もくじ
シンハラ語文法基礎(簡略版)
参考資料を加えた詳細版はフレーム対応のページ「シンハラ語文法基礎」でご覧ください。


1総論
2音韻・文字
3形態
4構文


シンハラ語文法基礎

1総論
 日本語で書かれたシンハラ語関連サイトは8万前後あるにもかかわらず、シンハラ語文法を扱うサイトはない。 このシンハラ語文法基礎を書いている時点2006-01-24でシンハラ語概論に関する情報を開示しているのは英語文献に限られている。ブリタニカとウィキペディアの英語版サイトにシンハラ語文法関連の記述がある。
 このシンハラ語文法基礎ではまず、そのふたつのサイトに記載された内容を足がかりにしてシンハラ語概要の理解のされ方を読み取ってみる。
 ブリタニカはシンハラ語をこう説明している。

…(スリランカのことばは)シンハリーズSinhaleseとかチンガリーズCingaleseと書かれ、また、シンハラSinhalaとも呼ばれている。インド‐アーリア語に属しスリランカの2大公用語の一つ。紀元前5世紀、北インドからの殖民によってもたらされた。シンハリーズは孤立したためインド大陸のインド‐アーリア語とは別個の、独自の発達を遂げた。スリランカの仏教徒が用いる聖典語パーリの影響、サンスクリットの影響… ブリタニカ/フリー版から

 ウェブ百科事典の優・ウィキペディアはシンハラ語をこう記述している。

…インド-ヨーロッパ語属のインド-アーリア語に属しモルディブのディウィヒ語と共通点を持っている。話者は1300万人。ウィジャヤ伝説は紀元前500年にウィジャヤ王子とその数100人の供がインドからシンハラ語をもたらしたとしている。石碑、シンハラ王統史マハーワンサはシンハラ語の長い歴史を証明している。インドのサンデーシャ韻文、カーリダーサの文学などがシンハラ文学に影響を与えクカウィ・ワーダとして知られる文学論争を生んでいる。南インドからのスリランカ北部への侵略はシンハラ語にタミル語語彙の影響を与えている。1948年に独立を果たすまでポルトガル、オランダ、英国の植民地だったことから現代シンハラ語はそれらの国々からの借用語がある。
 20世紀前半に起こったヘラ・バサ運動は文法家ムニダーサ・クマーラトゥンガが主導し、シンハラ語に活力をもたらした。ディナミナが主導してもたらしたシンハラ語新聞の文化はより重要な影響を与えている。名高い作家マーティン・ウィクラマシンハはディナミナの編集者のひとりだった。シンハラ語第一の語り手はラジオ・セイロンのアナウンサーであり、作家であり、詩人であったカルナーラトナ・アベーセカラ。
 シンハラ文字は紀元前6世紀にもたらされたブラーフミー文字の流れを汲んでいる。
 シンハラ語の中でも特化したのはロディによって話される方言だ。ウェッダの言語はシンハラ語との関連が見られるが、基本的な単語はどの言語との関連も認められていない。

 これは英語版ウィキペディアに記述された内容の概略だが、ちなみに日本語版ウィキペディアには「言語体系が日本語に類似しているとされる」という1文が、英語版には較べようもない、極端に短い説明の中へ書きこまれている。

 ウィキペディア英語版ではシンハラ語の概略がややシンハラ・ナショナリストの気分を交えながら説明されている。その点での詳細な記述に焦点を当てれば、これに勝るシンハラ語概略説明は他にない。
 ただ、これが百科事典的な内容を持っているにもかかわらず、このページに寄せられた読者のシンハラ語ディスカッションでは、ウィキペディア掲載のシンハラ語説明をさておき、「シンハラか、シンハリーズか」というテーマがエキセントリックに取り沙汰されていて辟易させられる。シンハラ語の名称はシンハラSinhalaであるべきか、シンハリーズSinhaleseであるべきかという議論が、英語で延々と繰り返されているのである。
 実は、このフォーラムでの議論にこそシンハラ語の置かれた危うい位置が覗いている。
 これは、日本語を「ニホンゴと呼ぶか、ニッポンゴと呼ぶか」と争う議論とは違う。日本語を「ニホンゴと呼ぶか、ジャパニーズJapaneseと呼ぶか」と問うようなものだ。言語内部の問題ではないのだ。シンハラ語が内在する外的要件、シンハラ語の中に定着した英語からシンハラ語が揺さぶりを受けているのだ。シンハラ語は「死語である」と囁かれるほどの危機に瀕している。


