き坊の近況 (2011年12月)


旧 「き坊の近況」

2011年: 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 月

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日々の見聞や関心事を示して、自分の心的近況を表そうとしている。

とくに準備なしで書けるような、「朝刊を開いてひとこと」というようなことを試みている。さらに、生活上の随想なども書く。





12/1-2011

東京電力福島第1原発1号機で、炉心溶融(メルトダウン)によって原子炉圧力容器が破損し、85%以上の核燃料が格納容器に落下したとの解析を、経済産業省所管のエネルギー総合工学研究所が30日発表した。東電の解析でも相当量の核燃料が格納容器に落ちてコンクリートを最大65センチ侵食したと推計。核燃料は格納容器の外に漏れていないが、事故の深刻さを改めて示す結果で、政府や東電は廃炉作業などに活用する。

同研究所は、詳細に原子炉内の状況を追跡できる方法を使用し、核燃料の損傷状態を試算した。その結果、1号機では地震による原子炉の緊急停止から5時間31分後に核燃料の被覆管が壊れ、7時間25分後に圧力容器の底が破損。核燃料の85〜90%が格納容器に落下したと算出された。2、3号機でも約7割の核燃料が溶けて格納容器に落下した可能性があると推定した。

また、東電は別の方法で解析。1号機では、溶け落ちた核燃料の量は不明だが、「相当な量」とした。2、3号機も一部の核燃料が落下したと推定。いずれも落下した溶融燃料が格納容器の床のコンクリートを溶かす「コア・コンクリート反応」が起き、1号機では最大65センチ侵食。燃料から格納容器の鋼板までは最悪の場合、37センチしかなかったことになる。ただし、格納容器の下には厚さ7・6メートルのコンクリートがあり、地盤に達していないとしている。汚染水が大量発生している原因は、配管の隙間などから格納容器の外に漏れているためと考えられる。

一方、2号機での侵食は最大12センチ、3号機で同20センチと推計した。

今回の解析が冷温停止状態の判断に与える影響について、経産省原子力安全・保安院は「原子炉の温度などの実測値を基にしているので関係ない」と説明。岡本孝司・東京大教授(原子力工学)は「燃料が格納容器の底に落ちていても、水につかって冷やされており原子炉は安定している。さらに情報を集めて解析精度を上げ今後の作業に役立てる必要がある」と提言する。(毎日新聞12/1)

上引の保安院や東大教授のコメントと違って、わたしは「今回の解析」は、原子炉の閉じこめ機能が破壊され炉心が露出している状態を描写したもの、という原則的な立場で深刻に受けとめるべきだ、と思った。格納容器が破れているのであるから。
水を掛け続けて温度が下がっているのだが、代償として大量の汚染水が作られている。その一部は海・地下水へ逃げている。汚染水の発生によって放射性物質の空中への飛散はある程度抑えられているが、依然として空中へも飛散している。

この解析のように格納容器内のコンクリートを何十pか溶かして止まっている状態だとして、そこにめり込んでいる溶融した燃料塊の温度は測定できていない。水浸しにしているので燃料塊も冷やされているだろう、と推測しているだけのことだ。測定できている温度は圧力容器底部・格納容器底部などにもともと設置してあった温度計によるものである。

格納容器内のコンクリートで核燃料が止まっているというのは本当なのか、格納容器を破ってさらに下へ出ていないのかという心配は否定しきれない。
また、格納容器の外へ汚染水が漏れ出ているのは「配管の隙間など」だけなのか。もっと、大規模な破れはないのか。


トップページの写真を、ナカボシカメムシからハエ目ハナアブ科フタスジヒラタアブに替えた。

12/2-2011

2002年頃、核燃料サイクルの推進者の東電と経産省の双方が六ヶ所村処理施設に懐疑的で、“止めようか”と相談していたというニュース

核燃サイクルを巡り、東京電力と経済産業省の双方の首脳が02年、青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理事業からの撤退について極秘で協議していたことが関係者の証言などで分かった。トラブルの続発や2兆円超に建設費が膨らんだことを受け、東電の荒木浩会長、南直哉社長、勝俣恒久副社長と経産省の広瀬勝貞事務次官(いずれも当時)らが撤退の方向で検討することで合意し、再協議することを決めた。しかし3カ月後、東京電力トラブル隠しが発覚し、荒木、南両氏が引責辞任したことから実現しなかったという。

 ◇会長の辞任で白紙に

毎日新聞は出席者の氏名や協議の時期、目的などが書かれた経産省関係者のメモを入手し、協議の関係者からの証言も得た。首脳による協議が判明したのは初めて。核燃サイクルを巡っては高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉を含め継続の可否が検討される見通しでサイクルのもうひとつの柱である再処理事業でも東電、経産省のトップが9年も前から「撤退を検討すべきだ」と認識していたことは、内閣府の原子力委員会が来年夏をめどに進める原子力政策の見直し作業に影響しそうだ。

メモや関係者によると、協議は経産省側が「六ケ所村(再処理工場)はいろいろ問題があるようだから首脳で集まろう」と呼びかけて実現し、02年5月ごろ、東京都内のホテルの個室で行われた。首脳らは「撤退の方向で検討に入る」との意見で一致し、具体的な進め方を再協議することを決めた。さらにその後、撤退する際に青森県側への説明役を務める東電担当役員も決定したという

六ケ所村再処理工場の建設費は事業申請時(89年)は7600億円。しかし使用済み核燃料貯蔵用プールからの漏水が相次ぐなどトラブルが続発し、2兆円を超えることが確実になっていた。本格操業すると将来の解体費用などとしてさらに1兆円以上必要になる。東電など複数の電力会社幹部から「こんなの(再処理事業を)やっても大丈夫なのか」と懸念の声が上がっていたため、経産省側が協議の場を設けたという。しかし02年8月、部品のひび割れなどを隠蔽した東電トラブル隠しが発覚し荒木、南両氏が辞任、再協議は実現しなかった。

荒木氏(現東電社友)は「記憶が不確か」として取材を拒否。南氏(現顧問)は協議について「記憶にない」とする一方「当時、経産省との間で再処理をやめられないか相談が行われており、荒木氏や勝俣氏と議論した」と明かした。勝俣氏(現会長)も協議の有無には答えなかったが「再処理をやるかやらないか5回ぐらい社内で経営会議を開いた」と述べた。広瀬氏は「まったく記憶にない」と話した。

 ◇六ケ所村の再処理工場

使用済み核燃料から再利用可能なウランとプルトニウムを取り出す工場。東京電力の連結対象会社「日本原燃」(青森県六ケ所村)が建設・運営している。極秘協議があった02年当時、工場に放射性物質は流れていなかったが、04年に劣化ウランを流すウラン試験、06年に使用済み核燃料を流すアクティブ試験に移行。高レベル廃液をガラスで固める工程でトラブルが発生し08年12月以降、試験は中断している。完成予定時期は18回延期され現在は来年10月。(毎日新聞12/2)

核燃料サイクルはやめた方がいい、と当事者が考えているのにそれを決断できない。撤退を言い出せば、責任がかかるからだれも言い出せなかったのだ。“原子力村”の腐敗も極まれり、というところだ。

アクティブ試験以前なら装置のラインに放射性物質が流れていないから解体すればそれでよかったのだが、一旦使用済み核燃料などの放射性物質をラインに流してしまうと、装置全体が放射性を帯びてしまう。処理が格段に難しくなり、廃炉と同じで高放射性廃棄物として長期保存することになる。


12/3-2011

世界最大の余剰プルトニウムを持つ英国が、保有プルトニウムの一部を2025年に着工を目指す核廃棄物の地下最終処分場に世界で初めて「核のゴミ」として捨てる計画を進めていることがわかった。プルトニウムは核兵器の原料になるため、テロ対策上の懸念の高まりと、年2000億円以上もの管理費が財政を圧迫していることが主な背景。使用済み核燃料の再処理施設も21年までに段階的に閉鎖し、「脱プルトニウム路線」にかじを切る。英政府は新戦略の決定に際し、関連資料を国民に提示、広く意見を募るなどの情報公開を図った。

プルトニウムの利用をめぐっては、日本でも高速増殖炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の廃炉を含めた抜本的な見直しが進んでいる。1956年に西側諸国では初の商業用原子炉の運転を始めた英国が、最重要戦略物資の扱いを国民に問う形で決めたことは、日本などプルトニウムを保有する各国の政策の決定過程に大きな影響を与えそうだ。

英エネルギー・気候変動省、英政府の外郭団体・原子力廃止措置機関(NDA)などへの取材によると、余剰プルトニウムの多くは、ウランと混ぜたMOX燃料として再利用する予定だが、一部は廃棄処分にする。プルトニウムを安全に捨てる技術はまだ開発されていないが、セメントなどで固めて地下数百メートルに埋める方法が検討されている。
英政府は中部カンブリア州に最終処分場を造る方向で、地元との調整を開始。まとまれば、2040年からプルトニウムを地下処分する計画だ。(以下略 毎日新聞12/2)

この分野の先進であるイギリスが再処理工場を21年をメドに閉鎖するというのは、大きなニュースだ。プルトニウムは、原爆を作る以外にはMOX燃料として使うしかないが、技術的に難しくMOX燃料の工場をイギリスは今年8月に閉鎖した。要するにプルトニウムの使い道がない、ということだ。

再処理工場は、使用済み燃料からプルトニウムを取り出すのだが、再処理の意味がなくなってしまっている。わが国の六ヶ所村の処理工場計画は、その中止を即刻決定すべきだ。

上引の記事は長いもので図が2枚付いている。URLはhttp://mainichi.jp/select/world/europe/news/20111202k0000e030175000c.html


12/4-2011

文科省がまたまたやったドジと混乱を、まとめておく。
文科省が次のような「目安」を、11月30日に17都県に出した。

【購入機種の選定】
  検出限界は1キロ当たり40ベクレル以下とすることが可能な機種とすること。 【検査結果への対応】
  市町村は、検査の結果、放射性セシウムが検出された場合の対応について、あらかじめ決めておくこと。
  例えば、40ベクレルを検出限界としていた場合に、この値を超える線量が検出された際には、次のような対応が考えられる。
   ・該当する品目が1品目の場合には、その品目を除外して提供する。
   ・該当する品目が複数あり、料理として成立しない場合は、パン、牛乳のみなど、該当部分の献立を除いて給食を提供する。(毎日新聞12/3)

この「目安」を読んで、給食の放射能基準が大幅に下げられたと思って、現場は喜んだ。現在の基準は水・牛乳などは200Bq/Kg、米・野菜・肉は500Bq/Kgというべらぼうな高さなのである。

