「内部被曝」について  (その7) 低線量被曝

7.1理想的な毒
7.2アリス・スチュワート
7.3低線量
7.4低線量(つづき)
7.5外部被曝と内部被曝


「内部被曝」について (1) (2) (3) (4) (5)  (6) (7) (8) 目次 へ





(7.1) 理想的な毒

アーネスト・スターングラスは2006年3月に初来日し、全国で講演したが、青森での講演が文字化され、スライドとともにネット上で公開されている。こちら グラフを多用し、とても分かりやすいし、しかも、内容は深刻である。その中で、次のような警句を発している。
放射能は見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒です。
非常に強い放射能で即死するような場合は、細胞破壊とくに神経系がやられるのた致命的となると考えられている。例えば、高木仁三郎は「爆心地の近くにいる人は即死に近い状態で死にますが、それは中枢神経が侵されることによります」(「プルトニウム時代に生きる」著作集4巻p534)と述べている。
爆心地で、即死しなかった場合の事例は、例えば長崎市教育委員会作製の文書によれば、「中篤な出血疾状(吐血、下血、歯コン出血、粘血性下痢)、38〜40℃の高熱数日〜10日位の間に発症、数日の経過で死亡(粘血性下痢は赤痢用疾患と思われていた)」などとある。 この文書では、「4Gy[グレイ]以上の照射を受けた人は多く死んでいった」と述べている。この地獄の苦しみは日本人には比較的よく知られているので、拙論では扱わない。

これに対して、弱い放射能の場合には、その場で直ちになにかの症状が現れることがないのが普通である。スターングラスのいう「放射能は見えない、臭わない、味もしない、理想的な毒です」ということだ。
その場ではなんの症状もなく、何年も何十年も経ってからガンが発症する、しかし、“そのガンの原因が何年も前の放射能であった”と確定的にいうことはけしてできない。ガンの原因は様々あるからである。
「強い放射能」の場合は症状が即座に現れるから、それが有害であることは議論の余地はない。放射能からの防護が問題になるし、放射能の強度の測定(モニタリング)が問題になる。それに対して「弱い放射能」は、即座の症状がないから、それが有害であるかどうかについて議論が分かれる。それどころか、「ごく弱い放射能は体によい」(ホルミシス効果)という説まで出るありさまである(ラジウム温泉・ラドン温泉などは日本人に人気があるが、近頃はやりの岩盤浴でも微弱放射能を使うようである)。

まず、いまとなっては古典的な反核運動の教科書と言ってもいいゴフマンとタンプリンの『原発はなぜ、どこが危険か』(原著1971 小山内宏訳ダイヤモンド社1975)を参照する。
われわれは、細胞が放射線障害を受けてガンや白血病が発現するのは、被曝後直ちに明白になるのではないということを知らなければならない。長い潜伏期間ののにちに、悲しくもサジを投げ出さざるをえないことを悟るのだ。電離放射線の破滅的効果のほんとうのこわさを認識し理解できていなかったことを悔いることになろう。われわれは、放射線ばかりでなく他の環境汚染についても、即座の効果を期待しがちである。われわれがそれを見通せないとき、安全性に対する誤った観念が立ち上がるのである。(p27 強調は原文傍点)

これらの原子力の当局者の言わんとすることは、人がたとえば5ラド(50mGy)の被曝を受けたとき、すぐには死なないではないかというかのようである。ここで問題なのは、致死的な影響が生じているかどうかではない。われわれが心配し、また、原子力発電にたずさわっているすべての人が憂慮しなければならないことは、それとはまったく異なっている。われわれは、被曝した人がすぐにあるいは次の週に死亡したりすることを予想してはいない。ガンや白血病は5年ないし10年後に発現し、遺伝的疾病はわれわれ以降の未来世代に発生する。人間の大きな悲劇として必ず惹起する。しかし、それにもかかわらず、目を閉じたまま(当局者たちは)、“なんの影響も観察されない”といっているのだ。(p62 同前)
即座の効果」といっているところが、ポイントである。即死する、急に体調をわるくする、嘔吐・吐血・脱毛などの目に見える「効果」が現れる、数週間のうちに倒れやがて死に至る等々。そういう「即座の効果」がなければ、“当局者たち”から「どうだ、なんでもないだろう」と言われば、「ええ、元気です!」と答えることになる(前掲書p26をアレンジした)。それが、30万人にのぼったという米国の“アトミック・ソルジャー”の若い兵士たちだった。

「即座の効果」と対になる語は「遅発性(晩発性)の効果」である。何年も何十年も経ってからガンが発症するというような場合を、遅発性というのである。ところが遅発性のガンの場合には、あるガン患者のガンの原因が何年も前の放射性物質であるのか、それとも他の理由(化学物質、喫煙の習慣、遺伝的理由など)によるのか、決定するのはむずかしい。多くの場合は不可能である。
個々の患者のガンの原因を特定することはできなくても、多数の集団を観察し統計的に処理すれば、疫学的にガンの原因を推測することは可能である。

弱い放射能がまちがいなく有害であるということを膨大な資料でうらづけて反論の余地なく証明したのは、妊婦に対するX線診断が生まれた子供の小児ガンを5割も増加させていることを示した、イギリスの女医アリス・スチュワートである。彼女の最初の論文は1956年である。その簡単な数学モデルに抵抗感を示す学者がかなりあり、その結論がなかなか認められなかったという。1970年代半ばには確乎たる定説となった。


(7.2)  アリス・スチュワート

1950年代までイギリスでは、妊婦に対してX線によって骨盤の大きさを測って出産の安全性を確認するというような診断が、ごく、普通に行われていたという。X線写真を撮ってそれで判定するというようなやり方である。
アリス・スチュワートは、母親(妊婦)の安全ではなくて、お腹の中で受精卵から激しく成長しつつある胎児の安全に着目したのである。それが彼女のオリジナルであり、彼女はそのことによって偉大な仕事をすることになる。