 一方で日本語版ウィキペディアのシンハラ語ノート、これは英語版のディスカッションに当たるページなのだが、そこには「インド・アーリア語族に属する、シンハラ語の言語体系が日本語に類似しているとされる。意味がわからない」という率直な、そして、日本語版ウィキペディアを読んだ結果としては生じざるを得ない当然の疑問が掲載されている。
 日本語版ウィキペディアのシンハラ語は今のところ書き掛けのようで、英語版には較べようもない粗末な内容だ。これが日本でのシンハラ語事情なのだと現状を甘受すれば、シンハラ語ノートの書きこみに「意味がわからない」とある理由がわかってくる。シンハラ語がまともに紹介される以前の問題として、日本ではシンハラ語への基本的な理解がなされていない。

 英語で紹介されるシンハラ語の概略だが、これは邦文での言語関連の書籍に現れるシンハラ語の概略でもある。
 シンハラ語の起原はウィジャヤ伝説に始まり、シンハラ語はインド-ヨーロッパ語族に属するというところに落ち着く。
 だが、ブリタニカが計らずも漏らすように、「シンハリーズは孤立したためインド大陸のインド‐アーリア語とは別個の、独自の発達を遂げた」のである。その部分への言及が邦文のシンハラ語解説には疎い。
 別個の、独自の、とは何か。そこのところを説明するシンハラ語解説書は今のところ、ない。

 別個の、独自の、とは、シンハラ語をインド・ヨーロッパ語属に含めたにもかかわらず、インド・ヨーロッパ語属では説明のつかない文法上の現象をさす。それは例えばニパータという品詞のシンハラ構文への介在であり、動詞が語根と活用語を持って活用するという現象だ。シンハラ語はパーリ語の文法用語であるニパータを借用しながら、そのニパータはパーリ語が決める単語ではなくシンハラ語独自の、日本語で言えば助詞にあたる単語を多数抱えさせている。ちなみに語形変化で構文を築くパーリ語には助詞がない。そうしたことが別個であり、独自であるのだ。

 動詞に関して言えば、例えばJ・B・ディサーナヤカJ・B・Disanayakaが表した「クリヤーパダ(動詞)」のような新しいシンハラ語の文法理解が独自であり、別個である。J・B・ディサーナヤカの「動詞」は動詞を語幹と活用語とに分けて捉え、シンハラ動詞の語形変化に一定の規則を見出そうとした小冊子である。

 シンハラ語研究の文献は少ない。シンハラ語に関する日本語文献は尚、少ない。日本語文献の場合、その多くが英語文献の分析するシンハラ語世界と大差ないか、その追随である。あるいは、チョムスキー系統の言語理論に準じたシンハラ語解析の英語文献を日本人研究者が米国から発するという事例が多い。
 しかし、シンハラ語文献のシンハラ語文法を日本語で紹介する、あるいは研究する作業は行われていない。英語文献でもまた然りである。シンハラ語文法を紹介する機関が立ち上げられて、そこに複数の研究者が集まれば、シンハラ語の日本での展開はこれまでとは違った傾向を生むであろうし、日本語への多いな刺激となるだろう。
 「インド・アーリア語族に属するシンハラ語の言語体系が日本語に類似している」という矛盾を指摘するシンハラ語学習者に対して、丁寧な説明を与えてくれる研究者が登場することをひたすらに願う。

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2音韻・文字
 シンハラ語と日本語は音の仕組みがよく似ている。その音韻理論を両者はパーリ語、サンスクリット語の「あいうえお」理論に寄って立つ。
 元々のシンハラ語は「あいうえお」の母音文字が12、 「かさたな……」の子母音文字(子音+母音)が20で構成された。
  12の母音文字の内訳は「あ」が短音 ・長音を合わせて4文字、「いうえお」が短音と長音の2文字づつ、併せて12文字。 「あ」音が多いのはシンハラ語の特徴で、同じ「あいうえお」の仕組みを持つパーリ語、サンスクリット語でも「ア」音は長短の2文字だけ。
 子母音文字が20というのは、日本語50音図の文字群と較べると随分少ないが、 これはシンハラ語の文字が「あ」列の文字だけを数えるため。 「いうえお」の各子母音文字は 「あ」列の子母音文字にピッラやコンブワなどと呼ばれる「文字を構成する部品」を加えて作る。こうした作業を施すため理論上も実際にも、シンハラ「あいうえお」文字は日本語の「あいうえお」文字より多い。
 元々のシンハラ文字(純粋シンハラ文字)は32あった。これらの文字が表す音は「あ」音が多い事を除けば日本語と大差がない。しかし、スリランカに仏教が導入されると、それと共に新たな文字がシンハラ語に加わり、日本語にはない発展を始めた。 パーリ語の気音、拗音がシンハラ語に加わった。 その後、シンハラ語はさらにサンスクリット語からも単語を借用するようになり二重母音なども増えた。 結果として現在のシンハラ語は二重母音文字などが6, 気音を含む子音文字などが16加えられて合計54文字(混成シンハラ文字)で構成されている。

