ネットワーク探偵トロンの事件簿 3
南の島に咲いた千年草の秘密



作:ぶんろく

目次
脚のはえたナマコのいる島!?
千年草は虫が集まる夜に咲く
島を盗られた!
王家の伝説を見つけた
千年草の花が咲いた
人間は生きるべきか死ぬべきか
島から千年草の花が消えた


「どうして、女の人って買ったものの値段を、ことこまかに覚えているんだろう」
 テレビでは、「西のガラパゴス発見」のニュースが終わって、街を歩く女性をつかまえて、ファッションセンスをチェックするショーをやっている。
「あら、わたしも覚えているわ」
 ちづるは心外だといった感じで、ココアをフーフーとさましながらいう。
「このスカートは、サクトンで一万五〇〇〇円、ソックスはカレンで一二〇〇円、このティーシャツはドッジの六〇〇〇円よ」
「全部で二万二二〇〇円か」
 暗算が得意な未来人がため息まじりにいう。
 全部ブランドものだ。ちづるは小学五年生だけど、世界的に人気のあるキャラクター「ペンギンのクーラー」「アライグマのワッシュ」のデザイナーだ。おもちゃのデザイン会社の社長でもあるから、お金もちなんだけど、それにしてもすごい。
「俺の小遣い半年分だ」
 啓介は、ちづると自分のあいだにある深くて広い溝を呆然と眺めている。
 ぼくの名前は蔵ヒロシ。東京の東はずれにある川辺小学校に通う五年生だ。いまぼくは、ともだちの啓介、未来人とちづるたちと、おやつを食べながらテレビのワイドショーを見ていた。
「だけど、どうして覚えているの、ぼくなんか自分で買ったハンカチの値段だって覚えていないよ」
「でも、ヒロシ君は本やパソコンのソフトの値段は覚えているんじゃなくて?」
「うん、まぁね。だいたいは」
「未来人君はサッカー関係のグッズのことは覚えているだろうし、啓介君はゲームのことなら覚えているはずよ。つまり、ダンシもジョシも自分の興味のあることは覚えているのよ。それに、ジョシだって好き勝手に服を買っているわけじゃないわ。真剣勝負なんだから、当然その勝負のひとつひとつを覚えているのよ」
「洋服の値段なんてどうでもいい!」
 ぼくとちづるの能天気な話に啓介が怒りだした。なんで啓介が怒っているかというと、話は半年前にさかのぼる。

脚のはえたナマコのいる島!?
 |目次|

半年前、インターネット上の電脳都市MAHOROBAのゲームフィールドで優勝した賞品に、ぼくたちは南太平洋の島を手に入れた。このゲームの決勝戦で実質的に勝負を決めたちづるのプランで、島をリゾートにして売ろうということになった。サザンアイランドという会社まで作って、ちづるが社長、ぼくは副社長、啓介と未来人は取締役に決まっていた。すでにビジネスパーソンとして押しも押されぬちづるの言うことだ、ぼくらが反対する理由はない。
 ところが、リゾート会員権をネットで売り出した直後に、インターネットを利用してマネーロンダリングを請け負う「コンピュ・マフィア」が仕掛けた詐欺事件に巻き込まれて、まんまと島をうばわれてしまった。
 ぼくらはいちども自分たちの島を踏みしめるこができなかった。
 そして一ヵ月前のこと、ぼくらが――冷静な未来人を除いたぼくと啓介だけど――あんまりがっかりしているので、詐欺事件に責任を感じているらしいちづるが「無人島のいいデモノを見つけたわ」と新しい島を見つけてきた。
「いいデモノって、どこでそんなものみつけてきたの」
「会員制のインターネット・アセット・オークションよ。世界中の不動産や動産が売買されているの」
 それ以上は、ぼくらはなにも聞かないことにした。どうせ、入会金がいくらで、資格は資産が億以上の人ってことなんだろうから。
 ともかくその島、ロンカン島は、赤道の間近の小さなさんご礁。地図で見るとモモンガが飛んでいる時の姿をした島だ。ロンカン島を含む十数の島からなるマイオネ国に属している。首都は五〇〇キロ離れたレン島にある。日本との時差は三時間、日本の朝六時が島では九時になる。周囲は五キロ、一番高いところでも四メートルの島だ。島の地面を掘っていくと一二〇〇メートルでようやく岩盤にいきつく。そこまではなにかというと、サンゴがつくった石灰だ。一〇〇〇万年単位でサンゴが作った島だ。
 しかし、面積やさんご礁の島だということ以外なにもわかっていなかった。オークションに売りにだされるときにも、持ち主は匿名で、代理人が交渉に応じていたそうだ。なんだか、いわくのありそうな島だったけれど、だからこそ、安く手にはいったんだろう。
「これで、取締役復活だ! 小遣い一〇〇倍だ!」
 ちづるの持ってきた話を聞いた啓介は小躍りしていた。
 ぼくらはまず島のことをもっと調べるために、ネットで現地社員を募集し、島に派遣することにした。
 ロンカン島を手に入れてから五日後、ぼくらの島から一〇〇〇キロほど離れたトンガという国の人住んでいるウポポさんを採用することにきまった。インターネット・テレビ電話の向こうのウポポさんは、ふっくらとしたほっぺが特徴で、めちゃくちゃ早口でしゃべっている。自動翻訳機もエラーするくらいの早口だ。おまけに、話にくぎりをつけるたびにほっぺたをプクッと膨らませる。せわしないったらありゃしない。でも、ぼくらもつられてほっぺたを膨らせていることに気がついた時には大笑いしたけれど。
 ウポポさんによれば、いくら近いといっても、飛行機や船の手配もあるから、出発は三日後でロンカン島に到着するのはさらに二日後になるという。ぼくらは現地に到着したらすぐに使えるようにセットした衛星電話・デジタルカメラ・携帯端末などの機材を航空便で送った。地球の裏側といってもよい東京から発送した荷物が、翌日にウポポさんの手元に届くのに――。
 交通やネットの発達で、地球が狭くなった。ウポポさんが目の前にいるように話しているとふしぎな気持ちになる。東京みたいな大きな町に暮らしていると、隣の家に住んでいる人のことも満足に知らないこともあるのに、地球の裏側の人とすごくタイトな関係ができてしまう。むかしは、血縁とか地縁という人と人と結びつける文化的な力があったみたいだけれど、現代は「ネット縁」がその代わりをしているのかもしれない。
 とにかくウポポさんが島につかないことには話にならない。ぼくらは自分たちの島を早く見たいとおもったけれど、お預けをくったまま、一週間ちかくが過ぎた。
 ウポポさんは島に到着すると、さっそく、衛星ネット回線で連絡してきた。
 その日はちょうど土曜日だったので、ぼくの家に未来人や啓介、ちづるが集合した。ほかに、八〇歳になるメル友龍野進さんもやってきた。龍野進のさんは、ぼくらが手に入れそこなった前の島に、戦争で亡くなった妹さんのお墓を建てる約束をしていたので、新しい島をチェックしにきたんだ。
 ウポポさんは視線誘導型のビデオ・グラス(眼鏡型のビデオカメラで、ウポポさんの見る方向のものがそのまま映像として送られてくる)をつけて、島の中を歩いていく。
 地図で見たとおりほとんど平らな島だ。現地では午後二時ごろ、一番日差しが強い時間なんだろう、サンゴの死骸が堆積した地面は白く、太陽を鏡のように反射している。まるで、地球じゃないみたい。海は空の色をそのまま写している。
 島の所々に、サンゴ石を積み上げた土台がいくつか残っている。無人島になる前に人が住んでいた証拠だ。
 そのうちウポポさんが、「わぁー」とか、「へぇー」とか、「珍しい」と声をあげだした。ぼくらには見るものすべてが珍しかったけれども、ウポポさんにとっても珍しいものがたくさんある島らしい。
「ウポポさん なにがそんなに珍しいのさ。一人で感心してないで、説明してよ」
「ごめんごめん。みなさんこれを見てください」
 ディスプレイに、緑色のバレーボールみたいなものが映し出された。
「こんなもの、はじめてみた。サボテンみたいだけれど、とげはない。それから、これをみて」
 こんどは、リボンのような形をした葉っぱをつけた草だった。
「なんだかわかるかい」
 ぼくらはみなで首を振った。
「ぼくも初めてだ。とにかくこの島はすごく珍しいものばかりだね。ひょっとしたらここは、西のガラパゴスじゃないのかな」
「なんだガラパゴスって、恐竜の名前か」
「なんにも知らないんだなヒロシ」
 啓介が偉そうに言う。
「じゃぁおまえは知っているのかよ啓介」
「あったりまえじゃん」
「おーいみんな、炎天下歩いているぼくを忘れてけんかなんかしないでくれよ。どっちみち君たちのいるところはクーラーが効いているんだろう?」
「なにいってるの、こっちは北半球、もう直ぐ冬です。クーラーじゃなくて、暖房よ」
「うへ、暖房! 聞くんじゃなかったよ」
 ウポポさんは説明を続けた。
「ガラパゴスっていうのは、太平洋の東のほうにある島で、そこにしかいない珍しい生物がいるんだ。ダーウィンの進化論ってならったかい? かれが進化論の確証を得た島として知られている。それからね……」
 ウポポさんは海にジャバジャバとはいっていった。そして、海の中に手を突っ込んで、なにかをとりあげた。
「これっ」
 ディスプレイに大写しになった――このカメラのすごいところはズームも目に連動していることだ――のは、ナメクジに黄な粉をまぶして巨大にしたものだった。
 真剣にディスプレイを見つめていたみんなが、うわっと一歩下がるのがわかった。
「なまこだよ」
「酢のものにするとおいしわね」
 ちづるがにこりともしないで言う。
「酢のもの? なんだいそれ。ともかく、この辺の海にはたくさんいて、ぼくらはそれを採って煮て、乾燥させる。年に何回か中国の商人がやってきて買っていく」
「でも、それのどこがめずらしいの」
「みてごらん、このなまこにはね、脚があるんだよ。ほら」
 ひっくり返したおなか――なんだとおもう――に、たしかにオタマジャクシに生えてきたばかりの脚みたいなものがついていた。
「こんなのはじめてみた。社長、この島は珍しいというよりも、なんかへんだよ。ぼくが暮らしている島とはぜんぜん違う。海の生物も陸の生物もなんかちがうよ」
 ちづるは、ウポポさんに植物や生き物のサンプルを集めるようにと、てきぱきと指示をだしていた。
 ウポポさんは、急いでトンガに帰り、サンプルを日本に送ることになった。
 ロンカン島にはライブカメラを何箇所かに設置することにした。二四時間ライブで、島のようすが見られる。それ以来、ぼくは、波打ち際の映像をずっとディスプレイに流している。波の音とあるのかないのかわからないきれいな水を見ていると、うっとりとしちゃう。あのなまこさえいなければ――。
 ウポポさんから送られてきたサンプルをぼくらは、メル友の師匠――大学の人類学の教授で、本名は阪本猛という――のつてで、大学の研究室に持ち込んで調べてもらうことにした。物集調三という名前の先生はサンプルを見ると顔色を変えた。
「阪本君の紹介じゃなければ、冗談だとおもうところだが……」といって、猛然と調べ始めた。
 その結果、驚くべきことがわかった。どれもこれも、これまでに知られていなかった生き物ばかりなのだ。物集先生は「どこの島だ! おしえてくれ!」とものすごい勢いで迫ってきた。ぼくらは島を盗られてしまうんじゃないかと心配で、教えようかどうしようか迷った。でも、調べてもらったお礼もあるし、いずれは知れてしまうことだろうから、島の名前を伏せるというのを条件で発表してもらうことにした。さらに物集先生とオーストラリアの大学の先生が共同で島に調査にはいることになった。
 物集先生が発表した「西のガラパゴス発見」のニュースは世界を駆け巡った。前世紀の二〇世紀は生物が次々と絶滅した世紀として現代では記憶されている。新種の発見のニュースは、久々の明るいニュースだった。
 これが昨日のことだ。

