2000.1.24感想 (18:00 予ベル 18:07 本ベル)
横浜らしいカモメの絵の入った緞帳に「時計」の絵に青いライトが当って、時計の音とともに「唐八景」が聴こえてきました。まさしさんの衣装は、フレッシュグリーンのスーツ。(ライトが当る前は浅葱色に見えたんですが)もうお馴染みになったキラキラボタンの黒のシャツ、靴は黒の革靴です。ピカピカ!(笑)
「唐八景」
「風の篝火」
「案山子」
こんばんは〜!さだまさしでございます。(最前列で手を振っている人に、笑いながら手を振り返して近づいていくまさしさん、どうやら常連さんのようです。)最前列の双眼鏡、やめてください。そう、あなたあなた!何倍の持ってきてるの?20倍?毛穴まで見てどうするんですか!(笑)
半年ぐらいぶりにお目にかかります。25周年記念コンサートで、ストリングスを引き連れてお邪魔しました。今回のコンサートは「ときのすみか」緞帳にタイトルが書いてあって、とってもわかりやすい(笑) でもね、僕の知り合いで近眼の奴がいて、2階席で「ほおー、きせつの酒かー」って(笑)
さっそく「最前列の双眼鏡」でくすぐってきました(笑) さすがにもう、体調は持ち直したようですね。でもまたカラ元気っぽいかな。
デビューしてからもう26年をすぎたわけなんですが、古くからさだのファンには堪えられない(笑)バラードを中心にお送りしたいと思います。
(最前列に入ってきたお客さんが、すぐに席を探せない様子を見て)いらっしゃいませ。揉めないように、ごゆっくりと席をお探しください(笑) バラードが多いということは、静かです。残業続きでお疲れの方には、もう堪えられない(笑)
最前列のここの二人がまだ来ていないんです。気になるんですよ。空いていると。ここのお客さんが来たら、拍手で迎えてあげてください。って、冗談ですよ。前に失敗したことがあるんですよ。僕のお客さんって、変わった人が多いでしょ。あなたたちのことを言ってるわけじゃないのよ(笑) ほんとに拍手しちゃったのよ。それも歌ってる最中に(笑)
「案山子」は25歳のときに作ったんですけど、(水を飲む<BGM付き(笑)>)どうして25歳の若僧に、(お客さんがクスクス笑ったので)え?おかしい(笑) ぼくの中では(話が)ちゃんとつながっているんです(笑)、どうして親の気持ちがわかるんだと不思議がられました。
僕は、天才だったんです。誰も言ってくれないから、自分で言うんですが(笑) 僕は長崎出身なんです。東京のバイオリンの先生に呼ばれて、中学生のときに長崎から出てきて下宿生活を始めたんです。長崎と東京は千四百数十キロ離れているんですよ。親が偉かったんだねぇ。
特急なんて高くて乗れなかったから、急行でね、23時間57分(笑) 僕には(子供を1人で生活させる)そんな勇気はないな。子供によるけどね。そうやって出てきた子供も偉い(笑)
23時間57分なんて、今はブエノスアイレスぐらい行かないと(笑)
辛かったよ。なんでも自分で処理しなくちゃいけない。聞きたくなくても大人の話を聞かされて、見なくてもいいものも見せられて・・・
九州男児って言葉を作り出した九州の女は偉いねぇ。「九州男児は強いのよ。女は弱いの。男は女を守るのよ」そう耳元で聞かされて育てられたんです。「そうかー。九州男児は強いんだ。女を守るんだ」って・・・この年になると「ほんとは、女は強いんだ」ってわかる(笑)
男なんて、おだてとけばいいのよ〜。最近のお嬢さんの欠点は、男のダメなところを指摘しすぎる。「アンタ馬鹿じゃないの。アンタ会社で嫌われてるでしょ」って(笑)
さっき話してた最前列の二人が入ってきて、拍手が起こりました(笑) 私の隣りの青年が実にノリのいい人で、大拍手を送ってしました。好きだな〜、このノリ(笑)
いらっしゃい(笑) さっき、あなたたちのことを話してたんです(笑) えっと、細かいことは、お隣に聞いてください(笑) まだ2曲しか歌っていません(笑)
男をおだてれば、まだ修復可能(笑) 「まあ、あなたってこんなこともできるの。すご〜い。見直したわ〜。ステキ〜。惚れ直したわ〜!」(笑) 徐々に言ってね。いっぺんに言うと嘘だとばれちゃうから。もう修復できないって人もいるかも知れないけれども。人はおだてられながら成長して行くんだね。僕なんかおだてられて、ここまで来た(笑)