実際、副大臣は次のような発言をしている。

森ゆうこ副文科相は1日の定例会見で「40ベクレルを上回る食品は給食では使わないようにする方針を示したのか」との質問に「そのように考えていただいて結構です」と答えていた。
40ベクレルの目安を示したのは、厚労省が内部被ばく線量の上限を現行の年間5ミリシーベルトから1ミリシーベルトに引き下げる方針で見直していることを踏まえ、200ベクレルの5分の1としたという。(毎日新聞12/2)

ところが翌2日、これが否定された。

中川正春文部科学相は2日の閣議後会見で、学校給食の食材に含まれる放射性物質に絡んで示した「1キログラム当たり40ベクレル以下」との目安について「測定機器の機種選定の目安で申し上げた。機器の検出限界で話をした40ベクレルが独り歩きしてしまった」と述べた。
学校給食で使う食材からの内部被ばくを抑える目安として受け止められたことに対し「説明に誤解があった」と釈明。「最終的には厚生労働省の基準(現行は水や牛乳200ベクレル、野菜や肉500ベクレル)に基づいて対応していくことになると思う」と述べた。

要するに、放射能測定器を買うときの「検出限界」について「目安」を述べただけで、食品の放射能の基準は従来どおりです、ということになった。おそまつで、ヒドイ話だ。

なお、40Bq/kgなどはベラルーシ、ウクライナなどが採用している基準に近い。今の文科省の基準がいかに高いものかを認識しておく必要がある。
さらに、原発事故がなければ、日本人はほとんど放射能のない食品をつねに口にしていたことを忘れてはならない。せいぜい0.1Bq/kg程度だったのであり、40Bq/kgはそれの400倍もの放射能をがまんしろ、ということなのである(この項目は、小出裕章「たね播きジャーナル12/1」を参考にした)。


12/5-2011

Eisbergの日記」というブログに「ドイツ放射線防護協会によるフクシマ事故に関する報道発表」という記事(11/30)がある。ブログの主はドイツ在住の方のようで、記事の前に次のようなコメントがある。
先日のベルリンの講演会会場には主催団体および参加団体のパンフレットやチラシなどが置いてあった。その中にはドイツ放射線防護協会の会長によるフクシマ事故に関しての新しい報道発表もあったので貰って来た。

重要な内容と思われるので翻訳して日本へ紹介したいと考えたが、この両日は他の用事がいろいろあって私には余裕がなく、在独の親しい友人(翻訳業に従事)に相談したところ、快く翻訳を引き受けてくれた。ありがたく訳文を受け取り、ここに転載させて頂く。
この「報道発表」(11/27)は良い記事だと思ったので、わたくしはここに“孫転載”させていただく。
放射線防護協会

  Dr. セバスティアン・プフルークバイル

  2011年11月27日 ベルリンにて

報道発表

放射線防護協会:放射線防護の原則は福島の原子炉災害の後も軽んじられてはならない。

放射線防護協会は問う:住民は、核エネルギー利用の結果として出る死者や病人を何人容認するつもりだろうか?

放射線防護においては、特定の措置を取らないで済ませたいが為に、あらゆる種類の汚染された食品やゴミを汚染されていないものと混ぜて「安全である」として通用させることを禁止する国際的な合意があります。日本の官庁は現時点において、食品の範囲、また地震と津波の被災地から出た瓦礫の範囲で、この希釈禁止に抵触しています。ドイツ放射線防護協会は、この「希釈政策」を停止するよう、緊急に勧告するものであります。さもなければ、日本の全国民が、忍び足で迫ってくる汚染という形で、第二のフクシマに晒されることになるでしょう。空間的に明確な境界を定め、きちんと作られ監視された廃棄物置き場を作らないと、防護は難しくなります。「混ぜて薄めた」食品についてもそれは同じことが言えます。現在のまま汚染された物や食品を取り扱っていくと、国民の健康に害を及ぼすことになるでしょう。

焼却や灰の海岸の埋め立てなどへの利用により、汚染物は日本の全県へ流通され始めていますが、放射線防護の観点からすれば、これは惨禍であります。そうすることにより、ごみ焼却施設の煙突から、あるいは海に廃棄された汚染灰から、材料に含まれている放射性核種は順当に環境へと運び出されてしまいます。放射線防護協会は、この点に関する計画を中止することを、早急に勧告します。

チェルノブイリ以降、ドイツでは数々の調査によって、胎児や幼児が放射線に対し、これまで考えられていた以上に大変感受性が強い、という事が示されています。チェルノブイリ以降のヨーロッパでは、乳児死亡率、先天的奇形、女児の死産の領域で大変重要な変化が起こっています。つまり、低〜中程度の線量で何十万人もの幼児が影響を受けているのです。ドイツの原子力発電所周辺に住む幼児たちの癌・白血病の検査も、ほんの少しの線量増加でさえ、子供たちの健康にダメージを与えることを強く示しています。放射線防護協会は、少なくとも汚染地の妊婦や子供の居る家庭を、これまでの場合よりももっと遠くへ移住できるよう支援することを、早急に勧告します。協会としては、子供たちに20ミリシーベルト(年間)までの線量を認めることを、悲劇的で間違った決定だと見ています。

日本で現在通用している食物中の放射線核種の暫定規制値は、商業や農業の損失を保護するものですが、しかし国民の放射線被害については保護してくれないのです。この閾値は、著しい数の死に至る癌疾患、あるいは死には至らない癌疾患が増え、その他にも多種多様な健康被害が起こるのを日本政府が受容していることを示している、と放射線防護協会は声を大にして指摘したい。いかなる政府もこのようなやり方で、国民の健康を踏みにじってはならないのです。

放射線防護協会は、核エネルギー使用の利点と引き換えに、社会がどれほどの数の死者や病人を許容するつもりがあるのかと言うことについて、全国民の間で公の議論が不可欠と考えています。この論議は、日本だけに必要なものではありません。それ以外の原子力ロビーと政治の世界でも、その議論はこれまで阻止されてきたのです。

放射線防護協会は、日本の市民の皆さんに懇望します。できる限りの専門知識を早急に身につけてください。皆さん、どうか食品の暫定規制値を大幅に下げるよう、そして食品検査を徹底させるように要求してください。既に日本の多くの都市に組織されている独立した検査機関を支援してください。

放射線防護協会は、日本の科学者たちに懇望します。どうか日本の市民の側に立ってください。そして、放射線とは何か、それがどんなダメージ引き起こすかを、市民の皆さんに説明してください。

放射線防護協会

会長

  Dr. セバスティアン・プフルークバイル


12/6-2011

今年の地震の多さを振り返ってみたい、と思っていて YouTube で見付けたもの。すでに評判になっていたもののようです。
M3以上の日本付近の地震を、1月1日〜10月15日までを5分40秒余りに圧縮して表示するもの。特になんのコメントもつけていないところが、良い。よけいに迫力を感じる。 YouTube に投稿するときの表題の付け方に作者のコンセプトが現れている。

2011年1月1日00:00〜10月15日00:00に日本周辺で発生したM3.0以上の地震まとめ


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12/7-2011

食品大手の明治(東京都江東区)は6日、粉ミルク「明治ステップ」850グラム缶の一部から1キロあたり最大30・8ベクレルの放射性セシウムを検出したと発表した。厚生労働省によると、粉ミルクからのセシウム検出は初めて。乳製品の暫定規制値(1キロあたり200ベクレル)未満で、毎日飲んでも健康に影響ないレベルとされているが、同社は「安心して使っていただくことを最優先する」として、検出された製品と近い時期に製造した同銘柄の約40万缶を無償で交換する。

セシウムが検出されたのは、同社埼玉工場(埼玉県春日部市)で3月14〜20日に製造した粉ミルクを使ったものの一部。11月28日、「ステップで放射性物質が出たと聞いた」と報道機関から問い合わせがあり、在庫分などを調べたところ、21・5〜30・8ベクレル検出された。前後の期間に製造した粉ミルクを使った商品は、いずれも検出限界値(1キロあたり5ベクレル)未満だった。

原料の粉乳は大部分が豪州など外国産で一部は北海道産だが、いずれも東日本大震災以前に製造された。

同社は、粉乳を水などと混ぜ合わせて霧状に噴霧したものを熱風で乾燥させて粉ミルクを作っており、「乾燥の過程で取り込んだ外気に含まれるセシウムが影響した」とみている。
同社は4月末から毎月1回程度、放射性物質の定期検査を行っているという。(以下略 毎日新聞12/7)

3月15日に原発からの放射能雲が関東を南下して、千葉・埼玉・東京を通過していった。本欄では5/7から何回かこの情報を掲げ、まとまった解析を自分なりにやったのが6/10〜6/14であった。
あの放射能雲が粉ミルク製造の噴霧工程で空気中から取り込まれていた、ということのようだ。

このニュースで指摘しておきたい点。
(1)当時、東電−政府は原発から放射能雲が風向きによって東北から関東方面へ流れていっている情報を押さえ込んでいて、発表しなかった。むしろ、ドイツなど外国メディアが最初に報道した。したがって、該当する地域の住民はまったく無防備であった。食品製造会社も、なんの警戒もしていなかった。
(2)“粉ミルクに放射能がある”というウワサの情報は母親などの間で広まっていった。そういう消費者サイドからの指摘でやっと明治粉ミルクが気がついた。これは失態である。放射能雲によって濃厚な放射能がまき散らされたことが判った段階で、国の機関が率先して情報を流し、特に食品業界をつよく指導する義務があったはずだ。


12/8-2011

粉ミルク「明治ステップ」から放射性セシウムが検出された問題摘発のきっかけを作ったのが「TEAM二本松」というNPO法人だった。 http://team-nihonmatsu.r-cms.biz/topics_detail1/id=43
12月6日付けで、つぎのように発表してある。

明治乳業鰍ェ製造の粉ミルク『明治ステップ』からセシウムが検出されていることを、 明治乳業椛、が認め、40万缶が無償交換されることになりました。
http://www.47news.jp/news/flashnews/

当測定室での測定結果を基に、共同通信社の記者さんが動いて下さいました。
TEAN二本松は、二本松市内で牛乳などの食品を購入して、それの放射能の測定をして、測定値を公表するという活動をしている。そのコンセプトは新潟での一月半の避難生活を経て、《故郷がなくなる不安を痛感し、故郷を守る決意をした》である。詳しくはTEAM二本松の紹介を見てください。次は、わたしの要約です。
 環境放射線量が高くなってしまった地域に住む我々にとって、最も重要な課題の一つは、「内部被曝を避けること」です。