千年草は虫が集まる夜に咲く
|目次|

そして、きょう――。
「洋服の値段なんてどうでもいい! どうするんだ。島を調べてみたら、ホテルを建設できそうな場所に世界でも珍しい植物があったんだろう。おまけに、その植物はぼくらの島にしか育たない。だからの島の植物は保護しないといけない。ホテルを建てるわけにいかない。でも、小さい島だから、ほかにホテルを建てられそうな場所もない。ホテルがなければリゾート客も呼べない、ということは、もうけがなくなるということで、おれは取締役になれないんだぞ」
「よくできました啓介君」
 ちづるにそっけなくあしらわれて啓介は鼻から大きく息を吐いた。
「冷静になれよ啓介。植物だけじゃなくて島じゅうが、海の中までも珍しい生き物だらけだ。世界じゅうでぼくらの島にしかないんだぞ。これは売り物になるじゃないか」
「さすが、未来人君。そのとおりよ。問題は、保護と観光をどうやって両立させるかね。もし、リゾート開発をして会員権を発行したとしましょう。会員権を買ってくれた人は、島の価値を下げるようなことはしないから大丈夫。問題は、観光客よ。見せなければお金が入ってこないし、好き放題させるとあっというまに絶滅してしまうわ」
「ところで、あの緑色のバレーボールみたいな植物はそんなに珍しいものなの」
「ウポポさんがレン島のお年寄りから聞いた話では、千年に一度花を咲かせる伝説のミレニアム・ウィードつまり千年草だというんだけど……」
「千年草?」
「そう。レン島では千年草の花が、王さまの紋章として使われていたらしいの」
「どんな花かわかっているの」
「紋章をみたウポポさんの話を日本的にいうと、ちょうちんみたいなかたちをしているようよ」
「ちょうちんて、あれ?」
 ぼくが指差した壁には、通販マニアのお母さんの記念すべき最初の購入商品「江戸町火消しいろはちょうちんセット」があった。
「冗談みたいな花だね」
「生きている化石だ」
「啓介君、難しいこと知ってるじゃない」
「ばかにするんじゃないよ、ちづる。これでも、おれは理科少年なんだ」
「なによそれ?」
「国語や社会はだめだけど算数や理科は得意なんだよ」
「生きている化石って、シーラカンスみたいなものか」
「ヒロシ、生きている化石は君のすぐ身の回りにあるんだぜ」
 啓介の説明によると、生きている化石というのは、化石で見つかるものが生きていることからそう呼ばれるらしい。たとえばゴキブリとか、サメ、イチョウ、カエルも生きている化石らしい。
「イチョウの実のギンナン。あれってくさいだろう。でも、恐竜にはたまらないほどいいにおいだったんじゃないかっていう人もいる。おれなんか、ゴキブリを追いかけて机の下にもぐっている時に、ふと、恐竜の時代のシダの森の中にいるような気になるぜ」
「へんなやつだ」
「植物にだってたくさんあるぞ。いまいったイチョウのほかにもメタセコイヤだろ、ソテツもそうだ。二〇世紀の半ばすぎにつくられた小学校の校庭にはたいがいのこの三つがある。生きている教材だ」
「つまり、ぼくらの島の千年草は恐竜なんかが生きていたころから生えているものってわけか?」
「まぁ、そうであってもおかしくない」
 啓介はふんぞりかえっている。
「そうすると、次の一〇〇〇年目はいつなのかわかれば、その花を見るツアーを企画して大もうけができるってこと」
「さえているじゃないヒロシ君」
「その一〇〇〇年がくる前に、枯れないようにしないとね」
「ウポポさんの報告では、発見された千年草の数は七〇株ぐらいらしいの」
「みんないちどに咲くのかな」
「それはわからないわ。一つが今年で、残りは一〇〇年後ってこともあるわね」
「いつごろ咲くの」
「レン島のお年よりによれば、伝説では、浜にニャリ虫があがるとき、といわれているそうよ」
「啓介、ニャリ虫って知ってるか」
「いや、初めて聞いた」
 ぼくたちはインターネットにアクセスして検索をすることにした。
 二〇一五年の現代は小学五年生でもインターネットなんて常識だ。小学校に入学するときには、教科書の代わりに携帯型コンピュータがもらえる。学校ではこのパソコンを使って授業が行われるし、宿題や連絡もメールでやり取りされるんだ。だから、本当は学校にもいかなくていいんだけど、ぼくたちの学校のように登校させる古風な学校もわずかに残っている。
 四人で手分けして検索したけど、ニャリ虫については〇件だった。
「名前は正確なのか、ちづる。浜にあがってくるんだから、虫じゃなくてカニとか魚じゃないのかな」
 いつになく啓介は真剣だ。自分の得意分野のことでもあるし、取締役復帰がかかっているからなのだろう、てきぱきと指示を出している。斜めだったご機嫌もまっすぐになおったらしい。
「ロンカン島に、いつごろ人間が住み始めたのかという記録はないか? 未来人」
「えーと、ロンカン島そのものではないけれど、オーストラリアの先住民は五、六万年まえから住んでいるということはわかっているらしい。ロンカン島のある地域には六〇〇〇年前以降だといわれているみたいだな」
 収穫がなくてみんながっかりしているところへ啓介が声をあげた。
「コンピュータ、いじくっていてもしょうがない。みんなで島へいくか」
「そうだね。前の島みたいにならないうちに、啓介のいうとおり、行こうよ。なっ? 未来人」
「もうすぐ冬休みだし、いいかもな」
 その後は、ニャリ虫のことは忘れて、浮き輪が必要だとか、島には家がないからキャンプの用意だとか、ロンカン島に行く計画を立てることですっかりもりあがってしまった。
 その夜――。ぼくはニャリ虫のことをメル友のみんなに聞いてみることにした。
 島のおおよそのことを説明した上で、「ニャリ虫ってしりませんか?」と書いたメールを片っ端から送って、コンピュータの電源を落とした。
 次の日の朝、学校に行く前にメールをチェックした。みんな遅くまでおきているのか早起きなのか、送った人のほぼ全員から返事がきていた。
 まずは、虫好きのメル友のハルさんとその友達の国安君は「知らない」という――でも、ふたりそろって「捕まえたら売ってね」だって。「西のガラパゴス発見」のニュースは知っていて、ぼくらがあの島の持ち主だと知って心底うらやましそうだった。
 先日のコンピュ・マフィア事件で助けてもらったビデオジャーナリストのタマさんもわからないという。かわりに島の歴史や島の王さまのことを調べてくれるという。
 ぼくたちの知恵袋、龍野進さんは長生きだけど、一度も日本からでたことがないからわからないという。女優のアリスさんからは「レン島ならコマーシャルの撮影で一度いったことがあるわ。でも、ロンカン島はきいたことないし、虫はわたしの半径二メートル以内に近づかないでって感じ」だって。
 メールを出してから二日後、学校から帰ってメールをチェックすると、「師匠」からメールが入っていた。

ヒロシ君 返事が遅れてしまってごめん。昨日までアフリカのキカンガというところで、発掘をしていたものだから。君からのメールは受け取っていたんだけど忙しくてね。とてもすごい発見をしたかもしれないんだ。そのことは日本に帰ってからゆっくりと話すよ。いまは、タンザニアのダル・エス・サラームという町にいる。インド洋に面したこの国の首都だ。南の沖合いにはマフィア島なんていうのがあって、この前の君たちの活躍を思い出したよ。
ところで、質問のニャリ虫だけど、手元に資料がないから正確なことはいえない。でも南太平洋地域で、周期的に発生するゴカイの一種ではないかと思う。海岸に集まって産卵するんだ。ある島の人々はその虫をつかまえて腹を裂き、内臓器官の色や形で次の年の吉凶をうらなうという話を聞いたころがある。帰ったらちゃんと調べて資料を送る。
西のガラパゴスのニュースはこちらにも届いている。すごいじゃないか。島の持ち主がぼくの知り合いだといったら、研究者仲間にうらやしがられたよ。物集さんからもメールをもらっている。研究のことしか頭にないひとだからびっくりしただろうけど、あの人にまかせておけば大丈夫だよ。じゃ、詳しい話は帰ってから。

 ほんとうに虫なんだ――。さっそくぼくはみんなにメールで知らせた。
「三時間後に会議室に集合してください」
 会議室といってもインターネット上の貸し部屋だ。テレビ電話の進化形のバーチャル・トーク・システムをつかって会話できる。もちろん昔ながらの文字形式でも会話もできる。
 使用中の札のかかった会議室のドアをマウスのクリックでノックすると「どうぞ」という返事がかえってきた。会議室にはすでに未来人と、ちづるがいた。時間は夜の一一時。小学五年生にしては遅い時間だけど、会議室の予約が取れなかったんだ。啓介はぼくよりも遅れてやってきた。

Tron 啓介遅いぞ。
kSuke すまんすまん。姉貴とおふくろがふたりして長電話で回線ふさいでいたもんだから。みんなごめん。
MIRAI 話ってなんだい。
Doll なにかわかったの。

 MIRAIは未来人の、Dollはちづるのハンドル名――インターネット空間での芸名みたいものかな――、kSukeは啓介、ぼくはTronだ。

Tron うん。ニャリ虫の正体がわかりそうなんだ。
kSuke すごいじゃないか。どこで調べたんだ。
Tron 師匠に教えてもらったんだ。
Doll 師匠?
Tron うん。ぼくのメル友なんだけど、人類学者でさ、いまアフリカにいるんだ。師匠がいうのは、ニャリ虫はゴカイの一種だろうって。
MIRAI 釣りのときのえさにするやつか。
Tron うん。年に一回浜辺に集まって産卵するらしいんだ。
Doll うわー。想像したくない光景ね。
Tron まぁね。もっとも珍しい現象だから、知らなければ出会うことも少ないんじゃない。それに暗い海じゃ、わからないよ。
Doll でも、海辺で恋人同士がロマンチックに肩寄せあっている足元にうじゃうじゃといるわけでしょう。
Tron ちづるの想像力には負けるよ
kSuke 恋人なんてどうでもいい! 産卵ということは毎年なんだろう。生き物の繁殖は人間に比べたらはるかに一定しているから、千年草の花が咲く季節は特定できそうだな。
Tron 啓介、調べてくれよ。理科少年なんだろう
kSuke 今回は生きている化石のオンパレードだな。ゴカイも生きている化石だぜ。

