ネットワーク探偵トロンの事件簿 2
ぼくたちの南の島をとりかえせ



作:ぶんろく

目次
南アメリカからの手紙
報酬はくもではなくてクマにして!
屋上から飛び降りた清水くん
ぼくたちの島が奪われた?
ちづるの復讐がはじまった
助っ人タマさんの帰国
駅前交番のおまわりさんをスカウト
わらしべ長者作戦GO!
謎ときがのこっていた


南アメリカからの手紙
 |目次|

326 Floors climbed……Effort level 7……1013 Meters……
「ふぅー」
 30分でようやく1000メートルか――。やれやれだ。
 天窓からさしこむ日差しは、汗をかいた肌をチリチリとさせるぐらい強くなってきている。雲は春のもやっとした雲ではなくて、地面からドクドクとわきでるマグマみたいな雲に変わってきている。庭の草花の緑も色鉛筆の緑から、クレヨンの緑に変わった。1年で一番時間が過ぎるのが速いとヒロシが感じる春はすぎて、もうすぐ夏だ。
 きょう、ヒロシの学校は休みだった。川辺小学校のコンピュータ・システムがこわれたのだという。バックアップ・システムは当然あるのだけれども、このさいだから、全面的に点検することになったのだ。朝になって学校から「お休みの連絡」が電子メールで送られてきた。
 学校が休みだからといって、さぼっていいわけじゃない。現代はヒロシみたいに「学校」に通っている子どものほうがすくないのだ。ほとんどの子どもが地域にある教育センターのコンピュータにアクセスして勉強している。小学校にはいるときには教科書の代わりに携帯型コンピュータと電子メールのアドレスがもらえる。
 バーチャル・スクールもあるが、それに属さない子どもも多い。先生がいないわけじゃない。オンラインで先生が教えてくれるんだ。テレビ授業だね。コンピュータは世界じゅうにつながっているから、海外の同じような学校に通うこともできる。教育も国際化がすすんでいるのだ。ぼくの友達にも、イギリスの学校にアクセスしている子もいれば、ブラジルの音楽芸能学校に勉強している子もいる。
 だから学校が休みでも、宿題はコンピュータを通じて送られてくるし、答えはやはりコンピュータに送るのだ。
 ただ、ヒロシの学校は古風な教育方針で、学校に「登校」させて、生身の先生が教えてくれる、20世紀スタイルの学校だった。
 というわけで、学校にいっていればちょうど体育の時間なので、ヒロシはフィットネス・マシンで「自主授業」をしているところだった。べつにやらなくてもいいのだけれど、ヒロシは運動が好きだからやっている。それに、油断すると太りやすい体質だから気をつけるようにといわれている。すこしは格好が気になりだした小学五年生だった。
 運動で緊張した筋肉をほぐすためにゆっくりと足を動かしながら、インターネットにアクセスする。さっきまで、山道を映しだしていたフィットネス・マシンのコントロール画面が検索ソフトにかわった。
「えーと。1013メートルというと、箱根のちかくの大観山を登りきったぐらいだ。こんどはもう100メートルぐらい高い奈良県の金剛山でもめざそうかな」
 ヒロシはついでに電子メールをチェックすることにした。散歩程度の速さの足踏みを続けながらメールを受信する。あらかじめ差出人を登録してあるメールは、メールソフトが自動的にそれぞれの受信箱に振りわけていく。デスクトップに残ったのは初めてのメールだ。
「まただ。70本も残った。最近やたらとスパムメールが増えたなぁ」
 スパムメールっていうのは、こちらのつごうにおかまいなく送りつけてくる宣伝メールのことだ。なかには、人の悪口をいったり、不幸の手紙みたいなものもある。
 変なメールに返事をだしたり、クイズに応募したりしないようにしているのに、最近やたらとおおい。おとうさんやおかあさんのところも同じみたいだ。もともと、通信販売の電子メールばかりが届くおかあさんのメールボックスは、いままでの倍もはいってくるようになったらしい。クラスの友だちの未来人や啓介のところもおなじらしい。
 ヒロシは心拍数が正常値にもどったので、マシンを降りた。メールの続きは自分のスペースで見ることにした。
     @
冷たいカルピスをつくってコンピュータに向かう。70本もの新規メールをいちいち開くのは面倒だ。なにがはいっているかわかったものじゃない。まずは自分のマシンをネットワークから切断する。そうしないと、メールを開いたとたんに自分のコンピュータに入っている個人情報――誕生日や好きなものなど――が自動的に流れてしまうなんていう、あくどいコンピュータ・ウィルスが潜んでいるものもあるからだ。
 コンピュータ時代の現代は、個人情報の管理は自分でやらないとたいへんな被害を受けることになる。役所や会社がもっている情報の管理はかなり徹底しているけど、いちばん、雑なのは本人だ。不用意に懸賞に応募したり、へんなメールを受け取ったりすると、とんでもないことになる。ネットワークにつないだままでいるのもあぶない。コンピュータネットワークの世界には、自動的に個人情報を回収してまわるロボットもいるんだ。
 ネットワークの要所要所には、そうしたわるいロボットを入れないようにする壁を作ったり、サイバーポリスが巡回していたりするけど、悪いやつはますます面白がって裏をかこうとする。
 ヒロシはとりあえずメールをまとめて選別ソフトにかける。なかをみなくても、含まれている文字を読んで、たとえば「あなただけに」とか「早い者勝ち」とか、「お得な情報」とか「これは違法ではありません」なんていう文句が書いてあるものは自動的に削除してくれる。いちど無条件で削除したメールの差出人からのものは次からは自動的に削除してくれる。
 それでも20も残った。やれやれ、宣伝を送るほうもいろいろ考えてくれる
 けっきょく残ったメールは全部、ビジネスや学習ソフトの勧誘だった。
 電子メールは便利だけど、こうして無駄な気遣いと時間を取られることも事実だ。
 すでに振りわけたメールボックスをみる。趣味が同じ仲間が集まって情報を交換するメールクラブからのものが3件と、個人のメールボックスに2件はいっている。
「あ、タマさんからだ」
 タマというのはハンドル名――インターネット世界での芸名ってところかな――で、本名は玉房裕司さんという。フリーのビデオ・ジャーナリストで、自分の興味のあるものを見つけて、世界じゅうを飛び回っている。しかも子連れで。6ヵ月ほど前に「これから出かけるからな」というメールをもらってからぜんぜん音信がなかった。珍しいことだ。
 いつもだと、取材のダイジェストがインターネットのタマさんのウェブページにながされるのに、この6ヵ月間1回も更新されなかった。
「いまどこにいるんだろう」

ヒロシ君 げんきですか。連絡をせずにすみません。いまわたしは、南アメリカのある国にいます。日本を出てからずーっとここで暮らしています。敦司も元気です。実はある事件――それも悪いやつら――を取材していたので、用心のため、連絡を一切取らなかったのです。相手に疑われないためには相応の用心が必要です。
 でもどういうわけか、子連れできていると、世界中どこでも、すんなりと受け入れてくれる割合が大きいのはなぜでしょう。不思議です。これで、奥さんがいれば完璧なんでしょうが、すべてを望むのはぜいたくでしょうね。
 いまの取材ももう少しで終わりです。ようやく連絡がとれるようになりました。1ヵ月月もすれば、君の家のドアをノックすることができるとおもいます。では。タマ

「わぁー。どきどきしちゃうな」
 タマさんは、お祭りや動物も取材するけど、一番得意なのは事件報道だ。これまでもなんども国際的な賞を取っている。タマさんの取材はだれもがインターネットでしることができるけど、取材のときの臭いや空気感をタマさんに教えてもらうのが何よりの楽しみだし、ぼくの特権だ。
 タマさんの子どもの敦司君と妹の楓子が同じ保育園で、送り迎えのときに知り合ったんだ。なんどかうちにも遊びにきてくれている。
 ぼくはタマさんに、四ヵ月前の人骨騒動の報告と、インターネット上の電脳都市「MAHOROBA」のゲームフィールドの大会で、未来人や啓介といっしょに勝ち抜いて、賞品の南の島を獲得したことを報告した。そのとき、ゲームを通じて親しくなった同じクラスのちづるにプロポーズされたことは恥ずかしいから書かなかった。

次のメールは――。ハルさんからだ。人骨騒動で調査を依頼してきた子だ。東京の下町に住むぼくとおなじ小学生。調査は無事におわって、それから、電子メールのやり取りをするメル友になった。

ヒロシ君 げんきですか。今日はお願いごとです。といってもわたしのことではありません。秋田に住むわたしのメル友のことなんです。いちどヒロシ君――Tronさん――に頼んでみたら、とアドヴァイスしました。あっ、いま迷惑そうな顔したでしょう? ちかいうちにメールが届くと思います。ではよろしく。
追伸 シャイロック・ヒロシのことも伝えてあるから心配なくね。チャオ! ハル
 
「なにがチャオだ! なにがシャイロックだ!」
 仕事に正当な報酬を受けるのが悪いのか。「もぉう面倒だな」
 こういう人づての紹介というのが一番やっかいだ。へたに断るといっぺんに二人の人間の信頼を失うことになる。あぁ。やだやだ。
 ハルさんの紹介を受けた人からのメールは次の日に届いた。

報酬はクモじゃなくてクマにして!
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僕らのクラス担任のタヌキの「ガッツだガッツだ」の口癖も、最近では耳に慣れてきて、聞いていると眠くなってくるようになった。いまもタヌキは電子黒板の前で分数の割り算を教えている。
「ガッツだガッツだ」といわれながら、計算を解いているのは、友だちの啓介だ。啓介は算数が苦手だから、もうちょっと時間がかかりそうだから、そのあいだにぼくは、メールをチェックすることにした。
 下敷きの端の指紋認識ユニットに親指をあててコンピュータを起動する。つづいて、中指をあててネットワークにログインした。この下敷き型コンピュータはお父さんのハンドメイドだ。
 朝、学校にくる前にチェックしたから新しく届いているメールは1件だけ。「マタギ」というハンドル名に心当たりはない。セキュリティをチェックすると、ハルさんの保証コードがついている。どうやら昨日のハルさんからのメールに書いてあった彼女のメル友のようだ。

はじめましてTronさん。とつぜんでご迷惑でしょうが、ハルさんからおうわさをお聞きしてメールを差し上げます。

(――どんなうわさかわかったもんじゃないぞ)。

わたしは秋田に住む国安一郎といいます。中学2年です。ハルさんとは、メールクラブ「Spiderクラブ」で知り合いました。じつはいまぼくはとてもこまっていて、それをハルさんにいったら、Tronさんに相談してみたらといわれました。
相談にのっていただけるようであれば、報酬はぼくのたいせつにしている「コレクション」から好きなものを差し上げます。
参考までにコレクションの画像を添付しました。

「Spiderってなんだろう?」とぼくはコレクションの画像ファイルを開けてしまった。
「ぎゃっ!」
画面いっぱいにでてきたのは蜘蛛の写真だった。
「どうしたヒロシ、自分の指だけじゃたりなくなって蜘蛛の手足も借りたいのか?」
 やばい、黒板で啓介をしごいているはずのタヌキがぼくの横に立っていた。結局、ぼくは啓介と並んで分数の計算をやる破目になった。
 ぼくは「Spider友の会」なんていうのに入っているハルさんをうらんだ。もちろん今回の依頼はどんなことがあっても断るつもりになっていた。蜘蛛のコレクションなんてもらってもぼくはちっとも嬉しくない。
     @
マタギさんからのメールの続きは、昼休みに学校のレストランで読んだ。僕たちの学校は、レストランでの給食だ。近所一人暮らしのお年寄りや、会社の人もやってくる。
 メールにあった困ったことというのは、つぎのようなことだった。

マタギ――これは国安さんのハンドル名だが、秋田の猟師の呼び名らしい――さんは秋田県の阿仁というところに住んでいる。大きな町まではちょっと距離があるので、趣味の蜘蛛グッズとか、学校の参考書なんかはインターネットで買うことが多いんだそうだ。
 最近は国安さんのところも宣伝メールが増えたらしくて、おまけに、彼の蜘蛛好きをしっているように、蜘蛛関連の商品宣伝メールが山のように入ってきているらしい。
 こまったことというのは、そうした、メールを通じて購入した蜘蛛にかんすることだった。
 インターネット上にある。おなじ趣味の人が集まる場所の掲示板で見つけた「クワガタアリグモ」を500円で買った。お金は振りこみ、蜘蛛も到着した。しばらくすると、別の見知らぬ人から「あなたの買った蜘蛛を譲って欲しい」と、メールがきたのだ。
 メールの差出人がいうには「掲示を見て買おうとおもったが、あなたに替われてしまった。ぜひ譲ってくれ」。
 ことわると、買ったときの2倍の値段をだすという。おかねじゃないというと、自分のもっている別の蜘蛛と交換してくれというのだそうだ。それも、日本では手に入らない蜘蛛だったが、断った。
 すると、脅迫まがいのメールがとどくようになった。コレクターの掲示板にも悪口を書かれたりした。管理者に連絡すると、「悪口だとわかれば削除する。先方の言い分をきく」という連絡が入り、数日後に悪口は削除されたが、そのころにはみんなに読まれていた。
 結局、国安さんは、その蜘蛛を手放した。ほかの蜘蛛と交換したんだ。でもそれは相手がいっていたのとはぜんぜんちがう、どこにでもいる蜘蛛で、国安さんはすでにもっているものだった。抗議のメールを送ると、宛て先不明で返送されてきた。ようするにだまされた。