スチュワートの基本的な着想は、つぎのようなことである。J.W.ゴフマン『人間と放射能』による。
10歳まで健康に育った子供の母親を調べると、妊婦のときX線診断を受けた率は10%であった。10歳までに小児ガンで死んだ子供の母親について同じことを調べると、15%であった。
X線診断と小児ガンが無関係なら、これは同率になるはずだ。
したがって、この受診率の“5%”増加はX線診断が小児ガン発症に何らかの割合で影響していることを意味していると考えるべきであろう。
スチュワートの非凡な点は、この着想をつぎのような初等数学で論証し調査数を増やしていったことである。


調査した全数をN人としよう。
そのうちX線診断を(母親が)受けていなかった子がA人、受けていた子がB人だったとする A+B=N 。
Aのうちのa%が小児ガンで死亡したとしよう。Bのうちb%が小児ガンで死亡したとしよう。 Nは十分大きな集団(たとえば百万人)と考える。小児ガンで死亡するという子供(D=aA+bB)は珍しく、ほとんどの子供は健康に成長すると考えてよい。
そうすると、健康に育った子供(N−D)の胎児のときのX線検査率が10%だったという数字を、すべての子供の、胎児のときのX線検査率に対して使っても、そう大きな誤差は出ないであろう。この近似を使うと、
A:B = 9:1
すなわち、A = 9B。ゆえに、A = 0.9N、B = 0.1N となる。

A人のうちa%の子が10歳にならぬうちに小児ガンで死亡したとする。おなじく、B人のうちb%の子が10歳にならぬうちに小児ガンで死亡したとする。
10歳までに小児ガンで死んだ子供の総数は、
D = aA/100 + bB/100
となり、そのうち胎児のときX線診断を受けていたのはbB/100であるから、その割合が15%であることを式で表すと、
bB/100 ÷ (aA/100 + bB/100) = 0.15
分母を払えば、
bB = 0.15(bB+aA)
簡単な式の整理で、85bB = 15aA を得るが、この式にA = 0.9N、B = 0.1Nを代入すると、
b = 1.588a
これは、胎児のときにX線診断を受けている子供が小児ガンで死亡する率が、受けていない子供の死亡率より6割方(59%)多い、という驚くべき結果を意味している。

胎児のときX線診断を受けたことによって、小児ガンが引き起こされ過剰に死亡することとなったのは何%であろうか。
これは、上のA+B(=N)の集団と、全員がX線診断を受けなかったN人の集団とを比較することになる。前者の集団での小児ガン死亡者数は aA/100 + bB/100 = (a×0.9N+1.588a×0.1N)/100 = 1.0588aN/100
後者の集団での小児ガン死亡者数は、aN/100 である。
この差が、過剰に死亡した人数と考えられる。すなわち、過剰 =0.0588aN/100
これを%で表示すれば、0.0588aN/100 ÷ aN/100 = 0.0588
ゆえに、
過剰な死亡 = 5.9%

胎児のときX線診断を受けたことが小児ガンの原因になったと考えられるのは、前者の集団内での死亡者の内訳だから、
0.0588aN/100 ÷ 1.0588aN/100 = 0.0555
すなわち、5.6%

ゴフマンの前掲書の「第21章 体内被曝による先天的影響」のうちの一番簡単なところだけを、かいつまんで紹介してみた。しかし、アンリ・スチュワートの重大な成果は胎児に対するX線照射はきわめて危険であることを証明して見せたことであった。この成果の意義は、
  1. 低線量であっても危険である場合が確かにあること。
  2. 胎児に対する放射線の危険度は、大人の場合の何十倍、何百倍も高いこと。
  3. 即座の危険ではなくとも、明らかに危険である事例であること。遅発性の症状。
などを挙げることができるであろう。

最後に、ゴフマンの総括を掲げておこう。
被曝しても健康な子供をもった母親の割合と、被曝してガン・白血病の子供をもった母親の割合がわかれば、放射線被曝によるガン・白血病の危険度を過剰率で表すことができる。(前掲書p637)
なお、日本の医療ではCTスキャンなどX線撮影を多用する傾向があり、2004年のランセット掲載論文(A.B.de Gonzalez et.al.「 Risk of cancer from diagnostic X-rays, estimates for the UK and 14 other countries」)を、読売新聞などが「日本の癌の3.2%はX線被曝によるもの」と報道し、注目された。



(7.3)  低線量

低線量の放射線を浴びるというのは、どのようなことが実際には起こっているのか、理解を深めるために簡単な計算をしてみる。

ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告し、日本政府もそれを採用している、一般人の「放射線許容量」は1mSv/年であった。Sv[シーベルト、線量当量]とGy[グレイ、吸収線量]の関係は非確定なものであり、通常は便宜上ICRPなどが決めた値を使うことになる。SvとGyの比は、X線では1、アルファ線では20など。前章(その9)で述べたように、原子力災害対策特別措置法では1Sv=1Gyとしている。(要するに、Svシーベルトの数値は絶対視して考えてはいけない、ということ
この一般人の許容量1mSvというのがどの程度の放射線の密度にさらされることになるのか、簡単な計算をしてみる(この部分の、元ネタは、またしてもJ.W.ゴフマン『人間と放射能』のp348〜350ですが、単位を替え、数値もわたしの考えを入れて変更しているところもあります)。

1mSv=1mGyとして、以下考える。つまり、1年間で1mGyの放射線を浴びるのが許容限度であるとしよう。これが、どれほどのものであるのかを調べてみようということである(ICRPの基準ではアルファ線なら20倍する必要があるということ)。
Gy グレイの定義は、J/Kgである。体重1sあたりに吸収される放射線のエネルギーが1J[ジュール]であれば、1Gyの吸収線量という。1mGyはそれの1000分の1である。