 地道な除染作業をおこない、できるだけ環境放射能を下げる。

 特に子どもの積算被曝量を抑えること(年間1msv以下)、「学校(幼稚園・保育園)」と「自宅」を0.1μsv/h以下にする。
牛乳測定のデータ例は「活動ブログ11/16」で見ることができます。
まず、日本と世界の基準値を比較して下さい。
その上で、「危険か」「大丈夫か」は、各ご家庭で判断して下さい。

日本の暫定基準値 200ベクレル/kg
ウクライナ(チェルノブイリ被災地)の基準値 100ベクレル/kg
WHO(世界保健機関)の基準値 10ベクレル/kg
ドイツ放射線防護協会が提言する数値 子供4ベクレル/kg 大人8ベクレル/kg


明治おいしい牛乳 26ベクレル/kg
メグミルク牛乳(宮城県大崎市工場) 39ベクレル/kg
森永牛乳(宅配) 18ベクレル/kg
まきばの空 15ベクレル/kg
毎日の食卓3.6牛乳 38ベクレル/kg

以下は、セシウムの検出がなかった牛乳
メグミルク牛乳(札幌工場)、明治ラブ、うんめー低脂肪牛乳、グリコ牛乳、福ちゃん牛乳、酪王低脂肪乳

以上
ここの引用は必ずしも逐語的ではありません(特に牛乳の製造工場や購入店のデータ)。TEAN二本松サイトへ行って、確かめてください。

12/9-2011

イギリス本土最北端のドーンレイにある高速増殖炉のうち実験炉の解体が始まったのは1983年。それから30年経っても難航している現状のレポート(毎日新聞12/9)。

ドーンレイでは、英国政府が1950年代に西側世界で初めて高速増殖炉の建設に着手した。使用済み核燃料の再処理で生まれるプルトニウムを利用する「核燃料サイクル事業」の先進地として、人口約1万人の町の住民の多くを雇用した。

英エネルギー・気候変動省によると、当時は石油などの化石燃料もすぐに底を突くと予想されていた。ノーベル賞を受賞した科学者らの提案で、政府は「夢のエネルギー産地」として巨額の国費を投じた。建設・運営した施設は、高速増殖炉のほか核燃料再処理施設や核燃料製造工場など計180施設。高速増殖炉は54年に実験炉、66年に原型炉を着工、85年に大型の実証炉の設計に入った。

ところが、70年代後半、カナダなどで相次いで巨大ウラン鉱床が見つかり、ウラン価格は1ポンド(約453グラム)当たり、10分の1の10ドル台に急落した。英国沖で北海油田も見つかり、高速増殖炉の経済優位性が薄らいでいく。さらに、95年に日本の「もんじゅ」(原型炉)で起きた事故と同様、冷却剤漏れが頻発する克服困難な問題に直面した。

英国政府は高速増殖炉計画を断念、94年に原型炉を閉鎖した。今は総額29億ポンド(約3500億円)を投じ、約2000人の技術者たちが施設の解体や放射性廃棄物の処分場建設を進めている。

施設の解体終了目標は2039年。だが、「(77年に運転を停止した)実験炉の解体は83年に始まったのに、30年近くたってもまだ、炉心にある核燃料棒すら取り出せていない。順調に進んでも、終了まであと20年はかかる」。解体作業責任者のアレックス・アンダーソンさんが見通した。作業開始から少なくとも半世紀はかかる計算だ。低レベル放射性廃棄物のみ施設内の土中に埋められ、これが人体に「安全」となるのは2300年ごろだ。

ドーンレイの核施設には今なお、原子炉内の使用済み核燃料を含め、ウランや、原爆の原料となるプルトニウムなど計100トンがある。最終処分場が決まるまで、核不拡散、テロ対策も必要で、広報官の許可により施設内外で撮影した記者の写真について、警備担当官が「近すぎる。消去しろ」と命じてきた。(以下略 毎日新聞12/9)

高速増殖炉の開発を始めた多くの国が運転を停止、開発をあきらめている。「ドイツは91年、米英は94年に運転を停止、世界最大の実証炉「スーパーフェニックス」を開発した仏も98年に断念した。現在、日本、ロシア、中国、インドが開発を続ける」(毎日新聞の解説記事12/9)。

日本は「もんじゅ」および核燃料サイクル構想を、一刻も早くあきらめるべきだ。


12/10-2011

福島第1(1〜4号機)の廃炉作業の困難さが並大抵なものではないことが分かってきた。79年のスリーマイル島原発(TMI)事故と同様、水で放射線を遮蔽するために「水棺」にしたうえで溶融した核燃料の回収を目指す。

格納容器を「水棺」にするためには、格納容器に開いている穴や隙間をふさぐ作業が必要だ。これは最大5シーベルト/hといわれる高放射能下での作業であり、困難を極めるであろう。それがうまく行ったとして、次は、254トンに及ぶというウラン燃料の回収をしなければならない。TMIの場合が62トンだったが、それでも10年間を要している。


(前略)さらに、崩れ落ちた燃料を遠隔操作で回収する作業も困難を極める。原子炉内は長時間にわたって「空だき」が続き、1号機ではほとんどの燃料が溶けて圧力容器底部から、格納容器内に落ちているとみられる。

燃料1本当たり約170キロのウランが含まれており、原子炉内だけでも単純計算で254トン(ドラム缶換算で約1270本)のウランを回収する必要がある。格納容器の上ぶたから底部までは最長35メートル。その距離から、遠隔操作クレーンでバラバラの溶融燃料を切断・回収しなければならない。しかも、それらは燃料を覆っていた被覆管の金属や炉内の部品と入り交じっている。

(中略)TMI事故では、燃料の45%に当たる約62トンが溶融、うち20トンが圧力容器下部に落下、最大1メートルの厚さで堆積(たいせき)した。作業員が格納容器内に入ったのは事故から1年後の80年。すべての燃料を回収できたのは90年だった。

旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(86年)はほとんどの燃料が炉外に吹き飛んだため、建屋をコンクリートで覆う「石棺」で廃炉にされた。TMIは圧力容器の中で燃料がとどまったが、福島第1原発の場合、1〜3号機で圧力容器が破損。1号機では格納容器の底にあるコンクリートの床を侵食し、より深刻だ。

しかもTMIは原子炉1基だけの事故だが、福島第1原発は1〜4号機で起きた。専門部会委員の早瀬佑一・東電顧問は「廃炉処理が同時並行で進むとは思わない」と話す。

TMIの廃炉を指揮したロジャー・ショー元TMI放射線管理部長は「微生物の大量発生で炉内に入れたカメラが役に立たなかったりと予想外の事態が発生した。福島の作業は数倍困難で、信じがたいほどの努力と国際レベルの最高の知恵が必要だ」と助言する(毎日新聞12/8)。

12/7に内閣府原子力委員会の専門部会が報告書をまとめたのを受け、年明けから廃炉作業が本格化する。順調にいっても30年は要する見込みだという。
30年先はわたしなどは到底生きていないが、なんとまあ凄い罪深い事故なんだ、と思う。


12/11-2011

東日本大震災は11日で発生から9カ月を迎える。政府の復興対策本部のまとめでは1日現在、全都道府県で33万2691人が避難生活を送っている。警察庁によると9日現在、死者1万5841人、行方不明者3493人で、全壊した建物は12万5999戸に上る

公民館や学校など避難所で暮らす被災者は704人で、ほとんどは福島県双葉町民が避難する埼玉県。31万4255人は仮設住宅や民間の賃貸住宅などで生活している。旅館・ホテルは494人。原発事故があった福島県からは5万9464人が県外に避難中。

岩手、宮城、福島3県のがれき計2265万トン(環境省推計)のうち、6日現在で仮置き場に搬入されたのは67%の1509万トン。搬入率は岩手83%、宮城63%、福島56%となっている。(毎日新聞12/10)

今朝の朝刊トップ記事(毎日新聞)に岩手、宮城、福島3県の42市町村長を対象にしたアンケートが発表されていたが、「復興の最大課題で11人は「自治体の事務能力や人員の限界」を挙げ、阿部秀保・宮城県東松島市長は「事務量が従来の40倍以上」と回答。福島の7人は「原発事故」と答えた」という。

トップページの写真を、マツヘリカメムシからカメムシ目アワフキムシ科マツアワフキに替えた。

12/12-2011

東京新聞は原発事故関連のいい記事を載せる。日本に原発が導入される際のふたりのキーパーソン 伏見康治中曽根康弘が登場する話が出ていた。

 「今日から出発しないと世界に遅れる」

1952年10月の初め、全国の物理学者に向けて一通の手紙が出された。差出人は物理学者で大阪大教授の伏見康治。占領軍の呪縛が解けた今こそ、日本でも原子力研究を準備しようという提言である(中略)。

2年程度の準備期間を経て、3年ほどかけて実験用原子炉を建設する。その後には工業用原子炉と発電施設を建設する。今にも破れそうなわら半紙には、そんな構想とともに(1)軍事目的の研究は行わない(2)研究結果は公表する−など、後に原子力開発の大原則となる「公開」「民主」「自主」の三原則につながる私見もあった。

提言は「科学者の国会」である日本学術会議の副会長茅誠司との共同作戦だった。茅は7月、学術会議の運営審議会で「原子力を考える時機になった」と「原子力委員会」設置を政府に申し入れるよう提案していた。

その素案を練ることになった伏見は、各地に物理学者を訪ね、意見を聞いた。賛成もあったが、被爆国で原子力研究などとんでもない−とつるし上げられたこともあった。
迎えた10月22日からの総会。茅と伏見は連名で政府への申し入れを提案する。
翌日の議案審議は荒れに荒れた。学術会議が所蔵する鉛筆書きの速記録に、激論の一部始終が残っている。

急先鋒は広島大教授の三村剛昂(よしたか)だった。爆心地から一・八キロの近さで被爆し、辛うじて命拾いしていた。
「原爆を受けた者としまして、絶対に反対だ」「相当発電するものがありますと一夜にしてそれが原爆に化するのであります」米ソの緊張が解けるまで原子力の研究はすべきでない――。迫力ある主張に賛同者が相次ぎ、茅と伏見は提案撤回に追い込まれた。

伏見は後年、長男の譲(68)にこう嘆いた。

 「あれは科学的態度でない。情緒だ」

      ■

軍事転用を恐れ、前に進めない学者たち。それを尻目に、政界が動く。中心は改進党の若手衆院議員で「青年将校」といわれた中曽根康弘(93)だった。
53年夏に訪米した中曽根は、原子力研究の実情を視察。年末の帰国前にカリフォルニア大に物理学者の嵯峨根遼吉を訪ね、助言を受けていた。