インターネットを通じた売買のトラブルは、あとをたたない。通信販売に関しては、会社をちゃんと登録することが義務づけられているが、「1kカンパニー(名前だけ)」も多くて、注意しないとカスをつかまされる。一番危ないのが、国安さんがだまされた掲示板だ。
 こうした犯罪はだましたほうが勝ち。通販サイトがきちんとしたもかどうか確認せずに買い物をしたほうにも手落ちがあるのだ。これは現代では当たり前のことになっている。
 国安さんはその後クラブのメンバーに情報を流したところ、同じような被害に遭った会員が四人いることがわかった。蜘蛛を使った犯罪なんて――。
 それで、ぼくに調べてほしいというのは、この犯人と目的、そして、国安さんが手に入れそこなった蜘蛛の行方だそうだ。

「はー」
 メールを読んでもため息しかでない。報酬が蜘蛛では、意欲がわいてこない。事件としてはありきたりだし、インターネット犯罪は追跡がむずかしくて、ぼくの手にはおえない。国安さんには正直な返事を送った。

マタギさん メール受け取りました。ごめんなさい。サイバーポリスに相談してください。ぼくの手には負えません。では。

 悪いとはおもうけどごめんね。
 ところが、さすがにハルさんの友だちだけあってしつこかった。あっというまに返事がきた。中学生のくせに授業中もずっとネットにアクセスしているみたいだ。ま、人のことはいえないけどね。

Tronさん ハルさんのしりあいだというので、蜘蛛は喜ばれると思ったけど、ちがったのですね。ごめんさい。報酬は熊の爪でどうでしょうか? ぼくのお父さんはこちらでハンターをやっています。もう一度考えてくれませんか? できる範囲でかまいません。お願いします。マタギ

 熊の爪か、見たことないし――。しかたない引き受けるか。ついでに毛皮も少し欲しいな。
 シャイロックヒロシとしては、これぐらいの要求してもいいでしょう――ということで、返事を書いた。

マタギさん 引き受けます。データを送ってください。それから報告を送る際の暗号を開ける鍵になる認証コードも。
追伸 報酬に熊の毛皮(ランドセルの蓋サイズ)を追加してください。よろしく シャイロック

国安君は放課後になってからデータを送ってきてくれた。
 蜘蛛を買ったのが、スイスに本部があるインターナショナル・スパイダー・コムという会社が運営する掲示板だった。つぎに蜘蛛を買いたいといってきたのが、台湾に住む、王黄明という人だ。会社のほうはWEBアドレスがあるからアクセスしてみたけど、これといって怪しげではない。だけど、蜘蛛だらけなのでやめた。コンピュータのなかに巣でも作られたらたいへんだ。
 王さんのほうは事件後アドレスが抹消されているんだからどうしようもない。これじゃ調査といってもな……。そのとき学校のレストランにおいてある観葉植物の葉の上にいる虫が目にはいった。テントウムシだ。
「へへ。いいことおもいついちゃった」

屋上から飛び降りた清水くん
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それからの数日はテントウムシをつかまえることに熱中した。一人ではまにあわないので、未来人や啓介にもわけをはなして手伝ってもらった。おかげで大きいの小さいのいろいろつかまえることができた。
 観察箱のなかには、60匹ちかいテントウムシが集まった。これだけ集まるとちょっと気持ち悪い。虫眼鏡で眺めて模様が面白いものを3匹ほど選んであとは逃がした。その3匹をさらに比べて、1匹を選び出した。
 テントウムシは模様の変異が多くて、1匹として同じ模様のものがいない。人間の指紋みたいなものだ。僕が選らんだ1匹は、背中の模様が人の顔みたいに見える「人面テントウムシ」だった。
 さっそく、デジタルカメラで画像をハルさんに送る。

ヒロシ君 このテントウムシどこで捕まえたの? わたしにくれない。ぜひちょうだい。お願いします!

つぎに、ハルさんに、国安君にぼくのテントウムシと何かを交換しようともちかけてみてもらった。こちらも作戦成功――でも国安君はもともとだまされやすい人なんじゃないだろうか。ちょっと心配になった――。
 そして、このテントウムシを、国安君が蜘蛛を買うきっかけとなった掲示板に「交換希望」としてだした。交換希望はイナズマハエトリという蜘蛛だ。
 いっぽうスイスの会社からは、掲示板利用に関する規約や会社にかんする詳細なデータが送られてきた。スイスにあるけど、本当はアメリカが本社みたいだ。それに南アメリカやタイなど、世界中に支社がある。でも、これといってあやしいところはない。
 さっそく交換希望がまいこんだけど、ぼくはかたっぱしからことわった。それでも脅迫メールはこなかった。2日ほどして、国安君と交換したことにして、テントウムシは引っこめた。
 同時に、王黄明という名前を検索してみた。4000近いヒットがあった。
 よくないこととわかってはいたけれど、そのすべてに、「珍しい蜘蛛希望。交換希望」というスパム・メールを発信してみた。
 返事が来たのは2通だ。一つはアメリカに住む中国系の人。もう一人はオーストラリアにすむ中国系の人だった。この二人とは、国安君とハルさんの手ほどきを受けながら、何回かメールをやりとりしたけど、国安君が被害を受けた人ではないことが判明した。調査は行き止まりだ。
 ぼくは「熊の毛皮はむりだな」と、あきらめた。
     @
2週間後――。
「おいヒロシ、こないだのテントウムシはどうなった」と、学校の食堂で話しかけてきたのは、啓介だ。未来人もその隣りで天丼を食べている。
「あれは、どうも失敗だったみたい。国安君と同じようなケースには出会わなかった」
「犯人も同じところじゃやらないだろう。やるとしてもすこし時間を置くんじゃないかな」と未来人がいう。いつもながら冷静な分析だ。
「そうだね。未来人のいうとおりだ」
「じゃ、熊の皮もなしか?」と啓介。
「もちろんだよ」
「名探偵ヒロシもたまには失敗することもあるってことか」
「別に探偵じゃないよぼくは」
 その時、校庭で「きゃー」とも「ギヨワー」ともつかぬ悲鳴があがった。
 廊下をダダダダぁーとタヌキや教頭先生が走っていく。食堂の窓からは校庭が良く見えないんだけど、正面玄関の前に人だかりができている。遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
 気がつけば啓介がいない。野次馬根性――啓介は「好奇心といえ」と怒る――では、誰にも負けない彼のことだから、今ごろは、人垣をかき分けているころだろう。未来人は、天丼についていた沢庵をポリポリと食べている。いつのまにか食堂にはぼくと未来人以外誰もいない。ぼくもいこうかとおもったけど、救急車がくるということは、怪我人がいるということで、苦しんでいる人を見るのは好きじゃなかった。それに、放っておいてもそのうち啓介が詳しく報告してくれるだろう。
 しばらくして戻ってきた啓介の話をきいてぼくは驚いた。
「大怪我だ。4年3組の清水昭弘というやつらしい。屋上から飛び降りたんだ。飛び降りるところを、校庭で遊んでいたやつがみている」
「助かるのか?」と未来人。
「俺が見たときには、ピクリともしなかったけど、タヌキが脈を診たらまだあったようだ。それに、落ちたところが、昨日、1年生がナスやピーマンを植えたばかりの花壇だったのが良かったのかもしれない」
「なんで飛び降りたんだ」と僕はきいた。
「しるかそんなの。本人に聞いてくれ」と啓介。彼のいうとおりだ。
「でもな、そこにいたクラスのやつの話じゃ、清水ってやつは最近元気がなかったそうだ」
「元気がないだけじゃ人は屋上からとびおりないぜ」
「まだ話の続きがあるんだ、ヒロシ探偵」
「あぁ、ごめんごめん」
「どうやら、やつはおととい警察に捕まったらしいんだ。捕まったというか、実際は話を聞かれただけなんだそうだけど、それから、やつの元気がなくなってしまったっていうんだな」
「警察に話を聞かれたということで、いじめられたんじゃないのか」
「いや、そういうことはなかったらしい。清水が友達から買ったゲームソフトのことで話を聞かれたというんだよ。買ったのは2ヵ月前だ」
「ずいぶん前だな。なんだってそんなことを聞かれたんだ」
「ソフトが海賊版だったとか? 違法にコピーされたものだったとか?」
「いや、盗まれたものだったんだ」
「でも清水が盗んだんじゃないんだろう」
「もちろんだ。清水が買ったやつからも買ったことは確認できたらしい」
「でも、どうして盗んだものってわかったんだ」
「清水が買ってから1ヵ月後に別のやつに売ったんだ。友達だ。そいつもまた別のやつに売った。これは誰かわからない」
 中古のゲームを売り買いするのはすすめられたことじゃないけど、現実には多く行われている。そうでなくちゃ、次から次へと出てくるゲームを買えやしない。
「しかし、短いあいだに良くそこまで聞き出したな」
「聞き出したんじゃないよ。みんなかってに話してたんだ」と、啓介は放り出していったやきそばをくちにほおばりながらいった。
 その日の午後の授業は休みなった。先生たちが警察に話を聞かれることになったからだ。
 啓介は、清水と同じクラスの下級生に声をかけて話をあれこれと聞き出している。未来人は清水からソフトを買ったやつに話を聞いている。同じサッカークラブのやつだ。僕はなにもすることがない。
 家に帰ってしばらくすると啓介と未来人がやってきた。彼らが聞き出した話を教えてくれた。
「清水がソフトを買ったのは、同じ4年の山下というやつだ。そいつは町の中古ショップで買ったといっている」と啓介。
「清水がソフトを売ったのは、5年1組の朝比奈というやつ。で、朝比奈は中古ショップに売ろうとおもって出かけたときに、店の前で声をかけられたやつと交換したらしい。どこの誰かわからない」と未来人。
「盗品とわかったのはどうして?」
「わからない」と二人は同時に答えた。
 その答えは、夜のニュースでわかった。清水君の飛び降り騒ぎを報じる中で、ゲームソフトの密売組織のことが報道されていた。その組織は、高校生を中心としたティーンエイジャーで作られているらしい。組織はインターネットを通じて、国内だけでなく、海外にまで広がっているという。
 たまたま、メンバーの一人が、中古ソフトをインターネットで売ったあいてが、それを盗まれた本人だった。ソフトなんて誰のものかわからないけど、その人は、買ってきたソフトに目印をつけて、それを写真にとって置くという、執念深いというか用心深い人だったのだ。
 それで、その人は警察にとどけ、売った相手が調べられて、組織があることが分かった。これまで、そうして、売買したものは1万枚以上になるといった。しかし捕まったやつも誰が盗んだまではしらなかったし、組織のインガソットコムingasotcom(国際ゲームソフト貿易会社)の連絡はメールで行われていて、それも、他人のメールアドレスを盗んで連絡を取り合っていたらしい。
 組織はソフトを売買できれば、それで利益を上げていた。最初は盗んだもので元がただなんだから。
 捕まったやつも盗んだものとはしらなかったといっているらしい。本当かどうか疑わしいけど、実際に盗まれたのがサッポロで、捕まったのは四国だった。
 で、四国でつかまったやつがもっていたお客のメールアドレスのリストに、清水の名前が入っていたんだ。四国のやつはその世界じゃ名の知れた中古ゲームの売人だったらしい。
     @
次の日、未来人と啓介と学に行く途中、ニュースのことが話題になった。
「でも名前があっただけで、清水君は悪くないんでしょう? なんで飛び降りるのさ」と、ぼくが素朴な疑問を口にした。
「警察でひどいこといわれたのか?」と啓介が未来人に聞いた。
「いや、それが、朝比奈も同じように警察に話を聞かれたけど、そういうことはなかった、といっている。もちろん、盗品と知っていたか? とは聞かれたけど、知らなかったといい、あとは買ったときの金額と交換した相手のことを聞かれておしまいだったといっていた」
「交換した相手はしらなかっったんでしょう」
「あぁ、それで、朝比奈は、警察の人にしつこくきかれたらしんだけど、彼が話した相手の人相風体をモンタージュすることでようやく許してもらえたらしい」
「その人は四国の人じゃないの?」
「ちがう」
「四国の人はどこで買ったのさ」
「インターネットで交換したらしい」
「それは清水に売ったやつも同じだ。警察は恐くなかったといっていた」
「じゃ、なぜ? 清水君は気の弱い子だったの?」
「うーん、クラスのジョシの話だと、目立たないダンシだったけど、気が弱いというわけじゃなかったらしい。ジョシの話だから間違いない」
 それは僕もそう思う。この年頃のジョシのダンシにかんする人物評は洞察力にあふれている。あいてが、自分の関心のないダンシだと、優しさにかけるのが難点だけど。