1MeVのベータ線の照射をかんがえてみよう(eVは電子ボルト、1eV=1.602×10-19J、Mは106のこと)。ベータ線は電子の流れである。通常、1MeVのベータ線は、体にはいると4oしか走れないのだそうである(これを飛程という)。体外照射なら皮膚にあたって止まる、ということだ。われわれの体細胞の大きさは一般に数十μm[マイクロメーター]である(ウイキペディアの「細胞」では真核細胞の大きさを10〜100μmとしている。なお1μm=10-6mは昔のミクロンと同じ)。ゴフマンにならって、細胞の径を20μmとする。飛程4oは4000μmだから、1MeVのベータ線が通り抜ける細胞の個数は
4000÷20 = 200個
ということになる。
1mGyの吸収線量は、0.001J/sのことである。1MeV=1×106×1.602×10-19J=1.602×10-13J。そこで、この両者の比をとると、1sあたりに吸収されたベータ線の個数が出てくる。
0.001÷(1.602×10-13) = 6.242×109
これを200倍すれば1mGyのベータ線が通過した細胞数となる。すなわち、
1.2484×1012
一方、次のようにして、1sの細胞数を見積もることができる。細胞はほとんど水でできているとしてこれを1000CCと考えると、1000CC=(0.1m)3=(1053(μm)3= 1015(μm)3
1個の細胞の直径を20μmとしたのだから、球と見て、細胞1個の体積は4.187×103(μm)3。この両者の比を取る。
(細胞1sの体積)÷(細胞1個の体積) = 1015÷(4.187×103) = 0.2388×1012
すでに、細胞1sにベータ線1mGyが入ったときに通過する細胞数は計算してある。ゆえに、
(ベータ線が通過した細胞数)÷(1sの細胞数)=1.2484×1012÷(0.2388×1012) = 5.228
つまり、平均して各細胞を5回ほどベータ線が通過しているのである。

ここまでの話をまとめると
一般人の許容量 1mSv/年 というのは、1年間にひとつの細胞を放射線が5回ヒットするぐらいの被曝である、
というのである(ただし1Sv=1Gyとしている)。
これを、多いと見るか少ないと見るか、ゴフマンは次のような議論をしている(逐語的に引用するほどではないので、適当に要約する。前掲書p348〜349)。
低線量の被曝が安全であるかどうかを論議する“立派な”学会に自分は何度も出て、私は学者が次のようにいうのを少なくとも10回以上は聞いている。1mGyの放射線を瞬間的に浴びたときに発ガンの影響があることは認めたとしよう。しかし、その同量を1年間かけてゆっくり浴びた場合は、1秒間で浴びた場合の31536000倍もゆっくりと被曝するのでそれだけ安全である(1年=31536000秒)。
これを「低線量被曝の神話」と言ってもいいだろう。ガンの発症はあるひとつの細胞のなかのある特定の染色体異常が引き起こされることによって始まる。そこを「ヒット」する放射線がありその特定の個所が破壊され、しかも生体がその破壊を修復する、ないしその細胞を“殺してしまう”(アポトーシス)ことに失敗して、その細胞がガン化して増殖しはじめることで始まる。したがって、特定の個所がヒットされることが即ガン化につながるわけではない。細胞の増殖が活発であるほどガン化が発現しやすい。しかし多くのガンは数年〜30年も時間をかけて発現する。

われわれの計算のようにある細胞を5回ヒットするような被曝であれば、そのヒットが1秒間に生じるか1年間かけて生じるかで仮にその危険度に変化があったとしても、せいぜい5倍の違いでしかない。(均一にヒットが来るとして、初めの1秒間が終わった後の2ヵ月間ほどは“ゆっくり”の方はまだ0回ヒットということがあるから。
ゴフマンはこのようにして「低線量被曝の神話」を素人にわかるような理屈でみごとに論破している。さらに議論を少し精密化して、“5回のヒットで危険度が5倍になるわけではない(変わらない)”ことを示して、1mGyを1度に浴びようが1年間かけて浴びようが危険度には変わりがないことを論証している。
細胞がヒットされ、細胞の中をベータ線が通過して電離作用などで細胞構造がミクロに破壊される。細胞の中でもガン化が始まりうるような個所は、細胞核内の染色体のある部分など、限られた特定の個所であろう。
直径20μmの細胞断面に、ベータ線がランダムに5回ヒットすると考える。この断面積は314(μm)2ですね。ガン化を誘発する特定の個所(ゴフマンは決定領域といっている)の面積を1〜2(μm)2あるいはそれ以下と見積もる。すると、その決定領域をヒットする確率は、5×(1〜2)÷314 ≒ 1/60〜1/30である。ゆえに、5回のヒットのうちで、決定領域を2度以上ヒットする可能性は非常に少ないと考えてよい。決定領域をヒットされたとしても1回だけということが圧倒的に多いのである。

1mGyの被曝を1秒間に受けても1年間かけて受けても、結局、決定領域を傷つけられるのは30個の細胞にひとつ程度だが、それも1回だけしか起こらないと考えてよい。すると、危険度には差違がないことになる。




(7.4)  低線量(つづき)

ある程度の強度以上の放射線が生物にとって有害であることは厳然たる事実である。十分強ければ「即座の効果」(急性症状)が現れ、死に至ることもまれでない。ガン治療などに放射線を使用するのは、患部に絞った照射をおこなって、ガン細胞を破壊する手法である。
急性症状はなくとも、ある程度の強度があれば、放射線がガンの原因になることが広く認められている。

次は、ネット上に「放射線基礎医学」の講義レジュメを公開してくれている慈恵医大・青木学のサイトからいただいたもの。ここなお、この講義ではGy=Svと言い切っている。X線・ガンマ線では通常Gy=Svとする
  • 早期障害(通常1〜2ヵ月) 赤血球減少、皮膚炎、浮腫、紅斑、放射線宿酔、不妊
  • 晩期障害(6ヵ月以上) 白内障、萎縮、免疫力の低下、機能低下、寿命の短縮、発ガン
われわれがここで扱おうとしているのは、こういう障害が起こるレベルより、さらに低線量の放射線を受けた場合のことである。
だいたいの見当をつけるために、医療などでわれわれが出会う線量を表示してみる。この数字は主に東大病院がネットで掲げているものを参考にした、ここ

