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The Third Night「Yellow」 10月13日(日)愛知厚生年金会館 18:03〜21:16 第一部 1.生きることの1/3 2.案山子 MC 3.雨やどり MC 4.僕にまかせてください 5.線香花火 MC 6.空缶と白鷺 15分間休憩(18:50〜) 第二部 7.たずねびと 8.秘密 9.異邦人 MC メンバー紹介 10.虹の木 11.pineapple hill MC 12.空色の子守歌 MC 13.聖夜 14.親父の一番長い日 MC 15.この道(作詞:北原白秋/作曲:山田耕筰) 16.桐の花 17.Kana-shimi橋 18.都府楼 EC1 19.小さな手 EC2 20.生生流転 |
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この日が3052回目のコンサートだったそうです(^^) 3月21日の3000回から、もう52回もコンサートをなさったんですね〜。 第一部のまさしさんは、記念(第三夜)の黄色ポロシャツに靴下も黄色(綺麗なレモン色)、ズボンと靴は黄色とは相性がいい黒。 (タイガースカラーですね(笑)靴は、スリッポンタイプで、可愛い形でした(^^) メンバーも同じ黄色いポロシャツ。 黄色って、若く見えますね。 名古屋に来て やっと気づいたのですが(今回は席がわりと前のほうだったので)、まさしさんが立っている台もその夜の色になっているんですね。 黄色いステージでした(^^) バックの青空と一輪のひまわり。第一夜、二夜でセッティングされていたトラスは解体されて、都府楼跡をイメージするような 、高さが違う柱(トラス)が並んでいるステージになっていました。 「吉田があがっちゃって可愛かった」とまさしさん。第2夜のときの吉田さん、「名古屋は違うなぁ」とぼやき倒していたらしい ですね。グレープにとって、名古屋は特別な思い入れがある場所(「精霊流し」に火がついたのも名古屋・東海ラジオの番組が きっかけだった)なんですね(^^) 「精霊流し」のヒットが、今の自分の背骨を支えているんです。と、まさしさん。 うーん、悔しいけど、当時の名古屋のファンは偉い!番組で「精霊流し」の特集を思いついた蟹江さんは、先見の明があったんですね〜。 「名古屋を乗り越えたことで、吉田は自信を持ったようです。東京では声も出ていた」と言われていました。でも、再結成は考えて いないそうです。「単なるノスタルジイな、同窓会なら必要ない」と強い言葉。でも「吉田がオレんとこに来れば、いつでも再結成 はできるんだから」とも。吉田さんの有休40日間を利用して、どこかで「新生グレープ」の姿が見られるかも知れないですね(^^) (グレープを)「温かく迎えてくれてありがとう」という言葉に、ジワ〜っと感激していました(^^) 「第一夜で、さだまさしの最終形を見ていただきました」いつだったか、年を取ったらピアノとギターだけで、コンサートをやりたいな と言われたことがありました。また弦のカルテットと自分ひとりと・・・とも。いつか必ず終わりはくるのだけれど、、、その日が 来ても、今のように応援している私でありたいです。これからもずっと・・・。 「座るのが楽になった」そうですが、明日からは 立たなければならないと(笑)座って歌うスタイルも落ち着いていてなかなかいいなと思っていたので、ちょっぴり残念。 「今日は、存在感のあるコンサート。出てくるのはこれだけです(笑)」ステージの人数が少ないと、ひとりひとりの音が よく聞こえるんですよね。つまり、ミスもわかっちゃう^^; 「今日は、あなたの隣にそっと腰掛けるようなコンサートをおおくりします」という言葉が、なんだか嬉しいスタートでした(^^) 数日前、NHK「スタジオパーク」に電話出演したことから、ナベちゃん(渡辺俊幸さん)の話へ。