ぼくたちの島が奪われた?
|目次|

結局、なにもわからないままだった。病院に運ばれた清水君は命こそ助かったけど、意識は戻らないままだ。
 そうこうするうちに、身の回りで国安君と同じような被害に遭う人が続出したんだ。まず最初は啓介。
 宿題代行ソフトという怪しげなものをかったら、「ソフトにバグがあったので交換するので返品してくれ」といわれて返したらそのまま逃げられた。お金ももどってこない。メル友の一人、龍野進さんもやられた。入れ歯の色を自由に変えられるキットというやつでひっかかった。一度塗ったら色が落ちないのだ。未来人も被害にあったみたいだけど、なにもいわない。
 通販マニアのぼくのおかあさんも被害にあった。宝石をかったんだけど、「じつは当方の手違いでグレードの低いものを送ってしまったので交換します。ご注文通りのものをおくりますので、交換してください」というメールがきた。啓介と違っておかあさんはおとなだから、最初に来たものを宝石の鑑定士にしらべてもらったら、メールに書いてあったとおりだったので、「まぁ、良心的な通販ね」ということで、交換してもらったら、送ってきたのはもっとグレードの低いものだった。
 こうなると、石をなげれば被害者にあたるというぐらいだ。
 話を聞くと、ちょうど欲しいなとおもっているものの宣伝メールがくるんだそうだ。国安君の場合と同じだ。なんで、そんなことがわかるんだろう、とふしぎだけど、よくよく聞いてみると、みんなお気楽に電脳空間にあふれている景品つきのアンケートなどに答えている。しばらくするとメールがきて、詐欺に遭う。ほんと、不注意だ。
 でもどれも犯人はみつからなかった。
 結局なにもかもわからないままの日々が過ぎた。なんだか、洗っても洗っても落ちない油汚れのような気分で、すっきりしないのだった。啓介も未来人も同じようだった。おかあさんはいかり狂っているし、龍野進のさんは変な色になってしまった歯をむき出しにするので恐かった。
 でも、僕にとってはどれも「みんな不注意だよ!」といって笑っていればすむものだったのだが――。
     @
数日後――。
 今日はお父さんが出かけているので妹の楓子をぼくが保育園まで迎えにいかなくてはいけない。家を出ようとしたら、いきなりドアが開いた。ドアのノブをつかもうとしたぼくの手は空をつかんで、ぼくはそのまま外に倒れるように出てしまった。そして、ドアを開けた人――ちづるに抱きついてしまった。
「あわわわわ。ごめん」
 わけもなく真っ赤になりなりながらぼくは謝った。でもちづるは気にするわけでもなく、どことなくうわのそらで、顔色も悪かった。
「どうしたの」
「ヒロシ君、大変なことになったの。助けて」
 といわれても、なにがなんだかわからないから、とりあえずちづるを家にいれた。そして、急いで楓子を迎えにいくから待ていてといって家を出た。
 誕生日におかあさんに買ってもらったマウンテンバイクを猛スピードで走らせて、楓子を迎えにいった。途中で未来人にあったから「ちづるになにかたいへんなことがおこったらしい。今ぼくの家にいるから、いってあげて」と頼んだ。
 ちづるはぼくと同じ小学校に通う子だ。商売上手で才能もあって、おもちゃのデザイン会社の取締役をしている。先日の人骨騒動の最中にネットワークゲームで獲得した南の島のリゾート開発会社の社長でもある。
 保育園で楓子を拾って、家に取って返す。楓子はスピードが楽しいのか、後部座席でキャッキャいって喜んでいる。変なやつだ。
 家に着くと未来人のほかにもう一人、啓介もきていた。未来人が声をかけてくれたようだ。啓介もぼくの友達だ。南の島の取締役でもある。社長の一大事とあっては、駆けつけないわけにはいかない。
 あいかわらずちづるは青い顔している。未来人も啓介も声をかけあぐねているようだ。帰ってきたぼくの顔をみてほっとした表情を見せる。
 ちづるが大好きな楓子がじゃれつくのを、おやつを与えて封じてからぼくはちづるに聞いた。
「おまたせ。で、助けて欲しいということだけど、ご依頼のむきはなんですか?」
「ご依頼って、ひろし、おまえ、友達からも報酬を受け取るのか?」
 啓介は怒り出した。冗談が通じないやつだ。
「まぁ、それはちづるの話をきいてからだよ」
「からだもさらだもない! 友達が困っているというのに、おまえというやつは」
 どうやら本気で怒ってしまったみたいだ。
「とにかく、黙っていてはわからないよ、ちづるさん。たいへんなことってなに?」
 ちづるは、首から重りでもさげているようにゆっくりと顔を上げた。泣いてはいない。じーっとぼくの顔を見ていたちづるさんの顔が急にクシャっとなったと思ったら、泣きだした。
「くやしー。くやしーくやしー……」
 途中から数えていたら、ちづるは「くやしー」と七六回言った。とめないとまだいいそうだったからぼくは聞いた。
「だから、なにがくやしいのさ?」
「わたしだまされたの! あの島を……」
 今度はぼくらが青くなる番だった。
「あの島って、あの島のこと?」とぼく。
「おれたちが苦労してゲームで手に入れた島のこと?」と未来人
「おれが取締役になるはずだった、あの島のこと」と啓介。
「そう」
 ぼくたちは、4ヵ月前に電脳都市「MAHOROBA」のゲームフィールドの大会で見事優勝して、賞品に南の島をもらった。決勝まで勝ち抜いたのは、ぼくと未来人と啓介だったが、決勝で勝負を決めたのはちづるだった。
「そうって! いったいどういうことなんだ!」とぼくら三人は声をそろえてちづるに向かって顔をつきだした。
 ぼくらが怒ったように聞いたので、ちづるはむっとしたらしい。急に「あなたたちにも責任があるんだから」と、逆に攻撃に出てきた。攻撃に対して攻撃する、これがちづるの喧嘩の作法だ。
「あなたたちに任せていたら、あの島は何の利益も生まない。つまり私たちは幸せになれないから、あの島のリゾート開発計画を公表して会員権を発売しようということになったでしょう。あなたたちは反対しなかったわよね!」
「うん、まぁ」
 反対しなかったといわれても、反対のしようもなかった。ぼくらには反論するだけの計画を考える能力がなかった――ぼくは島の森の中に小屋を建てて暮らすということしか考えていなかったし、未来人は岬に先に天文台を作る、啓介にいたっては、いってから考えるだったのだから。
 それにたいしてちづるが出したプランは、ぼくらの夢をかなえたうえに「おつり」がくるほどすばらしいものに見えた。それになんていってもビジネスパーソンとしてすでに成功しているちづるの言葉は真実味があったのだ。
「べつにちづるさんをせめるわけじゃないよ。驚いているんだよ、ぼくらは。それはわかるだろう。怒る前にぼくらにちゃんと説明してくれなくちゃ。それが先じゃない?」と、未来人が冷静に言うと、ちづるも反省したのか「ごめんねみんな。ちづる、一生の不覚。こんな簡単な手口に引っかけられてしまうなんて」
 ということでちづるが話してくれたのはこんなことだった。
 島をゲットしてから、すぐに開発計画をつくり、インターネットを通じてリゾートの会員権を発行し募集した。1口五000万円。高いみたいだけどこれで一生使える。それに「安くするとかえってうさん臭く見える」からというのがちづるの意見だった。
 募集は200口、合計で100億だった。ちづるのいうように、会員権はあっというまに売れた。それを全部だましとられたのだという。
「じゃ、ぼくらの島はどうなるわけ?」
「島はそのままよ」
「じゃぁ、なにが問題なんだ」
「8億円の借金が残ったのワタシタチ」
 ちづるは最後の「わたしたち」だけ、やけにはっきりといった。
 8億円がものすごく大金だということはわかるけど、あいかわらずぼくたち3人はおでこに ? を貼り付けていた。
「どうしてだましとられたの?」
「だまされたのなら、警察に訴えればいいんじゃないの?」
「だれにだまされたの?」
「もう質問ばかりしないでよ」
 ちづるは逆切れしている。でも、今日はぼくたち3人も引っ込んではいなかった。声をそろえてちづるに質問した。
「だれに、いつ、どうして、だまされたの? 教えて!!」
 さすがに、3人に詰め寄られてちづるもちょっとしゅんとなった。
 たしかに連帯責任は取締役にもあるんだろう。でも、最終責任は社長だ。だれがどう見てもそうだ。それに、ぼくらはちづるとちがって投資のプロじゃない。今回のプロジェクトはちづるのものなのだ。
 ちづるは、もう一度、説明を始めた。
     @
インターネットを通じて募集した会員権はまたたくまに売れた。世界じゅうから申し込みと同時にお金が振り込まれてきた。ぼくらが設立した「サザン・アトランティス株式会社」の銀行口座に確かにはいった。それはぼくらも口座を見せてもらって知っている。
 ちづるはその残高を担保に銀行から100億のお金を借りた。お金を担保にお金を借りるなんてよくわからないけど、よくあることらしい。
 そのお金で島の整備に関するさまざまな投資を行う準備を始めた。港の建設などすでに始まった工事もある。
 ところがだ。ちづるのそうした行動をみていたかのように契約の解約が始まったのだ。あっというまに全部。すべて、無条件で解約できる期間内の出来事で、違約金も取れない。100億円あったお金はすべて消えてしまった。そして、ぼくらには100億円の借金が残った。
「そんなばかな――。ぼくらが島を整備するために結んだ契約も破棄できるんじゃない? すくなくとも始まっていない工事はできるでしょう? それに僕らだってだまされたんでしょう?」
「だまされたけど、それは証明できないわ。正規の手続きの解約だもの。たしかに、未来人君のいうように、わたしたちが結んだ契約のすべてがキャンセルできないものではないわね。しかし、私たちの契約も正式で、あいては何も知らないわけだから、工事が始まっていなくても、準備を始めていれば違約金を請求する正当な権利があるの。というわけで、違約金としてどうしても払わなくてはいけないのが8億円。残りの92億は銀行に返せばいいけど、8億円の利子もあるしね。1時間でも速く手を打たないと、借金は増えるばかりよ。あぁ、くやしい。どうしてこんなばかな手に引っかかったのかしら」
「ちょとまってよ、ちづるさん。だまされたというけど、なにか証拠があるの?」と、冷静な未来人がたずねた。
「タイミングよ! 第一に会員権があっというまにうれたこと、第二にこちらが島を整備する工事にかかった直後ということ、そして、そのときに、あの島が実は火山島でちかく噴火しそうだという情報がながされたこと」
「火山って? あの島は隆起珊瑚礁だから、そんものないよ。一番高いところでも海から15メートルしかないんだから」と、ぼく。
「だから、それは、お金を引き上げる口実をつくったのよ」
「だけどだれが、なんのためにそんなことしたんだ。200人の人たちがぐるなのか」と、啓介は怒りのぶつけ先を見つけようとしている。
「それはわからないわ。でも、一人残らずというのがあやしいのよ。いまにも噴火しそうな火山があるという情報はほんとかどうかの確認も1件もなかったわ」
「取り戻す手だてはないの?」
「島を売ったら?」
「8億もの価値はないわ」
「ぼくらにも8億ものお金はないよ」
「あら、だれがあなたたちに払えといった?」
「へぇ?」
「8億はわたしの責任で返済します。おもちゃのキャラクターの権利を一つ二つ売ればなんとかなるわ。それより悔しい。悔しくて悔しくて角が生えてきそうよ」
 ぼくらはほっとしたのやらなんやらわけがわからなくなってしまった。借金はできたけど、ぼくたちは払わなくていいらしい。
「そこでなの。わたしは絶対、今回の犯人をつかまえる。なにがなんでもつかまえる。あなたたちも協力してね」
 どうやら顔色が悪かったのは、借金ができたことではなくて、だまされたことに対して猛烈に怒っていたかららしい。
「手伝ってといわれても、どうしたらいいかわからないよ」
「それはこれから考えるから――」ということで、ちづるは足音も猛々しく帰っていった。
 残されたぼくたち3人は、なんだかボォーっとしてしまって、黙ってしまった。沈黙を破ったのは未来人だ。
「とにかく、とんでもないことに巻き込まれたことはたしかだけど、お金の問題だけはちづるが解決してくれるようだから……。ちづるがどんなことを手伝えというのかわからないけど、彼女はすくなくとも社長の責任を果たしているようだから、ぼくらも手伝おう」
「まぁ、そうだな。とにかくだ、ちづるのいうようにだましたやつはゆるせねぇ」と啓介は怒っている。
「でも、いったいだれが悪いわけ?」とぼく。
 3人で考え込んだまま、夜になってしまった。