事例単位は mSv
半数が致死4000〜6000
脱毛、皮膚の紅斑3000
悪心、嘔吐1000
白血球減少250
臨床症状の出る下限100〜200
専従者限度/年50
CT(1回)7〜10
消化管透視(1回)3〜
自然放射能/年(世界平均)2.4
一般人限度/年
胸部レントゲン(1枚)0.1〜0.6

(専従者限度は5年平均で20mSvでなければいけない。なお、一般人限度の場合もそうであるが、医療行為での被曝は加えない。「リスク」は承知でレントゲン撮影など医療行為をうけ、その利益とのバランスを考えているという解釈になる)

上の表でいう「臨床症状」とは、脱毛・嘔吐・白血球減少などの症状をさしている。ある量以上の放射線を浴びれば誰でもこの症状が現れる。また、放射線の量がすくなければ、これらの症状は現れない。その意味で、これらの症状を確定的影響ということがある。
この確定的な症状以外に、確率的影響といわれる症状もある。それがガンである。放射線にあたった人が全員ガンになるのではなく、何人かの人が「確率的」にガンを発症するのである。ある程度の強度以上では、その確率は放射線の線量に比例して増加することは知られている。

上表でいう、100〜200mSv以下では、上の意味での臨床症状が確認されていない(確定的影響が確認されていない)。この低線量の領域で、それでは確率的影響(すなわちガンの発症)はどのように考えられるか。それについては、医師・学者の間で論議のあるところで、つぎのようないくつかの立場がある。
  1. ある線量以下の被曝であれば、安全である。その値が「しきい値」(閾値 threshold value)であって、それ以下であれば生体に障害は生じず、繰り返し被曝してもしきい値以下である限りまったく安全である。
    ただし、しきい値は部位によって異なる可能性がある。

  2. 被曝量と細胞が受ける傷とは比例関係にあり、どのような微少な被曝でもそれに比例した危険が生じている。前項に対して、しきい値が存在せず・比例関係を主張するので「LNT説」(the linear no-threshold model)と呼ばれる。

  3. 生きている細胞には「細胞周期」があり、最初のヒットで修復作用が働きはじめる。その修復が終了する前に次のヒットがあるかどうか、などの複雑な過程がありうる。そのため、被曝量−反応の間は比例部分とより複雑な反応曲線を示す部分の“二相”に分かれる。
  4. 生体の細胞は傷を受けるとそれを修復しようとする。そのためごく低線量の被曝ではかえって細胞が活性化し「ホルミシス効果」が現れる。ラジウム温泉、ラドン温泉などの効用の根拠となる。
■ 「しきい値論」は、かつては確定的症状以外を否定する論理として、原子力推進派によって使われていた。現在でも不勉強な推進派サイトではそのまま掲げられていることがある。「人類は太古から自然放射能に晒されているのに、まったく無害ではないか」という論が有名である。

■ 「LNT説」は確定的影響がでるような強度の放射線量とその症状の比例関係を、そのまま、低線量領域まで“外挿”して適用したものであると考えられる。この説を支持する学者が多いというだけでなく、ICRP(国際放射線防護委員会)がLNT説を採用していることもあって、これがいわば“世界標準”となっている。

■ 「二相説」はECRR(欧州放射線リスク委員会)が主張している。ECRRを主導していたバスビーの「Second Event theory」などが理論的な支えになっているようである。
しかし、別の意味で、次項の「ホルミシス」説も二相説の一種といえるかもしれない。

■ 「ホルミシス効果」を最初に唱えたのは、1978年当時ミズーリ大学のトーマス・D・ラッキー教授である。「生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に良い作用を示す生理的刺激作用をいう」(ウイキペディアによる)。特に1980年代になって微量の放射線が細胞を活性化させるとして、さまざまな事例が挙げられている。ただ、都合の良いような例をあげただけという批判もあり、十分に説得力があるとはいいがたい。
放射線がいかに微量であっても細胞内に傷を作ることが、ホルミシス効果説の前提になっている。したがって、直接にLNT説などと敵対するというより、LNT説を打ち消すように働く細胞の能力をどう評価するかという問題である。

下の3例は、「原子力百科事典」(日本原子力振興財団という推進派のサイトだが、いちおう客観性をもたせるような書き方をしている)から引いた。自然放射能の高い地域の住民調査であるが、仮に周辺地帯より平均寿命が長いという結果が出たり、ガン患者が少ないという結果が出たりしても、それが自然放射能のホルミシス効果のためであると結論するわけにはいかない。逆の結果(平均寿命が短いなど)であっても、それの理由を自然放射能に結びつけるのは無理がある。
ガンの原因としては他の多くの要因があげられ、しかも、自然放射能・紫外線などよりずっと大きな寄与を考えるのが通説である。喫煙・食事・運動不足・遺伝・ウィルス・細菌・アルコール・環境汚染・食品添加物・汚染物質。したがって、これらの寄与要因のなかで、自然放射能の寄与を証明することは容易ではないのである。


現状は、上記の説のどれが正しいかを決する決定的な証拠がないというのが公平なところである。そこで、 ICRPなどでは、結果的にもっとも安全な判断になるようにLNT説をとることにしているという。すなわち、どのような微量な放射線であっても生体に有害である、とするのである。放射線量に比例してガン化の確率は増加する。

ここで重要なのが人数×被曝線量という考え方である。1億人が1mSvの放射線を受けたとすると、積をつくって、1億 人mSvの被曝線量が存在する、というふうに考えるのである。これは、1億人の人間の細胞を総体と考え、それにひとり1mSvずつの被曝線量があったと見なしていることになる。放射線が細胞をヒットし、そのヒットによって一定の確率で将来ガン化が誘導されると考えているのである。この細胞総体について考える発想を取れば、1億人がひとり1mSvの照射を受けた場合と1千万人がひとり10mSvの照射を受けた場合とで、将来ガン化が誘導される確率は同じであると考えられる。要するに、細胞1ヒットあたりのガン化確率が問題だから。