いい奴で、価値観がよく似ていると。 NHKの人からは、「電話出演のことは、渡辺さんには内緒にしてください」と言われたけれど、放送日の数日前に渡辺さんと ご飯を一緒に食べたときに、ナベちゃんのほうから「今度、NHKの番組に出るから、まさしのところに依頼があると思うから、 宜しくね」と言われたそうです(笑) それから、 ニューヨークでレコーディングをした話、ジミーハスケルさんのこと。男8人で「未知との遭遇」を見た話など。 「男と男でよかった。ナベちゃんが女だったら、ぜいったいに一緒になっている」と(^^) 渡辺さん、若い頃は「夜の帝王」と呼ばれていたとか(@_@) え?夜の帝王って・・・松方弘樹さんとか梅宮辰夫さんのような人の ことを言うのじゃ?お金持ちでお酒に強くて、ホステスさんやママさんにオオモテで・・・うーん、イメージが違いすぎる(?_?) 「最近は、お互いに年なの。音楽の話、哲学の話が多い。でも、それがウレシイ」と照れ笑いをするまさしさん。 ほんとに、渡辺さんのことがお好きなんですね〜。 「僕にまかせてください」第二夜(グレープ)で歌われなかったので、ひょっとして30周年では歌われないのかなぁと思っていた ので安心しました。2番に入るときのチェロの音が心地よかったです。まさしさんは、この音を聴かせる為に、この日に持って こられたのかしら?と思うぐらい。うっとりしました(^^) ノーベル賞を受賞された「田中さん」のこと。ノーベル賞を「○○さん」が貰ったのは、初めてじゃないか?と、まさしさん。 そういえば、ノーベル賞は、○○博士とか作家○○先生みたいな、肩書きがついている人のものだと思っていたわ。 まさしさん、最初の記者会見のときの田中さんの様子が、すごく気に入ったようで「好きだわぁ、あの人」としきりに言って おられました(^^) 万一、廣田さんがノーベル賞を取ったら・・?(爆)この話のオチは、第四夜にあり ました(笑) 「楽しみがなきゃダメだよね。ノーベル歌詞賞もあればいいのに」「世は歌につれることはない。きっちり今を歌いたい」 「30年で400曲。中には似た曲もあるんだよ。」30周年記念コンサート の予習?(笑)のために、こんなに自分の歌を聴いたのは初めてと笑うまさしさん。 聴きなおして改めて気づかれたこともあったのかな。「世の中に傷つけられた 思い出の曲。タ○○にいじめられた頃の(苦笑)・・・かと思えば、妙に自信たっぷりの曲もあったりね。いま、歌いたい曲がある。 青春時代の自分に歌で手紙を書く」と。そういえば「驛舎」は、傷を負って長崎に帰ったあの日のまさしさん自身にあてた手紙の ような曲ですね(;_;) 「いまは、世の中がほめない。ほめなきゃダメ。僕は、運が良かった。お客さんがいてくれた。拍手を聞くと歌って来られた」と、 しみじみとする言葉でした。 二部はの衣装は、クリームイエローのスーツ、黒いシャツの襟元がキラキラしていました。(あれ? フェスではこの服でアンコール だったのでは?)メンバーは黒いシャツ。胸のところにひまわりの飾り。 「秘密」がこんなにいい曲だったなんて!(^^)/ライブで歌われるのは、30周年が初めてだそうです。まさしさん自身も、歌ってみたら 「いい歌じゃん!」と思われたとか。「秘密」をリクエストしたのは、スタッフの原田くん。女優の原田美枝子さんの甥っ子。 こんな素敵な歌をリクエストしてくれてありがとうと、原田さんに御礼を言いたい気分でした(^^) メンバー紹介が面白かったです。石川さん、バイオリンの小池さん、チェロの矢島さんを紹介して終わってしまったので、 宅間さんが座っていた椅子を持ち上げて投げる。。。ふり(笑) 「ゴレンジャー、(ひとりひとりの顔を確認しながら) のむんじゃー(石川さん)、ばかなんじゃー(小池さん)、あほなんじゃー(矢島さん)、すけべなんじゃー(宅間さん)」と 言われていました(爆笑)ところで、まさしさんは?