 ということで、今回はやけに力のはいっている啓介が、師匠の情報をもとにゴカイの生態を調べることにしてこの夜は解散になった。
 生きている化石――か。会議室で解散してから、ためしにインターネットで検索してみた。あるわあるわ。
 おまけに生きている化石の多くが絶滅の危機にあることがわかった。生きている化石というとなんだか、ロマンチックな響きだけれども、生きたまま化石になりそうだというのが近い。
 日本でも一〇〇〇種類近い生き物が絶滅の危機にあるらしい。人間がその中に入るのはいつだろうか。
 地球上に生物が誕生してから大絶滅というのが何度か起こっている。大絶滅の原因はいろいろといわれているけれど、これまで誕生した生き物の九九パーセントがそうした大絶滅の時に滅びたといわれている。ということは、今生きている生き物はみんな生きている化石みたいなものじゃないか。
 二〇世紀後半もかなり絶滅がおこっている。しかも、それがみんな人間のせいだ。田んぼに農薬を撒き、川を汚し、海をにごらせ、空を曇らせた。地球はいまや宇宙空間に漂う灰色の星になりつつある。
 つい先日も、駅の裏手に奇跡的残っていた畑がマンションになった。その畑の土はほくほくして温かそうで、とてもおいしそうに見えた。ある日、畑を耕していたおじさんにそういったら、「いまどきめずらしいことをいう子だね。たしかに、おいしい土じゃないとおいしい野菜はそだたないんだよ」と教えてくれた。でも、ある日、畑がつぶされる。水も空気も、太陽も通さないアスファルトで固められてしまう。そこに住んでいたアリやミミズにはなんのことわりもない。
 それでいいんだろうか。なんとかなる――そういう楽観的な気持ちがどこかにある。だっておれたちは人間なんだぜ。頭を使えば……、本当にそうなんだろうか。
 いけないいけない。寝るのが遅くなっちゃう。朝は自分で起きるというのがぼくのうちのルールだ。今夜は、目覚ましをいつもよりひとつ増やしておかないと。それに枕ガミにもお願いしないとね。
 枕ガミってのは寝る前に枕に「まくらさんまくらさん、あした何時に起こしてくださいな」とお願いするんだ。お父さんに教えてもらったおまじない。効果のほどは疑問だけど、お願いしておいて損はない。さぁ、そんなことより、師匠にニャリ虫に関する情報提供のお礼のメールをだしておかないと。

島を盗られた!
|目次|

 枕ガミさんのおかけで、寝過ごさずにいつもより早く目がさめた。
 迎えにきた未来人と啓介といっしょに学校へ行く。ぼくの家から学校までは二分とかからないので、のたりのったり歩いていく。
「啓介、なにかわかったか?」
「いろいろとな」
「もったいぶらずに教えろよ」
「まず。ゴカイは感じで書くと砂蚕となる。生物学的には無脊椎動物で、環形動物という種類になる。仲間にミミズやヒルなどがいる。細かくいうとゴカイは環形動物のなかの多毛網で四〇〇〇種類いるということが分かっている。前にもいったようにこいつらの多くは生きている化石だ。ちなみにミミズなんかは貧毛網で、二七〇〇種いるという」
「それで」
「それだけだ」
「ニャリ虫は?」
「わからん」
「わからん、ってなぁ――」
「まぁ、慌てるな文科系少年と体育会系少年たちよ。サモアとかフィジーってところにパロロ虫というのがいる。こいつは普段さんご礁の中に生息しているゴカイのなかまだ」
「サモアとかフィジーってどこさ?」
「ウポポさんの国トンガの近く――っていっても一〇〇〇キロは離れている」
「え? ということはぼくらの島のすぐ近くってことじゃない」
「まぁな」
「こら、まわりくどい言いかたするな啓介」
 いつも啓介をやりこめている未来人は、立場が逆転してちょっと不満そうだ。啓介のほうはめったにないこの機会を楽しんでいる。
「聞いて驚くなよ、パロロ虫は、一〇月と一一月の下弦の月のころ、満月から八日目、九日目の日ので前の一、二時間。海面に浮きあがってくる。子孫を残すためにな。日本や大西洋にも同じような習性のものが知られていてそれぞれ、日本パロロ、大西洋パロロと呼ばれているらしい」
「それって、もしかしてビンゴ?」
「まちがいない。これで、千年草の咲く時期は特定できた」
「やったな啓介」
「どうだ。恐れ入ったか」
「あぁ、恐れ入谷の鬼子母神だぜ。こんちくしょー」
 ぼくと未来人は啓介の頭や尻や背中をパンパンと叩きながら学校まで走った。
 ネットスクールが主流の現代で、ぼくらの学校は登校させる数少ない二〇世紀スタイルの古風な学校だ。おまけにぼくらの担任は、「生きている化石」みたいな人間ときている。本名は田沼昭夫だけど、生徒からはタヌキと呼ばれている。自称熱血教師のタヌキの口癖は「ガッツだガッツ!」。算数だろうが漢字の書き取りだろうが最後は「ガッツだガッツ!」。
 午前中何百回となく「ガッツだガッツ!」を聞かされて、給食の時間だというのに、まだ耳のなかにこだましている。まったく消化にわるい先生だ。
 ちづるはいつもいちばんやすい日替わりランチセット、啓介は激辛ラーメン、未来人は四川風マーボライスをほおばっていた。ぼくはカキフライ定食だ。
 給食は食堂で自分の好きなものを食べる形式だ。食堂は近所の人にも開放されていて、一人暮しのお年寄りや子ども連れのお母さんも利用している。
「だからさ、ちょうどいまごろなんだよ。ニャリ虫がくるのは」
「ニャリ虫とパロロが同じものならばな」
 冷静な未来人にそういわれても、啓介はめげない。
「間違いないさ」
「どうして断定できるんだ」
「第一に、生物学の分類上はちがうけど、人間にとって虫と認識される種類のものだということ。第二にヒロシのメル友の情報では、浜に寄せてくるパロロの腹を裂いて吉凶を占う人たちがいるということ。つまり、この虫は、なにかの兆しとして考えられていることだ」
「たしかに、かなりの確率で啓介の言うとおりだとはおもうけど」
「ヒロシ君は素直でよろしい」
「うん? ちづるどうしたの。なんか元気ないね」
「あのね、せっかく啓介君が調べてくれたのに、こういうことをいうのは気がひけるんだけど……」
「なんだい、ちづるらしくない言い方だな、どうした?」
「この前、島に行こうっていっていたけどね、そうはいかなくなったみたい」
「ちづるのつごうが悪くなったの」
「ううん。そうじゃなくて……」
「まさか、また島を盗られたの?」
「ちがうのよ、島に上陸できないの」
「どういうことさ」と、ぼくら三人が声をそろえて聞きかえしたものだから、ちづるはイスの上でのけぞった。
「安心してね、島を盗られたわけじゃないから。それに千年草が枯れたわけでもないのよ。問題はね、伝説を教えてくれた長老とその仲間なの」
 ちづるの説明によると――、
 ぼくたちの島ロンカンは今は無人島だけど、一三〇年ほど前までは人が住んでいた。隣りのレン島や十数の島でマイオネという国を作り王さまが支配していた。
 王宮はレン島にあったが、マイオネ国の王さまは代々ぼくらの島の出身だった。ロンカン島は「王の島」だったのだ。王はロンカン島で生まれなければならない。だから、王のお母さんは、身ごもるとロンカン島に渡り、王を生んだ。そして、王が死ぬとなきがらはサンゴを砕いた粉で塗り固められ、ロンカンに葬られた。
 王国は二〇〇年ほど前に、一艘の船でヨーロッパからやってきた冒険家に滅ぼされたらしい。それからは王さまは国の王さまではなくて、学級委員長くらいの偉さになってしまったんだ。ヨイクという名前の今の王さまはその子孫だけど、島でスーパーマーケットを経営している。
 王国は滅びたけれどレン島は、ヨーロッパ人の船が立ち寄るようになって、栄えた。だから、ロンカン島にいたわずかばかりの人もレン島に移住してロンカンは無人島になった。
 でも、その後も島は、王さまのふるさとでありつづけたし、生活がどんどん変わる中で王国の人々にとっても、昔の暮らしを思いだす伝説の地になっていたんだ。
 そこで今回、千年草が見つかった。島の人々にとっては、この花が咲くときかつての王国が復活するかもしれないと思いたくなるほどうれしいニュースだったのだ。事実、スーパーの店長である王さまは、店を閉めて、船でぼくらの島へ渡り、千年草の生えている場所にいすわって、花が咲く瞬間を待ちかねているらしい。そして花が咲いたとき「伝説の定めにしたがいわれわれはふたたび王国を手にする」と宣言した。
 ――というのだ。
「つまりそれって、そのスーパーの店長に島を盗られたんじゃないの?」
 ぼくの頭に、せっかく手に入れた島をマフィアに取られてしまった苦い思い出がよぎった。未来人も啓介も同じ思いなんだろう。真剣な顔でちづるが答えるのを待っている。
「まぁ、見方によっては、そういないこともないわね」
「島は間違いなくぼくたちのものなんでしょう。どうしてぼくたちが島にはいれないのさ」
「経済的には確かにわたしたちのものなんだけど、文化的ということになると……。先代の王さまが、売ったのは確かなんだけど、今の王さまは、だまされて売らされたんだ、と言い出したの。王さまだけじゃなくて、王を慕って、王国の復活も願う人たちが、よそ者が島に上陸しないようにしているのよ。ウポポさんや調査で島にいた物集先生たちも追いだされたのよ」
「無茶苦茶な話だな」
 いつもは冷静な未来人も怒っている。
「卑怯な話だな。だいたい王さま王さまっていったって、飾りなんだろう」
 こんどは啓介がちづるに問いただした。
「それはそうなんだけど、いまでも、かつての王の一族とそれにつかえていた長老の一族の結束はかたいのよ」
「王さま――じゃない、スーパーの店長がいう伝説ってなにさ」
 ぼくも負けじと問い詰める。ちづるがヨイクの代理人のように思えてきた。
「うーん。それがよくわからないのよ」
「まぁ、ちづるを問いつめてもしょうがいよ。ちづるが悪いんじゃないんだから」
 未来人のこの一言で険悪な雰囲気は収まったけれど、かわりに「がっかり」と書かれた石を両肩に載せられたような気分だった。
 ちづるは、現地で物集先生たちの手伝いをしていたウポポさんに伝説のことも調べさせたみたいだ。千年草はたしかに王家の紋章だけど、王国が復活するなんていう伝説はだれも知らなかった。
 島は、たしかにかれらのふるさとだ。そのふるさとを売ったことも確かだ。でも、かれらからすれば、島は売ったけど、そこで生まれた文化までは売っていない。つまり、島の文化財は彼らのものだと主張できないわけでもない。
     @
「どうしたヒロシ。元気ないな。また、なんかトラブルか?」
 学校から帰っておやつを食べていたぼくにお父さんが声をかけてきた。
「または、よけいだよおとうさん。ほっといてよ」
「おーこわッ」
 おとうさんはわざとらしく、抜き足差し足で目の前を横切っていった。おとうさんはフリーライターだから家にいることもおおい。いつもはそれが心強いのだけれども、こっちの機嫌が悪い時はうっとしいこともある。
 テレビでは、南極の氷の棚が溶け出して、南太平洋に漂い出したという。日本の九州ぐらいの巨大な氷の塊だ。
 地球は二〇世紀の後半からだんだんと暖かくなってきている。南極の氷、北極の氷、一年中雪に覆われているような山にある氷河がどんどん溶け出している。すでに、二〇世紀の後半にくらべて一センチほど海水面は上昇しているらしい。
 たった一センチ、と思うかもしれないけれど、世界中の海が一センチ増えたんだ。それだけ、海水の塩分濃度が変化した。ということは、海の中の生き物にとっては大変なことだ。えさにしていたプランクトンが死んでしまったり、卵を産み付ける海藻がなくなってしまったり、ウポポさんがロンカン島にすえつけたライブカメラでは、きれいな海にしか見えないけれど、海の中ではとんでもないことがおこっているらしい。
 陸では気温が高くなり、日本でも台風が一年中やってくるようになった。おまけに、マラリアという熱帯の病気が流行するようになり、子どもやお年寄りが命をおとすようになっている。
 もともと海水面と同じぐらいの高さしかないさんご礁など、海水面が一〇センチ上がっただけで、ぐっと小さくなってしまう。上昇した海水面の分だけサンゴが育つには、気の遠くなるような時間が必要だ。
 ロンカン島の王家の伝説は、未来人が世界中の博物館にアクセスしてリサーチすることになった。台風がきたら沈んでしまうようなぼくらの島に伝説なんてほんとうにあるのかな? あんなにあっけらかんと明るくて、まっ平らな島に伝説なんてなんだか似つかわしくないように思った。
 そう――、ほんとうにあるのかな。千年草にまつわる王国復活の伝説のことは、ぼくらの島を占領している人たちだって知らないというじゃないか。王家の秘密だから一般の人は知らないのかもしれないが、そんなに重要な伝説がある島ならば、王さまが売るのもおかしい。おかしい――芽生えた気持ちは押さえられなかった。