時を同じくして、アイゼンハワー米大統領が国連総会演説で「アトムズ・フォー・ピース(平和のための原子力)」を世界にアピールする。軍事機密としてきた原子力。その技術を提供するという方針転換である。

翌年1954年2月20日、改進党秋田県連大会に出席した地元衆院議員の斎藤憲三らは、原子力推進で意気投合。新年度予算の修正案を出そうと申し合わせる。
表に立ったのは衆院予算委員会理事の中曽根だった。少数与党の自由党と交渉し、初の原子力予算を3月2日の予算委に共同提案する。原子炉築造費2億3500万円を含む予算に学術会議側は仰天し、騒然となった。

 「まことに寝耳に水のこと」「そのままにしておくことはできないと考えました」

原子力問題を話し合う委員会の委員長だった藤岡由夫(東京教育大教授)は、翌月の総会でこう報告した。
藤岡らは国会に出向いて反対を訴えるが、予算案は三月四日に衆院を通過。4月3日に自然成立した。本人は後に否定したが、小田原評定を続ける科学者らに、中曽根はこう言ったとされた。

 「あんたたち学者が昼寝をしているから、札束でほっぺたをひっぱたいてやるんだ」

(東京新聞12/11)

1954年に突然の巨額予算がついた原子炉建造、この予算額はU235(ウラン235)から来ていると冗談めかして言われる。このあと現在まで続く潤沢な原子力予算に群がるのが「原子力村」の中核である。

なお、「風見鶏」のあだ名のある中曽根康弘は、「太陽経済かながわ会議」(6/26-2011)にビデオメッセージで登場し、「原子力には人類に害を及ぼす一面がある」「自然の中のエネルギーをいかに手に入れて文化とするかが大事」などと主張しているという。

東京新聞はいい記事があるが、トップから入っても、記事を探しにくい。上引記事は、トップ>社会>速報ニュース>速報ニュース一覧 と進む。「ニュース一覧」に入るのがこつのようだ。


12/13-2011

国の原子力損害賠償紛争審査会が策定した福島第1原発事故の損害賠償指針をめぐり、宮城県南部の6市町は12日、国の東日本大震災復興対策本部に対し、賠償範囲を拡大するよう要望した。

白石、角田、七ケ宿、大河原、丸森、山元の各市町の首長らが、仙台市青葉区の宮城現地対策本部を訪問。保科郷雄丸森町長が、郡和子本部長に要望書を手渡した。
要望書は6市町の一部地域の空間放射線量が、今回の賠償対象となった福島県内の市町村と同程度か上回っていると指摘。「福島県内に限定せず、2市4町も含めることが適当だ」とした。
郡氏は「賠償範囲が行政区で分けられているのは事実。実際の観測地点を基に(範囲設定を)働き掛けていく必要がある」と述べた。

保科町長は要望終了後、取材に対し「国が実施した航空機モニタリング調査で同じ線量の場所は、同じ対応をするのが筋だ」と強調。風間康静白石市長は「放射性物質は行政の境に関係なく、飛来している。住民に説明できる基準を示してもらいたい」と話した。
原子力損害賠償紛争審査会は6日、政府指示ではない「自主避難」への賠償について、福島県内23市町村の自主避難者、滞在者を一律賠償の対象にすることを決めた。(河北新報12/13)

行政区画による発想は原発被害では合理的でないこと、各地での放射能の計測値を基準にして個別の対応が必要になること、宮城県南部の市町村の言い分はもっともだ。

12/14-2011

東京都杉並区の区立堀之内小学校(同区堀ノ内3丁目)で、4月上旬まで敷いていた芝生の養生シートを同区が調べたところ、1キログラム当たり9万600ベクレルの放射性セシウムが検出されたことがわかった。

国が廃棄物処理できる目安とする「1キロ当たり8千ベクレル以下」を10倍以上上回っており、福島県郡山市の下水処理施設の汚泥(2万6400ベクレル)以上の数値だ。区は「シートは表面積が大きく、原発事故直後に広く放射性物質が付着したのだろう。放射性セシウムの濃度測定はキログラムで換算するため、シートが軽い分、高い数値が出たのではないか」とみる。

環境省は12日夜になって「シート1キロに対し他の廃棄物1トンを混ぜて焼却すれば放射性物質は十分希釈される」と回答し、焼却処分を事実上認めた。これを受け、区は焼却する方向で検討している。(朝日新聞12/13)

杉並区は東京の山の手住宅地の典型的なところだが、そういう地帯に3〜4月にしっかりと放射性物質が降下していたことが分かる実物の証拠として記憶されるべきだ。

環境省は「ゴミをゴミで希釈すればいい」という驚くべき非科学的な(反科学的な)対応を見せた。とんでもないことだ。
薄く広いシートの表面に放射性セシウムが沈着したのは一種のフィルタの役目を果たしたのであり、飛散した放射能を濃縮して集めるのはどちらかといえば望ましいことである。一般に都市河川や下水で雨水などで放射性汚染が流されて下水道処理場などで高濃度な汚泥が生じるが、それは処理場にとっては困ったことだが、社会全体としては放射能が集約されるので望ましいことである。しかるべき保管所を設定してそこで百年単位の保管を行うべきである。それは養生シートも汚泥もおなじことだ。

高放射能ゴミの保管所は、原発敷地内やその近くの土地を東電が買い上げて、そこに作るしかないだろう。廃炉処理と同じ発想で何世紀にもわたってそこを安全に管理していくべきだ。


12/15-2011

経済産業省原子力安全・保安院が、東京電力福島第一原発1号機の原子炉系配管に事故時、地震の揺れによって0.3平方センチの亀裂が入った可能性のあることを示す解析結果をまとめていたことが分かった。東電は地震による重要機器の損傷を否定し、事故原因を「想定外の津波」と主張しているが、保安院の解析は「津波原因説」に疑問を投げかけるものだ。政府の事故調査・検証委員会が年内に発表する中間報告にも影響を与えそうだ。

これまでの東電や保安院の説明によれば、3月11日午後2時46分の地震発生後、1号機では、非常時に原子炉を冷やす「非常用復水器(IC)」が同五十二分に自動起動。運転員の判断で手動停止するまでの11分間で、原子炉内の圧力と水位が急降下した。この後、津波などで午後3時37分に全交流電源が喪失し、緊急炉心冷却装置(ECCS)が使えなくなったため、炉心溶融が起きたとされる。

一方、経産省所管の独立行政法人・原子力安全基盤機構が今月上旬にまとめた「1号機IC作動時の原子炉挙動解析」は、IC作動時の原子炉内の圧力と水位の実測値は、ICや冷却水が通る再循環系の配管に0.3平方センチの亀裂が入った場合のシミュレーション結果と「有意な差はない」と結論付けた。圧力と水位の急降下は、0.3平方センチの配管亀裂でも説明できるという。0.3平方センチの亀裂からは、1時間当たり7トンもの水が漏えいする。

東電は二日に発表した社内事故調査委員会の中間報告で、「津波原因説」を展開、地震による重要機器の損傷を重ねて否定している。(東京新聞12/15)

東電は「津波原因説」のみを主張し、「地震原因説」の可能性を議論の爼上に載せないできた。発表されたシミュレーションは東電の姿勢を否定するものであり、重大である。配管にわずか0.3cm2の亀裂が入っただけで、今回の事故のIC(非常用復水器)の振る舞いの説明ができるという。
0.3cm2というのは正方形なら1辺0.55cmである。配管の上には断熱材や保護材が巻いてあり、目視で(ロボット式のカメラを現場に入れて)確認することはおそらく不可能である。したがって、理論的な可能性をもとに対策をとるほかない。

全国の少なくとも同型の原子炉の全てをただちに止めて対策を取る必要がある。おそらく東電はそういう事態を避けたいがために、「地震原因説」をやっきになって否定しているのだろう。「津波原因説」なら、非常用電源を高台に設けたり防水措置をしたり防波堤を高くしたり等々の対策をとることで済む。東電はあくまでも原子炉本体は地震に耐えたということにしておきたいのである。


12/16-2011

東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う低線量の放射線被曝ひばくの健康影響を検討していた政府の作業部会は15日、住民が居住可能な地域の年間の積算放射線量は20ミリ・シーベルトを目安とするのが妥当との最終報告書をまとめた。

これを受け、政府は現在の警戒区域や計画的避難区域の区分を取りやめ、生活環境の復旧が進めば帰還できる20ミリ・シーベルト未満の地域を「解除準備区域」とするなどの見直し案を固めた。

政府は50ミリ・シーベルト超で、5年以上帰還が難しい地域は「長期帰還困難区域」、除染で線量が20ミリ・シーベルト未満となる数年後の帰還を目指す20〜50ミリ・シーベルト程度の「居住制限区域」も新たに指定する。18日、地元自治体に説明する。

報告書は、広島・長崎の被爆者の調査結果を根拠に、長期間にわたり100ミリ・シーベルトを被曝すると、がんの死亡リスクが約0・5%増加するとしたが、これ以下の被曝でリスクが増加するかどうかは科学的に証明できないとした。

理由として、現在避難指示の基準となっている年間20ミリ・シーベルト以下の発がんリスクは、喫煙(1000〜2000ミリ・シーベルト相当)や肥満(200〜500ミリ・シーベルト相当)などと比べて低く、その影響に隠れてしまうという事情を挙げた。

さらに、放射線の影響を受けやすいとされる子供を優先した対策を提言。学校の再開には、毎時1マイクロ・シーベルト以下まで下げるとする一段高いハードルを設けた。(読売新聞12/15)

この報告を出した「政府の作業部会」の責任者が長瀧重信であるらしい。長瀧がTV報道で細野大臣に書面を渡していたから。上引の読売新聞が書いている「広島・長崎の被爆者の調査結果を根拠に」云々というのも長瀧重信らがまき散らしている“100ミリシーベルト毎時までは怖くない”という悪質なキャンペーンである。そして、政府は長瀧らを“有識者”として重用している。

いったい、現行の「放射線管理区域」という規制をどう考えているのだ。たとえばウィキペディア放射性管理区域をみれば

1. 外部放射線に係る線量については、実効線量が3月あたり1.3mSv

を第一にあげている。この条項から年間5.2mSv/y という数字が出て来るのである。「管理区域の目的」には

人が放射線の不必要な被ばくを防ぐため、放射線量が一定以上ある場所を明確に区域し人の不必要な立ち入りを防止するために設けられる区域である。

とうたっている。
それの4倍近い線量(20mSv/y)のところで生活しても大丈夫です、と長瀧ら“有識者”が言っている。本欄では10/6に、小出裕章さんが“これが法治国家のやることか!”と怒っているというのを取り上げておいた。仮に長瀧重信らの主張に従って政府の方針としたいのであれば、まず国会において「放射線管理区域」に関する法改正をすべきである。