(笑) 最前列や2列目で、口を開けて寝ている人がいる話(笑)コンサートでメモを取る人が多い話(笑)「僕は、そういう人(メモを 取っている人)をバカにする発言をしていたんだけど、話を聞いてみたら感動した!そういう人は、さだのCDを全部持っていて 今日のメニューでテープを作って聴いているんだってね。」と、子供が新しい発見をしたときのように、目をクリクリとさせて 話してくれました(^^) コンサートは毎日同じようで違う。3052回のコンサートのうち、1400回はしゃべっているそうです(笑) 今までで一番長い休みは3ヶ月ぐらいで、「長江」のロケで中国に行かれたとき。「半年ぐらい歌わなかったら、歌うのが怖い」 と言われていました。ある人に「(開演直前)にコンサートレート(集中)しないんですか?」と訊かれたことがあるそうです。 「ライブを繰り返すうちに、佐田とさだが入れ替わるのがわかってきた」とまさしさん。緞帳が上がる直前の緊張感がいいとか(^^) 「小さい頃の気が違うほどのバイオリンの反復練習で、こらえ性ができた。忍耐力がある」と。借金でもうダメだという苦しいときも、 歯を食いしばって頑張ってこられたのも、厳しいレッスンで培われた精神力だったんですね(;_;) 「苦痛に耐えて、2レベルほど 強くなったよ。痛みにも強くなった。逃げ出したいことはいっぱいあったけど、自分に負けない」と力強く語られました(^^) 「虹の木」「PINEAPLLE HILL」の歌のとき、スクリーンにはハワイの夕焼け空が映し出されていした。歌に合わせて、 「虹の木」のときは、オアフ島の風景。「PINEAPPLE HILL]はマウイ島の風景だったそうです。違いがわかりません^^; ギターの音がウェイトの大きな2曲。プレッシャーだそうです(苦笑)「今日間違えても気づかれなければ、何をやっても 大丈夫」と言っておられましたが、意外に素人(お客)にもわかるもんなんですよ〜(爆) 「さだまさしを作った偉大な人を8日間のうちに思い出しながら・・・」と、山本直純さんとの思い出話 を話されました「山本直純は、ほんとに変な人でした。」と始まった、直純先生との 楽しいお話をたくさん聞かせてくださいました。直純先生との出会い(ラジオ番組) 名古屋のホテルで、句会をやったこと。直純先生の雅号は、「山本笑髭 (しょうし)」だったそうです。まさしさんは?「佐田雅慢」でしたっけ?そのときに詠まれた句「日本海 ああ中国かい ソ連かい」だったとか(笑)最後に一緒のステージに上がったのは、オーチャードホールで「親父の一番長い日」を演ったとき。 クラシックの演奏家が集まる店「フロイデ」でのこと。25周年記念アルバム「季節の栖」で、三波春夫さんが作詞してくれた曲の アレンジを(安西さんが)頼んだときの後日談。「空色の子守歌」の歌詞の秘密など。 「空色の子守歌」2コーラスめのメロディを間違えてしまったまさしさん^^; これはもう、お客さんにもしっかりわかりました。 曲が終わったあとに「石川さんが間違えたわけ じゃない。直純さん、すみません」と謝っておられました。そうかぁ、この曲を初めて聴く人は、石川さんやメンバーが間違えたと 思うかも知れないですね^^; 直純先生の思い出話のつづきで「軽井沢音楽祭」に参加されたときのお話もありました。軽井沢では、 落葉松林を小説家が若い愛人を連れて・・・咳をしながら歩いていてほしい(イメージ)と(笑)京都では、舞妓サービス、 坊主サービスをやってほしい・・・舞妓さんに会ったら一つ進み、お坊さんに会ったら京都駅に戻る「すごろく」遊びみたいな (笑) 軽井沢に行くと言ったら、建具屋のカトーさんに「お前みたいな貧乏人が行くところじゃない」とさんざん脅かされて(苦笑)、 軽井沢に下見に行ったと。(この続きは有名な話なので割愛します^^;・・・トークCDにも入っています) 直純先生が交通事故を起こして謹慎されていたとき、気晴らしにと誘った有明海の不知火見物、長崎くんちの話も ありました。