すぐに帰れない故郷だったからよかったんだと思う。すぐ帰ることができたら、もう、すぐ泣いて帰ってた。「へー、九州男児だってね。九州男児は泣かないんだってぇ?」って言われると、泣きたいのをグッと我慢してた。
遠かったから、故郷に帰ること自体がイベントだったねー。車輪が1回まわる分、帰りたい気持ちが熟成されていくんです。寝てるとはなく寝ているんだけど「ああ、俺は帰るんだ」って、それだけで幸せなんだね。
ガタンガタンガタンガタン、あ、下り坂だな。スピードが上がってる。ガタンガタンガタンガタン、ガタガタッガタガタッ、あ、鉄橋だな。ポイント切り換えてるな。カンカンカンカンカンカンカンカン・・・ドップラー効果(笑)
帰りたくてもなかなか帰れなかった気持ちが、複利で増えてる。今、利子だけで帰りたいもん(笑) 故郷は、理想郷ではないんだけど、理想郷みたいに思えるんだね。
僕は友達に恵まれた。先生にも恵まれた。先生との相性っていうのは、友達にいい先生だから自分にとってもいい先生とは限らないし、縁というものだね。僕は幸いにも、人に恵まれてきた。
うんうん。私もまさしさんは「人」に恵まれてると思う。大勢の人に慕われて、すごく幸せな人だと思う。お正月のNHKハイビジョン「歌談の部屋」で、小椋佳さんがまさしさんのことを「龍吟ずれば雲興る」と言ってたけど、つくづくその通りだわ。
「道化師のソネット」
(歌い終わってまた水を飲むまさしさん、客席から小さな笑いが起きたので)ただの水ですから。ワインとかじゃないですよ(笑)
歌手になるとは思わなかったよ。自分が1番思わなかった。クラッシックのバイオリニスト目指して、上京して来たんですよ。音楽学校に落ちて二次募集で國學院に入ったんだけど、そこでたくさんいい友達に出会って、バイオリンも辞めてしまったんだけど(笑)
あと数年で、コンサートも3000回になるんですよ。海外でコンサートをするようにもなりました。去年9月にロサンゼルスでコンサートをしたんですけど。
ロスは20年以上前に行ったんです。生まれて初めての海外旅行で、感激したね。ジミーハスケルさん、「サイモンとガーファンクル」の曲をアレンジしていたジミーハスケルさんと一緒に仕事がしたくって、資料を送ったらOKが出て。「風見鶏」「私花集」と2枚のアルバムを作ったんだけど。あしかけ3ヶ月ぐらいロスで生活した。のびやかな田舎町でいいところだったなぁ。阿岸明子さんの事務所からハルさんが迎えに来てくれて、ステーションワゴンに乗りこんでカーステレオのスイッチをひねった途端、流れてきた「ホテルカリフォルニア」 もう感激だったね〜。俺はロサンゼルスに来たんだ〜(笑)
僕は若い頃に売れてアイドルだったでしょ(笑) もう忙しくって忙しくって(笑) (髪をかきあげる仕草に客席が爆笑)感触は覚えてるんだけど(笑)
今でも残念なのは、ストリップに行けなかったのよ。あのころ行けばよかったんだけど、顔が売れちゃったから行けなかった。「精霊流し」歌っている奴が、ストリップ見に来ていたなんて言われるとマズイじゃない(笑) 今でも見たこと無いの(笑) まあ、ひなびた温泉でも行けば(気づかれずに)見られるかな?(笑)
へ?ストリップ?(笑) 私、このツアーは6回目なんですけど、この話初めて聞きました(笑) 眼鏡外して行けば、案外気づかれないんじゃないですか?(笑) 私は気づくかも知れないけど(爆)
運転免許はロスで取ったんです。アメリカは、国が広いから車が無いと生活できないところもあるし、試験官も「お願い、受かって!」という感じで。日本は狭いからもういいだろうと思うのに、車があふれかえっているから「お願い、落ちて!」って(笑)
試験問題もスーパーで売っているんです。回答もついているんです。だから、法規は楽!運転のほうは、ドライビングスクールに電話して、1日だけ先生に来てもらったんです。一応、運転したことがないので(笑) 市川でスピンターンの練習してたとは言えない(笑)