ちづるの復讐がはじまった
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それから数日は、学校でちづるに会うことはなかった。どうやら休んでいるらしい。家に電話をしてみたけどだれもいない。
 啓介なんかは「夜逃げしたんじゃないか?」なんて言い出すし、未来人も「借金のトラブルに巻き込まれたんじゃないか?」と心配なようすだ。
 でも、お金は返すんだから逃げる必要もないと思うんだけど、とぼくは思った。
 結局、ちづるが学校にでてきたのは1週間後だった。登校して教室で彼女の姿を見つけたぼくたちはちづるに詰め寄った。
「どこいってたんだ?」
「なにあわてているの? 夜逃げでもしたと思った?」
 ずぼしだったので、啓介はばつがわるそうだ。
「ちづるさんを甘く見ないでね。キャラクターの権利譲渡の件でアメリカに交渉にいってたのよ。商談は成立。借金精算! おつりがきたわ!」
 ほらみろ、ちづるが夜逃げなんかするわけないじゃないか、とぼくは未来人にめくばせした。
「商談成立記念とアメリカで耳にした面白い話を聞かせるから、放課後はわたしの家に集合よ! わかった? 社員諸君!」
「はーい」
     @
その日の昼休み、学校の食堂で龍野進さんにあった。メル友の龍野進さんは近所に住む老人だ。学校の食堂は地域に解放されていて、こうしてお年寄りや子ども連れのおかあさんも見かける。
 龍野進さんには、先日の人骨騒動でお世話になった。でも、同時に龍野進さんの思い出をほじくりかえすことにもなってしまい、迷惑をかけたような気持ちになっていたので、声をかけそびれてもじもじしていると、「ぼうずどうした? ウンチか」と聞いてきた。
「ちがいますよぉ」
「じゃぁなんなんだ、もじもじしよって」
「べつにぃ」
「ふん。なんでもいいからここに座れ」
「はい。痔の具合はどうですか?」
「すっかり良くなった。おまえらの島に招待されるのが楽しみじゃ!」
「うっ」
「どうした?」
「いえなんでも……」
「なんでもないという顔じゃないなぁ。なんか隠し事か? この龍野進にもいえないことか。まぁ、いいたくなければいわなくてもよい。悪事であればいずれわかることじゃ。ちづるにでも聞いてみるかな? どうしたひろし目を白く黒させて、ハハン、ちづるに関係することか? 喧嘩でもしたか。あの子はなかなか気が強そうだからな、おまえもふりまわされてたいへんだろう」
「ええ」
「正直だな、ヒロシ。あぁ、ちづる!」
「グエッ」
「うそだよぉーんだ」
「こら龍野進! いじる悪じじい!」
「ハっハハンだ。おまえが隠しごとなんかするからだ」
 結局、龍野進さんにからかわれているうちに昼ご飯の時間も残り少なくなってしまった。食器洗い場にいくとちづるがいた。食器を自分で洗うと10ポイントたまる。200ポイントで給食2回分のキャッシュバックだ。8億円の借金をポンと返したというのに、食器を自分で洗って10ポイント稼ぐつもりらしい。金持ちになる人は心がけがちがう。
 ぼくは食器を洗いながらちづるにいった。「龍野進さんには例の件黙っていてくれないか?」
「おそいわよ。もう伝えました。龍野進さんだけじゃなくて、アリスさんやハルさんや、師匠にも。さっき龍野進さんと話してたじゃない。なにかいってなかった?」
「ううん、なにも」
 どうりできょうは意地悪なことばかりいうと思った。まぁいいか。
     @
放課後、ちづるの家にいった。びっくりした。いつも前をとおっている駅前の20階建てのビルの最上階がちづるの家だった。ビルはちづるの持ち物だという。1階下には、ちづるの会社がある。
 おかあさんに案内されてちづるの部屋にはいると、啓介と未来人がふかふかのソファにこちこちになって座っていた。窓が大きくあいている部屋で遠くに、東京湾に面してある巨大なテーマパークのシンボルが見える。
「すごいね。この部屋」
「ありがとう」
 ちづるのおかあさんが運んできてくれたおかしやジュースで、借金返済記念の乾杯をして、しばらくはちづるのアメリカの話を聞いた。
 ちづるがデザインして、日本や東南アジアで大人気となったキャラクター「ネコのカポロン」のデザインをアメリカの有名なおもちゃメーカーに売ったのだ。
「カポロンには、これままでもだいぶかせがせてもらったからいいわ。また別なの考えるから」と、ちづるは惜しがるふうでもない。自分に自信があるのか、強がっているのか、わからないけど……。
「それでね。面白い話しっていうのはね。コンピュ・マフィアといわれる組織の話なの」
「マフィアって、ギャングかい?」
「そうよ。でもね、この組織は、構成員も人数も、本部の場所もわからないのね。インターネットを通じて組織されたものだから。表向きはあやしげな薬とか、臓器移植用のドナーの売買とか、国家情報のハッキングとか、ときには、特定のコンピュータを狙い撃ちした破壊活動もするそうなの。あとは個人情報の消去とか捏造ね。悪人が善人になり、善人が悪人になる。現実に、生きている人が死んでしまったり、死んだはずの人が20年後に突然よみがえったりするわけ」
「ふーん。でも日本じゃまだ聞かないね」
「そうでもないみたい。組織が大きくないだけで、メンバーはいるみたいよ」
「やっぱり拳銃とか売るのか」と啓介がきいた。
「インターネットねずみ講なんかものそうなの」とぼくがたずねる。
「そういうこともあるみたい。でも、さっきいったように表向きはいかにもわるいことをやるんだけど、本当のねらいはべつのところにあるんだって」
「そういう悪いことして稼いだお金で病気の人を助けているとか?」といったのは啓介だ。そんな顔をしていっているのかと見れば、ちづるのおかあさんが焼いたクッキーを口にほおばり両手にもまだ持っていて、「なにか?」という顔を返してきた。
「……」
 ちづるは目だけで「あきれてものも言えないわ」といった。
「お金を売ったり買ったりしているの」
「相場師か! おれの曾おじいさんがそんなことをやってたらしい」と啓介がいった。
「そういうことじゃなくて、そのままでは使えないお金とか、でどころがわかるとまずいお金をうったりかったりするのよ」
「どういうこと?」と僕は尋ねた。啓介に任せておくと話が一向に前に進まない。
「たとえばヒロシ君が、啓介君に鉄砲をうったとするわね。ヒロシ君はその代金をそのまま使ってもいいんだけど、もしサイバーポリス見つかったらえらいことだわ。だから、ヒロシ君はコンピュ・マフィアにそのお金を買ってもらうわけ。ただお金を交換するだけじゃ意味ないから、ヒロシ君はコンピュ・マフィアから商品をかうのよ。商品はなんでもいの、同じぐらい価値があるものならね。拳銃の代金で車を買う。でもヒロシ君は車を持っているから、その車を売るわけ、そしてお金がまた入ってくる。そのお金は拳銃を撃ったお金じゃなくて、車を売ったお金になっているということ。わかった」
「うんなんとなくね」
「それをもっとおおがかりにやるの。世界中を相手にね。日本で儲けた悪い金をアメリカで使って、それを、ヨーロッパで売る。そのお金をまたアメリカの銀行に入れて、今度は小口に分けて、世界じゅうの銀行に送金する。それをなんどもくりかえしていくうちに、お金はでどころがわからなくなってしまう。銀行をつかった手口はむかしからあったの、マネーロンダリング。お金の洗濯という意味ね。悪いことしたお金がいつのまにかきれいなお金になって悪いやつの財布に入るしくみなのよ」
「そんなことなら、自分でやればいいじゃない。マフィアになんて頼まなくても」
「そうね、小さい金額ならできるわ。でも、100億とかいうお金になったらどうする? 100億の買い物なんてそうないわ。そうしたら、それをすこしずつわけるにしても、こんどは買ったものを売るのもたいへん。一度に出所の分からない金が動き出したら、世界の経済も動くわ。そうしたら、サイバーポリスだってだまってないでしょう。
 マフィアは、そうした面倒なことを一切やてくれるのよ。少しぐらいの手数料なんてどうってことないわ。もともと、人をだましたりして儲けたお金なんだから、ちょっ減るぐらい我慢しなきゃね」
「銀行とか、モノを売るひとたちも仲間なんだろう。あとを追跡できるんじゃないの」
「かれらは単に頭がいいんじゃなくて、悪賢いの。そんなへまなことはしないわ。あいだに何も知らない人や銀行をいくつも挟むの。そうすれば、たとえどこかでみつかても、元まではいきつけないの。コンピュ・マフィアはそうした信用も売っているのよ」
「何も知らない人ってどうやってみつけるの?」
「簡単なこと。通信販売よ」
「買ってくれる人がいなかったらどうするの」
「彼らが売るのは、日用品の中でも高級なものなの。車とか、大型の液晶モニター、宝石もあるわ。もしまちがって、マニアックなものを仕入れてしまったときには、スパムメールで狙い撃ちするの。そのためにも、日ごろのハッキングが重要な仕事になるわけ。世界のどこにどんな好みを持った人が住んでいるか、安く買えるものはないか、資金繰りに悩む銀行はないか、正確に把握している必要が」
「あのー、ちづるさんの話とは関係ないかもしれないけどね。ぼくのおかあさんも宝石詐欺に遭ったんだ。それに啓介も、なっ?」
「うん、まぁぁな」
「未来人おまえは?」と、啓介はすかさず未来人にほこさきをそらした。
「いや……」
「そうか、おまえは冷静だもんな」
「ヒロシ君のおかーさんの話は調べてみる必要があるわ。マフィアは賢いから、同じ日本でもできるだけバラバラの地域でやるのよ。でも、あったとしても4、5件よ。ほかはべつの国だわきっと」
「そうしたらもう一つ、マニアックなほうなんだけどね。蜘蛛なんて商品にすることあるかな?」
「マニアがいればなんでもいいのよ。さっきもいったように必要な人はマフィアが自分で探すんだから」
「ちづるさんは、僕らの島の会員権もマフィアの道具にされたと考えているんだね」と未来人がいった。
「さっすがぁ、未来人君」
 ぼくはちょっぴり悔しかった。そんなことなら、ぼくももう少しで気がついたやい。
「そのとおり。会員権を買ってキャンセルすることによって、洗濯かすすぎかしらないけど、やられたわけよ。きっと、マフィアがお金の洗濯をたのまれていたところに、こっちがなにもしらないで、大口の会員権を売りだしたというわけよ。くやしいったらありゃしないわ」
 ちづるさんの話では、ぼくたちも、おかあさんも、国安君もみんな、だまされただけじゃなくて、知らないあいだに、悪いやつに利用されていたことになる。これはちょっと許せないことだった。でも、どうやったら、悪いやつに仕返しができるだろうか。
「情報戦争よ! コンピュ・マフィアに宣戦布告よ! 絶対に許さないから!」
 ちづるさんは、がばっと立ち上がると急に宣言した。
「そんなことしてあぶなくないの?」
「危なくないような方法を考えましょうよ、みんなで」
 といわれても、話がでかすぎて、僕らには手も足も出ない。いつのまにか、ちづるの部屋の外はネオンが瞬く時間になっていた。
     @
この日は、そのままちづるの家で夕飯をご馳走になってから、啓介と未来人と3人で帰った。帰り道も、啓介は「あったまくる」しかいわないし、未来人はだまったままだ。ぼくは、マフィアをあいてにするなんて、恐いからやめたいなぁ、と考えていた。
 とにかく、家に帰ってから、国安君とハルさんにはちづるさんから聞いたことを報告した。国安君からは、「協力できることがあったら、なんでもいってください」とだけ返事が来た。
 お父さんとお風呂に入りながら、ぼくはコンピュ・マフィアのことを聞いてみた。
「マネーロンダリングというのはきいたことがあったけど、コンピュ・マフィアてのははじめて聞くな。ちづるさんの話から想像すると、そのマフィアははっきりとしたリーダーはいないんじゃないかな。クラブだよ」
「メールクラブみたいなものなの」
「そういってもいいんじゃないかな。お金を洗濯したい人は、ネット上に何らかのサインを出すんだろう」
「暗号みたいなもの?」
「うん。それこそ、スパムメールでもいいんじゃないかな。<銀行を売ってくれる人求む>とかいってね。もし無差別に出したメールの先に、マフィアのメンバーがいれば、その人に接触を開始する。その件に関しては最初に接触をした人間がリーダーになって、ほかの人間はサポートにまわる。きっとそんなことだとおもう。いちど、そうした関係ができれば、2回目からは簡単だ」
「ちづるの話もだけど、お父さんの話を聞いても、どうして、そんな普通のことで悪いことが簡単にできちゃうんだろう。不思議だよ」
「普通のことが一番めだたない。めだたないということは、疑われたり、うらやましがられたりしないということさ」
「でもどうやって組織をつくったのかな。マフィアになっている人は悪い人たちなんでしょう?」
「一部の人はね。ネット上のサインを読み取るなんていうのは、きっとそれを仕事にしている悪いやつだろう。でも、世界中でモノを買ったり売ったりそういったことに協力している人には、普通の人もいるんじゃないか。アルバイト感覚だよ」
「みんなを利用しているんだね」
「そうさ。自分のつごうのいいように人を操っている。それが一番悪いことかもしれないね。でも、ヒロシ、マフィアに宣戦布告だなんて、あまり感心しないな、おとうさんは」
「ぼくもちょっと恐いんだ。でも、ちづるは角が生えるほど怒っているし……。それに宣戦布告といっても、作戦もなにもかもこれからのことだから」
「気をつけてくれよ」
     @
その夜、寝る前に、タマさんにメールをだした。インターネットを利用したゲームソフト窃盗団のことや、こないだ報告した島を舞台にした詐欺に引っ掛かったこと、ちづるという子がコンピュ・マフィアというマネーロンダリングを請け負う組織に宣戦布告するといっていることなどを書いた。