喫煙や肥満の発がんリスクと(長瀧ら“放医研”が出したのであろう)放射線被曝の発ガンリスクの数字を単純に比較して議論しているようだが、こういう詭弁をコメント無しで報道する読売新聞の姿勢も問題である。
長瀧らの数字を仮に認めても、喫煙や肥満は個々人の選びとった人生観に関わる(その全てとは言わないが)ことだし、このたびの東電事故はすべての人に降りかかった災厄である。しかも、被曝のリスクが単純なリスクの足し算で済むことなのかどうか、まったく分からない。

広範な範囲が放射能で汚染され除染もうまくいかないようだ、という状況のなかで、日本国のやろうとしていることは数字をいじくって「放射線管理区域」の4倍にも相当する放射能の中で“居住しても怖くない”と言いくるめようというのである。
狂ってる。全体が狂ってる。すくなくとも「放射線管理区域」に相当する汚染地域(5.2mSv/y)は居住区域にはできないから、集団移住せよ、という方針を出すのがまっとうな政府のやることだと思う。


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12/17-2011

東京電力福島第1原発事故の収束に向けた工程表のステップ2完了を受け、野田佳彦首相は16日の記者会見で「事故そのものは収束した」と訴えた。「同原発が安全になった」ことを宣言し、政府への国内外の懸念と不信を払拭することを優先したためだ。しかし、原発の外の「三つの課題」を解決する道筋は見えていない。記者団からは「宣言は拙速」との指摘も相次いだ。

首相は原発事故について「全ての国民、世界中の皆様に多大な迷惑をかけ申し訳ない」と改めて謝罪。「原子炉の安定状態が達成され、不安を与えてきた大きな要因が解消される」と強調した。

しかし、依然9万人近くが事故に伴う避難生活を余儀なくされ、全国で放射性物質の検出が続く中での「事故収束宣言」は、被災地の実態とあまりにかけ離れている。首相も、宣言はあくまで工程表で政府が自ら定めた条件を満たしたに過ぎないことを認めた上で、「被災地感情として『まだ除染や賠償があるじゃないか』という気持ちがある。オフサイト(原発施設外)で事故対応が終わったわけではない」と釈明した。

ステップ2達成の前倒しは、細野豪志原発事故担当相が9月の国際原子力機関(IAEA)年次総会で表明した。これは国内よりもむしろ国際社会に向けて、早期収束への決意を示すのが狙いだった。

事故直後、米国が福島第1原発から半径約80キロ以内の米国人に一時退避を勧告するなど、各国は独自の対応を進めた。日本政府の対応の遅れに対する不信感が背景にあったのは明らかだ。国産食品の輸入規制や海外からの観光客の大幅減などの風評被害を一掃するためにも、ステップ2完了で、日本政府は海外からの信頼を取り戻す必要に迫られていた。

一方、原発の外に目を向ければ、住民生活の回復に向けた課題は山積している。首相は16日の記者会見で放射性物質の除染、住民の健康管理、被害者への損害賠償の三つを重点課題に挙げた

特に「最大のカギ」と指摘した除染は、12年度と合わせて1兆円超の予算確保を明言。「さらに必要なら国が責任をもって予算を確保する」と語ったが、今後どこまで費用が膨らむか、有効な除染が本当にできるのかが見通せているわけではない。放射性物質への不安がぬぐえない中での避難区域の見直しに、自治体や住民から反発が出る可能性もある。(毎日新聞 12/16)

官僚支配が徹底している日本国は、外界へ放射能漏洩が続いていてせいぜい小康状態にあるにすぎない事故原発を、“冷温停止”だと強引に言いくるめ、“事故は収束して安全になった”と言葉を先行させたのである。これは、彼ら(官僚機構)のいつものやり方である。

「除染」をキーワードにしているが、果たしてそれが正しいのか不確かである。除染が合理的で科学的に有効なのかどうか、決してわかっているのではない。1兆円超の予算がゼネコンらに渡っていくことが、おそらく、彼らに唯一意義のあること(官僚的に意義のあること)なのだろう。
除染は放射性物質の移動にすぎない。屋根・アスファルト・土地・植物をはぎ取って貯蔵所に保管する、ということしか基本的には手段がない。水による洗浄は周辺低地・排水路へ放射性物質を移すだけである。雨が多く山がちの日本列島では、今後長い間、降雨のたびに低地へ低地へと放射性物質が移動していく現象が見られることだろう。
除染は限定的な意味しかないと考えるべきであろう。

住民の「移住」がもっと真剣に検討されるべきである。除染に要する費用を移住の予算へ回す方がよいのではないか、とわたしは考えている。


12/18-2011

「冷温停止状態」を通り越し「事故収束」にまで踏み込んだ首相発言に、福島第一原発の現場で働く作業員たちからは、「言っている意味が理解できない」「ろくに建屋にも入れず、どう核燃料を取り出すかも分からないのに」などと、あきれと憤りの入り交じった声が上がった。

作業を終え、首相会見をテレビで見た男性作業員は「俺は日本語の意味がわからなくなったのか。言っていることがわからない。毎日見ている原発の状態からみてあり得ない。これから何十年もかかるのに、何を焦って年内にこだわったのか」とあきれ返った。

汚染水の浄化システムを担当してきた作業員は「本当かよ、と思った。収束のわけがない。今は大量の汚染水を生みだしながら、核燃料を冷やしているから温度が保たれているだけ。安定状態とは程遠い」と話した。
ベテラン作業員も「どう理解していいのか分からない。収束作業はこれから。今も被ばくと闘いながら作業をしている」。

原子炉が冷えたとはいえ、そのシステムは応急処置的なもの。このベテランは「また地震が起きたり、冷やせなくなったら終わり。核燃料が取り出せる状況でもない。大量のゴミはどうするのか。状況を軽く見ているとしか思えない」と憤った。

別の作業員も「政府はウソばっかりだ。誰が核燃料を取り出しに行くのか。被害は甚大なのに、たいしたことないように言って。本当の状況をなぜ言わないのか」と話した。(東京新聞12/17)

この東京新聞の報道姿勢を支持する。

昨夜のニュースで、「冷温停止状態を宣言した直後のトラブル」として、1号機の核燃料プールの冷却装置から水漏れがあり、一時的に冷却が停止したと報じられた(毎日新聞12/17)。このトラブルの原因だが、「作業中にだれかが弁に接触し、緩んだ可能性がある」ということで、弁を元の位置に戻してトラブルは解消した。
上の東京新聞の記事にあるように、現在働いている冷却装置自体が間に合わせの応急処置的なものである。作業員がたまたま接触して装置を停止せざるを得なくなったのだ。はやく恒久的な安定的な装置に交換する必要がある。


12/19-2011

福島第一原発から半径八十キロ圏内の空間放射線量は七月からの四カ月間で平均約一割減ったことが、文部科学省の航空機モニタリング調査で分かった。同省は、放射性セシウムの半減期を考慮した減少と風や雨などの自然要因による効果と分析。全体では減っていたが、一部の河川の河口付近では逆に増えている場所もあった

十月から十一月にかけて新たに調査を実施し、七月の前回調査と比較したところ、全体では平均11%減となった。セシウム137(半減期三十年)と同134(同二年)の線量減は計算で9・2%と推定され、残る1・8%が雨などの自然要因とみられる。政府は除染をしなくても線量は二年で四割減るとみていたが、今回の減少ペースはその予測とよく一致しているという。

ほとんどの地域は減少する一方、増加傾向が見られたのは原発から北側にある河川の河口や川の中州など。上流にはセシウムの濃度が高い地域があり、同省は「川の上流からセシウムが運ばれた可能性がある」とみている。(地図も、東京新聞12/18)

本欄12/17 で述べたことだが、降雨によって上流域の放射性物質が下流の川底や中洲に運ばれている。それを実証している地図。当然放射能は海へ出ているわけで、沿岸域の棲息生物などから汚染が広まり、生物的濃縮によって食物連鎖の上位の生物種へ放射能汚染が伝わっていく。
高知で“戻りカツオ”から放射能が検出された(2.17Bq/kg)という報道が 12/15 にあった。


12/20-2011

東京電力福島第1原発事故による放射性物質の除染で、環境省は19日、国が費用を負担する「汚染状況重点調査地域」に、東北・関東地方の8県102市町村を指定すると発表した。指定市町村は、来年1月に放射性物質汚染対処特別措置法が全面施行された後、国と協議しながら実施計画を策定し、国の財政支援を受けながら除染作業を進める。告示は28日付。

対象は、福島県が40市町村(警戒区域と計画的避難区域は除く)と最も多く、茨城県20市町村▽群馬県12市町村▽千葉県9市▽宮城県8市町▽栃木県8市町▽岩手県3市町▽埼玉県2市――と続く。

自然界からを除く追加被ばく線量の平均が、年1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルト)以上になる区域がある市町村について、航空機モニタリングや地上での測定結果を参考に、市町村と相談して決めた。

追加被ばく線量が年間1ミリシーベルト以上の地域があっても、生活圏と離れた山奥で除染が不要な場合や、風評被害への懸念がある場合は、市町村の意向を優先し、指定は見送った。今後、希望する市町村があれば、追加で指定する。

当初は、追加被ばく線量が年間5ミリシーベルト以上の地域を対象としていたが、地元の反発を受け、基準を引き下げた。
また、環境省は同日、国が直轄で除染を行う「除染特別地域」について、福島県富岡町など警戒区域(ただし楢葉町は全域)と計画的避難区域を指定することも正式に発表した。
既に除染を実施している市町村については、特別措置法に基づくものと認められれば、国が費用を負担する。(毎日新聞12/20)

除染効果は限定的なものであること、莫大な費用と人力が必要であること、放射性ゴミの貯蔵所の設定が難航していることなどは既述した。

年1ミリシーベルト(毎時0・23マイクロシーベルト μSv/h)の換算法を述べておく。これは単純計算ではなく、次の2つの仮定を置いている。
  • 1日24時間のうち、8時間は野外に、16時間は木造建物(低減率0.4)内で過ごす。
  • 通常のガンマ線測定器では分離できず常に測定されてしまう大地からの自然放射能0.04μSv/h (平均値)を加える。
したがって、次のような計算になる。
1 mSv/y ÷365 ÷{ 8 +(16 ×0.4)}×1000 + 0.04 = 0.19 + 0.04 = 0.23μSv/h