日本語が話せる先生がいるって言うんでお願いしたら、来てくれた先生が、韓国人の先生だったんです。カタコトの日本語なのよ。
カタコトの日本語っていいよ。解かり易くて(笑) 「アナタ、メンキョトル。ジコスル。オオキイチイサイジンセイカワル」つまり、車の免許を取るということは、必ず1度や2度、3度事故を起こすということです。その事故の大きさによって、あなたの人生は変わる。その覚悟で免許を取りなさい」そういうことをこの短い言葉で、すべて表しているんです(笑) 「アナタ、メンキョトル。ジコスル。オオキイチイサイジンセイカワル」なんかゼンジー北京みたいになってきたな(笑)「チョット、コチョコチョスルヨ」(笑)
あの先生、どうしてるかなー。いろんなことを教えてもらった。「アナタ、シンチョウナンセンチ」「165cmです」「オー、5フィート5センチネ」「僕、5フィート5インチなんですか?」「ソウ、5尺5寸」(笑) 自分が5フィート5インチなんて、初めて知ったもんなぁ(笑)
信号のない4つ角で対向車が来たとき、向かって左の車が優先。「4台いっぺんに来たら、どうするんですか?」って訊いたら、「早いもの順!」(笑) これがアメリカの自由の基本なんです。彼が先に来ていたと認める。それを認めないことは、利己主義でしかない。僕らは肝心なところをはきちがえたのかな。
免許を取りに行ったときも、何時に行くのかって訊いて、わざわざ付いてきてくれた。いい人だったなー。
免許はすぐ取れました。それですぐに、仮免許証を出してくれるんです。ペラペラで違反切符みたいな大きさの(笑) これと本当の免許証とどこが違うんですか?って訊いたら「どこも違わない」って言うんです。これで車に乗ってもいいって。ほんとかなーと思って、その足でレンタカー借りに行ったら、貸すのよ!(笑) あの国はO型とB型しかいないよ!(笑) 物事をよく考えない。自分がA型だから言うんだけど、A型の国だったら貸さない(笑)
免許取ったその日から幸せだった。自分で運転できるんだもの。背中に羽が生えたみたいに嬉しくて、今は頭に髪がほしい(笑) その笑い、傷つくなぁ(笑)
翌日から、車を乗りまわした(笑) 初めて助手席に座ったのは、この会場のあの辺にいます和田和正という男です。彼とはグレープ時代から同じ事務所で、僕とは一心同体みたいで「さだとなら死んでもいいや」って思ったんでしょう(笑) 和田と二人でディズニーランドに行ったんです。イヤでしょう(笑) でも、手は握ってないから(笑) 和田は変態だけど、男は嫌いだから二人とも(笑)
帰りにちょっと渋滞していて、サイドブレーキを入れるほどじゃない。ブレーキを踏んだまま、和田と話しこんでいたんです。ブレーキが弛んでいたんだろうね(A^^;) 前の車が下がってきたんじゃないと思う。
話に夢中になっていたら「コンッ!」(笑) 急いでサイドブレーキを引いて、その間も頭の中ではガチャガチャガチャ・・・って¥マークが(笑) 前の車を見たらポルシェ!(A^^;)
飛び出してって、前の車の窓をドンドンって叩いて「アイムソーリー」って言ったら、その外人が、あ、外人は俺か、アメリカ人が(笑) チラッと俺の方を見たか見ずか、ダッシュボードからレイバンのサングラスを出して、かけて、重そうなドアをチャッと開けて俺の前に立つと、そのアメリカ人、6フィート6インチぐらいあるわけ(笑) ゆっくりと車の後ろに歩き出して、俺どうしていいかわかんないから付いて行って(笑)、ゴムの貼ってあるバンパーをすーっと撫で、ちょっと屈んだかな? そして俺の肩を優しく2回ポンポンと叩いて「OK!I'm al right. Don't worry.」(降り返って)「Bat be carefull!」ドンッ!シューッ!(見とれたままのまさしさん(笑))カッコイイ〜!(笑)(リプレイ(笑))「Bat be carefull!」ドンッ!シューッ!(見とれたままのまさしさん(笑))カッコイイ〜!(笑)
これが私の初めて事故です。運がよかったんだね。免許取立てで軽い事故で済んで、それから注意するようになったもの。
