
TRON でもさ、狼吉の人形は生々しいといっても腹きり以外はそうでもないじゃない。
RYU 鳥を弓で射るなんていうのは、当時としちゃありふれている。文字を書く人形が面白くなかったのは、きっと狼吉があまり文字を読み書きできなかったからじゃないかとおもう。文字を書くことの面白さがわからなかったんだろう。唯一遊んだのは茶を運ぶ人形ぐらいじゃな。
イベント開幕日――。連休初日ということもあって、海に浮かぶフローティングシティに建てられたイベント会場は親子連れでにぎわっている。ドールズの人気キャラクターのコスチュームを着た人もちらほら見かける。
人気キャラクターのネコのトーマ、キツネのトビー、クマのノート、ラッコのアーサーを所有するドールズの展示会だ。からくり試合とは関係なく人は集まってくる。
「すごい人だね」
「ちづるはすごいやつだな。あさっての試合にだすからくりの模型を今日売っているんだから。こんなことして、相手は怒らないのかね」
「条件にはなかったからね。そいれにちづるとしては、試合にもし負けた時に、せっかく技術者が作ったものを一つ残らず叩き壊されるのが耐えられなかったみたい」
「バックアップだな」
「そうみたい」
「たしかにこのからくりキットはよくできているぜ。だけど、相手がこれを見て改良したらどうするんだ」
「からくりはもう運びう混まれて金庫に入っているんだ。いまさらどうにもならないさ」
売られているからくりは、試合に使うものとは違って電子制御だ。イベント用の限定生産ということもあって、飛ぶように売れている。商売人の考えることは奥が深いよ。
全国から借りてきたからくりの展覧会場もなかなかの人気だ。電子制御全盛の時代にあって、けっして驚くようなしかけでもないけれど、逆に、どうやって動くのかという仕組みがわかるところが面白いみたいだ。ICチップじゃブラックボックスだからね。
山本九狼さんの論文によれば、からくりに一番大事なことは、動きが本物に近いということじゃなくて、本物のキャラクターをどれだけ表現しているかということらしい。人間や動物が一瞬にみせる表情やしぐさをどれだけ的確に切りとって表現するか、からくり師はそこに技をみせたんだそうだ。
@
「兄さん、このからくりかわいっすね」
「……」
「あ、これもかわいいなぁ。さすが商売人はちがいますね。試合に出すからくりをこうして売ってしまうなんて」
「……」
「どうしたのさ、兄さん。さっきからだまちゃって。あああ、これもかわいいなぁ。おれ、キツネのトビー大好きなんだよなぁ。買っていこうかな」
「勝手にしろ!」
「なに怒ってるの? あれー、これって狼吉のからくりじゃないっすか。ヘぇー再現したんだ。どこに記録が残っていたのかな。死んだ父さんだって知らないよね」
「遠海の日記に書き残されていたと説明してある」
「ふーん、遠海ってやつもいいやつだったんじゃない。実演もするんだね。見てから帰ろうよ兄さん」
「なんで狼吉は自分のからくりを書き残さなかったんだろう。どうして、再び作ることをしなかったんだ。別に腕を切り落とされたわけじゃないだろう。負けたっきりじゃ、そのままじゃないか。ライバル、それもけんかを売った相手のからくりのことを遠海はしっかり書きとめているというのに」
「あ、このアーサーもかわいいな。買っちゃおうかな」
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「それでは、これよりからくり試合をはじめます。青コーナー山本金狼・銀狼。赤コーナードールズ、ちづる。
くしくもこの試合は両者の先祖が江戸時代におこなった試合の再現となりました。いまをさること二五〇年前に、山本金狼・銀狼の祖先山本狼吉は、ドールズ社長のちづるの……」
司会のアナウンサーの説明が続く。きょうも会場は満員だ。テレビ局もたくさんきている。からくり試合は前評判も高くて、ニュースでとりあげるところが多いようだ。
「試合は五番勝負でおこないます。まずは一回戦、動物対決です。先手は金狼銀狼!」
舞台の中央が競りあがり、登場したのはトラだ。二五〇年前もトラで勝負したとは会場の誰もしらないことだった。