この人数×被曝線量について(この新しい単位について)、将来ガン化が誘導され死亡する人数を、見積もっておくのである。いろいろな見積りが提唱されているが、
ゴフマン(1981年)1 人Sv あたり0.4人
ICRP(1990年)1 人Sv あたり0.05人

が有名である。(1人Sv=1000人mSv である
上の、1億人mSvなら、ゴフマンの見積りでは0.4×1億÷1000=40000人、ICPRの見積りなら、0.05×1億÷1000=5000人。1億人が年間許容量の1mSvを被曝した場合の、ガン死の見積り数である。(多すぎる見積もりと考えられるだろうか、少なすぎると考えられるだろうか。現実の日本ではガン死の割合は10万人あたり250人程度である(平成17年)。これは1億人あたりに直すと、25万人である。この25万人のうちの4万〜5千人をどう評価するか、ということだ。

もう1例、JOC臨界事故の集団被曝の評価がどれぐらいか、「美浜の会」の試算を紹介しておく。死亡・重症の直接作業者を除いたJOC作業員、周辺住民(500mまで)、消防隊員、建設作業員、事故処理従業者などの被曝の総計が7617人mSvと算定されている。詳細はこちらを参照して欲しい。
ゴフマンの見積りでは7617×0.4÷1000=3.05
ICRPの見積りでは7617×0.05÷1000=0.38
となる。
これらの数字の妥当性については議論があって当然だし、実際あるわけだが、被曝のリスクを数量化する手だてとしてこの手法そのものは認められるべきだと、わたしは思う。

「しきい値」が存在する論拠としてあげられる自然放射能について、述べておく。“自然放射能と人類は(生物は)共存しているではないか、これは自然放射能が無害であることのなによりの証拠である”という主張のことである。
自然放射能(世界平均で2.4mSv/年とされる)が存在し、人類はそれと共存しているのは事実である。ただ、この事実から「自然放射能は安全である」という結論はみちびき出すことはできない、と思う。空気の層は宇宙線を防護しているから、飛行機旅行は地上にいるときよりいくらか過剰の自然放射能の照射を受けることになる。東京−ニューヨーク間の航空機往復で0.2mSvが見積もられるという(先の、東大病院のサイト)。これで問題となるのは、飛行乗務員の被曝である。彼らにとっては生涯の乗務時間がどれほどで、地上生活に比べて過剰被曝がどれほどになるか、が切実な問題である。野口邦和(日大歯学部)の航空機乗務員の宇宙放射線被曝の現状(2000)によると、
欧米路線を飛行する国際線航空機乗務員は、1年間に3mSvほどの被曝をする。アジア路線やオーストラリア路線など低緯度地域を飛行する国際線航空機乗務員は、1年間に1.5mSvほどの被曝をする。なお、日本より高緯度地域にある欧米諸国の国際線航空機乗務員は、1年間に5〜6mSvほどの被曝をすることがわかっている。
なお、この論文には、野口自身が測定器を持って移動したマニラ−成田間、ナイロビ−ドバイ間のデータがグラフで示されていて、興味深い。
ICRPは1990年の勧告で、航空乗務員の被曝を「職業被曝」として位置づけるべきであることを明言している。また、特に問題になる宇宙線の突然の急増(太陽フレア活動に伴うもの)なども、話題になっているようである。2004年2月6日に、 航空会社の日本乗員組合連絡会議、客室乗務員連絡会は、「乗務員の宇宙線被曝対策を求める要望書」を文部科学省などに提出した。これは現在も論争になっているようである(例えば、文部科学省のサイトに検討ワーキンググループ配布資料がある。それによると文部科学省はLNT説で見込まれるガン死数をだすことに批判的のようである) 。

生物は地球史の長い時間の中で、自然放射能の増減を経験してきており、それからの“生存圧”を受けながら進化してきたものと考えられる。紫外線を防御する気体酸素が藍藻(30億年前〜)によって生成され大気中に放出され初め(20億年前〜)、オゾン層ができたのが4億年前とされている。それ以後、生物が陸上に生存可能になった。紫外線の有害性はよく知られているが、自然放射能も基本的には同様であると考えられるが、ただ、生物史において紫外線ほど決定的な役割を果たさなかった(?)というだけである。
自然放射能であろうと人工放射能であろうと、細胞内の遺伝子を損傷し、ガン化を誘発する点ではまったく区別はない。ガン化の確率はゼロではないのであり、避けうる放射能は避けた方がより安全である。

低線量被曝では触れないわけにはいかないのは、原子力施設からの排水・排気の稀釈の問題である。放射性物質を稀釈して環境に放出するならば、「健康に問題ない」というのが、原子力会社や官僚から繰り返しきかされる決まり文句である。これには色々な解釈がありうる。
  • 「即座の症状」あるいは「確定的影響」がないこと。その意味で“安心”して下さい、という主張。
  • 法定の許容量に比べて、○○分の1だから、問題ないという主張。
  • 微量な放射能だから、“無害”であるという主張。たとえば、「ラドン温泉の○○分の1」とか、自然放射能の○○分の1。
薄めて放出すればかまわないというのは、原子力推進派の身勝手な言い分であり、どんなに薄まっても放射能は有害であるという事実には変わりない。長寿命の放射性元素は、放出の時点で稀薄であっても、(1)長期にわたるくりかえし放出、(2)自然の流水・風などにより狭い地域に集まることがあること、(3)生物による濃縮があること、などが見過ごせない。これらの現象があるために、薄めて放出すると放出時点で“安全”なように思えても、長期間を経るとそれが巡り巡って危険な度合いにまで集まってくる可能性がある。それを、われわれは食べ物として摂取する危険性があるのである。