国際免許証に書き換えれば、日本でも運転できるんですよ。それでレンタカーを借りて乗っていたんですよ。そしたら事務所がお願いだから止めてくれって。毎日違う車乗ってるはみっともないからって(笑) それで車買ってくれたのよ。ベンツの450SLC。中国に行く前だったから、お金があったのね(笑)
嬉しくって皆に見せびらかした。見せる奴いなくなって、長崎まで帰ったもん俺(笑) 見せてない奴見つけたときのあの嬉しさったら(笑) 國學院の恩師安本衛見せてないことに気づいて、清瀬市に住んでいるんだけど、結核の療養所の先に(笑) そこまで見せに行ったもんなぁ。
新青梅街道を走っていてね、信号が変わるときって迷うときがあるよね。回りの流れがあるから、自分だけ止まるわけに行かないじゃない。止まろうかどうしようか?ってバックミラーを見たら、せこい車が後ろついてきてたんだけど、まぁ大丈夫だろうと思って、「止まりますよ」意思表示をしながら止まった。ブレーキ性能が違うんだね。キキキーって音がして、俺、やばいかなと思ってちょっと前に出た。もう横断歩道にかかってるわけ。これ以上前に出たら、前を走っている車にぶつかっちゃう。そうしてたら「コンッ!」(笑)
男の子が4人バラバラバラバラっと降りてきて(全部声いろを変えて)「どうもすみません」「どうもすみません」「どうもすみません」「どうもすみません」(笑)
コンサートの後、メンバーと反省会をするんだけど、誰も歌のことは言わない(笑) みんなトークのことばかり。4人の男の子が、みんな同じ声じゃおかしいとか(笑)
それで俺はどうしたかって言うと、ダッシュボードから(すでに爆笑している会場に)カンのいいお客様はもうわかっていらっしゃるようですね(A^^;)(笑) ふふふ(A^^;)
ダッシュボードから、ロサンゼルスのファーマーズマーケットで安売りしていたレイバンのサングラスを取出して(笑) 重そうにドアを開けて(笑) 出たら、そいつら俺よりこんなに大きいの(笑)
俺はゆっくりと車の後ろへ行き、そいつらどうしていいかわからないから、俺のあとをついてくる。俺はゴムでコーティングしていないバンパーをすーっと舐めて、あ、舐めてじゃなくて(笑)撫でて、「OK!まあ、あんまり気にすんな」降り返って「だけど、おまえ、注意しろよ」ドンッ!。。。。信号、赤だった〜(A^^;)
最低!カッコ悪い!(笑) う〜(><) 信号変わって走り出したら、また次の信号が赤。そいつら、こっち側にきて(頭を下げる) その次の信号もまた赤で、今度はそいつらこっち側で(また頭を下げる)(メンバーに向かって)お辞儀の数あってた?(笑) もうカッコ悪くってねぇ。その次の信号で俺左に隠れたもん。なんで被害者の俺が隠れなきゃ行けないんだ(笑)
先生のところに行って帰るとき、気が付いたんだよ。バンパー、トランクにめり込んでたよ! だからあいつらあんなに頭下げてたんだ。そのときわかった(A^^;) なんで俺気づかなかったんだろうと思ったら、俺サングラスしてたんだ。だから気づかなかった(笑) 似合わないことはしないほうがいいね(笑)
この話、何かに似てるなぁと思ったら、落語の「時そば」に似ているんだよ。気取ってね、似合わないことして失敗する(笑) 緊張と緩和。だから面白いんだな。
緊張と緩和といえば、大晦日のカウントダウン。3,2,1で後の電子掲示板に「2000」。あれはダサイ。チャンスだったのになぁ。「2000」が出るとわかっていて皆が見ているんだから。3,2,1「平成12年」(笑) それで出演者がずっこけて、お客さんもすっこけたところをカメラで撮っていてほしかったよ。千年一度のチャンスだったのに。ニ千載一遇を逃したね。
あの男の子たちには、俺、神様に見えたんだろうね。あんなにへこんでたら、気にするなって言われたって気にするよ(笑)
当時は、ロサンゼルス空港から市内まで車で20分。今は1時間で行かないかも知れない。渋滞がひどいんです。昔はね、夜中に地下の駐車場から車を出して、リトルトーキョーまでギョーザを食べに行ったりしたんだけど、今はもう夜中にそんなことしちゃいけないって。物騒だから、夜の地下の駐車場なんかに1人で行っちゃ行けない。車の中に物を置いていちゃいけない。犯罪都市になってしまったんだね。