12/21-2011

原爆投下直後に、放射性物質を含む、いわゆる「黒い雨」を浴びた1万3000人分のデータが、放影研=放射線影響研究所に保存されていることが明らかになり、放影研は、20日このデータをもとに作成した広島での「黒い雨」の分布図を公表しました。国が医療面で援護するとした地域の外側が多く含まれ、「黒い雨」の範囲を巡る議論に影響を与えそうです。

放影研は先月、終戦後の1950年代以降、広島と長崎の被爆者などを対象にした調査で、放射性物質を含む「黒い雨」を浴びたと回答したおよそ1万3000人のデータが、保存されていることを明らかにしました。このデータについて放影研は、20日、広島市で記者会見を開き、データを基に作成した広島での「黒い雨」の分布図を公表しました。それによりますと、広島で「黒い雨」が降ったとされる場所は、国が現在、医療面で援護するとしている地域の外側にも多くありました。「黒い雨」を巡って、広島市は去年、国が治療を援護する地域のおよそ6倍の範囲で「黒い雨」が降った可能性が高いとする調査結果をまとめ、国に援護の対象地域を広げるよう求めていて、今回、公表された分布図は、こうした「黒い雨」の範囲を巡る議論に影響を与えそうです。(NHK12/20)

放影研が1950年代から60年代にかけて行った「寿命調査」、「遮蔽調査」というものがあり、それらの調査の中に「黒い雨に遭いましたか」という設問があったのだという。中国新聞が詳細な特集記事を書いている。その一部を紹介する。
(前略)放影研には、原爆放射線の人体影響を調べるうえで研究の基礎となる12万人余のデータがある。寿命調査(LSS)集団と呼んでいる。50年代から60年代初頭にかけて面接し作った調査票には、「原爆直後雨に遭いましたか」という設問があり1万3千人が「はい」と答えた。その人たちには雨に遭った場所についても尋ねている。

性別や年齢、被爆地点などのほかに、どんな急性症状が出たか、を問う項目もある。

放影研は寿命調査とは別に、被爆者の遮蔽(しゃへい)調査でも黒い雨情報を聞き取っていた。遮蔽調査は54年から65年にかけて行われたが、黒い雨に関する聞き取りは58年末で打ち切られた。

広島は約2万件、長崎には約8千件のデータが残されている。広島の2万件の中には、爆心地から1600メートル以遠で被爆し黒い雨を浴びた人が約1200人いたことが分かっている。発見された39年前のリポートは、雨粒のサイズ、色、強さ、降り始めの時間、持続時間、雨に打たれたときにかぶっていた帽子の有無や種類まで詳細なデータに基づく分析を試みていた。
(後略 中国新聞「平和メディアセンター」12/5)
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/mediacenter/article.php?story=20111206103109841_ja

放影研は今まで公表しなかったのは「意図的ではない」と言い訳しているようだが、信じがたい。長崎市の内科医・本田孝也さんが長崎市で調査している地域で、黒い雨が降り脱毛が多発したというのに今なお被曝地域として認められていない所がある。本田医師はその調査の過程で、広島・放影研に黒い雨に関する1万3000人もの聞き取り調査が埋もれていることを知り、公表を求めた。
放影研はABCC(原爆傷害調査委員会)時代からのすべてのデータを公表し、被曝被害の研究に資するようにすべきである。

わたしが中国新聞の記事を知ったのは投稿サイト「阿修羅」の投稿者 こーるてんなどによってである。


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12/22-2011

政府と東京電力は21日、福島第一原発1〜4号機の廃炉に向けた工程表を発表した。原子炉内の溶けた核燃料の状態を把握するだけでも十年近くを要し、燃料の取り出しや、建屋の解体まで含めると最長40年かかるとする内容だ。

工程表は三期に分かれる。第一期は、原子炉建屋内のプールに入った使用済み核燃料の取り出し開始までの2年間。十年後までの第二期は、格納容器に溶け落ちた核燃料の取り出しに着手するまで。第三期は、核燃料の回収を終え、建屋解体が終わるまでの30〜40年後までとした。

使用済み核燃料の取り出しは、最も多く入っている4号機から始め、3、1、2号機の順で行う。
原子炉内の核燃料取り出しで焦点となるのは、燃料から出る高い放射線を遮るため格納容器を水で満たし、圧力容器を水没させる「水棺」が実現できるかどうか。1〜3号機とも格納容器は損傷しており、損傷場所を調べて補修し、2016年度から水張りを実現させる、としている。

圧力容器内の核燃料の状態が映像で確認できるのは水張りが終わった後になる。放射線に加え、現在の容器内には濁った汚染水があるからだ。

溶けた核燃料の取り出しには、高線量の環境でも遠隔操作できる装置、核燃料を入れる特殊な容器の開発も必要となる。
こうした技術開発が進まなければ、工程表通りにいかない恐れもある。(以下略 東京新聞12/22)

東電が発表した廃炉の工程表には費用が明記されていない。毎日新聞は次のように述べている。
東京電力が21日に公表した福島第1原発1〜4号機の廃炉工程表で、廃炉に必要な費用を明記しなかったのは、廃炉費用が膨大になることを認めると会計上の処理を迫られて債務超過に陥り、企業として存続できなくなる可能性があるためだ。しかし、いずれ処理を迫られることは確実で、政府は公的資金を使って資本注入し、東電を実質国有化して賠償主体として存続させる道を検討している。今後、政府や東電の主力金融機関などの間で、東電の経営問題の検討が本格化する。(毎日新聞12/22)
原子力発電は高くつくということをはっきりさせるためにも、事故原発(および通常原発)の廃炉工程の費用、廃炉後の長期にわたる(少なくとも数万年間)高線量廃棄物の安全な管理費用などをはっきりさせる必要がある。
税金が注ぎ込まれることで、原子力発電の経済原理(「原発は儲からない」ということ)がアイマイにされてしまってはならない。


12/23-2011

東京電力福島第1原発事故によって拡散した放射性物質で水田の土壌が汚染され、収穫したコメも売れなくなったとして、福島県大玉村の鈴木博之さん(61)ら同県内のコメ農家数人が、東電に損害賠償を求める訴訟を起こす意向であることが21日、分かった。

鈴木さんの代理人を務める弁護士によると、来春ごろ東京地裁に提訴する方針という。請求は総額数億円に上る見通し。原発事故をめぐり、これまで農家が東電を提訴した例はないとみられる。

鈴木さんは「除染して新しい土を持ってくればいいというものではない。先祖から受け継いだ肥沃できれいな土を返してほしい」と話している。(共同12/22)

こういう原則的立場を主張する人々を、わたしは支持する。
長い間の官僚支配の国家体制に馴らされた日本人が、物分かりのよい相対的立場になずむのが良いことと思いがちになっているのを、わたしは“嫌だな”と感じることがしばしばである。


トップページの写真を、クヌギカメムシからカメムシ目ツノカメムシ科エサキモンキツノカメムシの幼虫に替えた。

12/24-2011

福島第一原発で事故が起きた当初、政府が放射性物質の拡散をシミュレーションしながら公表しなかった問題で、文部科学省は二十三日、省内の対応を検証した中間報告を発表した。公表が遅れた理由について関係者に聞き取りするなど十分な分析をした形跡はなく、単に全職員から募った意見を並べただけ。「検証」というにはずさんな内容となっている

文科省は十月、政務官をリーダーに検証チームを編成。緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」を百二十億円を投じて開発、運用していたのに、福島県民の安全な避難につながらなかった問題を検証するはずだった。

しかし、中間報告書では「当初は放射性物質の放出量が仮定したものだったことなどから公表されなかった」と、これまで政府と東京電力の統合対策室の会見などで出た説明を簡単に記載。事故直後の公表の是非を誰がどのように判断したかには触れないまま「放出量が分からなくても当初から公表することが必要」と教訓を記した。

文科省の担当者は「緊急時の対応態勢という全体的な課題に焦点をあてた」と釈明。今後、詳しく検証し、来年三月末までに報告書をまとめるという。

文科省の姿勢に、専門家から疑問の声が出た。東京大の児玉龍彦教授は「当時、予測が公開されていれば、無用の被ばくをせずに済んだ人が多数いた」と対応を批判した。
原子力安全の専門家で社会技術システム安全研究所長の田辺文也氏は「事故から九カ月余がたっており、検証を本当にやる気があるのか疑う。誰がどんな理由で非公表を決めたのかを明らかにしなければ、同じ過ちを繰り返す」と訴えた。(東京新聞12/24)

放射線量の絶対値が問題なのではなく、原発から流れ出た放射能の雲がどの方向へどれくらいの速さで移動していくか、という大づかみな情報が大事だった。SPEEDIはまさにそういう情報を持っていたのである。

本欄5/17 で、ECRRのクリス・バズビーの早い時期の警告「福島惨事のECRRリスクモデルによる最初の解析」(3/30)の「結論と提言」を紹介した。その第7,8項目は
7.市民からデータを隠す者に対して、捜査と法的制裁が下されるべきである。

8. この事故の健康への影響を過少に抑えようとするメディアに対して、捜査と法的制裁が下されるべきである。
であった。すくなくとも文科省に対して、刑事罰を想定した強制捜査が行われるべきである。


12/25-2011

3月25日に菅首相(当時)の指示で、近藤駿介内閣府原子力委員長が「最悪シナリオ」を作成していたという。それによると

最悪シナリオは、1〜3号機のいずれかでさらに水素爆発が起き原発内の放射線量が上昇。余震も続いて冷却作業が長期間できなくなり、4号機プールの核燃料が全て溶融したと仮定した。原発から半径170キロ圏内で、土壌中の放射性セシウムが1平方メートルあたり148万ベクレル以上というチェルノブイリ事故の強制移住基準に達すると試算。東京都のほぼ全域や横浜市まで含めた同250キロの範囲が、避難が必要な程度に汚染されると推定した。(毎日新聞12/24 引用は記事の一部)

この「最悪シナリオ」が明らかになったことを受けて、毎日新聞はつぎのように「防災指針の再検討が必要ではないか」と述べている。まったく、もっともな指摘だと思う。

東京電力福島第1原発事故で明らかになった「最悪シナリオ」は、一カ所に複数の原子炉が立地したり、高所に使用済み核燃料プールを抱える構造上の弱点を改めて浮き彫りにした。チェルノブイリ原発事故の強制移住地域並みの汚染が半径170キロ圏内に広がるという試算は、内閣府原子力安全委員会が打ち出した、原子力防災区域の見直しにも疑問を投げかける内容だ。