(7.5)  外部被曝と内部被曝

前節までは、低線量被曝といっても、X線照射のように「外部被曝」を主として考えてきた。(10.3)であつかったベータ線の照射についても、外部被曝をイメージしていた。自然放射能も同様である。じつは、ICRPの1990年勧告もこの立場にたっている。

だが、食べ物に含まれる放射性物質を経口摂取することは日常的に行われている(自然放射能の一部である)。人工放射能物質がそのようにして体内に取り込まれることは大いにありうることである。呼吸の際に、放射性のガス(ヨウ素など)や放射性の微粉末(劣化ウラン)を体内に入れることもありうる。体内にとりこまれた放射能物質(放射性ヨウ素)は、非放射性の安定物質(通常のヨウ素)とまったく同様にふるまうため、生体が求める栄養素や微量元素として体内の必要な個所へ行き、そこで生体の一部を構成する。構成しつつ原子核崩壊によってアルファ線やベータ線を出す。これが典型的な「内部被曝」である。
もう一つのタイプの内部被曝は、劣化ウランの微粒子(径数μm以下)が呼吸に伴って吸いこまれたような場合、気管支に付着したり、肺の器官(肺胞など)に付着したりする。この重金属粒子は体組織に取り込まれずに、気管支や肺の表面で放射線を出し続ける。もちろん、微粒子のサイズによっては体内に取り込まれることもありうる。このような、放射性の微粒子を“ホット・パーティクル”という。

1MeV程度のベータ線だと、生体内で4mm=4000μmぐらい進むことができる。つまり“飛程 range”のことである。アルファ粒子は生体細胞への相互作用(ダメージ)がもっと強く、238Uからでるアルファ粒子は4.27MeVであるが、これは約40μmしか進めない。細胞数個分である。その間に自分が持っているエネルギーを急激に周囲に与えてしまう。周囲はイオン化され化学結合が切られ、フリーラジカルが発生する。平均的イオン化エネルギーは32.5eVとされるから、その個数は
4.27MeV÷32.5eV = 1.31×105 = 13万個
これによって、細胞はダメージを受け、死ぬこともあるし、損傷を修理できる場合もある。DNAが損傷し、しかも自死(アポトーシス)せず細胞分裂する場合に、ガン化する可能性がでてくる。

いずれにせよ、こういう細胞に対する深刻なダメージが体内のごく狭い範囲に集中して生じる。これが内部被曝によるアルファ線やベータ線による被曝の特徴である
これに対して、外部被曝の場合は、同じ当量の放射線を浴びても全身に平均化してまばらにダメージを受ける。ダメージが分散して生じるために、低線量であれば細胞による修復が(一般には)容易である。局所同士のダメージの密度は、体積比で効くから1010程度も線量評価が違ってくることになる。(下図およびこの節全体は、矢崎克馬(琉球大)「内部被曝について考える」から多くを学びました。



この図を見ながら簡単な計算をしてみる。
左の内部被曝の場合に、赤点で表した線源からアルファ線がただ一つだけ発射されたとする(下の小矩形は線源部の拡大図のつもりで、アルファ線が何個も発射されて、いくつもヒットした状態をあらわしている)。
エネルギー2.47MeVのアルファ粒子が40μm走って止まったとする。半径40μmの球(体内なので水で充たされているとする)の中に、2.47MeVのエネルギーが照射されたとしよう。
体積V:4πr3/3 = 4×3.14×(40×10-63 = 2.68×10-13 m3

エネルギーE:4.27×106×(1.60×10-19) = 6.83×10-13 J

1m3の水は103sだから、照射線量をグレイで求めると、

E/(103V) = 6.83×10-13/(103×2.68×10-13
 = 2.55×10-3J/s = 2.55mGy

アルファ線の場合の重みはW=20だから、20×2.55 = 51mSv
右の外部被曝の場合、巨視的な水塊に同じエネルギーが照射される状況を考えて、一辺10pの立方体に2.47MeVのガンマ線が照射されたとすれば、グレイで表す照射線量は、E/質量=6.83×10-13Gy。つまり、照射線量が1010も違ってくる、というのはこのことである


劣化ウランの微粉末が体内に入ってガンになる、というようなケースは内部被曝で扱う必要があるのだが、アメリカ政府とその意向を受けたWHOは、信じがたいことに、劣化ウランの安全性の判定をICRPの外部被曝によって計算しているのである。従って、その放射能は「その環境下のウラニウムの自然放射線レベルに比べて無視できる」( use of DU will make a negligible contribution to the overall natural background levels of uranium in the environment)として、もっぱら、重金属としての毒性についてのみ警告している。(この問題は次章であつかう。


外部被曝と内部被曝の違いをあげてみる。
  • 外部被曝は、X線やガンマー線のように透過力の強い放射線によって、体外にある線源からの照射を典型と考えている。アルファ線やベータ線は、特別に皮膚に接しているような事情がなければ、外部被曝としては通常は無視できる。(透過力が強いということは、生体組織との相互作用が弱いということである。同じエネルギーなら、生体組織へのダメージが大きいほど、透過力は弱い。すぐ止まるから。
  • 外部被曝は、生体に“一様”に“平均的”に照射されるような場合に適用される概念である。「全身照射」という語もそういう状況を含意している。線源が体外にあれば“外部被曝”と言って差し支えないだろうが、実際には、ある平均化された一様な放射線束に照射されるという状況にたいして使われている。ICRPなどがそうである。
  • 内部被曝は、単に、体内に線源が入ったというだけではない。アルファ線やベータ線が、生体内のきわめて狭い範囲の細胞に集中的にヒットし続けるという点で、生体へのダメージのあり方が外部被曝とはまったく異なる。場所的に集中しているだけでなく、時間的にも継続してヒットされる。「細胞周期」の数時間〜十数時間がとくに“敏感”にダメージが生じるとされる。
  • 内部被曝はスポット的に効くので、それがガン化を誘発する可能性が高い。しかも、ある程度強い放射能の粒子であればその細胞を殺してしまうのだが(ガン化さえなされない)、非常に弱い放射能を持つ場合に細胞の遺伝子を損傷するが細胞を殺さないというガン化に都合のいい状態が出現する。その細胞が増殖する機会があれば、ガンが発現するのである。
ICRP(国際放射線防護委員会)の1990年の勧告は、放射線による障害について、外部被曝を基準にモノを考えていた。この勧告は、内部被曝について正当な位置づけを与えていない
吸収線量は、特に断らないかぎり、1つの組織・臓器の平均線量を意味する。(2.2 基本的な線量計測量)