人間って言うのは、進化しているのかね? のびやかなロサンゼルスが、人が増えたことで犯罪だらけのひどい町に変わってしまった。人が増えたから、ひどい町になった。これは進化しているといえるんだろうか? 日本だって、凶悪犯罪が平然と起きるようになってしまった。毎日、新聞の社会面を見るのが怖いぐらいだ。いつか、戻ろうと努力するんだろうか。1日も早く、昔のようなのびやかな町に戻ってほしい。もちろん、ぼくらのこの国も。難しいね。人の心って。
「無縁坂」
「檸檬」
「主人公」
「檸檬」「主人公」の高音部が心配だったんですが、なんとかこなしましたね(A^^;) 「主人公」のときのバックスクリーンのピンク色の雲には、やはりハッとさせられます。
〜メンバー紹介〜
去年の4月頃、毛利さんから連絡をいただいて、宇宙飛行士の毛利さん、僕は以前に毛利衛さんに歌を作ってプレゼントしたことがあったんで、それが縁で親しくさせていただいているんですけど。
「今度は、CDプレイヤーを持ちこんでいいことになったんです。できたらさださんのあの曲を聴きたいから、さださんプレゼントしてくださいませんか」って。嬉しいじゃないですか。僕は飛べないから。代わりにCDが飛ぶんですよ(笑) 「いいですよ。何千枚送りますか?」「1枚でいいです」ばら撒くんじゃないんだから(笑) じゃあ念の為って2枚送ったんです。「そのCDは、地球に戻ってきたら記念にさださんに送り返しますから」って(笑) 来年のコンサートでは、ロビーに飾っておくからね。興味がある人は見てね。「どうでもいいや」って人は、見なくてもいいから(笑)
そしたらまた毛利さんから「さださん宇宙が好きだから」僕は宇宙のことに興味があって、よく毛利さんに話を聞いていたから「さださん、よかったら打ち上げを見に来ませんか?」って。「いつなんですか?」って訊いたら「9月16日」 9月16日はね、コンサートが入っていたのよ。4月の時点でもう。埼玉県の三郷で。それもこのツアーの初日。あ〜行けないナァと諦めてた。そしたら聞こえてきたのよ。三郷の声が(笑)「行け!まさし、行って来い!」「やめてくれ!俺はそんなこと・・・できる奴だ!(爆)」弟の繁理が「まさし、(コンサートを)動かしたから行けるぞ」(笑)
10月に延期したら、スペースシャトルも延期(A^^;) 1月13日になった。1月は静岡でコンサートが3ヵ所入っていて、もう動かせないなと思っていたら、今度は静岡の声が聞こえてきたのよ(笑) でも1/13時点で、まだスペースシャトル飛んでないの(A^^;) 今月の31日。もう今度が最後かな。困ったことに、関空に着いたその夜にコンサートがあって、間にあわなかった場合・・・和歌山のコンサートが飛ぶ(笑) そこまでして行きたいか?って訊かれるけどね、「行きたい!」(A^^;)
僕らの子供の頃、男の子なら誰でも大きくなってなりたい職業の中に必ず「宇宙飛行士」があったんです。7つぐらいあって、先生に「おまえそれ皆なるのか?」なんて笑われたけど、その中に宇宙飛行士があったんです。
でもね、僕が生きているうちには、日本人から宇宙飛行士が出るなんて思わなかった。僕はその夢をどこかで握りつぶしたんだね。毛利さんは、夢を守りとおした。毛利さんの笑顔が素敵なのは、僕は毛利さんの笑顔が大好きなんだけど、屈託の無いあの笑顔は、夢を守りとおした人が夢が叶った笑顔なんだね。
僕は「強い夢は叶う」って言い続けているんだけど、それは叶わなかった夢が弱かったと言うんじゃなくて、夢を持ち続ければいつか叶う場合があるってこと。年をとってくると、必ず叶うと言いきれないこともあるんだけど。持ち続けてる強い夢がありますか?
ドキッとしますね(A^^;)>「持ち続けてる強い夢がありますか?」って面と向かって訊かれたら(A^^;) もちろん強い夢はあるけれど、もうこの年になるとやはり、叶う夢ばかりでないことも解かっているから時々悲しくなってしまいます。
今度こそ、まさしさんが「打ち上げ」見られますように!