しかし、トラはぴくりとも動かない。どうやら寝ているようだ。寝息が聞こえそうなほど心地よさそうに寝ている。「そろそろ動けよ」と思っていると、うっそりと目をあけ、前足を伸ばし、尻を高く上げ、伸びをして立ち上がった。首をめぐらせて会場をにらむ。首を低く落として、一歩前に歩き出した。観客が驚いてのけぞる。そうしてから、人形だということに気がついて、照れ笑いをしている。そのとき、虎がほえた。会場はシーンとなり、照れ笑いしていた人もまたのけぞってしまった。次は何が起こるのか思ったら、急にごろりと仰向けになってしまった。どこからかチョウチョが登場して、トラの腹の上をひらひらと飛んでいる。トラはのどをゴロゴロさせながら、あしで、チョウチョと遊んでいる。まるで、大きなネコだ。「かわいぃー」という声が客席から上がった。
次はドールズの番だ。ちづるは人にいろいろと考えさせた割りに、結局はみんな、ドールズのキャラクターでまとめた。最初の動物はクマのノートだ。自転車に乗ったノートは舞台をくるくると回っている。途中でハンドルの上に逆立ちをして見せる。つぎにハンドルの腰掛け。また逆立ちをして元に戻った。鼻歌でも歌っているように首を振りながら自転車をこいでいる人気キャラの曲芸に拍手喝さいだ。何周かまわり終えると、すとんと片脚をついて自転車を止め、頭の山高帽子を手にとって、観客にご挨拶。これでまた拍手喝さいだ。
「あぁ、それでは、一回戦の審査です。審査員のかたがたは手もとのスイッチを押してください!」
審査員は金狼と銀狼との約束通り、今日の入場者のなかから、抽選で選ばれた。審査をする代わりにすきなキャラクターのからくりをもらえるとあって、抽選会もおおいに盛り上がっていた。
いっせいにスイッチがおされ、電光掲示板に数字が出る。
「金狼・銀狼83人、ドールズ67人。勝負有り、ドールズの勝ち」
いっせいに拍手が沸く。金狼と銀狼にとては先祖の恨みを晴らす勝負だなんてことを知らない客は楽しそうだ。
「二番勝負、茶運び人形。先攻はドールズ」
さぁ、つぎはキツネのトビーの登場だ。
舞台の袖の幕の影からトビーが顔を出したとおもったら、客席をひょいと見て引っ込んでしまった。太い尻尾が見え隠れする。客の一人が「トビー」と声をかけるのを待っていたかのように、ふたたび登場してトコトコ歩いてきたとおもったら、ぴたっと止まってしまう。お茶は頭に器用に載せている。何回か行きつ戻りつをして司会者にお茶を渡すとすっ飛んで帰ってしまった。礼儀も何もあったものじゃないけど、それがトビーらしくて、かわいいしぐさで、お客サンは大喜びだ。みると銀狼も拍手している。
金狼と銀狼がだしてきたのは伝統的な茶運び人形だ。華やかな刺繍のある袴をに紫の上着を着ている。頭はおかっぱだ。目は静かに笑みをたたえ、唇はこころもちすぼめて突き出している。御茶をこぼすまいとしんけんになっている子どもみたいだ。静静と歩き、客の役を務める司会者の前でぴたりと止まり、茶を受け取るのを待っている。司会者が茶碗を戻すと、また静静と戻っていく――と思った瞬間、人形の影が濃くなったように見えた。いや、ちがう人形が二つに増えた。良く見ると半分に割れていた。手前の人形が動き出した。次に奥の人形が動く。まるで手前の人形の影のようについていく。茶碗も真っ二つだ。時間差をもって人形が袖に消えると拍手が起こった。
「それでは審査です。よろしいですか、スイッチをどうぞ!」
「今回はくやしいけどあちらの勝ちだね」と未来人がいっているあいだに結果が表示された。
「金狼・銀狼126、ドールズ24。金狼・銀狼の勝ちです!」
諦めがつくほどの大差だった。やっぱりキャラ路線が裏目に出たみたいだな。確かにキャラクターは人気があるけど、仕掛けの巧みさでは相手のほうが上手だ。
「次のに負けるとアウトだな。次はなんだ」
「弓張り人形だ。キャラはクマンバチのビビだぜ」
「さぁみなさん。金狼銀狼のチームが二連勝で、勝利に一歩近づきました。次の勝負で決着がついてしまうのでしょうか。三番勝負は弓張り人形です。先攻は金狼銀狼です!」
今度は五月人形のようにりりしい顔の武者姿をした子どもだ。矢を一本とると弓につがえて、放った。矢は空中で急に何かにあたったようにぱたりと落ちる。次々と打たれた矢の先を見ると、一つは太陽を、もう一本は月を、最後は人工衛星を射ぬいていた。お客サンは大喜びだ。
「おい、これって、ちづるのアイデアに似ていないか。いままでのふたつもさ、なんかどっかでみたことというか、聞いたことがるんだよなぁ。未来人はそう思わないか」