助っ人タマさんの帰国
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翌日からは毎日のように放課後はちづるのオフィスに集まって、コンピュ・マフィア仕返し作戦会議を開いた。でも、作戦名を「わらしべ長者大作戦」とすることがきまっただけで、ほかはなにも決まらなかった。それで、どこが「大作戦」なのかわからないが、啓介が「このひとことがあるだけで勇気百倍だ!」というので、採用された。わらしべ長者というのは、日本の昔話の登場人物で、1本のわらをそれを欲しがる人と交換することからはじまって、ついに大金もちになった人のことだ。
 しかし、なんの計画もできないままに1ヵ月が過ぎようとしていたころ、タマさんが日本に帰ってきた。予定より1ヵ月おくれだった。
 さっそく我が家で無事帰国のお祝いパーティーをひらいた。敦司君はスペイン語を話したりしてみんなを驚かせたが、楓子だけは「そんな赤ちゃんことばを使わないの」と敦司君をしかって、みんなに笑われていた。6ヵ月も、音信不通だったから、タマさんはみんなに質問攻めだ。
 タマさんは、お父さんのつくった料理を「うまいうまい」ときれいに食べながら、ひとつひとつ答えてくれた。
 今回の取材は、南アメリカの密林を舞台にした、麻薬密売組織サンペドロの話だった。組織は、つねに世界中の警察からねらわれているので、よそ者に対しては疑りぶかい。だから到着して最初の3ヵ月は、とにかく観光三昧ですごしたそうだ。
 でも、名所めぐりをしながら、組織が支配する場所を記録していったんだ。3ヵ月で地図には、組織のある場所がびっちりと書き込まれた。麻薬の原料を栽培する畑もあちこちにあれば、それを製品にして工場も、国外に輸送するルートも複数あった。まさにネットワークだ。1ヵ所が閉じても、ほかのルートが必ず生き延びている。実際、サンペドロは国外からの注文を受けるたびに工場を変え、輸送ルートを変えていた。
 そうしたことがわかってから、今度は、組織サンペドロが支配する村の一つに移動した。そこでもほとんどぶらぶらしてすごした。でも、タマさんの本当の情報収集役は敦司くんだった。耳がいいのか、敦司君は1ヵ月でスペイン語「子ども部門」をマスターしてしまった。サンペドロも家族があれば子どももいる。口止めはされていても、子ども同士の話のネットワークを組織サンペドロの人は見くびっていた。
 敦司君はべつにタマさんにたのまれたわけではない。ただ、地元の子どもと元気よく遊んでいただけだった。たまさんは、敦司君が集めてくる近所の話を丹念に聞いてやるだけで良かった。
「あとはね、簡単。敦司が聞いてきた話にぼくの想像や取材をまぜて、組織のナンバーフォーの人物にぶつけたのさ」
「なんで、ナンバー・フォーなの」
「ツーやスリーは、自分がトップになれる日を思い浮かべることができるけど、フォーになるとね、微妙でしょう。もっと下のやつはあきらめられるかもしれないけど」
「ぼくが耳打ちしたことをきいて、やつはびっくりしていたよ。誰に聞いたというから、 <ナンバースリーの家のほうから聞こえてきたんだ> といったわけ。実際、その家の子どもから聞いたものがほとんどだったけど、子どもに罪はないから、そうしたことはぼかした」
「でもそんなことをしてよく殺されたりしないね、タマさんは」
「ぼくだって死にたくはないさ。だからこそナンバー・フォーだったのさ。かれは、ナンバー・ツーと仲が良かったんだ。だから、ナンバー・スリーを引きずり下ろすことはかれがナンバー・スリーになることだった。そういうわけで、かれからぼくはナンバー・スリーの悪いことをみんな聞きだした。そして、こんどはナンバー・スリーにあったのさ」
「ええぇー?」
「そして <ナンバー・フォーはあなたのことを引きずり落とそうとしていますよ> って教えた。かれはぼくのいうことなど信じない、というふうだったけど、内心はビクビクだったとおもう。
 事実、翌日から、仲間割れの大戦争が起きた。そのあいだも組織の周辺にいて耳をそばだてていると、みんながいろいろと噂話をしているのが耳にはいってくる。スリーはどうやら麻薬をちょろまかしていたらしい、いや、ナンバー・フォーが売り上げをちょろまかしたんだ、とかね。そうした話を丹念につないでいくと、お金の流れやものの流れが見えてきた。
 とくに気になったのが、コンピュ・マフィアという存在だった。南アメリカの組織がもっとも信頼する組織だというが、なにをする組織で、どこにあるのかもわからなかった。
 そうしたらどうだい、1ヵ月ほど前のヒロシ君からのメールにマフィアの名前があるじゃないか。いったいどういうことだ? と思ったよ。でも、ヒロシ君からのメールのおかげで、つながらなかった輪が閉じたんだ」
「うん、メールにも書いたけど、アメリカ帰りの友達がね、向こうで仕入れてきた話なんだ」
「宣戦布告だなんて物騒なことを書いていたけど、どうなったの。君らが宣戦布告をしたら、世界中の警察は応援するよ、きっと」
「ほんと?」
「うそじゃないさ。悪いやつらをそのままにしておいていいはずがない。それにね、コンピュ・マフィアみたいなものをやっつけることは、麻薬とか武器の密輸をやるやつらもいっしょにやっつけることになるんだよ。かれらのところにはいるはずのお金をストップさせることができるからね」
「でも、そんなことができるとおもう、ぼくらに。世界中の警察ができなかったことなんでしょう」
「とにかく考えてみようよ。ぼくも応援するからさ。それにさ、君の学校で屋上から飛び降りた子の事件にも関係があるかもしれないよ。君からのメールを読んで真っ先に思い浮かべたのは、清水君もゲームソフトのロンダリングの被害に遭ったんじゃないかということさ」
 なんだか、とんでもないことになっちゃったみたいだ。

駅前交番のおまわりさんをスカウト
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次の日からの「わらしべ長者大作戦」の作戦会議には、タマさんが加わった。さらに、タマさんが信頼する仲間のジャーナリストも日本に集まることになった。
 そして、ぼくのうちは作戦司令室になった。住んでいた家を引き払っていた南アメリカへ行いったタマさんは、我が家に住むことになった。2、3日のうちにタマさんの友達のジャーナリスト4人も次々とやってきた。みんな外国からのお客さんだった。こういう時は、父さんがフリーライターというわけのわからない仕事を持っていると役に立つ。近所の人も、急に外国の人が出入りしても納得してくれるのだ。
 最初に到着したオランダからきたスコビエさんはものすごくきれいな人だった。赤い長い髪をうなじで軽く結わえ、目は灰色で、ぼくと話しているときは暖かいのだけれども、タマさんと仕事の話をしているときは、流氷の下からのぞく太陽のような冷たい色になるのだった。タマさんに教えてもらったところでは、スコビエさんは武器の密輸組織を追いかけている。
 スコビエさんに半日遅れでやってきたのがチャンさんだ。タイから来た浅黒い肌がつやつやと輝やく人だった。にぎやかで、朗らかで、語学の天才だった。我が家にきてから2日もすると、ぼくの口まねや楓子のくちまでまでしてみせた。ぼくの口まねで電話に出て、とうとうおかあさんにばれなかったのだから、おどろきだ。同時にぼくはおかあさんの愛情をおおいに疑った。
 カトンさんが玄関に入ってきたときには、僕らの作戦がばれてギャングが襲ってきたのかと思った。海賊みたいにバンダナを頭に巻き、襟が伸びちゃったTシャツからはもじゃもじゃの胸毛が見えている。アメリカのちかくのバハマというところから来た。バハマはちづるがいっていた世界中にあるマネーロンダリングの舞台のひとつだそうだ。外見に似合わず、神経質で、カトンさんが使うデスクの周りは定規で測ったようにきれいに物が置かれている。実際、仕事を終えると、マウスを気にいる位置におけるまで、あっちにおいたりこっちに置いたりしている。我が家で一番散らかっているおかあさんの場所の混乱がゆるせないらしく、ついに、掃除してきれいにしてしまった。ただきれいにするだけじゃなくて、ひとつひとつ目録をちゃんと作って、パソコンにデータベース化して、探し物は一発で見つかるようにした。
 もう一人、グラハムさんはアメリカから来た。かれはこれまでずっとギャングをを追いかけていたジャーナリストだった。物静かな人で口数も少なかった。毎朝ジョギングと腕立てふせ、スクワットをかかさない。あるとき、「鍛えているんですね」とたずねたら、「そうさ、ギャングに追いかけられたら逃げなくちゃ行けないだろう」と茶目っ気たっぷりに教えてくれたけど、じつは、空手の有段者だそうだ。
 こうしてみんながそろい1週間ほどで作戦がきまった。作戦はコンピュ・マフィアの手口と同様に、ありきたりのものがいいということになった。
 まず、タマさんの友人たちは、世界中の麻薬や武器の密輸組織のうごきを観察しはじめた。
 かれらがおおきな商談をまとめれば、かならず、お金の洗濯がコンピュマフィアに依頼される、そうすれば、世界中で急に高価な商品の通信販売などが盛んになるはずだから、そのときをねらうんだ、という。
 密輸組織などに動きがあったら、ちづるが僕たちの南の島の会員権をふたたび売り出すことなっている。価格も募集数も同じだ。でも、前回は島に関する情報提供が不十分だったために、コンピュ・マフィアによって「噴火寸前の火山島だ」などというデマがながされて、ぼくらは借金を抱えることになってしまった。今回はそういうことのないように、申し込みのときに写真や地質図を確認のうえ署名させる方法を取った。
 それから、ぼくたちの正体がわからないように、カトンさんのホームグラウンドのバハマに「1kカンパニー」を設立(会社の名前は、作戦の名前から取って、ストローマン・コムにした)して、島の所有権もそこに移した。もちろん、ストローマン・コムにいたるまでにいくつもの1kカンパニーを経由させたことはいうまでもない。忍者が自分の痕跡を消すように、ぼくたちも自分たちの姿を隠した。それも、ギャングがうようよいるような場所にだ。
 いくら姿を隠しても、お金の洗濯を依頼されたコンピュ・マフィアが僕ら島の売り出しを見て取る行動は二つだ。ひとつめは警戒する。そして、僕らを甘く見て買うだ。でも確率は「警戒する」のほうが大きい。そこで、えさを撒くことにしたんだ。
 タマさんの仲間に手伝ってもらって、僕らの島の周辺には石油が眠っている可能性があること、さらには、島の沖合いの深海底にはウラン鉱床と金鉱脈があることを、それぞれ別の情報源から流したのだ。これで、島そのものが価値をもったのだ。これを手にいれて、さらに高い値段で売ることができれば、コンピュ・マフィアは「洗濯代」のほかに莫大なボーナスを手に入れる。
 僕らがながした情報は「うそ」ではない。「可能性」を夢いっぱいに書いたのだ。注意深く読めばそれはわかるし、また別の情報からは、そうした可能性を否定するデータも流した。もちろん決して誉められたことではない。
 マフィアのネットワークに対抗して、こちらも情報のネットワークを最大限に利用したのだ。すでに戦いは始まっている。
 問題はマフィアがこちらの話に乗ってきたときだ。彼らは買ったものをどこかで売らなくてはならない。買ってから売るまでのわずかな時間のずれがぼくたちがとどめをさすチャンスだった。
     @
罠を仕掛けてから2ヵ月がすぎた。そのあいだ何回かコンピュ・マフィアの活動が騒がしくなったが、「わらしべ長者大作戦」は実行されなかった。
「どうして実行しないのさ」とタマさんに聞いたら、「敵を安心させるんだよ。しとめるときは1回でしとめないと。2回目はないんだ。それに、これまでの洗濯はみんな規模が小さかった。マフィアにはどでかいしくじりをさせないとね」ということだった。
「それに、できるだけ僕たちの味方をふやさないとね。とくに警察とはお友達にならないと僕らが先に捕まってしまう可能性もあるからね」
「悪いのはあっちなんだから、僕らはだいじょうぶじゃないの」
「本当はね。でも、コンピュ・マフィアにせよ、かれらにお金の洗濯を頼む悪いやつらにせよ、いろんなところに仲間がいるんだ。警察は真っ先にねらわれるところだ。だから、僕たちが警察に協力を頼むときには、よくよく調べてからじゃないと、僕らの作戦が悪い奴等に筒抜けになってしまう」
 ということで、この2ヵ月間は、タマさんの仲間を通じて、今回の作戦に協力してくれそうな警察官を探した。タマさんの仲間の知り合いの警察官のおおくは、正義感に燃える人たちだから何の問題もないのだけれど、その友達にコンピュ・マフィアや彼らを利用する側がいないかどうかまでチェックした。
 その結果、1478人の協力者が決まった。かれらは世界中に散らばっているが、主に、武器の密輸が多く行われる地域と、麻薬の密輸が行われる地域に集中していた。
 スコビエさんたちは作戦が長引きそうだとわかると、日本を出たり入ったりしていた。赤毛のスコビエさんは、ロシアのマフィアの武器の密輸取材にでていったし、清潔好きな海賊カトンさんは東京のごちゃごちゃした環境が体質に合わないらしくて、作戦が決まると早々に沖縄取材の仕事を探しきて、東京と沖縄をいったりきたりしている。チャンさんは、タイから日本に流れてくる麻薬ルートを追いかけていた。グラハムさんだけは日本中の空手道場めぐりを楽しんでいた。
     @
ぼくや啓介、未来人は手伝うことが何もなくてつまらなかった。ちづるは島を売り出す方法を考えてそれなりに忙しそうだった。そこで、3人でいろいろと考えた結果、僕らで、警察官を1人仲間にいれようということにした。
 まず、駅前の交番にいる警察官を観察し、僕らが「はまつまみ」とあだ名したおまわりさんを仲間に入れることに決定した。
 さっそく僕らは、落とし物をしたふりをして交番に行き、「はまつまみ」に接近した。「はなつまみ」といっても、きらわれものなのではなくて、道を尋ねられたりするときに鼻をつまみながら話す癖があるのだ。僕らは何回か交番に通って、警察手帳――本名は花菊狩人という冗談のような名前だった――を見せてもらったり、交番のなかのコンピュータ・システムを見せてもらった。
 そうしてから、僕らはさりげなく交番に忘れ物をした。
「ネットワーク探偵クラブ 会員募集中!」と書いたポスターだ。もちろんこの世の中に1枚しかない。募集するのは花菊さんだ。
 花菊さんは、僕らの仕掛けた罠にかかってくれた。交番にポスターを忘れた夜、仕事帰りにわざわざぼくの家に届けてくれたのだ。
「こんばんわ」
 その時ぼくの家には、啓介や未来人、ちづるのほかにも、タマさんやタマさんの友達のジャーナリストが久しぶりに勢ぞろいしていた。
 いきなり玄関におまわりさんが現れたのでみんなびっくりした。わるいことなどしてないのに、なんとなくびくびくしちゃうんだよね、不思議だね。
「あのぉ、こちらに蔵ヒロシ君はいらっしゃいますか」
「ヒロシは息子ですが、なにか」と、おとうさんが答えている。
「ヒロシ君が今日、駅前の交番にわすれものをしたので、届けに来たんです」
「それはそれはわざわざどうも。
 おーいヒロシ、おまわりさんが忘れ物をとどけてくださったぞぉ」
「はーい」
「あぁ、ヒロシ君。これきみが忘れたんだろう?」
「え、はっはい。すみませんわざわざ届けていただいて」
 目の片隅で啓介と未来人がVサインをするのが見えた。
「それはいいんだけど、こういうことはきみたちがやらないほうがいいんじゃないかな。悪いやつはたくさんいるからね」
「おい、ヒロシ、こういうことって――」
 おとうさんはぼくの手からポスターをひょいととった。