「夜間飛行」
ロサンゼルスのコンサートは、有りがたいことに現地の日系人が支えてくれました。シドニーでもそうでした。
向こうで暮らすって大変なことです。留学したことがある人は結構いらっしゃると思いますが、留学するということと暮らすということは違うんです。暮らすってことは、現地の人の仕事を奪ってしまうことなんです。たとえば僕が悪いことをしても、向こうでは「さだまさしが」ではなく「日本人が」ということになるんです。日本を背負っているというプレッシャーはすごいと思います。だから結束力が強いんです。
2日間、とってもいいコンサートでした。僕の体調は別として。いい想い出になりました。
2日目の昼間、ケイロウナーシングホームという老人ホームに行ったんです。近くにもう一つ日系人の老人ホームがあって、そこからもお年寄りが来てくれて200人ぐらい集まってきてくれました。ここは日本から来た若いボランティアが支えているんです。長野から来て二ヶ月目です、とかね。
2,30分、慰問に行ったわけですよ。無力だったねぇ。「さだまさし」そりゃ、知らないよ。二十歳のとき日本を出てきて、今90歳のお年よりは70年日本を離れていたんだから、ほとんどの人が知らないわね〜。中には、さだまさしの歌を知っていて、さだまさしの歌が好きだって言ってくれるお年よりもいたけれど。
お年寄りって優しいから拍手してくれるけど、ライブをしてきたものの意地がある(笑) 人を説得できる歌を作っていないってことを思い知らされた。
唱歌だったらいいかなと思って、「ふるさと」を歌った。困ったときは、人に頼る(笑) 基本だね(笑) 「ふるさと」は、岡野貞一、高野辰之のコンビが、1日で8曲作ったうちの1曲だと知ったときはビックリした。子供達が歌いやすい西洋的な音楽として作られたそうです。
「ふるさと」を、お年寄りがみんないっせいに歌い出した。俺は一生忘れない。体が震えたよ。歌詩が(「ふるさと」の)体の中に入っているんだよ。何べんも何べんも歌ってきたんだね。何十年も故郷を離れて、自分の住んでいる国が故国と戦争をしたこともあった。排日運動にもあって収容所にも入れられたはず。どんなときに、この歌を歌ったんだろうか。泣きながら歌ったこともあるだろう。泣きたいときに泣ける人は幸福なんです。泣きたくても泣けないときもあるんです。肩寄せ合って、支え合って生きてきたんだろう。僕は、涙腺は弱い方だから、お年より達のそんな姿を見て涙がでました。
機会があったら行ってみてください。日本人墓地は、墓石が皆日本を向いているんです。僕はね、こんなに日本を思っている人達を見て、日本に住む僕達がどれぐらい日本のことを思っているだろうか、と思った。自分が恥ずかしくなった。怠惰な生活、だらだらした価値観・・・。彼らが、遠くて帰ってこられなくてよかったと思った。こんな日本の姿を見たら、どんなにがっかりするだろう。難しいね。みんな好き勝手生きてる。誰かがブレーキを踏んでくれるのかしら。
「ふるさと」
「本当は泣きたいのに」
「志を果たして いつの日にか帰らん」この歌詩が、立身出世を助長すると言って子供達に教えなくなったという話を聞いて、呆れたね。この国はどこへ行くのか。だから壊れたんだろう。何を見失ったんだろう。きっと、何かと取り替えたんだろうね。ぼくはただの歌い手だから、よくわからないけれど。
これからも海外でコンサートをやって行きたい。今年はね、ロンドン行くのよ。皆のロンドン、愉快なロンドン(笑) え?違う?(笑) ただのロンドンじゃないのよ。ロイヤルアルバートホール。もう、超ロンドン(笑) クラッシックをやってる人なら、皆憧れるロイヤルアルバートホールよ! 高橋真理子さんが歌いに行ったけど、日本人男性は初めて。寺尾が行ってるんだけど、でも相撲はアリーナでやったから、ステージは踏んでないはずだ(笑) ロンドンに歌いに行くとは思わなかったなー。カザルス、ティボーなんかが演奏しているんだよね。120年の歴史あるホールだから、ドビュッシーも演っているんじゃないかな。(ホールを)そこらじゅう歩いてこようと思ってる(笑)
すごいよ。天井桟敷までつめこんだら8,000人入るホールだから。いや、あの、いくらなんでも8,000人は無理よ(A^^;) 日本から何人連れて行くかだね。行くよ!ロンドン!覚悟してね(笑) でも、無理なサラ金には、手を出さないようにね。行ける範囲で行こう!(笑)
ロンドンにはね、さっきのロスの話のときにしたけど、20年まえロスでレコーディングした帰りに行ったことがあるんです。パリに行ったら、パリはストの最中で町じゅうにゴミがあふれていた。隅田川があって、隅田川から東京タワー見てきたよ。ノートルダムも行ったけど、ノートルダムの(背むし)男、いなかった(笑)