放射線防護上関心のあるのは、一点に於ける吸収線量でなく組織・臓器にわたって平均し、線量について加重した吸収線量である。(2.2.2 等価線量)
外部被曝の許容基準を内部被曝にそのまま適用することはできないはずであるが、ICRPはそれを行っている。すぐ上で述べたことだが、ここでも再言しよう。外部被曝の許容基準で、劣化ウランの可否を検討したのである。点線源ではなく、それを巨視的な領域(組織や臓器)にわたって平均して考えるべきだ、と明言している。これは、原爆投下直後に「残留放射能は皆無である」と全世界に「ファーレル宣言」したアメリカの原子力政策の根幹に由来するものである。内部被曝が外部被曝とはまったく異なる機制によって起こることは明らかとなっているが(マンハッタン計画と原爆実戦使用の当時にどうであったかはひとまずおいて)、それを認めれば、晩発性のガン化障害が重大な意味を持つことを認めることになる。そうなれば、アメリカの20世紀後半の核兵器と原子力政策の根幹が揺らぐのである
この、ICRPの許容基準によって、劣化ウラン弾の使用が公認された。アメリカ政府の虚偽は、いまだ生きて、その毒素を振りまきつつあるのである。

このICRP勧告(1990)に対して、ヨーロッパのECRR(欧州放射線リスク委員会)は2003年に明確な批判を展開している。ヨーロッパがアメリカ(それに追随する日本)の原子力政策とは異なった立場にあることが、こういう理論的な面からも分かる。
ECRRがEU議会の下に成立したのは1998年であるが、はじめからICRPに対する批判を鮮明にしていた。というより、この組織はICRP勧告の問題性を意識して結成されたワークショップにはじまる。そして2003年に「ECRR勧告 放射線防護のための低線量電離放射線被曝の健康影響」というレポートが出された。

これは、アメリカを中心とした核兵器−原子力推進派の意向を受けているICRPに対する批判的見解が学術的な背景を持って主張されているので重要な文書であると思われる。だが、日本では「美浜の会」が作った訳文「ECRR2003年勧告」があるだけで、普通では見ることができない。ただ、このレポートのうちの「主要点の要約」がネット上に公開されている。
この「ECRR勧告」の原文(英文)は、全文は公開されていない。ECRRに申しこんで購入する形になっている。ただ、このレポートの「要約」 Executive Summary は公開されているので読むことができる。この部分の日本語私訳を行った。下の引用は、私訳からである。

美浜の会のサイトには、つぎの4点が公開されている。
クリス・バズビー氏の日本語版へのメッセージ
目次
第1章 ECRR設立の背景
実行すべき結論
また、『ECRR 放射線リスク欧州委員会2003年勧告 放射線防護のための低線量電離放射線被曝の健康影響』(美浜の会2003)(翻訳第2稿 B5版163ページ 1200円+送料290円 ECRR2003翻訳委員会)という冊子を頒布している。


「ECRR2003勧告」の「要旨」から、分かりやすい提唱部分をいくつかお目にかける(強調は引用者)。ただし、この「ECRR2003勧告」が何もかにも信ずるに足るというわけではない。一部には信頼性のあるデータの裏付けの乏しい行き過ぎもある、というふうに思える。
 本委員会は、最小線量の照射であっても、有限の、小さくとも致命的な損傷をあたえる可能性があるのであるから、同意なしの放射線放出は倫理的に正当化されえないと、結論した。そのような照射が容認されるような事例においては、本委員会は「集団線量」の計算が、必要な限りすべての診療と時間スケールに対して適用されて、すべての放射線損傷がすべての住民にわたって積算されるべきであることを、強く主張する。

 原子爆弾研究から放射性降下物による被曝、核実験場の風下住民、核施設労務者、再処理工場、自然放射能研究、そして核事故まで。本委員会は特に最近の2つの低線量の内部被曝による損傷のまぎれもない証拠を示している被曝研究に注意を向けた。それらはチェルノブイリ事故後の小児白血病の研究であり、チェルノブイリ事故後のDNA突然変異でミニサテライトが増加している観察例である。この2つの研究はICRPリスクモデルを100倍から1000倍変更することになる

 本委員会は1945年以来の核プロジェクトがもたらした死者の総数を、ECRRの新モデルを用いた場合とICRPのモデルを用いた場合とで、計算した。
 合衆国によって与えられた1989年までの全住民への線量の総量に基づいたICRPの計算は、ガンによる死者を1、173,600人とする。
 ECRRモデルは、ガンによる死者を61,600,000人、小児の死亡数を1,600,000人、そして胎児の死亡数を1、900,000人とする。加えて、ECRRは、全世界の核兵器の放射性降下物による被曝を受けた人びとのすべての疾病と健康状態を加え合わせて、10%の生活の質の低下をもたらしたと述べた。

 本委員会は提唱する。
 すべての人間活動から生じる放射線の、一般人への合計最大許容線量は0.1mSvを越えないものとする。核関連労働者は5mSvとする
 これは原子力発電と再処理工場の操業を厳しく縮小することになるであろうが、これはもし人間の健康被害を損得勘定に入れれば原子力発電は高くつく方法であるという本委員会の信念が反映したものである。すべての新規の操業はすべての個々人の権利に配慮して吟味されたうえではじめて正当化されなければならない。
 放射線被曝は使用可能な最良の技術を用いて合理的に達成できうる限り低く保たれなければならない。最後に、放射線放出の環境への影響は、すべての生命システムへの直接的また間接的な影響を含めて、環境全体との関係において評価されなければならない。
ECRRの上の「勧告」は「最大許容線量」として、思い切った数字をあげている。一般人0.1mSv、核関連者5mSv。ICRPの10分の1なのである。自然放射能の平均値が2.4mSvなのだから、この許容線量の小ささがわかるだろう。アルファ線ただ一個が発ガンの原因になりうるのだから「放射線被曝は合理的に達成できうる限り低く保たれなければならない」のである。