王家の伝説を見つけた
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 デジタル化されていない情報を除けば、ニャリ虫にせよ、伝説にせよ記録されていればさがすのは難しいことではない。必要なのは検索する人間の根気とひらめきだ。検索語を次々と替えてヒットするまで根気良く続ける。それが成功の秘密だ。
 ぼくは王家の伝説を調べようと思い、パソコンを立ち上げた。未来人が調べているが、人が変われば探すところも変わる。それにぼくの場合、「伝説」がいつこの世の中に現れたかを調べてみようと思っている。想像があたっていれば、それは、ロンカン島で千年草がみつかったあとのはずだった。
 コンピュータを立ち上げて、まずメールをチェックした。タマさんからのメールが着ていた。王さまのことを調べてくれた結果の報告だ。

ヒロシ君 ロンカン島の王さまのことを調べてみた。
現王の名前はハロハロ・ヨイク二世。四〇歳だ。島でただひとつのスーパーの店長をやっている。ヨイク氏のお父さんは先代の王のいとこだ。先代の王には子どもがいなかった。それにほかの親戚は島を離れてアメリカやヨーロッパに移住していたので、長老会議でヨイク氏が王に推挙された。一五年前のことだ。
先代の王はヨーロッパの大学にいき帰国した。王といっても名ばかりだけど、島の文化・経済に大きな影響を持っていたんだね。先代の王は、漁業以外にこれといって産業のないこの島を豊かにするためにいろいろと努力した。観光にも力を入れたし、サンゴの輸出や真珠の養殖もやった。しかし、どれもこれもうまくいかずに借金を背負うことになり、その結果、ロンカン島を売ることになったそうだ。三〇年前ことだ。だから、ヨイク氏が王になったとき島は王の持ち物ではなかった。売買にはこれといって怪しいところはないようだ。売ったあいてはヨーロッパの金持ちとしかわからない。人が住んでいなかったこともあって、トラブルもなかった。売却の際に王は歴代の王の墓をレン島に移している。
こんなところだ、ヒロシ君。ほかに調べることがあったらなんでもいってくれよ。じゃぁね。
あぁ、それからマイオネ国のことで知りたいことがでたら、島でただ一つの新聞『マイオネ・デイリー』のデータベースにアクセスするといい。この新聞社もヨイク氏の経営だ。

 スーパーの店長は本物の王さまだったんだ。ちょっとがっかりしながら、ぼくはタマさんのメールにあった『マイオネ・デイリー』のURLをクリックする。
 最近のビッグニュースはなんといっても千年草だ。「王のひとこと」というコラムがあった。スーパーの店長ヨイクさんが書いている。まずは「千年草 伝説」という言葉で検索してみる。案の定ヒットしたのはほとんどが島で千年草発見のニュースが世界中に広まってからだ。それでも、二、三件古いデータがあったのでそれを開いてみる。
 ひとつは、「伝説のボディーメイク食品発売」というタイトルの記事だった。もう一つは「伝説の王は太っていた」というタイトルの記事。最後も「伝説はこの食品から始まる」という記事だ。どれもこれも内容は、美しく太った体を作るにはどうしたらいいかについて書かれたもので、最後は、自分のスーパーで売っている食品や薬の宣伝だ。
 ためしに記事にリンクを貼ってあった食品の宣伝ページにアクセスすると、とても太ったモデルさんが登場してディスプレイの九〇パーセントを占めてしまった。その脇の隙間にヨイクさんがにっこりとわらって商品を差し出していた。どうみても、ヨイクさんは太っていなかった。
 ようするに「王のひとこと」というコラムは、スーパーの宣伝が大半なのだ。それが、千年草発見以後、突如として変わる。
「伝説の千年草で王国が復活する」
「花が咲いたとき王国がよみがえる」
「花を守れ。日本人に取られるな!」
「千年草は祖国のシンボル」
 といった、見出しが次々と登場するようになる。しかし、記事のどこにも「伝説」の内容は書いてなかった。
 ぼくが「王のひとこと」を調べているころようやく未来人がビンゴをだしていた。未来人からメールが回ってきていて「一一時にMAHOROBAの貸し会議室・萩の間に集合」とあった。
 時計を見ると一一時までに一五分しかない。昨日『マイオネ・デイリー』を検索するので夜更かしして、今日は寝過ごしちゃったからな。日曜や土曜日は家族のイベントがない限り起こしてくれない。家の中はひっそりしている。お父さんもおかあさんも、妹もいない。どこにいったのか書き置きもない。もちろん朝ご飯などあるはずもない。
 しかたなく、ココアを作って会議室に向かう。「萩の間」なんて日本旅館みたいな名前だけど、そのとおりで、会議室に入っていくと、畳敷きの部屋だ。カラオケセットなんかも置いてあって、どうやらネット宴会用の部屋らしい。
 
Tron おはよう。おそくなっちゃってごめん。
MIRAI ヒロシもきたから、はじめよう。伝説は図書館にあった。なんで検索にひっかからなかったかというと、本に書いたものじゃなかったからなんだ。画像データとして登録されていた。図書検索ではついに見つからなかったから、ためしに<資料 宝 本以外>で検索したらようやくビンゴだ。伝説は、ヤシの葉を乾燥させたものに、ヤシの実を焼いた炭をサンゴの石を焼いて砕いて細かくしたものと練ったもので書いてあった。パヤタというらしい。

 未来人が伝説の調査結果を報告する。ちづるも、啓介もだまって聞いている。ディスプレイ越しにみんなの真剣な顔が見える。

MIRAI 写真をダウンロードして、そこについていた説明文を翻訳してみた。このパヤタは三五年前に記録されていた。先代の王が自分の父から聞いた島の暮らしをパヤタに記録した。文字を持っていなかったので記録は、ヨーロッパ人がもちこんだアルファベットでかかれていた。試しに目次部分を翻訳ソフトにかけてみたら、項目の一つに王家の伝説というのがあったので、その部分を翻訳したてみた。
Tron やったね、未来人。