今回の事故では、次々に原子炉や燃料プールで問題が起こり、東電は対応に振り回された。政府は国際原子力機関(IAEA)へ提出した事故報告書で「一つの原子炉の事故進展が、隣接する原子炉の緊急時対応に影響を及ぼした」「使用済み核燃料プールは原子炉建屋上部にあり、(注水など)事故対応に困難が生じた」と分析、最も懸念された4号機の燃料プールには耐震補強工事をした。

一方、住民の避難を巡っては、半径20キロ圏内が立ち入り禁止の「警戒区域」、20キロ圏外の線量が高い地域が「計画的避難区域」に指定され、原子力事故に備えておくべき地域として、施設から半径8〜10キロ以内を「防災対策重点地域(EPZ)」と定めた従来の防災指針は事実上、機能しなかった。これを踏まえ、安全委は10月、原発から30キロ圏内を事故時に迅速な避難や屋内退避などを求める「緊急防護措置区域(UPZ)」とする指針改定案を示した。

だが、「最悪シナリオ」に従えば、UPZでも足りないことになる。政府関係者は「こういうことを起こさせない前提で(シナリオを)作った」と強調するが、当時の菅直人首相は退任後のインタビューで「最悪の場合、避難対象は首都圏を含め3000万人。国として機能しなくなるかもしれないと思った」と証言している。

現実的には半径170キロ圏内の防護対策や3000万人の避難などは極めて困難だ。原発事故がさらに深刻な事態に進んだ可能性がある以上、原子炉の集中立地や高所に燃料プールを備えた構造上の弊害、防災指針を考え直す必要がある。(毎日新聞12/24)

「最悪のシナリオ」を想定し、それに備えるのが防災の基本であろう。またぞろ、「政府関係者」どもは「最悪の事態を起こさせない前提で」防災シナリオを考えていると言っている。

余りに規模が大きくて防災そのものが非現実的になってしまうのであれば、その原因となっている原発の集中立地をただちにとりやめるべきなのである。


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12/26-2011

埼玉県加須市に役場を移転している福島県双葉町は25日、福島第1原発事故の賠償について、町民に代わり東京電力と交渉するための弁護団を結成した。弁護団によると、原発被災自治体の弁護団が発足するのは全国で初めて。来年1月から各地で町民向け説明会を開く予定。

弁護団長は荒木貢弁護士(福島)と海老原夕美弁護士(埼玉)の2人が務め、同町民が避難している埼玉、群馬、東京、神奈川の弁護士らが参加した。この日、加須市内で開かれた結成式には町民約60人が出席。井戸川克隆町長は「我々は被害者。堂々と損害賠償請求をしてほしい」と町民に呼び掛けた。(毎日新聞12/25)

これは大事なニュースだと感じた。9月に東電から原発事故の賠償金の支払いについて請求書の書き方などの分厚い「案内書」が配布された(本欄9/21)。「記入方法を示した案内書だけで約160ページ、記入用紙は約60ページに及ぶ」(毎日新聞9/20)。

余りにも悪評が高かったので、その後、東電側は簡略化した案内書など改良版を出した。しかし、向こう側の論理に乗らないと賠償金の請求ができないというのが根本から間違っている。加害者である東電が、こちら(被害者)の論理にしたがって賠償するというのが原則でなければならない。このニュースはそういうことを改めて振り返らせてくれた。


12/27-2011

26日に、国の事故調査・検証委員会が「中間報告」を発表した。国の側からの報告で、ズバリと問題点を指摘している個所が多く、官僚臭のない報告で、評価できると思う。

各紙に長文の記事がある。資料的には、毎日新聞の「福島第1原発事故 政府事故調中間報告 要旨」(その1その2その3)を紹介しておく。

読んで、分かりやすく雰囲気が出ているという点で、ここでは東京新聞の記事を紹介する。


福島第一原発事故をめぐり、国の事故調査・検証委員会(委員長・畑村洋太郎東京大名誉教授)は二十六日、多角的に事故原因を検証する中間報告を公表した。非常用ディーゼル発電機のほか配電盤も地下にあったため津波で水没し、全交流電源喪失を招いたと指摘。吉田昌郎(まさお)所長(当時)ら東京電力側が、原子炉に注水して冷やす非常用装置が稼働していると誤認して代わりの冷却手段の準備が遅れ、被害が拡大した可能性があると述べた。

東電や首相官邸内の情報伝達の混乱や津波への備えの甘さ、避難指示の遅れなど、「人災」の側面にも言及。原子炉の重要設備が地震で壊れた跡は確認できないとして、地震が直接事故につながったとの見方は否定した。今後、菅直人前首相ら当時の閣僚らから聴取し、来年夏に最終報告をまとめる。

中間報告によると、1〜2号機は三月十一日、非常用発電機や配電盤が浸水し、交流と直流の全電源を喪失。3〜4号機も配電盤が水をかぶるなどして全交流電源を失った。
このため、最初に水素爆発を起こした1号機では、電気を使わずに、原子炉の水蒸気を冷やして水に戻し再び原子炉に入れる非常用冷却装置(IC)で冷却しようとした。

ICに蒸気を送る配管の弁は、電源が失われると自動で閉まる仕組み。この時も弁は自動で閉まったが、ICを作動させた経験のある運転員はおらず、こうした仕組みを十分理解していなかった可能性が高い。弁は開いたままで、冷却が続いていると誤認、代わりの注水の準備が遅れた。
その間に圧力容器内の圧力は上昇。代替手段での注水も難航し、ICが機能不全に陥ってから、継続的に注水できるようになるまでに十四時間を要した。その結果、空だきとなった1号機は同日夕に炉心溶融(メルトダウン)し、翌日には建屋が水素爆発した。中間報告は「原子力事業者として極めて不適切であった」と東電の対応を厳しく批判した。

3号機は十三日未明までは冷却が続いていたが、原子炉の蒸気の力でポンプを動かして炉に冷却水を送る装置(HPCI)を、運転員が手動で停止した。蒸気が弱くなり、過熱した設備が壊れると恐れたためだった。
運転員は炉の圧力を減らす弁を遠隔操作で開けた上で、消火用のディーゼルポンプによる注水に切り替えようとしたが、弁は開かない。このため水が入らず、注水が七時間近く途絶えた。発電所幹部らはHPCIの手動停止を知らなかった。

中間報告は、1、3号機とも誤った認識により注水が長時間止まり、危機的な状況を招いたことを重視。「より早く別の手段で注水すれば、炉心損傷の進みを遅らせ、放出された放射性物質の量を減らせた可能性がある」と指摘した。

政府の対応が後手に回ったことも問題視。放射能の拡大範囲を予測するシステム(SPEEDI)を住民の避難指示に生かせなかった点や、現地の対策拠点となるオフサイトセンターが機能しなかったことを批判した。(東京新聞12/27)

上の下線部「原子炉の重要設備が地震で壊れた跡は確認できない」云々の所は、納得がいかない。12/15 で取り上げたように、配管にわずか0.3cm2の亀裂が入っただけで今回のIC故障と同程度の故障となると言うのだから。

中間報告の指摘はすでに各方面から指摘されていた内容が多いが、それを国の調査委が認めて公的見解としようとしている点が重要だ。東電も政府も(つまりは“原子力村”が)過酷事故がほんとに起こるとは考えておらず、安全神話の中で惰眠をむさぼっていた、と言うことに尽きる。彼ら、腐っている“原子力村”の幹部連中を全部一掃することが必要だ。

ところが、「青森・六ケ所村の核燃再処理工場:原燃、試験再開へ 青森県知事、緊急対策を了承」というニュースが一方では流れている(毎日新聞12/27)


12/28-2011

西日本の太平洋沖に延びる「南海トラフ」で発生する巨大地震と津波について、内閣府の検討会は27日、想定する震源域と波源域を最大で従来の約2倍に拡大する中間とりまとめを公表した。東海、東南海、南海の3地震に加え、宮崎県沖の日向灘南部なども連動する恐れがあると想定。地震の規模は暫定値でマグニチュード(M)9・0とした。同検討会は今後、想定津波高などの検討を進めるが、防災対策の大幅見直しを迫られそうだ。

国はこれまで、南海トラフで想定する巨大地震の震源域を、駿河湾から高知県沖にかけての約6万平方キロ、規模は最大M8・7と想定していた。今回の見直しで、規模は3倍近くになり、震源域は東日本大震災よりも広い約11万平方キロになる。

同検討会は「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大地震・津波を検討する」との考えに基づいて検討。古文書や津波堆積(たいせき)物から過去の津波高などを調査した最新の研究成果を反映させた。

その結果、南海トラフで繰り返し起きる巨大地震のうち、300〜500年に1回は津波が特に大きくなると分析。こうした地震が最後に起きたのは、1707年の宝永地震だった。また、高知県内の堆積物の分析から、約2000年前に発生した津波が最大級の可能性があるとした。

震源域と波源域については、宮崎県内の調査で宝永地震などによる堆積物が見つかったことから、西端を日向灘南部まで拡大。国の地震調査研究推進本部が東海地震と富士川河口断層帯(静岡県)が連動する可能性を指摘したため、東端は同断層帯まで延ばした。

北側の震源域については従来、深さ30キロまでのプレート(岩板)境界面を想定。より深い領域の地震活動の調査から、最大同約40キロ付近まで拡大した。
さらに、南側については、南海トラフから深さ約10キロまでの浅い領域を新たな波源域として設定。これにより、津波高は従来想定の2倍程度になる地点も出る可能性がある。
同検討会は来春までに、震度分布や津波高を推計して公表。国はこれを基に来秋までには被害想定をまとめる方針。

311大地震のメカニズム(地震域の連動)を理論的に予想できていなかった地震学会は、はっきりとそのことを認め反省の弁を発表した。こんどの内閣府検討会の結論も、その姿勢が反映しているように感じられる。結構なことだと思う。

日本列島はプレート境界の大変動で少なくとも数十万年以上かけて生成してきたのであろうから、その間に、いかなる巨大地震、巨大津波を経ているか、想像もつかないほどだ。そのうち、数千年のレンジで考えて、南海トラフが連動して一度に動くような場合も起こったらしい、というのが今回の結論である。そして、震源域の深さ・浅さも従来より範囲を広げて考えるべきだということになった、のであろう。