 シンハラ語には基本的に独立した子音文字はない。日本語のひらがな・カタカナのように「子音+母音」
(例えば、「か」なら k+a)が基本で、日本語の文字と同じである。 この文字を子母音文字と呼べば、シンハラ語では子母音文字から子音文字を作り出すことができる。これはインド系の文字に見られる共通の作字法による。

 シンハラ文字をコンピュータで使用できるようにした最初のフォントはKandyという名で登場した。文字は旧来の印刷用の書体で馴染みやすかったが文字のキーボード配列に特殊性があった。ファンクションキーを操作しないと打ち出せない文字があったからだ。
現在、シンハラ・フォントの種類は数十を数える。これは書体が異なるだけではなく、打ち出すためのキーストロークそのものがフォントによってそれぞれに異なるという決定的な欠点を持つ。有力な複数のウェブ新聞の使うフォントがシステムを違えているため、それぞれのフォントをインストゥールしなくてはならないという窮屈を強いている。多様性はスリランカの文化・民族に横たわる特徴だがシンハラ・フォントの多様性は混乱を生むだけで利用者へのメリットはなにもない。ダイバーシティ(多様性)は互いの要素が複合して機能すればシンハラ語で言うサンパトsampath(豊穣)をもたらすが、互いが干渉すれば混乱と破壊をもたらす。シンハラ・フォントが抱えるルール無視の混乱はそのまま多言語・多民族のスリランカ複合社会が抱える現代問題にもつながる。

。今のところ、キーボードのアルファベットに的確な関連付けをして文字を打ち出しやすくしているシンハラ・フォントはkaputaフォントだけである。 

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3形態
 シンハラ語の語形は文語と口語で形態の違いがはなはだしい。語形は文語の場合、名詞・動詞とも性・数によって語尾変化、また、語形そのものの変化が生じる。
 名詞や動詞の人称による変化は文語シンハラに見られる現象でシンハラ口語にはそうした変化がない。また名詞の格変化はウィバクティという用語で捉えられ、日本語の助詞にあたるニパータという非変化語を接尾辞として用いながら格を表す。名詞そのものが変化するのではなく、シンハラ文法では日本語の助詞にあたるニパータという品詞を名詞格変化の要素としている。
 動詞の形態変化主語となる人称によって語尾変化の現れることが最も特徴的なこととして紹介されるが、これはシンハラ文語の特徴で、シンハラ口語にはそうした動詞の語形変化はない。
 動詞の語形変化は人称に対応する規則的な変化(文語)と構文にける融通無碍な変化(口語)という二つの側面を持つ。後者の場合、動詞の変化は日本語の動詞の変化と同様の捕らえ方が可能で、日本語の動詞変化と同様という指摘はなされていないが、すでにそうした動詞活用の研究がJ・B・ディサーナーヤカによってなされている。

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4構文
 シンハラ語構文には語が必須か、SVO、SOVという構文が優先して在り得るのか、などなど、こうした問いへは的確な解答が明確に表せない。なぜなら、例えば、いわゆる与格主語という他の言語における構文の例外がシンハラ語構文では例外でないからだ。また、与格主語というシンタックスは例外ではなくシンハラ語として当たり前に派生するからだ。なおかつ、主語という構文要素の提起のし方が、主語に重きを置くという文法様式がシンハラ語には馴染みにくいからだ。シンハラ語には主語省略という現象が、日本語と同様に、通常、当たり前に起こる。
 シンハラ語のシンタックスに関する論文は多くない。ウェブでは殆ど目にすることがない。その中で、Decomposing Questions/Paul Alan Hagstromはシンハラ語構文を解析した稀有な論文として、また、日本語との比較が丁寧に行われているという点で特筆に価するだろう。クエスチョン・マーカと呼ばれる疑問詞「か?」をシンハラ語の「da?」に比較対応させて疑問文を解析している。
 また、疑問文に関してはpied pipingやwh移動の研究がシンハラ語を素材にして日米複数の研究者が進めているが、これらを日本語との構文比較という視点で読むと両者の言語学上での位置関係が見えてくる。
 シンハラ語の形態素(シンハラ文法ではニパータと呼ばれる)と日本語の形態素(助詞)を構文と意味の上で比較検討する一連の論文が宮岸哲也によって表されている。
 
 研究論文が見当たらないのだが、存在を表す文に関してはシンハラ語日本語とは共通点を持つ。

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