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「なんだこれ?」
「え、まぁ、あとで話すから。おまわりさん夕ご飯まだでしょう。1緒に食べていってよ」
「いや、本官はこれから寮に帰って――」とことわるはなつまみさんを、むりやり家に引き上げてしまった。
 はなつまみさんは、テーブルにいる未来人と啓介をみて、「やぁ、君たちもいたのか」と声をかけた。啓介の隣りにいるちづるを見ると「あれ、君は駅前の……」といった。
「こんばんわ。父がいつもお世話になっています」とちづるが答える。ちづるのお父さんは地元の商店会の世話役をやっていて、警察の活動にも積極的に協力しているらしい。
 それから、外国からのお客さんが自分の制服姿を珍しく見ていることに気がつくと、片手をひょいとあげて、「ハロォーオ」といった。ところが、返ってきた言葉が、「ハロー」だけじゃなかったので、ぼくのほうに顔を近づけて、「どちらのかた」と小さい声で聞く。
「みんなお父さんの友だちなんだ」
「失礼ですが、ヒロシ君のお父さんはなにをやっておられるのですが」
「わたしですか。フリーのライターです。あとは料理と子育てを少々」
 はなつまみさんも、「あぁなるほど」といて、それ以上聞いてこなかった。なにが「なるほど」なんだろう。
 打ち解けてくると、はなつまみさんは意外に明るい人だった。おまけにまわりには世界でも名うてのジャーナリストがいる。みんな聞き上手の話し上手だ。はなつまみさんから話を聞き出すなんてお手もモノだ。そばで聞いていてもあざやかだ。あっというまに、はなつまみさんのことを聞き出してしまった。ぼくたちなんか名前を知るのがやっとだったのに。
「なんで警察官になったのですか」とチャンさんが聞く。スコビエさんたちの質問もチャンさんが通訳してくれる。
「子どもの頃、迷子になったことがあって、そのときぼくの相手をしてくれたおまわりさん――名前も覚えていますよ、池谷優さんといいます。その人がとても優しいおまわりさんで、その人にあこがれちゃったんです」
 タマさんが「ちょっと失礼と」といって席を立った。
「日本の交番を真似て、アメリカでも同じようなシステムをとりいれたんですよ」と、グラハムさんがいうと、はなつまみさんは「でもアメリカでは一般市民も銃を携帯しているし、悪いやつは例外なく銃を持っているからたいへんでしょうね」という。
「銃だけじゃないですよ。あるときなど、交番にロケットランチャーが打ち込まれました。戦車も粉々にするやつです。もちろん中にいた警官は戦車よりも丈夫でなかったので、ばらばらです」といわれて、はなつまみさんは青くなっていた。
 武器に詳しいスコビエさんが、すかさずロケットランチャーの密輸ルートについて講義する。鼻つまみさんも興味深そうに聞いている。日本にも入ってきているといわれて「本当ですか。誰がもっているのですか?」と急に警察官として意識に目覚めたようだ。スコビエさんは「そんなことも知らないのか?」と呆れ顔で教えてくれた。
「さっそく明日上司に報告します。ご協力ありがとうございます」と、起立して深深と礼をした。
 カトンさんの「警官の給料はいくらだ?」という質問に鼻つまみさんがこたえると、「そんなに安いのか? ぼくは資産運用に詳しいから、ぼくに預けてくれれば、10倍とはいわないが2倍にはしてあげる」といわれて、「いや、本官は公務員ですから、そういうことは」などと答えている。
 そこへタマさんが戻ってきた。カトンさんたちに目配せすると、みんなは「フム」と肯いた。
「ところで、花菊さん。コンピュ・マフィアってしってますか?」とタマさんが聞いた。
「コンピュ・マフィアですか? 知りません。アメリカのギャングですか?」
 ぼくはみんなが急に作戦の話始めたのでびっくりした。信用していいんだろうか、とおもった。
 あとでタマさんがおしえてくれたんだけど、みんながはなつまみさんと話しているときに、コンピュータで調べたんだそうだ、はなつまみさんのことを。そうしたら、コンピュ・マフィアとのつながりはないし、かれがあこがれた池谷優という人は、いま、警察の幹部で、今回の作戦の日本での協力者の一人なんだそうだ。
「コンピュ・マフィアというのは、武器や麻薬の売買をする組織の汚いお金をきれいなお金にする洗濯屋です。いま、僕たちは、それを捕まえる作戦をしています。あなたも是非協力してください。池谷さんの承諾は得ています。そのためにヒロシ君があなたをリクルートするためにチラシを忘れたんです」
 いつのまにか、僕たちの作戦は読まれていた。
 こういわれて、はなつまみさんは、なんだか自分はとんでもないところにいるということに気がついたらしく、急に警戒し始めた。
 でも、チャンさんとグラハムさんが面白おかしくいきさつを教えて、その被害者がちづるや僕らだといった。そして、作戦のあらましを伝えた。
 黙って聞いていたはなつまみさんは、説明が終わると「ほんとうですか? みんなしてぼくのことをからかっているんじゃないですか?」
「あなたをだましても、ぼくたちはなんのとくもないですよ」
「そりゃそうですけど。本当に池谷さんにきいたのですか? ぼくのこと覚えていたんですか?」
「あぁ、覚えていたよ。池谷さんは、大学を出て警察官になった。池谷さんはいわゆる幹部候補生、キャリア組だから、現場にいたのはほんのわずかな時間だけだったんだよ。そのわずかな現場体験のあいだで、唯一事件らしい事件が君の迷子だったというわけさ。だからよっく覚えていた。名前もね。あなたが、警察官になったと聞いて喜んでいたよ。
 さっきチャンとグラハムが話したようにこの作戦には、世界中の国の警察――正確には組織に関係ない警察官が協力してくれている。池谷さんもその一人なんだ。
 ヒロシ君があなたをリクルートしたと聞いて、池谷さんも喜んでおられたよ」
とタマさんが説明した。
「もしまだ信じられないのならば、池谷さんに電話したらどうだい。自宅の番号だ」。
 はなつまみさんはしばらくそのメモをみつめていたけれど、やがて顔をあげて、チャンさんやカトンさんたち、そして僕たちの顔をぐるりと見ると、「協力いたします」とだけいった。
 チャンさんとカトンさんがさっそく、はなつまみさんに作戦をもういちどくわしく解説した。はなつまみさんの役割は、僕たちの町の警護だった。作戦が実行されるとマフィアが僕たちをねらってくるとおもわれた。もちろんぼくたちは痕跡を残さぬよう最新の注意を払うつもりだ。でも、万が一ということがある。僕たちの居場所がばれると、コンピュ・マフィアは自分たちでは手を汚すことをしないだろうから、金の洗濯を依頼してきた悪い奴等に告げ口をする。かれらは、金と踏み付けにされたメンツをはらすために、ロケットランチャーどころではない、戦車だってもってくるかもしれない。
 一番地味で一番危ない仕事だ。でもはなつまみさんは文句を言わないで、肯いていた。
 そんな姿を見て未来人は「僕たちはもしかしたらとんでもないことをしてしまったんじゃないだろうか。もし、はなつまみさんが怪我をしたり、命をなくすことがあったら、おれたちはどうすればいいんだ」といった。ぼくは一言ことも返す言葉がなかった。ぼくはただ、みんなのお手伝いをしたかっただけなんだ。
 はなつまみさんは、夜遅くになって帰っていった。
 ぼくはタマさんたちに叱られるとおもったけど、「気にするな」とひとこといっただけだった。
「でも一つだけお説教していいかい――。きみたちが若いからぼくたちは役割を与えないんじゃない。年齢の差はどうしようもないことだ。でも年齢とは関係なく、ちづるのように才能を発揮する人もいる。それもまた事実だ。もし年齢を重ねたことが偉いといえるのであれば、それは経験というものだと思う。ただ年齢をかさねるだけで、ついてくるおまけ、それが経験だ。でも、それも、そういう人から学べばいいんだよ。人が経験したことを学ぶ、それも大切なことなんだ。このあいだの人骨事件で龍野進さんから学んだことを思い出すんだな。それだけだ」
「はい」と返事するのが精一杯だった。