12/29-2011

原発などの検査を行っている独立行政法人、「原子力安全基盤機構」は、3年前に行った核燃料の検査で、製造メーカーが作った要領書をそのまま利用したうえで、核燃料の長さに誤った記述があるのに気付かず、問題がないとして合格させていました。
これを受けて、先月設置された外部の専門家による調査委員会は、原子力安全基盤機構の検査員や幹部に聞き取りをし検査の問題点を調べ、提言を含む報告書案をまとめました。それによりますと、検査を受ける側のメーカーや電力会社などを過剰に信頼し依存する体質があり、要領書などの書類をみずから作ってこなかったと指摘しています。また、検査員の中には何のために行う検査かを十分に理解せず取り組んでいた人もいて、問題だと批判しています。
そして調査委員会は、原子力安全基盤機構に対し、メーカーなどに依存する体質を改めてみずから主体的に検査を行うことや、相手との緊張関係を保つこと、それに検査員の使命感や自覚を促すことなどを求めています。原子力安全基盤機構は、今後、検査のあり方を具体的に見直していくことにしています。(NHK12/28)

「みずから主体的に検査を行うこと」なんて、調査委員会もよくまあ真面目な顔で言ったものだ。「検査員の使命感や自覚を促すこと」、中学校の生徒会なみのお説教だ(中学生諸君、すみません)。

この「原子力安全基盤機構」(JNES)はなんと年間予算200億円で、原子力関連企業の天下り先なのだそうだ。2ヶ月前の河野太郎のブログ(10/31)に鋭い指摘があった。
この組織は、2003年頃以降急速に高齢化が進んだ。原子炉メーカー等からの高齢者の中途採用が多く、若い人材の育成が全く行われてこなかった。
毎年の採用の中で新卒者が1割に満たず、電力会社や原子炉メーカーを退職した50歳以上の者が大量に採用されているのは非常に不可解。

検査される側の人間が次々と検査する側に異動しているだけではないか、それできちんと検査ができるのかという強い疑問がある。しかも、検査ミスがしばしば指摘されているという。この体制で大丈夫なのか。

分科会でも「中途採用者も前企業を退職してきているから大丈夫」という説明が平気で行われる。この事故が原子力村が引き起こした事故だという認識を未だに持っていない。

メーカーからの中途採用に関しては、「(検査について)目をつぶってもプラントが分かる必要」。そうした人材を育成するのではなくメーカーから高齢の技術者を採用するというのでは、この組織も原子力村の企業人事の高齢者対策の一環を担っているという点で、ムラに組み込まれていることがはっきりした。
(河野太郎ブログ10/31)
「原子力村」というものはこういう広範な温床が取り巻いていて、そのなかで人材の“つけ回し”(天下り)が行われて、金喰い虫となっているのである。

「原子力村」の淀んだ腐った土壌をなくすには、今回の事故の原因を作った(見過ごした)責任者らを刑事告発し、きっちり罰を与えることがまずもって必要である。


12/30-2011

東京電力は29日、福島第1原発1号機のタービン建屋で91年10月30日に原子炉の冷却用海水が配管から漏れ、地下1階にある非常用電源の部屋が浸水していたことを明らかにした。電源機能は維持されたが、原子炉は同日、停止した。当時から浸水の危険性があったにもかかわらず抜本対策は取られてこなかったことになる。

東電によると、配管は建屋床下の地下にあり原子炉の熱を海水を通して逃がす役割を担っている。ところが、配管が腐食し中の海水が毎時20立方メートルで漏れた。海水は、扉やケーブルの貫通口などから非常用電源のある部屋にも浸水。2台のうち1台の電源の基礎部分まで冠水したが、駆動機構は無事だったという。

東日本大震災では、津波が地上にある開口部から浸水し非常用電源や配電盤が使えなくなった。原子炉の冷却が困難となり、炉心溶融を招く一因となった。(毎日新聞12/30)

20年前に、すでに非常用電源が浸水にきわめて弱いこと、津波対策がぜひとも必要であることが明白となっていた。この事故の時、東電の附属高校出身で、東電へ入社した方がその問題を上司に指摘したことなどを扱ったTV番組を紹介したことがある(本欄 11/30)。
その方は東電を見限って退社後、津波対策の重要性をミニコミ誌に投稿していて、それが311事故を正確に予言するものになっている。(元のYoutube動画はリンク切れのようだが“Youtube 元東電社員”で検索してみてください、他の動画があります)

腐った東電幹部をぜんぶ一掃しなければだめだが、少なくとも彼らには“大津波が来ることは想定外でした”と言う資格がないことは確かだ。


12/31-2011

福島第1原発事故の発生から12月までに、福島県内外に転校・転園(休退園も含む)を経験した小中学生と幼稚園児は1万9386人で、うち地元の学校や園に戻ったのはわずか7%にすぎない1424人だったことが30日、共同通信の調査で判明。

第1原発周辺の自治体では、避難先での学校再開や9月末の緊急時避難準備区域の解除で徐々に戻ってきている一方で、県中央を貫く交通動脈沿いの自治体では2学期以降も転校・転園に歯止めが利かず、戻ってきた子どもも少なかった。

こうした自治体では校庭などの表土除去を進めているが、放射線への保護者の不安が収まっていない実態を浮き彫りに。(共同通信12/30)

福島原発の事故がいかに過酷で悲しいものであるかを、この短いニュースは雄弁に語っている。《ある社会の子供たちの状況はその社会の未来を表している》と考えることできるが、(少なくともある部分の)福島県では悲観的な未来が待っているとしか考えられない。

だが、別の観点からすると、この状況は《これらの保護者たちが自主的で主体的な判断を下している》ことの証である、という前向きの評価もできる。国・県や東電と、それらの回し者としか考えられないような御用学者どもの悪宣伝の嵐のなかで、それらにすこしも惑わされずに自主的で主体的な判断をしていこうとしている人々が多数生まれている、と考えることができる。
わたしは福島地方が明治時代に始まる「首都圏への電力供給基地」という位置づけに甘んじてきた近代史を、否定し乗りこえる力はこういう人々なくしては出てくるはずがないと思う。

放射能被害は、原子爆弾(1945)や東海村JCO臨界事故(1999)のような特別な場合を除けば、即死(それに近い数日〜数週間での死亡も含む)となることはない。放射能は人間の五感では感じられないので、特別な測定器によってはじめてその存在が検知され強弱が知られる。しかも、原発事故など通常の場合は「ただちに健康に影響がない」というレベルであることが多いのである(前記の意味で、即死はしない)。影響があったとしても5年後、10年後に初めて現れる。

したがって、放射能被害では加害者側のごまかしがきくのである。少なくともその影響(ガン)が多数の人々に現れるまでの5年間、10年間はそのごまかしの効き目が続き得る。
しかも、ガンの原因は放射能だけではない。ある特定の人が罹病したガンの原因が放射能なのか、自動車の排気ガスなのか、タバコなのか、・・・・は決定できない。ある地方で多数の児童に甲状腺ガンが見つかった、というような疫学的な現象によってはじめてその甲状腺ガンの原因がチェルノブイリ事故による放射能であったとしか考えられない、などと結論することが可能になってくる。現状はこういう医学水準である。
だから、市民側は国・電力会社・御用学者の「ごまかし」を見破るべく、主体的に自学して放射能の現象を理解する必要があるのである。

今年最後に、J.W.ゴフマンの大著『人間と放射能』(原著1981 社会思想社1991)を再び紹介しておきたい(本欄では、8/9 に一度紹介している)。この本は、放射能問題は市民が自立して理解し考えられなければけして“向こう側”に勝つことはできないという信念から、市民向けの本として書かれたものである。
今中哲二は訳者を代表して次のように述べている。
「科学は誰にも理解できるし、科学者は自分の専門を誰にもわかるように説明せねばならない」という姿勢を、ゴフマンはこの本で貫いています。彼の姿勢に一種の“スゴミ”さえ感じながら私たちはこの本を訳しました。(中略)この本を読み終わった読者は、ゴフマンの見解としてではなく読者自身の判断によって、放射線被曝の危険度がどれくらいのものであるかを見積もることができるようになっているはずです。「専門家を信じるのではなく、自分自身で考えて判断せよ」とゴフマンは言っています。(p764)
訳者を紹介しておく。 今中 哲二, 小出 裕章, 伊藤 昭好, 海老沢 徹, 川野 真治, 小出 三千恵, 佐伯 和則, 瀬尾 健, 塚谷 恒雄。
なお、明石書店から今年8月に、新装・廉価版(4935円)が出ているようだ。


今年も「き坊の棲みか」をご覧いただき、ありがとうございました。

311大震災以来あわただしく経過し、本欄は福島原発問題にしぼって、ささやかなりとも一つの情報発信地としての役割を果たそうと努力してきました。残念ながら原発事故の収束には程遠い状況にあると考えられます。来年も、もうしばらくは、この努力を継続しなければならないようです。


みなさまの、ご健康を心から祈ります。

き坊(12/31-2011)




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☆ 新たに、“き坊のノート”にアップしました ☆
2011-12/7

田並・圓光寺の『紀伊續風土記』

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これを、実利じつかが行者について、わたしの最後の論考にするつもりです。『南方熊楠日記』の中に実利行者の墓についての記述があることに気付き、那智の滝の近くにある墓に行ってみたのが実利行者に関わりを持った最初でした。
その時に案内をしてくれた寺嶋経人氏が育ったお寺が田並・圓光寺で、そこに『紀伊續風土記』(神職取締所発行 1910)が保存されていました。千部発行されたというこの神職取締所版の購入を決めた住職は誰だったのか。どんな人物であったのか。それを追及していくうちに、再び南方熊楠の名前にぶつかることになった。また、偶然のことながら、経人氏の4代前の住職は、実利行者と同年の天保14年生まれであることが判明する。
南紀の海辺の小寺の歴史を近代史の中に置いてみると、数々の興味深い事実が浮かびあがってくる。



【確定版です】
2011-12/10

底本に忠実なテキスト 笹谷良造 「天保五年の大臺登山記」

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できるだけ読みやすくした 仁井田長群 「登大台山記」

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笹谷良造の論文「天保五年の大臺登山記」が昭和10年(1935)の「山岳」および「大和志」両誌に載ったことを知り、手にすることができたその2つのテキストをつき合わせて、確定版としました。

意味が不詳の個所がいくつかありますが、この段階でテキストとしては確定版としてよいと考えました。従来、仁井田長群「登大臺山記」を目にすることは難しかったのですが、ここに、公開することができ、多くの方に利用していただくことを期待します。

わたしに「大和志」版および「山岳」版を送って下さったのは、田村義彦さん(大台ヶ原・大峰の自然を守る会)です。このテキストを利用なさるであろう多くの方々とともに、田村さんのご厚意に心から感謝申し上げます。