このECRR勧告が出るのには、ヨーロッパにおける背景が2つあると思う。
ひとつはセラフィールド(英)の再処理工場周辺の例のように原子力施設周辺での小児白血病の顕著な増大があったこと。もう一つは、チェルノブイリ事故において、同様に小児白血病の増大があった。 次表は、前者の例である。そして、該当のこどもたちの被曝量と発病の間を結ぶはずのICRPのリスク計算が数百倍以上おかしいという数値である(誤解のないように重ねて言うが、この数値は「ECRR勧告」の考え方である)。

核施設発見年ICRPとのリスク比備考
セラフィールド(英)1983100〜300再処理工場
ドーンレイ(英)1986100〜1000高速実験炉、再処理施設
アルダーマストン(英)1987200〜1000核兵器施設
ヒンクリーポイント(英)1988200〜1000原子力発電所
クリュンメル(独)1992200〜1000原子力発電所
ラアーグ(仏)1993100〜1000再処理工場
ユーリッヒ(独)1996200〜1000原子核研究所
ハーウェル(英)1997200〜1000原子力研究所
バーセベック(スエーデン)1998200〜1000原子力発電所
チェプトク()2001200〜1000


「ICRPとのリスク比」の意味は、ICRPが小児白血病が発症すると予測する被曝レベルの100倍〜1000倍も少ない被曝量で発病が発見されている、ということである。
ECRRは、ICRPの採用しているモデルが外部被曝によって細胞がヒットされることによってDNAなどの結合が破壊されるというもので、あたかも、「高分子材料」の脆弱化のモデルと変わらないと批判した(物理的モデルという批判)。生きている細胞は細胞周期にしたがって生命活動をしているのであり、それに対するヒットが持つ意味を生命活動のなかでとらえる必要がある、という(単独のヒットは“修復”が機能するが、数時間おいたヒットは修復機能そのものを壊す、など)。
外部被曝と内部被曝の質的な違いを前提としたECRRの論点は評価されるが、セラフィールドの場合について、被曝量のデータの検証が十分ではないという批判を今中哲二がしている(セラフィールド再処理工場からの放射能放出と白血病 )。

もう一つはチェルノブイリ事故のあとの小児白血病の問題である。山内知也の「ECRR2003勧告」の解説ECRR2003報告における新しい低線量被曝評価の考え方を参照する。“チェルノブイリ事故の影響(第12章)”というところから。
ギリシャにおける被曝線量は200μSvであったが小児白血病の増加は160%であった。ドイツでは100μSvであり48%の増加が認められた。ウェールズとスコットランドでは被曝線量は80μSvであったがその増加は200%以上であった。

ICRP−84では、X線による胎児期の産科での被曝によっては、約10000μSv(10mSv)の胎児線量で自然発生リスクを超える40%増加とされている。
この引用の意味は、アリス・スチュワートの研究以来の積み重ねのある胎児期のX線被曝は、1万μSvで疾病が40%増加であり、これはICRP−84がよりどころにしている数字である。ところが、チェルノブイリ事故のあとの事例では、わずか80μSvの被曝で200%以上の増加がみられた、というのである。
これに対して、(上表のセラフィールドの例などと同じことだが)
  • 被曝線量の測定に問題があった、とする考え方。実際、チェルノブイリ事故のあとの全世界にひろがった放射能汚染の測定は、強いガンマ線を出すのでモニターが容易なセシウムを測定するのが普通であった。体内に入って初めて強い被曝が生じるアルファ線・ベータ線などのモニターはなされていない。
  • ホット・パーティクルなどの吸引による内部被曝を考慮しないICRPの基準に問題がある、という考え方。これらの場合、モニターされにくいアルファ線やベータ線が重要である。
  • ECRRのように、ICRPのリスク評価の係数を数百倍増やす必要がある、とする考え方。この考え方は、評価の継続性を考慮して、ICPRモデルの根本的な問題性を評価係数の大きさの修正で吸収しようとする発想である。
  • 食生活の習慣など、総合的なガン・リスクを考慮すべきであるとする考え方。この中には、低線量の被曝はむしろ健康増進となるというホルミシス論者なども含まれている。
など、様々な矛盾する考え方が提出された。

もし、ICRPの指針を頑なに守り、しかも、上のセラフィールドなどの被曝線量の測定値と両立させる考え方をとると、「ガン・リスクの生じるレベルの、わずか数百分の1の被曝しかしていないのだから、小児白血病の原因は原子力施設ではない」という主張となる。

ECRRの方法論はふらついているところがあるが、ICRPの“外部被曝の機械的なモデルを内部被曝の場合にも適用する”ことに対する批判を果敢に行った点は十分評価されるべきである。
ヨーロッパの論者たちがアリス・スチュワート以来、胎児−小児が放射能に非常に敏感であることことを重視している姿勢に感銘を受けた。次の引用は、イギリス内閣が2001年に設置したCERRIE(内部放射線被曝リスク委員会)の少数派のリチャード・ブラマル( Richard Bramhall)のCERRIEの誤りという文書の一節である。
白血病の小児たちは事実上、炭鉱労働者にとってのカナリアのようなものであり、放射能放出が、ガンという世界的病気の発生の原因になっていることを示唆している。世界中の政府が自ら学ばないならば、彼らの悲劇はもっと大きな不祥事となるだろう。
もちろん、この白血病の小児たちは、世界中の大人たちにとってのカナリアなのである。





内部被曝 (その7)  終わり

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