「考えることはおんなじじゃないの。それに、いまのはもともとはあっちの祖先のアイデアだからね。さぁビビが出てくる」
未来人に言われても、啓介は納得いかない顔をしていたが、舞台で三回戦がはじまったので、「がんばれービビ! 負けるんじゃねーぞ」と怒鳴った。
箱の上に木が植えられていて、その枝先に蜂の巣がある。子どもが虫取り網でつついて怒らせたみたいで、はちが巣から出て子供に襲い掛かる。そのとき急に箱が反転して場面がかわった。ビビが子どもを壁の前に追いつめている。ビビが子どものほうに折り曲げた尻の先からフッと矢を放つと、子どものおなかの右横にプトンと当たった。次は左側、そして最後は頭の上の帽子に命中だ。男の子は壁に帽子を残したままヘナヘナと座り込んでしまう。
お客さんは大笑いしている。なんとか勝てるかもしれない。ここまでは、龍野進さんにいったのとは裏腹に負けそうな雲行きだ。
「審査の結果です。金狼・銀狼70、ドールズ80。ドールズの勝ちです!」
「ふーあぶねぇ。もうだめかと思ったよ」
「まだまだ安心はできない。もう一つ勝たなくちゃ意味がないさ」
「次の勝負は、文字書き人形対決です。先攻ドールズ!」
今度のキャラはクモのワムだ。箱の上の二本の木の一方にワムがいる。まず、ワムが反対の木に飛び移る。尻から糸をだしている。何回か木から木へ飛び移るのを繰り返す。そして、巣の形が出来上がると、今度はその上を這うように動き回る。
字を書くはず人形のはずなのに、クモが巣を作っている様子を怪訝そうに見ていた観客の中から「おい」「あれだ」「ほら」とか言う声が聞こえ始めた。
クモの巣はいつのまにかドールズの人気キャラ、ラッコのアーサーになっていた。拍手喝采だ。
金狼・銀狼は女の子の人形をだしてきた。美津濃美貴に似た人形だ。横で未来人がごくりとのどを鳴らすのが聞こえた。がんばれなんていったら承知しないぞ、とぼくはにらんでやった。
紙が置かれると早速書きははじめる。時々、手に持ったペンであごをとんとんと叩いたりしながら一生懸命に書いている。出来上がったものが客に見せられた。ラブレターだ。それも手のこんでいることに、日本語は縦書きでひらがなとカタカナで書き分け、英語、アラビア後で書かれていた。いったいどんなしかけなんだろう。
でも、この試合はドールズが勝った。単純に字を書くよりも趣向を変えたところが評価されたようだったけど、さっきと変わらないほどの僅差の勝利だった。
「いよいよ次で最後だ。確か江戸時代の勝負も五回戦までもつれたんだよな。それで、ちづるの先祖が勝った。だから今回も勝てるな」
啓介の楽観的な見とおしがあたればいいけど。
「さぁ、いよいよ最後の試合です。有利と思われた金狼銀狼が思わぬ二連敗で引き分けです。次の試合で決着がつきます。負けたほうは、人形を壊さなくてはいけません! さぁ、準備はいいですか。それでは、先攻はドールズ!」
ドールズ、今度のキャラはダックスフントのチョコだ。チョコがブランコにのって登場する。一生懸命に揺らそうとするけれどなかなかうまくできない。尻尾まで動員してもなかなか動きださない。会場から「がんばれぇー」の声が飛ぶ。ようやく動きだしたけど、チョコは脚が短いからなかなかゆれを大きくできない。それでもなんとかブランコらしくなった。ゆれも大きくなってきた。ただゆれてるだけなのにみていて気持ちよさそうだ。ゆれが小さくなるとあわてて、短い脚と尻尾を懸命に使って揺らす。お客さんもチョコに会わせてからだを動かしている。
金狼銀狼の人形が出てきてもズーッとブランコを揺らしていた。
相手がだしてきたのは、ただの箱だ。チョコの揺らすブランコの音だけがギュイギュイと響いている。すると、パタンと箱の上があいた。まず顔をだしたのはおもちゃの兵隊さんだ。箱をよじ登るようにしてでてきた。外にたって箱を見上げると箱のなからかでてくるでてくる。ぬいぐるみやフライパンやらいろんな物がでてきた。オルゴールが仕掛けてあるのか、音楽もなっている。でててきた人形たちは舞台いっぱいに広がって踊っている。お客さんもいつのまにか、オルゴールに合わせて歌っている。
「負けたわね」
ちづるがあっさりと負けを認めた。僕もそのとおりだと思った。人形が踊っているなか審査が行われた。結果は見なくてもわかった。大差で負けた。
「それじゃ、約束通り。人形は壊してもらおうか」
金狼と銀狼が舞台上からちづるに向かっていう。