「映画「二百三高地」の主題歌を書かされて、右翼と言われたちゃうし、変な仕事いっぱいしました」と、直純先生との 思い出話は尽きないようでした(^^) もしもコンサートじゃなかったら、もっともっと話たかったでしょうね。 滅多にコンサートでは聴くことができない「親父の一番長い日」、この日は特に素晴らしい熱唱と感じました(^^) 「小説を書いたことで目だってごめんね。昔はさだまさし聞いていると、恥ずかしいという時代が あったけど、今は照れくさいでしょ(笑)」今は、さだまさし果樹園の収穫の時。「育てたのはあなたですよ」という言葉が、 嬉しかったです(^^) ほんとにすっかり風向きが変わってしまって、当時のバッシングはなんだったんだろうと思うぐらいです。 ただひとつわかるような気がするのは、バブルがはじけて世の中が混沌としている状態であり、人々が「癒されたい」という思いを 強く持っているということ。さだまさしの音楽は、そんな時代に必要とされているということかな。それでは、再び好景気に踊る 時代になったら・・・考えると少し怖い気がしますが、いつの世も「毀誉褒貶」はつきもの。。。このへんは、まさしさんは経験されて、 よくご存知でしょう^^; 「10月5日、憧れの場所で歌ってきました」と都府楼でのコンサートのこと。北原白秋のテレビ・ドキュメンタリーに、出演して 柳川に行かれたことを話されました。都府楼でのコンサートは、25年かかって実現できた。先代の宮司さんとのお約束だった そうで、その喜びはひとしおだったでしょうね。そのお話をされたときのほんとに嬉しそうなまさしさん。そのお顔を見ているだけで、私もなんだか嬉しくなって しまう〜(単純)(^O^)♪ 白秋の話は短めでしたが、「梅雨時のカステラが美味しい」というのを、白秋の本で知って、梅雨時にカステラを食べる楽しみが 増えた、と言っておられました。この梅雨時のカステラの話は、なぜか名古屋で話されることが多いみたいです。 コンサートで名古屋に来られるのが、梅雨時が多いからかなぁ(?_?) 先の大阪でも、後の東京でも歌われなかった「桐の花」、すごく好きな歌なので嬉しかった〜。涙でグジュグジュになりながら、 聴きました^^; もしや、名古屋まで出張した私の ために歌ってくださったのかしら?(爆)まあ、勝手に思うだけなら、かまわないと思うので、そう思わさせてくださいな(笑) それに続く「Kana-Shimi橋」は、 ギターを激しくかき鳴らすような熱唱でビックリ。CDの抑えた歌い方と全然違う!と思ってしまいました。こういう歌い方、 非常に好き(^^) CDでは、いまひとつ と思っていたのに^^;、ライヴで聴いて好きな歌になりました(^^) ギターの弦が切れるほどの 熱演でした。 アンコールの衣装は、黄色いシャツ、キラキラの刺繍(向日葵?)が全体に施された鈍色のベスト、オレンジ(茶色?)のスト ライプのズボン(今年の「長崎から」で着ておられました)でした。「生生流転」これもまたギターソロで歌い上げてくれました。 もともと好きな歌ですが、この日の歌は、聴いているほうが放心状態になりそうな熱唱で、ほんと素晴らしかったです(^^) ひとつひとつの言葉の重みが、ずしりと胸にしみるような・・・この曲を聴くと、バッシングで辛かった頃のまさしさん、その後に 莫大な借金を抱えて苦しむまさしさんを思い出してしまうんです。だから尚更、さだまさしの内面に 肉迫している歌詞と思っています。そんなまさしさんが、心からいとおして(*^^*) 終わってすぐに席を立てないような、深い感動でした。ステージのまさしさんは、本当にカッコイイで〜す(*^^*) 第三夜は、メンバーも少なくて・・・アコースティックナイトでした。それぞれの楽器の音が良く聞こえました。 何より、まさしさんのギターがたっぷり聴けたのが嬉しかったぁ(^^) ひまわりは、最前列の人にプレゼントされました。いいなぁ!<大阪・名古屋の最前列の方。 |