 ディスプレイの向こうの未来人もいつになく喜んでいるみたいだった。伝説は次のようなものだった。

 はるかむかしのこと。我々の祖先が、へさきにニワトリをくくりつけた船で、良い風に乗って鯨を追ってやってきた。祖先の生まれ故郷は四方を大きな島に囲まれた海に浮かぶ小さな島だった。
 祖先たちは、三つの家族と八人の奴隷だった。この島につくまでにいくつかの島を見つけたが、どの島にも、煙が立ち昇るのが見え、すでに人が住んでいることがわかった。水は大きなヒョウタンにいれ船の後ろからひもで引っ張っているし、魚も釣れば良いので飢えることはなかったが、早く上陸できるような島を見つけなければ、鯨が冷たい海に帰ってしまう。
 そして、ようやくこの島を見つけた。
 さんご礁がぐるりと島を取り巻いていた。島の西がたかくなって、悪い風を防いでくれるのも気にいった。ヤシも生え、さんご礁に囲まれた海は、なまこや貝や小魚であふれていた。まるで、彼らがくるのを待っているかのように、さんご礁には切れ目があり、船で出入りするのも安全だった。
 祖先たちはさっそく島に上陸し、ヤシを何本か倒し、家を作った。祖先たちは故郷の村の名前にちなんでこの島をロンカン(新しいカン)と名づけた。
 家ができると男たちは、海に乗り出し沖で潮を吹いていた鯨を狩った。へさきに若者が槍を手にたつ。泳いでくる鯨にへさきをむけ、鯨に正面から突き進む。鯨が船をよけようと海にもぐりこむ瞬間に若者は、鯨の頭めがけて槍と一緒に飛び込む。若者はやりといっしょに鯨に引きずられて海のそこに消えていく。だがそれもつかの間。船からかなり離れたところにブハーッと浮かび上がってくる。若者が手を振り上げる。槍は確実に鯨を捕らえたのだ。あとは、鯨が疲れて浮かんでくるのを待っていればいい。
 狩った鯨を浜に引き上げ、解体し、肉を干し、油を取った。骨も縫い針や子どものおもちゃになる。
 ときどき、海の底がみえるのではないかとおもうほどの悪い風が吹くことをのぞけば、この島はよいところだった。鯨がたくさんとれる。魚や貝も採れる。
 鯨の季節が終わると、男たちの何人かが肉や油を持って、この島にやってくる途中で見た島に売りに行った。鯨の肉や油はどこの島でも大歓迎を受けた。
 男たちは、島にヤシとわずかばかりの草しかないのをしっていたので、植物の苗や種と交換して、帰ってきた。
 しかし苗はすぐに枯れてしまった。種はひとつをのぞき芽を出したものがなかった。唯一、芽吹き、根を張ったのが、のちに「瞬きの間に咲く花」といわれるようになったものだ。
 芽をだすと、大人の頭ぐらいに大きく育った。でも、そこまでだった。それ以上おおきくもならなかえれば、背が伸びることもなかった。枯れもしなかった。葉を食べてみたが苦くてどうしようもなかったが、腹痛に効くことがわかった。また、葉に水をたっぷりと含んでいるので、雨水だけが頼りの島ではヤシ同様に貴重な植物だった。
 この種をまいた男ガストゥクは、みなに感謝され、リーダーとなり、やがて王となった。かれはこの草を王の紋章とした。わしはガストゥクから数えて一六代目にあたる。
 この草は花を咲かせなかった。いや、咲かせたのかもしれなかったが、だれも見たことがなかった。そこで、いつのまにか「瞬きの間に咲く花」と呼ばれるようになった。
 葉を地面に刺し、日陰を作ってやると根を張ることが分かったので、人々は自分の家の軒下に家族の人数分の「瞬きの間に咲く花」を植えた。
 最初に島にきた祖先たちが年老い、そのひ孫の世代が漁に出るころだというが、「瞬きの間に咲く花」が咲いた。それは不恰好なヤシの実みたいなものをつけただけだったから、咲いたのかどうかわからなかった。しかし、その年は鯨が大漁だった。
 わしのじいさんの誰の時代かは定かでないが、隣の島レンに移住することになった。ロンカンの沖に鯨が少なくなったからとも、その島にすんでいた娘を王が后に迎えることになったからともいわれている。
 そして先々代の王の時代に赤い肌をした男たちが鯨のような船に乗ってやってきた。その鯨は黒い潮を吹いていた。島はその男たちに盗られてしまった。レン島から移住してきたものに「瞬きの間に咲く花」の話を聞いた赤い肌の男たちは千年草ミレニアムウィードと呼んだ。

 伝説はこういう内容だった。

Tron でもさ、伝説だとほかの島からもらってきたんだろう。なんで、ぼくら島だけなんだ
kSuke 絶滅したんじゃないか?
Tron どうして?
kSuke しるか。まぁ、おそらくは人間との折り合いが悪かったんじゃロンカン島では、水として、薬として、そして、王家の紋章として守られたけれど、ほかの島では雑草にすぎなかったかもしれない。
Doll 未来人君が探してくれた伝説では、花が咲いた時に鯨がたくさん獲れたといっているけれど、王国が復活するなんて一言も触れていないわね。根拠にしては弱くない?
Tron そうだね。ぼくのほうもおもしろいことがわかったよ

 ぼくは、『マイオネ・デイリー』でみつけた記事について報告した。

kSuke あやしいやつだな。太る薬なんてのがますますあやしいぞ。そんなもの誰が買うんだ。
Doll あら、世のなかさまざまだから。太りたい人もいるんじゃないのかしら。
MIRAI どうする。放っておくのか。なにか手を打たないと、また島を取られてしまう。
Doll そうね。とりあえず未来人君が探してくれた伝説をタマさんにお願いして世界中に配信してもらったらどうかしら。そうすれば、スーパーの店長の発言がおかしいと思ってくれる人もいるでしょう。
Tron そうだね。未来人、悪いけど、伝説のオリジナルと翻訳をタマさんに送ってくれないか。
MIRAI わかった。
kSuke ほかに、なにか手はないのか?
Tron まぁ、ちょっと様子を見ようよ。花が直ぐに咲くとも思えないし。