わらしべ長者作戦GO!
|目次|

作戦はこうして着々と進んでいった。はまつまみさんも毎日のように顔を出すようになった。そして、タマさんもだけど、みんな、とんでもない悪い奴等を相手にしている割には、楽しげで、緊張感などどこにもなかった。
 カトンさんに聞いたら、「いまから緊張していてはだめだぞヒロシ」とお父さんの口まねでいわれてしまった。
 ちづるは島を売る準備を着々と進めていた。悪い奴等を捕まえるのも大事だけど、「商売は商売」だそうで、本気で売るつもりらしい。豪華な宣伝用のWEBページを作っている。
 いろいろと調べてみると、この島は、かつてヨーロッパ人の探検家の乗った船が漂着して、助け出されるまで10年ちかくをすごした島だということがわかった。ヨーロッパでもあまり知る人のないこの探検家のことを調べあげ、フリーライターのぼくのお父さんに伝記の執筆を依頼したのだ。
 ぼくのお父さんは、この島のレストラン部長にきまっているので、俄然張り切って、ほかの仕事をみんなキャンセルして書き上げた。
「1823年9月。台風の風をよけようとこの島に近づいた1隻の船があった。名前を、エマーソン号という。砂浜をのぞむ沖合いに碇をおろした乗組員がふと浜辺を見ると、一人の男が手を振っている。急いで船長に報告。数人の乗組員がボートで島に向かった。エマーソン号に連れてこられたその男の名前はブックといった。10年前、行方不明になったガリエラ号にのっていたという。
 エマーソン号の船長にとってそれは忘れられない名前だった。なぜならば、その船の船長は彼の父だったからだ」
 という書き出しで始まる物語は、このあと、ブックの十年にわたる無人島生活の苦難を描いている。島は限りなく美しく描かれ、さりげなく、砂金の浜べがあることや、気候も温暖で、水も豊富であることがかかれている。
     @
そして、ついに僕たちのネットワークにギャングたちの動きが引っかかってきた。これまでになく大きな麻薬取り引きがあったという情報が、作戦チームの一員からはいってきた。
 さっそく作戦開始のシグナルが、スパムメールの形式で協力者全員に知らされた。

わらをいりませんか?
このわらは、かつて、一人の日本人を大金持ちにした魔法のわらです。今回、わたしたちは、そのわらの完全な復元に成功しました。レプリカといってばかにしてはいけません。おもさも手触りも香りも完全に復元。手にするだけで幸せになることまちがいなしです。お買い上げのかたにはもれなく、使用方法を記したマニュアルを差し上げます。
お申し込みはいますぐ!
わらしべ株式会社

 ちづるもさっそく島の会員権の分譲の宣伝を開始した。WEBページも開設した。申し込み受付開始は5日後だ。これまでも、取り引き後1週間ぐらいで洗濯が始まっているのだ。
 ぼくも未来人も啓介も、学校どころじゃなかった。玄関先でウジウジしている僕らをタマさんは、「それが君たちの役割。きみたちはこの作戦の黒幕だ。黒幕は黒幕らしくうしろでじっとしていなくちゃね」と送り出した。
「黒幕なんて、おれたちがわるものみたいじゃん」と啓介は口を尖がらせている。かれも今回は出番が少なくて不満なのだ。
「あぁ、君たちは、そして僕たちみんなわるものさ。悪いやつをやっつけられるのは彼らよりももっと悪賢くないといけない。そして、ほんの少し彼らよりもつきがないとね。さぁ、学校へいったいった」
「じゃ、学校の帰りに神社にお参りしてきますよ」と、未来人が言い出した。
「ついでにおみくじをひいてきてくれよ」とタマさんが答える。
「わかりました」
 まったく未来人の考えていることはわからない。
「未来人、おみくじとか神社にお参りって、いったいどうしたの。いままで、そんなこと一度だってなかたじゃない」
「だから、神様も願いを聞いてくれるかもしれないと思ってさ」
「神でも仏でもなんでも、作戦が成功して、島がうれて、金持ちになって、おれたちの夢がかなえば文句はない」と、相変わらず啓介は現金だ。
「啓介、これはバーチャル・ビジョン・ゲームじゃないんだよ。人が死ぬかもしれないんだ」
「誰が?」
「作成が成功すれば、僕たちの命かもしれないし、そうでなくても、コンピュ・マフィアたちは、金の洗濯を依頼した人たちからねらわれるだろう」
「へん、やつらは悪いやつだぜ。かまうもんか」
「たしかに。でも、コンピュ・マフィアの黒幕はなかなか見つからないだろう。しかし、かれらに知らないあいだに利用された人たちは用心していないぶん、すぐに見つかる。そうした人は殺されないまでも、怪我をさせられるかもしれないんだ。おまえだって、利用された一人なんだぜ」
 そこまでいわれて啓介も事の重大さにきがついたらしい。そういうぼくもだけど。
 さっそく僕たちは、給食の時間に食堂であった龍野進さんに、近所で霊験あらたかな神社仏閣を教えてもらい、帰りに寄り道をして片っ端からお参りした。御守も買い、御神籤も引いた。結果は、大吉が2つ、大凶が2つの引き分けだった。
     @
そして、リゾート会員権の販売開始の日がやってきた。
 僕たちはその日も学校だった。休み時間になるたびに、メールにアクセスして、タマさんからの連絡を待った。
 売り出したのは午前11時。さっそく問いあわせがきた。売り出しにさきだってながした、島の周辺の石油や資源などについての真偽の問い合わせがおもだ。
 予定していた通り、それらに対しては「当方とは何ら関係のない情報であり、こちらで否定する情報も肯定する情報も確認していない。ご自身で情報を判断されたうえで決断いただきたい」と返信した。
 しかし、1回目のときのようにあっという間に売れてしまうということは起きなかった。やはりコンピュ・マフィアは警戒しているのだろうか。撒いたえさも、見透かされていたのだろうか。
 昼休みになって、タマさんから連絡が入った。
「契約がはいりだした。順調に伸び始めている。前回同様、世界中からだ。もうすこしで満了だ。即座に作戦を開始する。以上」
 午後の授業はもどかしかった。今日は6時間目まであったのでなおさらだ。いすからお尻が浮いたような状態で最後の授業を終えると、ぼくと啓介と、未来人、そしてちづるが教室を飛び出した。
 家に着くと、タマさんたちがみんあしてVサインを送ってきた。契約は満了したんだ。「さぁ、ヒロシ君。最終兵器のスイッチを入れてください」とチャンさんがいう。
「うん。わかった。それじゃ、わらしべ長者大作戦最終兵器ゴォー!」
とぼくが声を上げた。
 WEBページには契約申し込み終了の案内を出す。そして、こちらから契約確認のメールをだすので打ち返して欲しいと連絡した。
 続続と返信が帰ってくる。文字どおり世界中からだ。つぎは、送金を開始して欲しいと連絡した。こちらの口座にちゃくちゃくとお金が入ってくる。それをこちらではつぎつぎと別の銀行に振り込んだ。コンピュ・マフィアと同じ手口をつかおうというのだ。お金は1ヵ所にとどまることなく、世界中の銀行の口座を転々とするようにセットしてある。
 そうした準備がおわると、島の会員権を購入した人たちのアドレスに対して、世界中の警察の協力を得て、実際に調査をしてもらった。
「最近コンピュータアドレスを無断で使う犯罪が頻発しています。お宅はどうですか? なんか変なものを買っていませんか?」と1軒1軒聞いてまわったのだ、世界同時に。
 デジタルの犯罪にはアナログの捜査が地道だけど効果があるのだ。デジタルな犯罪者のおおくがコンピュータに制約されて行動しているからだ。なんでも、コンピュータがやってくれる、と信じている。よのなかのみんなが自分とおなじようにコンピュータを使っている、と単純に思い込んでいる。そこが罠だった。
 警察の調査の結果、予想はしていたことだけれど、誰一人、島の会員権など買ったことなどないといった。大部分がお年寄りで、メールアドレスは政府から支給されているけど、面倒だから使わないという人たちばかりだった。なかには、刑務所にはいっている犯罪者のメールアドレスもあった。どうやら、メールアドレスの違法な売買もおこなわれているようだ。
 世界中の警察から続々と入ってくる報告(「わらをください」が島を購入した事実などないというあいことばだ。もし、ほんとうに買っていた場合は「わらは燃えた」とメールがくることになっていた)を聞いたぼくたちは最後の手を打った。
 僕らの銀行口座が警察に差し押さえられたと、申込者に連絡したのだ。
「サザン・アイランドリゾート会員権購入者の皆様方へ
 みなさまがたに会員権代金を振り込んでいただきました口座が警察により差し押さえられました。マネーロンダリングをするコンピュ・マフィアに利用されているとの疑いです。
 事実、口座にあるべき皆様方からの預かり金が、のこららず、別の場所に送金されていました。その行方をおっていますが、現在のところ不明です。
 当方も被害者なので、ソンガイの賠償には応じかねます。また、お問い合わせも現在、警察の捜査を待っている段階ですので承りかねます」と、購入者全員に連絡した。
 もちろん、申し込み者から抗議がくるはずもない。アドレスを盗んで使った今コンピュ・マフィアも抗議はできない。いまごろは、荷物をまとめて逃げる用意をしていることだろう。彼らを追うのは警察ではなくて、麻薬組織だ。
 ちづるは復讐完了宣言をした。
「ちづるさん、ひとつききたいんだけど」
「なに」
「おかねはどこにいったのさ?」
「サンタクロースに寄付したの。今年のクリスマスに世界中の子どもたち――マフィアに親を殺されてしまった子どもたちや、麻薬に苦しむ人たち、麻薬を使った人に傷つけられた人たちの救済、密輸された武器で傷ついた子どもたちの治療に使われることになると思う。それじゃいけない?」
「べつにいいけど……」
「ヒロシ君、これでいんだよ。悪いやつのお金をぼくたちは本当に洗浄するのさ」
「でも、悪い奴らの金で助けられるのをしったら嫌な人もいるんじゃない?」
「知らせる必要はない。ぼくたちが悪者になればいいのさ。だいたい、こんかいのことで、コンピュ・マフィアの組織はつぶれた。でもね、麻薬組織はほんのすこしお金を損しただけだ。また別の方法でお金の洗濯をする。そのときまでに、ぼくらはもっと悪賢くなっていないといいけないんだ」
     @
その後、ぼくたちのこと――ストローマン・コムをギャングが調べているということが、世界中の警察の情報やタマさんたちのネットワークから知らされた。消えたお金の入り口だから疑われるのは当然だ。でも、日本にいるぼくらとストローマン・コムをつなぐ線は細い。ましてやコンピュ・マフィアには何の関係もない。わかってはいても少し怖かった。
 それでも、詐欺の材料となった島の最初の持ち主ということで、なにか知っているとでも考えたのだろうか、怪しげな人間が僕らの町にやってきた。そうした人たちは、はなつまみさんが片端から質問して、追い返してくれた。幸い、交番にロケットランチャーが打ち込まれることもなかった。