すでにドールズの人形は舞台にいる。ちづるは木槌を手にした。ちづるは一つ一つのからくりに手をかけ声をかけている。
会場から「やめてー」とか「助けてあげてー」という声が上がる。
まだ、ブランコを揺らしているチョコに声をかけたあと、ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャ、ガシャと五回音がして、それでおしまいだった。思いきりがいいちづるらしいやりかただ。
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「悔しかったな」
「まぁ、しかたないさ」
「でもさ、なかなかいい勝負だったじゃない」
「あいつらも気がすんだかな」
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「兄さん勝ったね。よかった」
「あぁ、これで、先祖の恨みも晴れるだろう」
「でも、人形が壊されるときは気分がよくなかったね。なんだかこう、自分が壊されていくみたいでさ。とくにトビーのときは見ているのが辛かった」
「まぁな。でも狼吉もそれを味わったんだ。おあいこじゃないか」
「新聞にでていたけど、からくり勝負に出た人形の売り上げがすごいんだってよ。ドールズは商売が上手だね。それから、僕らのこともうんと書いてあるよ。天才からくり兄弟だって。先祖の狼吉のことも、とうさんのことも出ている。よかったね兄さん」
「あぁ」
「なだ、ちっともうれしくないみたいだね。全部勝てなかったから不満なのかい」
「そんなケチなことじゃない。確かに勝ったけどなぁ、やったぜっ! て気がしないんだよな」
「だから、ずるいことなんかしなけりゃよかったんだよ。からくりを盗んだり、盗聴機を仕掛けたりするから、後味が悪いんだよ」
「イベントは大成功だったね、ちづる」
「ええ、みんなのおかげだわ。ヒロシ君たちには、ドールズの社員でもないのにいろいろと手伝ってもらっちゃって。ありがとう」
「どういたしましてだ」
「なんかひっかかる言い方ね」
「来年もからくり試合やるって聞いたんだけど?」
「あら、耳が早いのね。人気があったし、テレビ局なんかも興味を持っているし、いいじゃない別に」
「わるいなんていってなけどさ。さすがだなぁ、ちづるって」
「それ嫌味?」
「とんでもない。ドールズ杯争奪か」
「ちがうわ。金狼銀狼杯争奪よ。一回目の優勝者に栄誉を表すべきでしょう」
イベントが終わって、ちづるの会社で打ち上げパーティーをやっていた。からくりを作った人たちもきていた。
「残念でしたね」と声をかけると、「まぁ、そうでもないさ。向こうのできも良かったからね」と、あんまり悔しそうでもない。金狼と銀狼のからくりについて、熱心に話している。
「ちづる、からくりを壊すとき悲しくなかったの」
「しょうがないわ。人形にはかわいそうなことしたもの
「声かけてたじゃない。さよならいっていたのかい」
「ううん。またあとでねっていったの」
「へ?」
「あの人形は、壊れるようになっているのよね」
「えー」
ぼくがあんまり大きな声を出したものだから、みんなが振り向いた。でも、ドールズの工場の人たちはニヤニヤしている。
「つまりね。壊れる仕掛けができているってこと。ばらばらになったけど、壊れたわけじゃないの。自動的に分解するからくりを作ったのよね。だから――」
ちづるが指差した先で、工場の人が壊れたはずのからくりを持って立っていた。
「ううう。なんでそのことをいってくれなかったのさ]
「まずは味方からあざむかなくはね、副社長」
「さすが、ちづるだぜ」
「まいったよ」
「二人とも関心している場合じゃないだろう。だまされたんだよ、ぼくたち」
「いいじゃないか。人形は元通りになっているんだ。われらがちづる社長に乾杯! そして、ドールズの技術者のおじさんたちに乾杯だ!」
啓介の元気な声でみんなもう一度乾杯した。
未来人は美津濃美貴にた人形と並んで写真に収まっている。啓介はカメの人形のレプリカをつくってもらう約束をドールズの人に取り付けて喜んでいる。ちづるは、あたらしいお客さんを獲得した。
ぼくはなにもなかったぁ――。あぁ、初めて旅にでた。それに、メールの着信表示をランドセルから茶はこび人形に変えた。
そして金狼と銀狼は未来を獲得した。
こうして五日間のイベントが終わった。また明日から小学生に逆戻りだ。(完)