このときのパリがお気に召さなかったみたいで、今でもあまりいいイメージは持っていないみたいですね。>まさしさん。核実験をしてから尚更かな(A^^;)
ロンドンはね、この鳥がいなくなったらロンドンが滅びるっていうんで、見に行ったら、なんだかカラスに似ている鳥で。だけど顔が太っているんだよ(笑) よく見たらカラスだったんだけど(笑) 面白い国だね。まあ、カラスは頭のいい鳥だからね。
ポートマンホテル(?)今はもう無いのかな。そこでチェックインするときに、僕の前にイヌイットの親子がいて、昔はエスキモーと言ったけど、今それは差別用語で使っちゃいけない言葉なんだそうです。そのイヌイットの親子が宿泊を拒絶されたのね。僕は頭に来て、同じモンゴロイドとして。代わりになにか言い返してやろうと、6ヶ国語英会話のクレームのつけ方なんか見たりして(笑) またそのイヌイットのお嬢さんが、可愛くて(笑)惜しかった〜。うん。僕のタイプだったのね(笑)
イヌイットが拒否されたんなら、当然ジャパニーズだってそうだろうと思ったら、スィートだった!そのとき僕は、見えない西洋とぶつかったんだと思う。小心な東洋の小男になってしまった。
その夜はメーデーで、ハイドパークのシュプレヒコールが波のように聞こえてきた。僕は徹夜して小説を書いた。なぜそんなことをしたのか自分でもよくわからないけれど。
そのとき書いた小説を児童書に書き替えて「ふうせんのはか」というタイトルで去年の秋に出版したんです。それが児童書としてはヒットになっているそうで。その発売したちょうどその頃、ロンドンのコンサートが決まった。不思議な縁を感じるね。
ロイヤルアルバートホールは外から見たことがあるんだけど。その日(のチケットが)ソールドアウトだったから中に入れなかった。そばのケンジントン公園、大きかった〜。ケンジントン公園もずっとあこがれだった。ピーターパンのお話が好きだったから。
「夜間飛行」の歌詩に「そういえば、子供の頃、空を飛んだことがある」というところがあるけれど、僕は子供の頃空を飛んだ記憶があるんです。中町公園のジャングルジムから中町教会の屋根の上を通って、おくんちの祭りのお度所のある港まで飛んだんです。ぜったいに飛んだと思う。明治乳業が見えたから(笑) 何のことかわからないでしょうけれど(笑)
ところがね、最近年を取ったせいか「やっぱり記憶違いだったかなー」なんて思うようになっちゃったんだね。
大阪で鶴瓶ちゃんに話したら(鶴瓶さんの真似しながら)「またそんな嘘言って」って(笑)、そしたら、そばにいたもんたよしのりが「オレ、さだやったら飛んだと思う」って。なんていい奴なんだ(笑) それ以来、もんたよしのり、好きだね(笑)
スピルバーグの映画「ET」で、ETと子供達の自転車が空を飛んで、月にシルエットが浮かぶ場面があるけれど、ピーターパンの影響が見える場面だね。ピーターパンとウェンディーがビッグベンに腰掛けている場面と。
ケンジントン公園は、ピーターパンが生まれた公園なんです。昔、ロンドンも貧しい時代があって、ケンジントン公園に子供を捨てたんだって。ジェームス・バリーは、その捨てられた子供が主人公のお話を書いたんです。「成長しない少年」こんな薄い文庫本で、今でも手に入りますから読んでみてください。いいフレーズがたくさんあります。たとえば「鳥が空を飛べるのは、彼らが空を飛べることを疑わないからです。疑ぐらない心に羽が生えるんです」
大変なヒットになって、姉妹編として書いたのが戯曲「ピーターとウェンディー」これをディズニーが「ピーターパン」の映画にしたんです。ケンジントン公園をゆっくり歩いて、ピーターに出会えたらいいな(笑)
「成長しない少年」で探してたんですけど、ある日よく行く古本屋さんで見つけたのが「ピーターパン」というタイトルの薄い薄い文庫本。まさしさんの言ってる「成長しない少年」と同じなんですけど、残念なことに日本語訳が若干違っています。まさしさんの言っている訳の方が素敵です。だけど、この本にサインしていただきました\(^0^)/ 「成長しない少年」また探そうっと。
世界中で頑張っている日本人のために、歌いに行きたいと思っています。「日本をいっぱい持ってきたからね」って言って(笑) 2001年は、原田泰治さんの展覧会をブラジルでやることに決まったから、付いて行ってついでに歌ってこようと思ってるのね。とりあえず、今年はロンドン!みんな一緒に来るように!