千年草の花が咲いた
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 ところが、花が咲いた。
 ぼくらは、島を占拠している人たちが騒いでいるので、こっそりと島に上陸したウポポさんからのデジタル映像でみることができた。
 まるで、緑のボールのような草の塊から、ひょろりとなまずのひげみたいなものを一本突き出し、その先にはちょうちんみたいな花が下がっている。よく見ると「め組」とか「浅草」なんて書いてあるんじゃないかかと思うほどちょうちんそっくりの形だった。日本人がこの草に名前をつけるとしたら、「ミドリチョウチンソウ」で決まりって感じだ。
 ところが、ウポポさんによると、スーパーの店長は、花が咲いてびっくりしていたという。喜んだというより、心の底から驚いていたという。
 千年草が咲き、島を占拠した王のいうとおり伝説が再現されるのか、世界中が注目していた。王国の復活なんてロマンチックな出来事は、みんなの関心を引いた。
 新しくできるマイオネ王国を支持すると宣言した気の早い国もでてきた。マイオネ国はいまでこそ王国ではないが、ヨーロッパの国の支配から離れ、れっきとした独立国だ。それがスーパーの店長が王国を復活するというんだから、反乱だ、革命だといってもいのだけれども、そうはならないのだ。
 スーパーの店長は新聞社の社主でもあるように、島の経済を支配している。さらに政治は、いまは議員と名前を変えたけれども、王の一族である長老たちが行ってきた。だから、だれも文句はないし、王国になったからといってとくに不つごうもないということがわかってきた。
 島の「持ち主」であるぼくらのことは『マイオネ・デイリー』はもちろんのこと、世界中の新聞で悪者にされ、「学校にも通わずにコンピュータを使って世界を買い占めていく日本の子ども」と書かれた。記事の挿絵はめがねをかけて、コンピュータを持ち、日の丸の鉢巻きに、お札がずらりとはさんであった。なかにはちょんまげを結っているマンガもあった。
 外国にある日本の大使館には自然保護団体が押しかけ、ぼくたちが島を開発するために創立した会社サザン・アイランドは島からでていけと叫んでいた。
 なかでも過激な運動で知られるライフセーバーズは、島から手を引かないとどうなるかわからない、などと脅迫めいた声明文をだしていた。おまけにライフセーバーズ日本支部はサザン・アイランドの本社――ちづるの事務所――に押しかけて、大声で「サザン・アイランドはロンカンから出て行けぇえ。ロンカンの自然を守れぇ」とわめいていた。
 家を出ると取材陣やライフセーバーズに追いかけられるので、ぼくたちは、しばらく学校にいくのをやめた。授業にはオンラインで参加できるからなんの不つごうもないんだ。
 ちづるは平然として「放っておけばいいじゃない」といっていたが、ぼくや啓介、未来人は知らない人に悪口、それもありもしないことをいわれてショックだった。新聞に「友人の話によると……」などと書かれている記事を見ると、この友人て誰だ? と三人で犯人探しをした。ジャーナリストのタマさんにいわせれば、「そんな友人なんか実在しないさ。そう書けば記事を読む人は信用する。それに記者の責任も免れる。ずるいやり方だよ」といわれたけど――。この世界が全部ぼくらの敵になったんじゃないかと思い始めたころ、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。
 物集先生たちが、島を追い出される前に採集した資料の調査結果を発表したのだ。その意外な内容は世界に衝撃を与え、ぼくらのゴシップなんて吹き飛ばしてしまった。
 島の生物はめずらしいだけじゃなくて、とんでもない代物――キメラ的生物だったのだ。
 キメラというのは、ギリシャ神話の怪物で頭はライオン、胴はやぎ、尾は蛇の形をしている。ようするにいろんなものが交じり合っているということだ。島に怪物がいたわけじゃない。千年草を調べたら、ホタルの遺伝子を持っていた。黄な粉を振ったようなナマコは石油食べて育つハエの幼虫の遺伝子をもち、ヤシの実のなかのジュースは風邪のワクチンにそっくりの成分をしていた。
     @
「どういうことだ?」
 未来人が理科少年の啓介に聞いた。
 ようやく学校に登校できるようになったぼくたちは、放課後もそのまま残って食堂に集合した。
「こんなことってあるの? 啓介君」
「自然界ではないだろうな。誰かが作ったのさ」
「なにっ 」
 聞き返す三人に向かって啓介は、まぁまてよといった感じで右手を上げた。
「遺伝子操作実験場になっていたんだとおもうんだ。誰かがあの島を舞台に生命操作の実験をしていたとしか考えられない。それに物集先生たちの発表によると、あの島のヤシの木はみんなまったく同じ遺伝子だったそうだ。ナマコもおなじ」
「同じ種類なんだからとうぜんだろう?」
「遺伝子の配列がまったくおなじなんだよ。そんなことは普通はありえない」
「どういう意味を持つの」
「遺伝子操作をして当たらし生物を作り、さらにクローンを作っていたんだと思う」
「クローンって自分の分身を作るあのクローンか?」
「あぁ、そうだよ。二〇世紀の終わりに実用化が始まったクローンさ。人間に応用は禁止されているけど、動物や植物では実用が始まっている。絶滅が心配されている生き物にも利用されている」
「だれが? なんのために?」
「わからない」
「島を占拠している人たちか」
「それはないだろう」
 啓介は自信たっぷりに言う。
「どうして?」
「ロンカン島は無人島だし、レン島にもそういった施設はなさそうだ。それになんといっても研究の蓄積がない。研究者が育ったという記録もなければ島で行われた研究成果のレポートもない」
「いったいだれなんだ」
「未来人は、さっきからだれだだれだばかりだな」
「ちゃかすなよ啓介」
「わりぃわりぃ。でもな、だれがっていうよりも重要なのは、なんのためにだとおもう。クローンの研究は施設があって、技術がある研究者がいればできるんだよ。問題は目的さ」
「島を売ったやつなら知っているかな?」
「それはわたしが調べる」
「そうだな、島はちづるが買ってきたんだし、どうせぼくらじゃオークション会社に相手にされないんだろうから」
「ひがまないのヒロシ君。わたしのもとでビジネス修行を積めばあっという間にできるようになるから」
「ぼくなんかを修行させるより、クローンでも作ってもらったら」
「それもいいわね。そうすれば世界征服も夢じゃない」
 ぼくは世界中がちづるだらけになった世界を想像して、ぞくっとした。
「遺伝子操作は二一世紀の産業革命といわれている」
 啓介が遺伝子操作について説明をはじめた。
「まず人間は火を使うことを覚えた。つぎがその発展形である蒸気機関、そして遺伝子組換え技術だ」
「原子力やロケットは?」
「熱エネルギーということでは火の延長形だよ。それより火と蒸気機関、遺伝子操作の共通点はなんだかわかるか」
「おてあげ」
「こうさん」
 未来人とぼくは答えた。
「ちづるは?」
「くやしいけど、わからない」
「共通点は、どれも環境を変える技術ということさ。火は寒さをしのぎ、森を焼き払う。その延長である蒸気機関や電力などは、工業を発達させ、地球の景色を一変させた。でも、遺伝子操作にくらべたら、蒸気機関の発明なんて色あせてしまうよ」
 啓介のやつすっかり理科の先生気取りだ。
「遺伝子は知っているように生物の設計図だ。形や性質がこれできまる。人間は約十万の遺伝子を持っているといわれる。DNAってきいたことがるだろう? これは遺伝子の箱みたいなものだ。DNAからみると地球上の生物は共通の祖先をもつことがわかっている。ミミズも人も鳥も同じ祖先から生まれたんだ。人間の遺伝子には人間になるまでのさまざまな記憶がはいっているといわれている。もちろんサルの時代の記憶もあるはずだし、もっと前の単細胞生物だったころの記憶もはいっている」
「だけどたった一つの祖先からどうしてこんなにたくさんの種類の生き物が地球上にいるの」
 素朴な疑問をぼくは啓介にした。
「同じ両親から生まれた兄弟でもみんなちょっとずつちがうだろう。理屈としてはそれとおなじさ」
「だけど、おんなじ人間だよ」
「生命の設計図遺伝子は基本的にはコピーされる。だから、ぼくらは人として生まれてくる。でもね、コピーでも薄いのや濃いのがあるのとおなじように、完全な複製ではない。ときには間違いもおこるが、命にかかわったり、形が変わるような間違いはすくない。ときどき、形が変わってしまうような間違いが起こると、たいがいは死んでしまう。でも、命には関係なく、かつ、形が変わってしまうような間違いが起こるとしよう」
「たとえば、首の長いキリンか?」
 未来人がいった。なんだ首の長いキリンて? 首の短いキリンなんていないのに。
「それでもいい。首が長くてもキリンはキリンだ。しかもほかのやつらよりも高いところの葉を独り占めできるから元気に育つだろう。遠くの敵も見えるから逃げるのも早くなる。そして子どもを残す。そうしているうちに首の長いやつも増えてくる。そうしたときに、森が燃えた。下のほうの葉は全滅。かろうじて高いところに残っている。するとどうなる?」
「背の高いキリンだけが生き残る」
「えー、高いところの葉っぱを食べたくて、首が伸びたんじゃないの?」
「ヒロシ、おまえは一九世紀の人間か? そんなのは、背が低いからといってバスケットをやれって言うのと同じぐらいばかげている」
「なにも、そこまでいうことないじゃないか、啓介」
「遺伝子の気まぐれというか、間違いが、生き物の形や性質を変える。その結果がその時の環境に合うものであれば、その命は永らえる。環境に合わなければ生き延びることはない。そうした結果がいまの地球の生きものたちさ。だから、なんとなく、適材適所にそれぞれ生き物がいるように見える。そう言う意味では、今生きている生き物は、人間もミミズも、サルにしても進化のドン詰まりにいるんだ」
「自然淘汰ってやつかい」
 また未来人が答える。ぼくはすっかり置いてけぼりだ。
「そう。でも、自然淘汰は、不利なやつが有利なやつにやられていなくなるということじゃなくて、自然が環境に合ったやつだけを生き残らせるといったほうが適切じゃないのかな。自然が、地球が選ぶんだ。おまけに自然は変化する。時々で選ばれる生物が変わってくる。だから多用な生き物が生まれてきたんだ。遺伝子操作というとなにか恐ろしい気がするけれど、ぼくらの体の中で実際に起こっていることなんだぜ。オスとメスが出会って、子どもを作る時にはオスの遺伝子とメスの遺伝子が交換され、遺伝子組換えを行っているんだ。遺伝子を組み換えて新しい遺伝子を作る、これが生き物が生き延びていくことのうえで、とても重要なことなんだ。みんながまったく同じ遺伝子だったら、ある病気でいっせいに絶滅してしまうということもある。だからちょっとずつ違う遺伝子を作っておくんだよ。ぼくたちは遺伝子のカプセルなんだ。そのカプセルには可能性が詰まっている。もちろんそれは、今はぼくたちのからだのなかではなんの役にも立っていない遺伝子が子孫の代になって、動き出すことがある。それは、人間という形を変えてしまうものかもしれない。トンビがタカを産むということわざもあながちうそじゃないんだ」
「なんだか怖いような話ね」
 腕で胸を抱くようにちづるがいう。
「そんなことはないさ。長い生命の歴史の中で繰り返されてきたことにすぎないよ。遺伝子操作はそれを、人工的にやろうというわけさ」
「人造人間を作るの? 空を飛べるとか、水の中に長く潜っていられるとか?」
「ヒロシ、すこしSFの読みすぎじゃないか? そんなことして何かいいことがあるか? もちろん不可能じゃないけれど、コストがかかりすぎる。それよりは環境を人間につごうよく変えてしまおうとうわけさ。遺伝子技術のすごさ、環境を作りかえるというのはそういうことさ」
「でもさ、クローンは同じ遺伝子をもっているんでしょう。ということは、啓介がいま言ったような変化がおこらないということなの」
「そうだ。人間につごうの良い状態にとどめてしまうのさ」
「人間のクローンは作れないの」
「いまの技術では無理だ。でも可能になったところで作る必要はない」
「どうしてさ、ぼくなんか自分がもう一人いたら便利だな」
「浅はかなやつだなヒロシは。そんなやつは二人もいらない」
「なんだと」
「まぁ、怒るな。もしクローンを作ってもいいとしよう。そのときおまえならどうするヒロシ」
「そうだな、背は高くて美男子で、足が速くて、できれば数学ができる人にしたいな」
「それじゃクローンになりゃしない。まったくの別人だ。それは遺伝子を組み替えてつごうのいい人間を作りだす技術だ。オーダメイド・ヒューマノイドといわれている」
「足の早いやつ、頭の良いやつだけじゃおもしろくない」
「未来人の言うとおり。みんなおなじじゃ、おもしろくない、そう思うのが人間だ。そう、かりにヒロシのクローンを作るとしよう。ヒロシBだ。ヒロシAであるおまえが病気なった。ヒロシBから臓器をもらえばヒロシAはたすかるが、Bは死んでしまう。そのときおまえはどうする。もうひとりのヒロシを殺せるか?」
「無理だとおもう」
「そうだろ。だから人間は豚に人間の遺伝子をもった臓器を作らせようとしている。実際にだいぶ実用化が進んでいる。それはなぜだ」
「豚だからかな」
「そうさ。結局は人間につごうのいいものしかつくらない」
「でもさ、病気や怪我で失ってしまった機能を遺伝子操作やクローン技術で回復できれば良いんじゃないの?」
「二〇世紀の後半にはじまった人間の遺伝子の解明で、今世紀初頭には、どの遺伝子がどういう働きをするかも解明されている。もし人間のクローンが可能になれば、回復させたり治療するよりも、つごうのいいい人間を作るほうがコストがかからなくなるはずさ。病気の遺伝子をもたず、音楽の才能をもつやつ、スポーツの才能をもつやつ。人間のオーダーメードさ。そうすれば、医療費は低くなる。はじめから特定の才能を持つことがわかっているのだか、教育のコストも低くなる」
「遺伝子操作を突き詰めていくとそういうことにもなりかねないってことか」
「なんだか鳥肌が立つような話だな」

人間は生きるべきか死ぬべきか
|目次|

 いつになくまじめな啓介の熱弁をきいているうちにすっかり外は暗くなっていた。晩秋の夜は早い。群青色の空に輝き出した星を見てほっとした。親子連れとすれ違ってこころ安らいだ。
 それにしても恐ろしい話だった。治療するよりもつごうののいい人間を作るほうがコストが安いだなんて。
 だけど、ロンカン島でどんな生命操作が行われていたんだろうか。啓介も想像がつかないという。ナマコやヤシや千年草は、かたちを変えていないからばれないと思ったんだろうということだった。
 家に帰ると珍しくおかあさんがいた。みんなで揃って夕食なんて二ヵ月ぶりぐらいかな。きょうのおかずは、サトイモのけんちん汁と秋鮭のムニエルだった。
「おとうさん、どうして男と女がいて子どもが生まれるか知ってる?」
 食事が終わってお茶を飲んでいたお父さんに質問した。おとうさんとおかあさんは目を白黒させて、顔を見合わせて、みょうに決意をした顔でぼくを見た。
「ヒロシ。それはだな、精子と卵子があってだな、ゲホン」
「そんなことして知ってるよ。ぼくが聞いたのは、どうしてってこと」
「男との人と女の人が互いに好きになって、愛し合うと、精子と卵子が結合して、ねぇ、おとうさん」
 いつもは、おとうさんのこと「のりさん」なんて呼んでいるのにへんなの。
「そうそうだ。おかあさんのいうとおりだ」
 おとうさんもへんだ。いつもはおかあさんのことみさおさんなんていっているのに。
「あのね、それも知っているよ。どうして男と女がいて子どもがうまれるかというとね、遺伝子を交換するためなんだよ」
「へ?」
「は?」
「遺伝子を交換する。新しい遺伝子の組み合わせができる。新しい可能性をもった人間が生まれる、それが子どもの生まれるという意味さ。そんなこともしらなかったの大人のくせして」
「いや、すまん」
「ごめんなさい」
「別にいいけどさ。ごちそうさま」
 狐につままれたような顔の二人を残してぼくは食器を下げた。リビングからは、おとうさんとおかあさんが「ヒロシったら、子どもがどうしたら生まれるなんてしってるっていってたわよね」「うん、いってた」「そういうとしごろなのね」「そうだな」なんて話しているのが聞こえてきた。
 明日の学校の準備をして――といっても教科書はないから、学校に持っていく携帯端末のバッテリを充電しながら宿題をやった。
 そのあとで、寝る前の日課、メールのチェックをした。
 ロンカン島の生物が遺伝子操作の疑いがあると断定されてから、メールを開くと「ばか」「まぬけ」とだけ書いてある、寂しく心の貧しい人からのメールはほとんどなくなったけれど、自然保護団体からはあいかわらず嫌がらせのメールが届いている。いいかげんうんざりだ。メールは啓介にも未来人にもきている。
 なかでもライフキーパーズからのものが一番過激で、読んだ後に胸にスライムを貼りつけられたような気分になる。啓介はライフキーパーズからのメールの添付ファイルをあけたら、絞首刑になっている自分の写真があったといって怒っていた。おまけにウイルスが仕掛けてあったらしくて、パソコンが破壊されたんだそうだ。
 読もうかどうしようかなやんでいたら、チャットの誘いだ。師匠だ。

