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解説 ウィキペディアと日本社会―集合知,あるいは新自由主義の文化的論理

『ウィキペディア革命〜そこで何が起きているのか?〜』
(ピエール・アスリーヌ他著、2008年7月、岩波書店、118〜158頁)


解説文の目次

ウィキペディアと日本社会―集合知、あるいは新自由主義の文化的論理


ウィキペディアの意味するもの〜21世紀情報ネットワーク社会における「集合知」のあり方〜(上記解説文の草稿、2013年10月公開)


Wikipediaの参照法提案

本文はもとより、解説文も、論点は学術的情報源として以外にも多岐にわたり、かつ細密に議論している (上記のように拙稿も40ページを越える議論である)。是非、本書をご一読願えれば幸いである。
ここでは、学術的情報源としてのウィキペディアに対する言及の仕方について、 解説文で提案した方法を公開したい。というのは、大学の期末レポートのみならず、卒業論文、修士論文などにおいても、参考文献、参照文献として、安易に、
参考文献「ウィキペディア」

のような記述が行われている現状を早急に改善する必要があると考えるからである。

レポート、学術的論文、論考のために、Wikipediaで参照した項目については、Wikipediaでの参考情報源・論文にアクセスし、確かめるとともに、それを一つの契機として、 他の情報源・論文を探索することが必要不可欠であることは論を待たない。しかし、他方、Wikpediaをそうした契機としたことを含め、参考資料に含めることもまた必要であり(つまり、参考にしたにもかかわらず、参照源として言及しない ことは避けるべきではないかと考える)、言及の仕方について、一定のルールが望まれるのではないかと考えるに至った。

そこで、解説文では、以下のような提案を行った。

たとえば、英語版で、'Shimabara Revellion' (島原の乱)の内容を参照し、それを参考文献に入れるとすれば、
参照方法提案
のように、
『どの言語版のウィキペディアか、「項目名」、URL、参照した版の編集時点

また、たとえば、日本語版「管理者への立候補」という項目自体に言及する時のように、その項目ページの存在のみが対象となる場合には、
参照方法提案
といった形で、
『どの言語版のウィキペディアか、「項目名」、URL、、アクセスした年月日

という事項と形式が望ましいと考える。

上記はあくまで一つの提案であり、本書を契機として、学術的コミュニティ、大学はもとより、初等、中等教育関係者たちで、 ウィキペディアの記事を引用、言及する際の一定のルールが形成されることを期待したい。

「履歴(history)」を必ずチェックすること

上記に関連し、学術的情報源としてWikipediaを利用する際には、必ず、「履歴(history)」をチェックし、自分がみているのは、「何年何月何時何分版」か、 どのような編集履歴を持っている項目なのかを確認する習慣を、学生諸君には身につけてもらいたいと切に希望する。

ウィキペディアの項目にアクセスすると、「本文」が表示されるが、 「本文」以外にも、「ノート」、「編集」、「履歴」というページがあり、以下の図(日本語版「イラク戦争」http://ja.wikipedia.org/ wiki/イラク戦争 2008年3月1日8時39分版)のように、 タブが表示されている。
履歴タブの位置

そして、上図の「履歴」タブをクリックすると、以下の図のような本文の変更履歴が表示される (「ノート」を開いた状態だと、ノートの変更履歴が表示される)。

イラク戦争の変更履歴

 上図にあるように、変更履歴には、編集日付、時分、編集者(利用者名あるいはIPアドレス)、コメントなどが含まれ、 異なる編集を比較することが可能となっている。そして、上記の例では、2003年3月31日午前4時52分から午後8時32分まで、16時間にも満たない間に、6回編集が行われていることがわかる。このように、Wikipediaの記事は 絶えず、頻繁に書き換えられ、場合によっては、大量削除、意図的な誤情報挿入が行われているのである。
 だがしかし、本文の表示だけでは、そうした履歴の痕跡を一切見せないため、 インターネットで検索をし、ウィキペディアの記事を見ると、あたかもそれは、新聞社のウェブにおける記事や用語解説集の記事のように、 固定し、それはいつアクセスしても、そう書かれているもののように思えてしまう。
 したがって、学術的情報源としてウィキペディアをみたときには、 本書が主張するとおり、私たちは注意深くアクセスした記事に接する必要がある。


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(c) Tadamasa Kimura