はぁ、ロンドン行きた〜い!!たぶんこのチャンスを逃すと、ロンドンなんて一生行けないだろうな〜。この話を聞いた9月から、もう心は半分ロンドンに行ってるんだけども(A^^;)
「佐世保」
「遠い海」
「驛舎」
「桜散る」
熟睡していただきましたか?(笑)バラードを続けて3曲聴いていただきました。
400曲あるから、こうやって歌って行くと、体力の続く限り歌っていられそうな気もするけれど(笑)(拍手に)まあ、まあ、お互いに日常生活があることだし(笑)
ごめんね。長くなって。短いよりはいいかなと思っているんだけど(笑)
もうお別れの時間になりました。お別れと言っても、あと3曲歌うんだけどね(笑) いつもお別れに元気と勇気という話をするんだけど、心の元気というのは増えるんだね。元気な奴はいつも元気じゃない(笑) 憎たらしいぐらい元気な奴いるよね。向こうから来たら、こうやって足を出してみたくなる(笑) 反対に元気の無い奴には、元気を吸われるような気がするよね(笑) 元気が元気を連れてくるんだね。これは自分で経験してきたからね。
勇気もそう。使えば使うだけ増えるのが勇気。あのとき、勇気を出していればって後悔することがあるけれど、・・・次にそれを手に入れるにはその倍の勇気が必要になる。勇気を出していれば、次はもっと大きな勇気を簡単に手に入れることができるんだよ。これも自分で経験したから言えること。
でも、いっぺんに頑張ろうと無理しちゃダメ。毎日ちょっとずつ頑張って。ちょっとずつなら、頑張れるから(笑)
「飛梅」
「修二会」
「ひき潮」
幕(20:40)
EC1
衣装はオレンジのジャケット。黒のキラキラボタンシャツと靴はそのまま。ズボンを黒に変えています。アンコールはこの衣装に定着したのかな?
「聖夜」
「防人の詩」
EC2
ありがとうね。嬉しいね。今年はいい年にしたいね。長い時間ありがとう〜。もう1曲!
「夢の夢」
終了(20:58)
神奈川県民ホールにしては珍しく盛りあがった気がします(A^^;) ここはいつも大人しめな気がするんです。しかも時間延長が厳しいらしくて、今回も律儀に9時には終わってしまわれるの。>まさしさん 曲数は減らせないとなると、トークをはしょるしかないんですよね。 ここしか行かない人なら気づかないでしょうけれど。その点では、他の会場に負けています。地元としてこれは非常に悔しいな。(A^^;)
普段よりもまさしさんのギターの音が、しっかり聴き取れました。ギターの音に弱い私は(笑)もう胸キュン! まさしさん、ほんとにギターうまいわぁ!
<うちわ振りかざし隊報告>
まさしさんの入りは3時半でした。2時半から待っていたので、さすがに冷えてしまいました(A^^;) 1番早かったのが、川瀬さん。その次、岡沢さん、宅間さん、石川さんだったかな? 宅間さんがちょっと髪を短くしていて、カッコ良かったですよ。でも、まさしさんには負けてます(笑) でもやっぱり、まさしさんの前では固まってしまう私なのでした(A^^;)
お見送りは、30人近かったでしょうか? 今回のツアーは、2回目のアンコールでメンバーがステージを下りてしまうので、帰り支度が早いですね。9時半に出てこられました。私達は、まさしさんの車の正面の塀にへばりつくようにして待っていました(笑) お召し物は、Vネックのセーター。色はグレーっぽかったかな?同系色のジャケットは羽織らずに、手に持っていらっしゃいました。「レナさんうちわ」が出張中のため、私のうちわ(5個)をみんなで振りましたが、車に乗る前に大きく手を振ってくださいました! なんて素敵なマイダーリン(笑)