Tron こんばんは師匠。
TAKESI やぁ。寝るところだったかな。

 ぼくたちは会議室に入ってチャットを続けることにした。ぼくは師匠に、啓介が今日話してくれた内容を伝えた。

TAKESI 啓介君はずいぶんと難しいことを知っているんだね。感心したよ。確かにコストを考えると啓介君の言うとおりさ、残念だけど。でも、人間は、というか、動物はもともとコストがすべてじゃない。ずいぶんと無駄なことをしているのさ。コストというのはお金だけじゃないんだよ。時間にしても、エネルギーにしても、無駄なことをしているのが生き物なんだ。
Tron でも人間は遺伝子操作をしなければ生き延びられないんでしょうか。そうまでして生き延びるべきなんでしょうか。
TAKESI 人間も生物だ、生きる権利がある。問題はほかの生き物にもあるということだ。ところが人間はそうした生き物の権利を一方的に奪ってきた。だからこそ、自然保護団体が今回のように活発に活動している。そうとう嫌がらせをされただろう?
Tron 嫌がらせというか、脅迫です。ぼくたちが島の自然を破壊したら殺してやるなんていうのもありました。生き物の命を守ろうとしている人たちが人間の命を奪おうなんて言うのは変ですよね。
TAKESI それはまた過激だな。学校で習ったかもしれないけど、二〇世紀後半に日本で絶滅騒ぎになったトキという鳥がいる。すでに日本にはつがいを作れるほどのトキがいなかった。そこで、同じ種類のトキがいる中国からつがいをつれてきて日本で産卵・孵化に成功させた。「日本産」のトキが生まれた。でも、生まれたトキは、その後、生涯ゲージの中からでることはなかった。かえるべき田んぼが日本のどこにもなかったのだ。科学者はトキを作ることはできても、かれらが生きていた自然までは作ることができなかった。保護ということでいろいろなことが行われている。しかし、それらのほとんどが人間がなした行為で絶滅に追いやられた生き物だ。無駄なことだと思わないかい。罪滅ぼしにしてもあまりにおそまつだ。
Tron それでもやらないよりやったほうが良いんじゃないですか。
TAKESI ぼくはそうはおもはない。モーリシャスというところにドードーという鳥がいた。こいつもトキとおなじように人間に滅ぼされた。ところがドードーがいなくなってしばらくしてからこの島を調べた植物学者が気がついたんだ。島にあるタンバロコックという木には三〇〇年以上の老木しかない。実をならせるのに発芽しない。どうしてか? この木の実はドードーに食べられ、排泄されないと発芽されない仕組みになっていた。人間はドードーを滅ぼし、この木も静かな死に追いやっているのだ。こういう話を聞くたびに、学者のくせにといわれそうだけど、人間のDNAは、哺乳動物のドン詰まりの生き物として、他の生物を根こそぎにするように情報をインプットされているのかもしれない、とおもうことがある。
Tron それじゃあんまり悲しいです
TAKESI 生命が地球上に生まれてこのかた種の九九パーセント以上が絶滅している。つまり、絶滅するのは種の起源と同様当然のことなのだ。人間にせよ、ほかの生物にせよ、命あるモノはいつか死が訪れる。個人的な死は全体の死の予行演習にすぎない。だから、死はあれほどに悲しいのかもしれない。人間は進化の頂点にいる――と人間のおおくは考えている。進化なんてことを自分たちで考えたんだから当然だ。だれだって、サルよりも自分が劣っているなんて認めたくない。アリだって「まるで人間社会のようだ」といわれるけど、アリがそんなこと考えているわけじゃない。「社会を作ることを考える」という遺伝子があるかどうか知らないけれど、それが人間とアリに同じように作用しているだけかもしれないなんて考えはしない。 啓介君の言うように、ぼくらは環境を自分たちのつごうの良い方向に作り変えて生き延びてきた。でもそれは、もっと大きな環境を犠牲にしていたことをぼくらの脳みそは把握できなかった。いまそれに気がついて必死で取り返そうとしている。
Tron できるでしょうか。
TAKESI ぼくもできることならできると信じたい、というか信じている。でも、できないとわかったとき、人類はみずから絶滅の道を選ぶんだろうか。細胞が自殺するアポトーシスのように。いつ人間は滅びるのだろうか――。隕石がぶつかるのでもなく、人間が生まれてきたことがすでにとりかえしのつかないことだったということを認めることができるだろうか。
Tron ぼくら人間がうまれてきたことがとりけしがつかないことだなんて思いません。だって、いつだったか師匠がおっしゃったじゃないですか、人間は可能性の動物だって。啓介の言うようにぼくの体の中に有る遺伝子には可能性が詰まっているんです。かならず生き延びます。
TAKESI ぼくもそう思うよ。でも、人間と人間につごうの良いものだけが生き延びても仕方のないことさ。

 そのとき、会議室のドアがノックされた。アリスさんだ。入室を認証するとアリスさんが入ってきた。

Alice こんばんは。ヒロシ君、師匠さん。なにを話していたの。
Tron 進化論です。
Alice サルが人間になったって話?
Tron アリスさんは人間は生き延びられるとおもう。
Alice 人間っていうか、わたしのモットーは死ぬまで長生きしなくっちゃだけどね。
Tron あのーぉ、まじめな話です。
Alice まじめよ。だって人間はみんな明日も生きようって考えて生きているのよ。すっかり水も空気も汚しちゃったけど、なんとかしようとしているじゃない。そんなこと考えているのは、わたしの知る限り人間だけよ。チンパンジーがいくら頭がいいっていったって、地球の環境問題を考えているとは思えないもの。そりゃ人間がそうするのは自分のやったことの責任をとっていえばそれまでだけど、責任は感じているんだから、大丈夫だとおもうな。
Tron 希望ですか……
Alice ずいぶんと引っかかる言い方じゃないのヒロシ君。
Tron だって、師匠が人間が生まれてきたことは取り返しのつかないことだなんて言うもんだから。
Alice 師匠、純情な青少年に悪いことふきこんじゃいけません。
TAKESI 悪いことなどふきこんじゃいませんよ、わたしは。
Alice まぁ、たしかに師匠の言うとおり、取り返しがつかないから面白いともいえるわね。
TAKESI は?
Alice 取り返しがつくのなら努力しないし、悩みもしないわ。何度でもやり直しがきくのなら生きていても面白くないじゃない。だって、自分の人生はつまらなかったと考えて、自分のクローン作って、自分で育ててやり直したいというような人生を歩かせたとしても、それは自分の人生じゃない。クローンの人生じゃない。そんなの面白くない。
TAKESI たしかにそうですね。
Tron 啓介のやつもいってた、みんな同じになったら面白くないって。
Alice へぇ、君の友達にもしっかりした子がいるじゃない。みんな違うから面白いのよ。でも大切なことはこの場合の面白いには嫌なことも入っているってことかな。
Tron は?
Alice 嫌いなものがあればそれを克服しようとする、避けようと努力する。嫌なことも存在の意味があるということかナ。
TAKESI アリスさんのほうが教育者に向いていますね
Alice えへへ、それほどでもないですよ。ところでヒロシ君たちは大丈夫なの? だいぶマスコミに追いかけられていたみたいだけど。
Tron だいぶ落ち着いたから……。
Alice マスコミの人たちは自分たちが一番偉いと思っている人種だから。反省しないし。
TAKESI ずいぶん厳しいですね。
Alice きっとマスコミ人として生きていくのに適した遺伝子ってのあるに違いないわ。
TAKESI 女優に適した遺伝子なんてのが発見されたらすごいだろうな。
Tron ぼくは、いまからでも担任のタヌキの遺伝子を組み替えしたいよ。

 最初こそ深刻な話だったけれど、アリスさんが入ってきてくれたので、楽しい話になっていった。
 チャットを終わらせて窓をあけると街は眠っていた。家の中もひっそりとしている。ぼくも寝なくちゃ――。おやすみ、みんな。


島から千年草の花が消えた
|目次|

 ロンカン島で発見されたキメラ生物のニュースは、世界中に波紋を起こし、いろいろな憶測をよんだ。
 あいかわらず『マイオネ・デイリー』はぼくたちを「犯人」にしていて、小学生のくせにとんでもないやつらだと書いていた。それでもほかのメディアはこのころになると、冷静さを取り戻していたので、ぼくたちがやったとしたら、研究者を呼んで公表させることはないし、島を買ったのはつい最近で、とてもじゃないが遺伝子操作をした生物を造る時間はなかったということに気がついた。
 とうぜんそうなるとマスコミの関心はどこのだれがということに向けられることになった。
 ライフキーパーズは相変わらず、遺伝子操作は生態系を破壊する行為だ! と怒っていたけれど、マスコミが沈静化したように、ぼくらへの個人攻撃はだんだんと少なくなった。だからといって、マスコミもライフキーパーズもあやまってくれたわけじゃない。
 ちづるが、島をオークションに出した人間を探しだしたと連絡してきたので、ぼくたちは例によってネット会議室で話をしていた。

Tron ぼくらが買うまではずーっと一人がもっていたの。
Doll そうみたい。
kSuke だれなんだ。
Doll ヨーロッパの貴族。名前はフレデリク・アーシュリー。

 ちづるは島を買ったオークションを運営する組織に、島の前の持ち主について問い合わせた。かなり渋ったらしいけれど、オークション会社もニュースが世界的になってしまい、いずれ、会社にマスコミが殺到するのは目に見えていて、そのときにマスコミに知られるよりもちづるに教えたほうがいいと考えたようだ。
 そうすれば、マスコミに対しては会員規約で教えられないと突っぱねればいい。それでもくいさがられたら、買い主には教えたといえばすむ。当然マスコミはふたたびちづるに殺到する。それで、ちづるが元の持ち主の名前を明かしたとしても、それはちづるが、オークションの会員規約を破って教えたということになるから、その時点でちづるの会員資格を剥奪してしまえばオークション会社に傷がつかないという寸法だった。

Tron あやしいの?
Doll ごく普通の人だわ。自然保護運動にすごく熱心な人で、ライフキーパーズのスポンサーでもあるの。島を買ったのも自然を保護するためみたい
Tron それじゃ、なんで売ったの?
Doll 本人にもメールで聞いてみたんだけど、ほかにもっと保護しなくちゃいけない場所があるからとかいっていた。それに「島の自然を保護する買い主にのみ売ること」という条件をつけたので大丈夫だと思っていたといっていたわ。わたしたちが買ったあとの騒ぎもしっていて、どうしてそんなことになったのかわからないといっていた。本人は一度も島にいったことがないみたい。島の自然を壊さないでくれとたのまれたから、「わたしたちは島の自然を破壊するとは一度もいってない。言い出したのはライフキーパーズやスーパーの店長だ」って言っておいたわ。
kSuke おまえの友達の単三じゃなくて、タマさんにでも調べてもらったほうが早いんじゃないの。
Tron そうだね。連絡してみる。