謎ときがのこっていた
|目次|

町に怪しげな人間もこなくなったころ、ぼくたちはみんなで温泉に出かけた。費用は、コンピュ・マフィアに勝利したちづるが気前よく出してくれた。カトンさんたちも、はなつまみさんも休みを取って参加した。温泉はスコビエさんもとても喜んでくれた。
 浴衣姿でくつろいでいると、タマさんが声をかけてきた。
「さてと、コンピュ・マフィア相手の仕事はひとまず終わった。おまたせしたけど、次は、清水君のことをやらないとね」
「清水君って? あぁ、屋上から飛び降りた子」
「わすれるなんて、ヒロシ君もひどいなぁ」
「そういうわけじゃないけど」
 清水君は、ぼくらがわらしべ作戦をやっているあいだに奇跡的に意識を取り戻していた。でも、まだ病院にいる。なんでとびおりたのか聞いても、覚えていないそうだ。怪我のショックと、飛び降りる原因がよほどいやなことだったのか、記憶が頭の奥の奥に仕舞い込まれてしまったみたいだ。
 学校では清水君のことなど忘れてしまったかのような毎日が過ぎていた。事件もゲームソフトの窃盗団が10人捕まっておしまいになっていた。
「清水君の事件のからくりはわかったかい?」
「いえ」
 啓介と未来人もやってきた。
「タマさんは以前、コンピュ・マフィアが関係あるかもしれないと、いってましたよね」と未来人が、僕が作っておいたカルピスを飲みながらいった。
「うん。コンピュ・マフィアが直接関係するんじゃないけど、今回、ぼくらが戦った事件に似ているように思うんだ。こういっちゃなんだけど、清水君のことはどうでもいいんだ。でも、ほおっておくと、第二第三の清水君が出てくるよ」
「でも事件は解決したじゃない」
「事件はね。でも、なんで清水君は飛び降りたんだろう」
「警察に調べられたからじゃない」
「だって、かれはなにも悪いことをしていなかったんだろう」
「そりゃそうだけど」
「そこが出発点なのさ。ジャーナリストの出発点は、好奇心。悪く言うと疑り深さなんだよ」
「どういうこと。清水君がなにか悪いことしていたということ」
「そうだよ、といったら、ヒロシ君はショックを受けるだろうな。彼が悪いことをしていた、という前提で流れを見るとどうなるか、ということだよ」
「だけど、かれは警察には逮捕されていないよ」
「警察だって全部を捕まえられるわけじゃない。それに、警察がいい、悪いを判断するわけじゃないんだよ」
「そうだけど……」
 なんだかわからなくなってきちゃった。
「ちょっと調べてみたんだけどね」
といってタマさんが図を見せてくれた。
「たいしたことではないんだ。ギャングと戦いながら考えていたんだけどね。ゲームのソフトの現れかたと消えかたが気になったんだ。
 まず第一に、ソフトの流れは、それを正式に買った人から始まったんじゃないということだ。突然あらわれるんだ。それに、今回のソフトは北海道で盗まれたものだった。それがなんで東京のこの町に現れたのか。
 つぎに、中古ソフトショップの人は、住所や免許証、学生証を確認して買うわけだ。今回の場合は、持ち込んだのは17歳のアルバイターで、勤め先の社員章だったという。これは偽造できるよね。だから、まずあやしいのは持ち込んだ人。中古ショップの人はあやしいけど、灰色かな。
 ショップから最初に買った山下君はショップからソフトを2000円で買っている。相場だね。ショップは謎の人物から1000円で買い付けている。で、山下君は清水君にこれを2300円で売ったんだ。清水君は前からこれを欲しかったらしい。それを知っていた山下君は小遣いを稼ごうと思ったんだろうな。そして、清水君から買った朝比奈君はどうしても欲しいからといって、清水君が買った値段をきいたうえで、2500円で買うといったらしい。そして、朝比奈君とソフトを交換した謎の人物」
「ソフトの窃盗団は最終的にはどうしたの?」
「ソフトの需要が完全になくなるまで、リサイクルしたのさ」
「え、どういうことですか」
「つまり、交換したものをまた1000円で売るのさ。」
「なるほど、丸儲けだね」
といって、カントさんが図を見せてくれた。
 窃盗団はソフトの需要がなくなるまで、こうしてお金を稼ぐことができるんだ。
「まさにマネーロンダリングみたいだ」
「にているけどね。実際はロンダリングというよりも再生利用だ」
「でも、なんで清水君は死んだの」
「うん。そこなんだ。このままでも窃盗団にはお金が入る。でもね、それじゃうまみが少ないだろう。そこでかれらはクラブを作った」
「くらぶ?」
「そうだよ。最初にカントがみせた図では、最初に持ち込むやつと最後に買い取るやつだけが悪いやつだった。ところがあいだにクラブのメンバーを一人入れるとどうなるかな。たとえば、清水君がそうだとしよう。彼の取り分は最初にショップに持ち込む人と同じ1割とする。するとどうだい」
「あ、儲け増える」
「そうなんだ。清水君は小遣いが入る。組織には金が転がり込むことになる」
「じゃぁ、清水は組織に消されたのか、何かヘマでもしたのかな?」
「それはもう少し調べないとね。でも、この売買のルートがうすこし複雑になって、クラブ員が増えればふえるほど組織に入るお金は大きくなる。しかも、出口と入り口を絶えず変化させておけば、捕まる確率は少ないし、たどられることもない」
「一番の特長はなんといっても、需要を的確に見つけることなんだ。誰がこのソフトを欲しがっているか、それが最初からわかっていれば、楽にお金がもうかるだろう」
「それが、交換掲示板か」
「そういうこと」
「どこのだれがどういうソフトを欲しがっているか、つねに調べる。それをもとに、まずは、ソフトを盗み出す。それをショップに持ち込んで売る」
「でもそれだけじゃ、欲しい人に届くとは限らないじゃない」
「たしかにでも、ショップに売るだけで、とにかく最低の利益は確保されているんだ。それにね、届ける役割の人もいたらどうだい」
「えー!」
「君の学校の友達を悪くはいいたくないけど。我慢して聞いてくれ」
 タマさんは説明してくれた。
 つまり、清水君の件では、ソフトの届け先は朝比奈君だった。山下君と清水君は届け役だったんだ。清水君だけじゃなくて山下君までも――。
 朝比奈君が交換にもらったソフトも盗んだものだ。しかも、朝比奈君が次に欲しいソフトだった。
「信じられないよ」
「ぼくもだよ。でも、調べてみる価値はある」
「調べてどうするの。清水君が悪いやつだと、山下君が悪いやつだと警察に言うの」
「それは僕らの仕事じゃないな。でも、インガソットコムは全員が逮捕されいるわけじゃない。こんどは、ゲームソフトじゃなくて別のもので同じことを繰り返すと思う。彼らに対して、知っているぞというメッセージを送るべきだとおもうんだ。それにね、清水君はなにも知らずに利用されていただけかもしれない。小遣いが入る程度の軽い気持ちでいったのかもね。でも、警察に調べられて気がついたんだよ」

で、僕たちは調べることになった。まずは清水君からだ。本当に記憶喪失なのかどうか確かめにいった。どうやら本当だ。
 次は朝比奈君だ。かれはからだは大きいけどいつもちじこまっているような歩き方をする子だった。未来人に呼び出されてやってきた。
「なぁ、清水のことなんだけどさぁ」
「あぁ、清水は退院したのか? 警察に話しを聞かれたぐらいで飛び降りることないじゃんなぁ。おれなんか、警察の中に入るのなんて始めてだから、見学させてもらったよ。憧れの職業ですなんて口からでまかせいったら、いろんなところ見せてくれた」
「そんなことはどうでもいいんだけどよ。おまえは、どうして清水がおまえの欲しいソフトをもっているとわかったんだ?」
「うーんとね、誰かが教えてくれたんだよ。ゲームショップに探しにいったときに、あのソフトの箱には「在庫切れ」とあったから、恨めしそうにみていたら、そいつがさ、教えてくれたんだ。清水君がもっているよ」
「教えてくれたのはだれだ?」
「この学校のやつだけど、名前は知らない」
「顔をみればわかるのか?」
「たぶんね」
 その日はほとんどの生徒が下校していたので、次の日の朝早起きして学校の門のところに立った。
 朝比奈君はすごく嫌がったけど、しぶしぶついてきた。
 朝比奈君に清水君のことを教えたやつはあっけなくわかった。想像通り、山下君だ。

「どういうこと」
ぼくたちは給食の時間に食堂で話していた。タマさんや友達のジャーナリストもきていた。別に外国の人が珍しいわけじゃないけど、気軽に話すことができるので、人だかりができている。
「つまり、山下君もぐるなの」
「それは聞いてみないとわからないね」
「山下も警察にきかれたんだろう」
「そうだ」
「山下君も利用されただけじゃないのかな」
 とにかく山下君に話しを聞くことになった。

放課後の公園で待ち合わせをした。啓介が「清水のことで聞きたいことがある」といったら、びっくりしたみたいだけど、ついてきたという。
「ねぇ、朝比奈君に清水君がゲームソフトをもていると教えたのは君なんだってね。どうしてそんなことしたの。どうして、朝比奈君が欲しがっているってわかったの」
「それは、朝比奈君がショップで欲しそうにしていたから」
「なるほど」
「じゃぁ、なんで清水君が欲しがっているって知ったのさ」
「それは……」
「正直にいわないと、こいつ!」と啓介が声を上げるとビクッっと首を竦めたけど、なにもいわなかった。
「いうとなにかまずいことでもあるのかい? たとえばインガソットコムにいじめられるとか」と未来人がいうと、山下君は急に落ち着かなくなった。
「君は、インガソットコムにいわれてショップでソフトを買った。それを清水君に売るようにいわれてね」
「ちがうよ」
「そうかな。2000円で買ったソフトを2300円で売る。君には300円のお金が入る。そのうちの半分をインガソットコムにおくって、残りは自分のものだ。ショップの人に聞いたら君はあの店の常連らしいじゃないか。あの店だけじゃない。この辺のショップはどこも君はお得意様だといっている。いったいそんまお金はどこから君の元に入るんだい」
「お小遣いだよ」
「ふーん。じゃぁ、君のお父さんとおかあさんに聞いてみようかな」
「ふん。おまえらがいったっておしえてくれるわけないじゃないか」
「そりゃそうだね。じゃ、僕の友達のジャーナリストに、いってもらおう。日本の子ども小遣い調査をしているって」
「そそりゃ、困るよ。今日は家にいないし。急にこられても困るよ」
「じゃぁいつならいいんだい」
「そんなこといったら、おとうさんとおかーさんと口裏を合わせるんじゃないかい」
「どうかな。賭けだよ」
「いつがいい、山下君。明日か、明後日か?」
 結局、山下君は、話してくれた。ショップにいってどのゲームを買うのかはインガソットコムにメールで教えてもらったこと。そして、それを誰に売ればいいかも。さらに、回収するために、つぎはだれに売らせればいいことを。
 しくみはわかった。でももっと衝撃的なことがあった。それは清水君もインガソットコムのメンバーだったというのだ。
「どういうことさ」
「だって、できるだけ値段を高くする必要があるじゃないか。最後に売るやつは、どうしても絶対に欲しいやつだ。ショップで品切れが続けばますます欲しくなる。そこにひょ子っともっている人間が現れれば……」
「つまり、君も清水君も値段を釣り上げるかかりだったのか」
「……。でも、しらなかったんだよ、悪い奴等だなんて。最初はメールクラブで声かけられて、好きなゲームをやりながら小遣いが稼げるというんで参加したんだ。今じゃやってないよ。本当だよ。信じて。だからお父さんとおかあさんにはいわないで。
 だけど、清水が飛び降りたのはあいつのかってだよ。僕がいじめたり、インガソットコムが何かをしたわけじゃないともう」
「清水のかってだとぉ――」
「そうじゃないか。ぼくはソフトが盗んだものなんて知らなかった。それにちゃんとショップで買ったんだ。それを売っだけ、そして、本当に欲しい人に届けただけじゃないか。なにが悪いのさ」
 といわれると困ってしまった。たしかに悪いことはなにもしていない。でもそうなんだろうか。困ってしまった。
 清水君もおなじように考えたんだろうか。それならばどうして飛び降りたりしたんだろうか。そうじゃないと信じたい気持ちだった。
 タマさんたちが調べるとこの組織はほかにも同じような手口で悪いことをしていたらしい。たとえば、小学生や中学生を脅してお金をまきあげると、それで、映画の前売り券やコンサートの前売り券を買う。そして、それをクラブのメンバーに流す。そしてそれを別のメンバーに流して、それを繰り返して最後には何も知らない人に売るか、金券ショップに持ち込んで現金に換えるんだ。
「でもお金を取られた子が警察に訴えたら捕まるじゃない」
「捕まってもいいんだよ。刑務所や少年院に長く入るわけじゃないし。出てきたら仕返しすればいいと思っている。一度仕返しを見せしめにすれば、次からは警察になんかいかないのさ。それぐらいのお金しか取らないというところが彼らの悪賢いところだ」
「どうしたらいいんだろう」
「どうしようもないんじゃないか」
「最初に盗まれた人はどうなるの? 泣き寝入りじゃないか」
「そうだけど」
「やめさせることはできないの?」
「まぁ、かれらにこの手は使えないことを知らせるのが精一杯かな」
 ということで、清水君の事件は、はまつまみさんを通じて警察に知らされることになった。結果として、多くのギャングが捕まった。
 同じ頃、タマさんたちのネットワークに、南アメリカの麻薬組織がコンピュ・マフィアを血眼になって探しているという情報がはいってきた。彼らが損したお金は100億円。ちょうど島の値段と同じだ。かれらは、コンピュ・マフィアが彼らの金を横取りしたと思っている。というか、警察が動き出しているのはわかっているから、僕らには手出しができないのだ。だから怒りの矛先をコンピュ・マフィアに向けている。
 コンピュマフィアを探し出すために、ギャングは、メールアドレスを利用した人々に背食しようとするだろう。しかし、今回利用された人々には常に警察の監視がついているし、元々何も知らないのだから、ギャングたちも無駄な手出しはできない。
 しかし、天才ハッカーといわれていた人が何人か急死したり行方不明になったりしたという情報がタマさんのネットワークに入ってきた。
 これでしばらくは、ほんとうにほんのわずかのあいだは、悪い奴等もおとなしくせざるを得ないだろう。また動き出すにしても――。(完)
 





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