 ところがそのころロンカン島でまたまた事件が起こっていた。咲いていた千年草の花が一つ残らず消えた。おまけに島を占拠していたヨイクたちも消えてしまった。考えられる結論はただ一つ、ヨイクたちが花を盗んで逃げた。でもどうして? 沖の船から島を見張っていたウポポさんもあっけにとられていた。
 ロンカン島から花が消えて二日後の日曜日、ぼくの家にみんながあつまった。タマさんもきた。啓介に言われて、島の前の持ち主フレデリク・アーシュリーについて調べてもらおうとタマさんに連絡すると、「そういうことなら、ぼくよりもヨーロッパにいるスコビエさんのほうがいいだろう」といって彼女に連絡してくれた。スコビエさんは、コンピュ・マフィア事件のときに手伝ってくれたジャーナリストだ。専門は武器の密輸。
「スコビエがヒロシによろしくだってさ。それから、ほかのみんなにも。はなつまみさんは元気か? ってきていたな」
「スコビエさんははなつまみさんのことが気にいったみたいだったものね」
 はなつまみさんは、本名は花菊狩人といって、駅前交番のおまわりさんだ。
「ちづるなんでそんなことしっているのさ」
「これだからダンシはいやなのよね。にぶいったらありゃしない。ほら、あの事件が解決したあとみんでで温泉旅行に行ったじゃない、そのとき、二人はカラオケでデュエットなんかしてたし、旅館の庭を仲良く散歩していたわ」
「へぇ、しらなかった」
「まぁ、その話はあとにして、スコビエさんが調べてくれた貴族のことを報告するよ。スクープだよこれは。まずは君たちに報告してから、ニュースにするそうだ」
 スコビエさんの報告書は次のような内容だった。
 フレデリク・アーシュリー、七六歳。イギリス生まれ。若いころはオーストラリアに政府の役人として派遣され、生活していた。本人はごく平凡な人間だ。ただし、財産が平凡じゃない。彼の父親がオーストラリアでウラン鉱山を開発し巨大な財産を築いた。四三歳の時に父親がなくなり財産を引き継いだ。それ以降は仕事引退し、おもにボランティアなどの社会活動に熱心になりだした。
 フレデリクは、父親から受け継いだ巨大な財産を社会のためにつかうことにした。自分自身が暮らす金には不自由しない。だからね、余ったお金は社会に流そうと考えた。
 そこで、かれは、まず、自然保護運動にてをつけてた。彼自身子どものころにあそんだイギリスの農園や、オーストラリアの自然を残すべきだと考えたらからだ。ライフキーパーズもかれの資金をもとに組織ができたんだ。ほかにもいくつも組織を支援している。
 しかし、自然保護団体は派手な運動をして、マスコミにアピールするのが関の山だった。それでも成果がないわけじゃなかったが、フレデリクの理想には遠かった。そこで、金持ちの彼は、自分で自然を買い占めようと思ったんだ。最初に買ったのがロンカン島だ。オーストラリアにいたときに一度島にいったことがあるらしい。
 フレデリクは、イギリスの海岸線や、渡り鳥のえさば、営巣地、珍しい植物の咲く山、沼川、とにかく買えるものは何でも買い取っていった。日本にも彼の持ち物がけっこうある。
 ところが、買っても買ってもきりがない。彼の財産にもきりはなかったけれども、地球をまるごと買えるほどじゃない。自然は破壊され、人々はそれを嘆くだけ。自然保護も人間の生活には負けた。かれはむなしくなった。
「それで島を売ったの」
 ちづるが口をはさんだ。
「いや。自分が買ったから自然が残されたのに、人々はそれに気がつかない。だからといって、かれは、そうしたことを自慢する人じゃなかったし、買ったものをわざと売って開発させて、人々に警鐘を鳴らすような意地悪いこともしなかった。フレデリクはひたすららあせっていたんだ。自分は年老いていく。自然はどんどん破壊されていく。どうしたらいいだろう。自分の代わりにこの地球を守ってくれる人を探し始めた」
「正義の味方か、ウルトラマンみたいなじいさんだな」
「啓介、なんだそれ?」
「ヒロシおまえ、二〇世紀のヒーローを知らないのか?」
「とにかくフレデリクは自分のめがねにかなう人間を探したがいない。子どもを育てるには年老いた。そこで考えついたのが、自分の分身を作ることさ」
「クローン?」
「そう。そのとおり」
「啓介がいっていたけど、人間はできないって」
「それを自分で確かめたのさ。フレデリクはロンカン島に遺伝子組み替えの研究所を作った。絶海の孤島だ。無人島だから人が立ち寄ることもない。それに間違ってへんなものができても、抹殺できる」
「へんなものって生きているんでしょう」
「そんなことよりも、成果があがれば発表したくなるのが研究者じゃないのか? 良く我慢できたもんだ」
 啓介が現実的なことを言う。
「だから、自然保護団体を利用したんだ。彼らは自然保護のためならば命を捨ててもおしくない。自然保護団体にいる研究者をつかった。それから、若い研究者も集めた。そうして島で研究をはじめた」
「自然保護団体の人もクローンなんていやがるんじゃないあの。ライフキーパーズだって、ぼくたちのことを非難していたよ」
「もちろん。研究者の中でもフレデリクの考えに賛成の人だけをつかった。それ以外の人間には、あくまでも、環境を回復させるための生物を作り出すといっていたのだ。人間じゃなくて、生き物を改造するんだ」
「島にいた新種の生き物がそうなの。成功したんだね」
「あぁ、環境改造生物のほうは、ある程度成果が出た。しかし、誤算があった。スーパーの店長がかぎつけたんだな」
「どうして」
「島の漁師がロンカンの近くで島から煙が上がっているのを見たというのだ。そこで、ひそかにかれはロンカン島に出かけた。もともと、自分の祖先の島だから、興味があったのだろう。ヨイクは島にいた研究者にたずねた。研究者のほうはびっくりしただろう。突然知らない人間がやってきたのだから。島にいた研究者はフレデリクに連絡をした。ヨイクだってばかじゃない。秘密になにかかやっていることぐらいわかった。だから、『ばらす』と一言いった。フレデリクたちは、医薬品の開発をしているんだとうそをついた。もうすこしで新薬ができる。それまでまってくれとヨイクに頼んだ。そこでヨイクは条件をつけた。自分のほしい薬を作ってくれとたのんだのだ。フレデリクたちは、しかたなく条件を飲んだ。しかし、島の存在がばれたからには、これ以上ここで研究を続けることはできないと考えて、研究所を閉め、島を売ったのさ」
「ヨイクがたのんだ薬ってなに?」
「太る薬さ」
     @
 フレデリクという人が遺伝子操作の工場を造っていたのはわかった。ウポポさんがみた家の跡は研究所の跡だったのだろう。ヨイクたちもいなくなって、ぼくたちの島は元の静かな無人島に戻った。
 スコビエさんはの記事はスクープだった。いつもは武器商人についてディープな記事を書いている彼女が、新しいターゲットを見つけたという人もいた。
 環境を改造する生物はできていた。巨大なナマコは石油を食べる。サンゴは海中に排出された金属を固定する。ヤシの実は二酸化窒素を浄化する働きを持っていた。ほかにもいろいろ開発したようだ。そうしたものは島から出て行く時に持ち帰った。ナマコやヤシは、かたちをかえていなかったので、ばれないと思ったそうだ。
 ヨイクの行方がわかった。レン島に戻っていた。ところがぼくたちの目の前に姿をあらわしたヨイクは別人のように太っていた。そして、たからかにマイオネ王国の復活を宣言した。もちろん、国民も支持しているので国際的な問題にはならなかった。
 自然保護団体とフレデリクは、ぼくたちを罪に陥れようとしたことを批難された。それに、自然を改造するという行為も批判されが、最終的には地球を考えてのことだからということで許されることになった。特に犯罪を犯したわけじゃないからね。しかし、ペナルティとして、島でひそかに開発された生物や薬も発表させられた。そのなかに太る薬もあった。それは、千年草に仕込まれていたんだ。
 ヨイクには千年草に薬が仕込んであり、花が咲いたらそれをつぶして飲めば良いと言い残して島をあとにした。研究所の人たちは島から撤退する時間稼ぎのためにそんなことをした。
 ヨイクは喜んだ。ところが彼らが島を売ることまでは気がつかなかった。ぼくらが島を買って、おまけに、新種の植物などを発見しちゃったためにあわてたんだ。そこで、太る薬を横取りされてたまるかって、ヨイクは島を占拠した。島がほしかったんじゃない、千年草の花がほしかったんだ。
「なんで太る薬なんだ」
「うん。マイオネではね、太っていることが美しいんだ」
「へ?」
「やせている人間は、栄養が悪い→食っていない→貧乏→生きているのに精一杯→周りを見られない→王にはなれない、ということになるらしい。ヨイクは昔から太っていないことがコンプレックスだった。それで、フレデリクたちが薬を作っていると聞いて、無理を承知で頼んだそうだ」
 ぼくたちの島は平和になった。島の生物はそのままにされた。彼らの命を奪う権利はぼくたちにはない。
 科学の手におえないところは、基本的には人間のためにと考え、作り出されていくことだ。人間のため――でもそれは、すずめにとっては迷惑かもしれない。犬にとっても耐えられないことかもしれないなんて、考えやしない。
 それでも人間は最後はやるんだ。人間は考えて可能なことはやるように方向づけられている。一度やって止めるかもしれないでも、一度はやらずに気がすまない。それが人間なんだろうな。
     @
 そしていま、ぼくたちはロンカン島にいる。冬休みを利用して出かけてきた。みんないっしょだ。龍野進さんもきた、スコビエさんもクリスマス休暇でやってきた。ちづるは無理やりはなつまみさんをつれてきた。
 スコビエさんは、はなつまみさんをみつけると、顔を髪の毛みたいに真っ赤にしていた。はなつまみさんはそんなことには気がつかずに「この前はカラオケ楽しかったですね」なんて気楽に挨拶していたが、ちづるになにごとか耳打ちされると、とたんに真っ赤になってしまった。いまもぼくらの目の前の浜辺を二人して歩いているけど、右手と右足を一緒に出して歩いている。
 龍野進さんは戦争で亡くなった妹さんの手の骨をもって、サンゴにさわらせたり、ヤシの実をもたせたり、砂でお城を作ったりしている。生きていればできたかもしれないことをさせてあげているんだ。お墓も作った。
 ぼくは星砂――サンゴの遺骸だ――の浜辺に座って、星を眺めている。上も下も星だらけだ。未来人は天体望遠鏡で星を観察している。
「なぁ、啓介この地球上に人類だけになったらどうなると思う」
「そうだな、草になる人間や、犬になる人間、魚になる人間、ライオンになる人間が出てくるんじゃない」
「どういうことさ」
「人間だけになったら、食べものがないんだよ。共食いするのかい」
「いやだな」
「そうだろ。だからね、生き残った人間が、劇的に変化するんじゃないかなってことさ。生まれてくる子どもが、サボテンになるとか。魚が生まれてくるとか……」
「うー、おまえのあたまんなかはどういう構造なんだ」
「なんだい、人に聞いておいて。でも人間だけじゃない。生き物はみんなそうやって生きてきたんだ。人間のDNAにはそうした情報が詰まっている。今はねむっているけれど。だから変わることができる」
 振り向くと、ヨイクが帰ってから咲いた千年草の花がひとつ、蛍のように淡い光をにじませながら潮風にゆれていた。(完)




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